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リアクション
●長男として、もしくは、父として
イオリ・ウルズアイ(いおり・うるずあい)たちとのお茶会から、数週間後。
バロウズ・セインゲールマン(ばろうず・せいんげーるまん)は体にぴたりと貼り付く黒のスウェットスーツ姿で、ある廃工場を急襲していた。
廃工場というのは表向きの姿に過ぎない。
扉を蹴破ったとたん、頭まですっぽり覆う白い抗菌服を着た集団が発砲してきた。いずれも大きなゴーグルとガスマスクを装着しており、表情すらうかがい知ることはできない。
されどもバロウズにはわかっている。
彼らは焦っているはずだ。
銃身が安定していない。あれでは当てるはおろか、思う方向に銃口を向けることすらできないだろう。ただ乱射しているだけだ。
「説得……するつもりでしたが、聞き入れてもらうのは難しいようですね」
ぱっと物陰に隠れ、身をかがめたままバロウズは落ち着いてショットガンを抜いた。残弾を確かめる。これだけあれば十分だ。
状況を確かめる。
出入り口は、バロウズが入ってきた一つのみ。
内側には医療器具が多数。爆発物はない。
そして手術台の上には……。
バロウズは唇を噛んだ。
「クランジ技術を悪用しようとするのなら、容赦はしません!」
そして豹のように飛び出したのである。
迅い。
抗菌服の集団には、彼の姿は黒い残像のようにしか見えないことだろう。
クランジは生まれたときがその能力の頂点にある。訓練による強化はできても、自然に戦闘技術が高まることはない。戦闘者としては衰えるだけなのだ。あらゆる兵器がそうであるように。
だがバロウズは例外だ。
彼に備わった能力……それは、成長するということ!
唯一の成長するクランジ、それがクランジΩ(オメガ)ことバロウズ・セインゲールマンなのである。
今の彼の身のこなしは、全盛期のΟ(オミクロン)やΜ(ミュー)を上回る。跳躍力も速度も、当時のΛ(ラムダ)以上だろう。腕力だって、充実していた頃のΡ(ロー)に匹敵するはずだ。そればかりか総合力でも、クランジ最強と言われたΕ(イプシロン)を超えているかもしれない。
つまり、普通の人間であるテロリストにとっては、魔神を相手にしているようなものということだ。
バロウズのショットガンが火を吹いた。
まともにその弾を浴び、ぎゃっと言って抗菌服が一人倒れた。
つづいてもう一人、
さらにもう一人、
逃げだそうとした一人は、バロウズに背後を取られ締め落とされている。
すべてがあっという間のできごと、たった数秒で起こったことだった。
最後の一人は銃を捨て、両手を挙げてヘタヘタと座り込んでしまった。
「技術の負の側面、というやつですかね」
相手にショットガンを向けたままバロウズは呟く。
ショットガンの銃口は、抗菌服の頭部にぴったりと押し当てられていた。
「たしかに過去、クランジのテクノロジーは鏖殺寺院によって、誰かを傷つけるための技術として利用されていました。ですが、今は誰かを救うための技術として使われているんです。こちらは正の側面ってやつですね」
カチリと冷たい音がした。
バロウズが銃口に指を乗せて半分ほど引いたのだ。
まだ弾は出ていない。
「そんな中、この技術がまた戦闘用に使われては困るんですよ」
バロウズの整った顔立ちは、しばしば女性と見間違われるほどのものがある。
しかしその美しい顔が、今は蝋人形のように無表情だった。
道端の石を見るような、いや、それ以上に冷たい目をしている。
「塵殺寺院の残党……あなたがたからすれば知ったことではないのでしょうが、技術への信頼や世間的な評判に結構響くんです。それは好ましくない」
バロウズの口調は、噛んで含めるようなものへと変わりつつあった。
「そして何より、私や『家族』の生活に大きく響くんです。これはとても好ましくない」
「命だけは……」
ガスマスクの内側から哀願するような声が洩れている。
バロウズは、それには直接返事をしなかった。
「……この現状を作り出すために、どれだけの苦難を越え、どれだけの犠牲を払ってきたことか……それを再び崩そうとするあなたがたにかける情けは、ない」
ひいい、とガスマスクは泣き声を上げた。ゴーグルの内側は涙で一杯だろう。
「容赦はしません」
バロウズはゆっくりと、絞るように引き金を引いた。
「……また今度、同じことを繰り返せばね」
チッ、と乾いた音がこだまする。
散弾銃から弾は出ていない。すでに空だったのだ。
だが抗菌服の男にはそれだけで充分だったようだ。彼はバタッと前のめりに倒れた。気絶している。
呻き声が聞こえた。撃たれた男たちの声である。
床に散らばっている散弾はいずれもゴム弾だ。これをまともに受けた彼らは、最低でも一週間ほどは満足に眠れないほど傷むだろう。だが命に別状はない。
締め落とされた男も呼吸をしている。
つまり、誰一人死んでいないということだ。
バロウズは抗菌服全員をしっかりと縛って外に引きずり出すと、国軍のユマ・ユウヅキ(ゆま・ゆうづき)に連絡を入れておいた。ここの後始末は彼女に任せておけばいいだろう。彼女は『姉妹(シスター)』だ。信用できる。
そして彼は、ふたつの手術台に戻った。
一人ずつ、半裸の少女が寝かされていた。
アフリカ系の少女にアジア系の少女。四、五歳といったところだろうか。アジア系のほうは、もっと年下かもしれないが。
心が痛む。
間に合わなかったのだ。
入手した情報通りだった。ふたりとも、戦闘クランジ化手術を施されてしまっている。
不幸中の幸いなのは、彼女らがまだ戦闘技術を仕込まれる前だったということだ。このふたりが相手であったとしたら、抗菌服連中を殺さず無力化するような余裕などなかっただろう。
「……やれやれ」
自分で選んだ道とはいえ――バロウズは溜息をついた。
彼はこの『妹』たちの面倒を見るつもりだ。それがクランジの『長男』としての自分の義務だと思っている。
――いや……長男というよりは、『父親』のようなものでしょうかね。
ともに養子として受け入れよう。妻のアリアも理解してくれるはずだ。いきなり妹がふたりも増えて、息子はどんな顔をするだろうか。
喜ぶだろうな――息子の顔を思い起こしてバロウズは微笑んだ。
あの子はきょうだいをほしがっていたから。
それに、とても優しい子だから。
バロウズは銃をしまうと、ふたりの少女をゆっくりと揺さぶって起こすのである。