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リアクション
2024年10月31日・昼
「ハッピーハロウィン! お菓子をください!」
「あら可愛い黒猫さん。どうぞ、少ないけれど」
「ありがとう!」
お姉さんがくれたクッキーで、木・来香(むー・らいしゃん)のバスケットはいっぱいになった。たくさんにお菓子に、心がうきうきと踊る。自然と笑顔をこぼしながら、来香は一緒に街へ来たアーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)のことを思い出した。
(アヴ兄のネタ集めは順調かな?)
もともと今日は、お菓子がもらいたくて街へやってきたわけではない。「ネタ探しに行くぞ」というアーヴィンの一言から、今日は始まった。
来香としてはお菓子がもらえるし、仮装もできるし、アーヴィンも楽しそうだしで断る理由はなく、仲良く街へやってきたのは昼前のこと。しばらく二人で街を回っていたが、ある時二人の興味が別々の方向に向いて、そこから自由行動になった。かれこれ一時間ほど前のことだ。
そろそろ合流しようかな、とアーヴィンを探すと、姿より先に声が聞こえた。
「キミに会うなんて最低最悪の一日だ!」
アーヴィンがこんな風に口を悪くする相手は数少ない。もしやと思って駆けつけると、案の定、来香もよく見慣れた女性が立っていた。
彼女がアーヴィンの何倍かを言い返したところで、たじろいだアーヴィンが来香に気付いた。アーヴィンは、「ムー!」と大きな声で名前を呼んだかと思うと、すぐさま「帰るぞ!」と背を向けた。
その後ろを追いかけながら、来香は女性へ向かって頭を下げた。
頬を膨らませていた彼女は、来香の仕草に気付くと小さく微笑んだ。
ふとその表情を最近どこかで見た気がして、来香は記憶を辿る。すぐにわかった。アーヴィンがよく描くキャラクターに似ていたのだ。
「ねえねえアヴ兄、あの人、モデルさん?」
「馬鹿を言うな。あんなちんちくりん、一般人だ」
「や、そういう意味じゃなくて」
「それよりムー。たくさんお菓子をもらえたな。良かったじゃないか」
「え。あー。うん。嬉しいよ」
「ならば良い。連れてきた甲斐があったというものだ」
「うん。ありがとー」
話題の変え方は多少強引で、いつもより全然スマートではなかったけれど、だからこそ来香はアーヴィンが何を考えているのか少しだけ、わかった。
たぶん、アーヴィンはちょっとばかり落ち込んでいるのだ。
「また喧嘩してきたの?」
家に帰ったアーヴィンを見た瞬間、マーカス・スタイネム(まーかす・すたいねむ)はそう言った。アーヴィンは肩をすくめる。
「うん、そうだマーカス、またなのだよ」
街へ出て、まったくの偶然でよく知っている気に食わない女に出くわして、そのままはいさようならと行くわけなく喧嘩をしてきた。
そのことを簡潔に話すと、マーカスはやっぱり、と言うように呆れた表情を浮かべる。
「あぁそんな呆れた顔をしないでくれたまえ」
「だって、きみ」
続く言葉を制すように、アーヴィンは片手を突き出して頭を振った。言われなくてもわかっている。
数秒の沈黙の後、アーヴィンはゆっくりと呟いた。
「俺様だって別に、自分の感情に自覚がないわけではない」
自覚がないわけではないが、では感情の通りに動けるかというとそれはまた別問題だ。
「喧嘩だって好きでしているのではない。ないのだが、話しているうちに売り言葉に買い言葉でな」
「前と同じでいようと?」
「ああ。そうかもな。そう思ったこともある」
つまり、これ以上の関係を崩したくないと、心のどこかで思ってしまっているのだと。その気持ちが働いて、本心とは違った行動を取ってしまっているのではないか、と。
「昔と同じように好きになってまた、気持ちを裏切られるのが怖いのだ」
言葉にしながら、何年か前のクリスマスのことを思い出す。
好きな人がいた。仲だって良かったし、できればもっと一緒にいたいと思った。傍にいたくて、想いを伝えた。笑われた。それもその子だけにではなく、どこかに隠れて見守っていた何人もの人に笑われた。呆然としていると教えてもらえた。『賭け』だったのだそうだ。アーヴィンが告白するかどうかの。アーヴィンはその場から逃げ出して、しばらくの間引きこもった。
もちろん、今回も――彼女も同じことをしているなんて、思ってはいない。思えない。そんな人ではないと思う。
「だが……どうも、な」
気持ちの整理がつかないでいる。
「伝えてはみようと思うのだが」
「それって、いつ?」
「いつ?」
「気持ちの整理がつくの」
「わかったら苦労はしない」
「そりゃそうだけど。
ねえアーヴィン、傷付くことを恐れていたら前には進めないよ。それに、もしも駄目でも今度は僕たちがいる」
「…………」
「だから安心して、告白頑張ったらどうかな」
マーカスの言う通りだ。いつまでも足踏みをしているわけにはいかない。
「……そうだな。春になって暖かくなったらにしようではないか」
暖かな気候は気持ちを穏やかにさせる。きっと、妙な気が働くこともなく、素直な想いを伝えられるはずだ。ああ、そうに違いない。きっと、それがいい。
うんうんと頷くアーヴィンを、マーカスは困ったように笑いながら見ていた。
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