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そんな、一日。~某月某日~

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そんな、一日。~某月某日~ そんな、一日。~某月某日~

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2028年10月31日


「だいぶ埋まっちゃったね」
 と、リィナ・アヴァローン(りぃな・あばろーん)が言った。ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)は、動かしていた手を止めてリィナを見る。それからもう一度、思い出を刻んでいた樹に目をやった。
 そうだな、と頷きながら、ウルスは掘り終えた表面を撫でる。何年も前から刻み続けた物語は膨大で、大樹だというのにもう書くスペースに乏しい。
「来年の今日を刻めるか不安だ」
「あはは。そうだねえ。今のペースで書いてたら無理かもね」
 星空と月明かりの下で柔らかく笑うリィナが綺麗で、思わずその笑顔も樹に書き記す。と、リィナが笑った。言ってる傍から、と楽しそうに笑っている。仕方ないじゃないか、きみの笑顔が俺にとっての幸せなのだから。
 けれど、すべてを刻みきれないのなら困ってしまう。とはいえ思い出の取捨選択などしたくはないし、本当に悩みどころである。
「あ、いいこと思いついた」
「何?」
「木を植樹して増やせばいい」
 大真面目な顔で言うと、また、リィナは笑った。
「本気だぞ?」
「知ってる。大きな樹が必要になるねえ」
「頑張って運ぶさ」
 最後まで笑顔を刻むためなら、苦労のうちにも入らない。
 そう考えたところで、昔の自分からは想像もできないな、と思った。あの頃は傍観者として、あくまでも第三者として物語を記憶していたのに、今となっては主観と独白のオンパレードだ。だけどそれは、幸せだ。
 思えばリィナも傍観者だった。主人公たちの活躍を眺める、一線を引いた外の人。だから彼女に惹かれたのかもしれない、とウルスは今更ながらに思う。
 ただ、そこから傷の舐め合いではなく、愛することに踏み出せたのは、リンスやテスラ、周りの人たちのおかげだろう。そう考えると、刻むべき人の顔がどんどん増えていく。
「リィナ」
「うん?」
「ここに森を作ろう」
「本気だね?」
「もちろん。たくさん植えて、全部に書いて、まるごと思い出にしてやる」
 未来を思い描く自分を、そして隣にいるであろうリィナの姿を思い浮かべ、楽しそうだとウルスは笑った。


 笑顔を浮かべながら掘り続けるウルスを見ながら、リィナは自分の腹部に手をやった。
 いつ言おう、いつ言おうと考えていたけれど、上手くタイミングが測れない。
 だけどこのままでは言いそびれてしまいそうだったので、「ウルスくん」と声をかけた。物語を刻む彼の邪魔をしたくはなかったけれど、これだけは伝えなければ。
 ん? とこちらを向いたウルスに、リィナは微笑んだ。ウルスも微笑みを返してくれる。言おう、という一呼吸を置いて、リィナは言った。
「赤ちゃん、いるって」
 笑顔のまま、ウルスが動きを止めた。
「ウルスくん?」
 五秒待って、十秒待って、一分待っても反応がなかったので、目の前で手を振ってみる。と、手首を掴まれた。驚いて声を上げる間もなく、「マジで!?」と真剣な目でウルスは言った。
「いつ!? いつから!?」
「今日、ここに来る前に病院で」
「順調?」
「二ヶ月目だって」
「おおお……」
 驚きとも感嘆ともつかない声を上げて、ウルスは顔を俯かせる。
 マジか、としきりに呟く彼の手を、リィナはぎゅっと握った。
「まじです。ウルスくんは、パパになります」
 すると、ウルスはがばりと顔を上げ、やはり大真面目な顔で言った。
「森で足りるかな……!?」
 思わず、笑った。
「森以上ってなんだろうね?」
「樹海?」
「なんだか遭難しそう」
「それじゃ駄目だ。産まれてくるまでに考えておかないと……あーどうしよう。ていうか今この瞬間も書きたい。でももっと話しも聞きたい。俺はどうすればいいんだ」
「書けばいいんじゃないかな。私は隣で話しているから」
「なら書く!」
「うん」
 書き進めていくウルスの横顔を見ながら、お腹の子が双子だと知ったら彼はどんな顔をするのだろうか、と想像を巡らせて、リィナは一人笑った。