シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第1回/全3回)

リアクション公開中!

狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第1回/全3回)

リアクション


第2章 ラリヴルトン家

 怪盗舞士グライエールの予告状が届いており、指定された日時が最も早い家へ、百合園女学院は捜査協力の申し入れを行った。
 交渉の結果、警備兵の邪魔をしないことを条件に、百合園女学院生と協力者達は敷地への出入りと調査を許された。
「お茶が入りました」
 メイド服姿の高務 野々(たかつかさ・のの)が、その家――ラリヴルトン家のメイド達と一緒に、トレーにお茶とお菓子を乗せて現れる。
 彼女は白百合団に所属していないが、百合園女学院の生徒として白百合団への協力を申し出た。
 ラリヴルトン家はヴァイシャリーで知らぬ者はいない名家であり、広く趣のある家屋で多くの使用人が働いている。
 野々はメイド達から使用人としての立ち振る舞いを学びながら、1歩下がった姿勢で副団長神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)に付き従っていた。
「ありがとう」
 優子は礼を言い、野々が並べたティーカップを手に取ると、同席している白百合団のメンバーに目を向ける。
「皆も、もっと気楽に。人の命が狙われているわけでもありませんし」
 凛々しく整った顔を、少しだけ綻ばせる。
「勿論。たのしみね〜、こんなショーが見れるなんてぇ〜」
 団には所属していないが百合園女学院生であるオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が、ソファーにゆったりと腰掛ける。
「そうですね、暇つぶしにはもってこいですよね」
 パートナーの桐生 円(きりゅう・まどか)が、洋菓子を手にとってオリヴィアに渡した。
「ボク達は団には所属していないが、警備には協力させていただこう。予測される侵入経路や、怪盗のターゲットについてもう少し詳しく知りたいのだが」
 言って円が目を向けたのは、この家の御曹司であるレッザ・ラリヴルトンという青年だ。
 金色の髪に、青い目。礼服が似合う清潔感のある青年だった。
 家主は警備兵との打ち合わせや対策で、こちらにまで顔を出すことは出来ず、百合園女学院やその他外部からの協力については彼が対応していた。
「出入り口は窓も含め勿論封鎖しておきますので、予め屋敷内に潜入しておくというのが最も有効な方法かと思います。あ、でも貴女方を疑ってはいません。怪盗舞士グライエールは長身であることは判明していますので、皆様のような美しい淑女に紛れることは不可能です」
 カップをとって紅茶を一口飲んだ後、レッザは言葉を続ける。
「ターゲットは『嘆きの遊女』だそうですが、そのようなタイトルの作品は所持していないので、何を表しているのかまだはっきりとは分からないわけですが……宛名が父であったことから、恥ずかしながら浮気相手ではないかと噂されています。父は否定していますけれどね」
「こんな立派なお屋敷の主なら、妾の1人や2人、30人や40人くらいいてもおかしくはないわよねぇ」
 ふふふと笑うオリヴィアに、円は頷いてみせる。
「その浮気相手と思われる人物は、屋敷の中にいるのか?」
「どうでしょうね。本人否定していますので。でも、大切に思っている相手なら、放置しているということはないと思います」
 レッザは甘い微笑みを見せたが、すぐに笑みは消え、瞳の奥の彼の鋭い感情が僅かに見え隠れする。
「人の大切な物を奪うなど許されることではないです。そんなに欲しければ親に頼んで買ってもらえばよいのです」
 百合園女学院の典型的なお嬢様、橘 舞(たちばな・まい)が、悲しげな瞳で言う。
「もしターゲットが本当に人物だったのなら……買えるものではないけれど、尚更奪っていいものではありません!」
「舞の言う通りだ。ちまたでは人身売買の噂も流れていますし、油断は出来ません。団員は最低限自分の身は自分で護る事。団に所属していない生徒達は私の傍にいるように」
「はい」
 副団長優子の言葉に、舞は素直に頷いた。
 庭に目を向ければ、パートナーのブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)の姿がある。竹箒で庭掃除を手伝っているようだ。
 使用人にしては目立ちすぎる綺麗で長身な相棒の姿に、舞は僅かに笑みを浮かべるのだった。
「ブリジットさんや、優子さんや……私も身長高い方ですが、大丈夫でしょうか?」
 百合園女学院の生徒である奈留島 琉那(なるしま・るな)は少し心配になって、レッザに問いかけた。怪盗見たさに同行した自分だが……。
 身体検査などをされてしまったら……されてしまったらとにかく非常に困る。勿論自分は犯人じゃないが。
「白百合団の副団長さんについては、警備の者全てに写真を送っておきますので、犯行時刻には間違えられないためにも副団長さんの傍にいて下さい」
「わかりました」
 琉那は息を付いて、ティーカップを手にする。
「侵入経路については、あたしらも調べてみるよ。『目には目を、ローグにはローグを』っていうしな!」
 羽高 魅世瑠(はだか・みせる)が、パートナーのフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)と頷きあう。
 2人とも波羅蜜多実業高等学校所属だが、噂を聞き、白百合団と交渉をして仮所属扱いを勝ち得た。百合園女学院には立ち入らないと自分達から制約を提案したが、百合園女学院側としては学校で差別しているわけではないため、功績を収めれば女性である2人は逆に歓迎を受けることもありうるだろう。尤も功績を収めても学院や学院の生徒達に悪影響を及ぼすような行動をする人物なら、百合園に限らず一般的な組織から敬遠され続けるだろうが。
「しかし、窮屈な服だぜ……」
 普段はマイクロビキニ風のつなぎ等を着用している魅世瑠だが、名家に連れて行ける格好ではないと優子に指摘され、白百合団野外活動用の礼服を借りて着てみたものの非常に動き難い。
「僕は屋上で警備に携わろうと思っていますが、連絡を取り合うために皆さんのアドレスも教えて下さい」
 白百合団への協力を申し出たイルミンスールの少年當間 零(とうま・れい)は自分のアドレスを記した紙を白百合団のメンバーに配っていく。
「全員と交換しなくても……」
「連携プレーを重視するために必要なことなんです」
 口を挟んできたミント・フリージア(みんと・ふりーじあ)を、真面目な顔で説き伏せて零は白百合団の何人かの生徒の携帯アドレスを入手した。ちなみに、副団長の優子とは優子からの申し出により先にメールアドレスだけではなく電話番号も交換してある。
「これまでの手口や、侵入経路の情報なども出来るだけ詳しく教えて欲しい」
 同じく白百合団に協力を申し出た蒼空学園のアルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)が、優子とレッザに問う。
「謎に包まれた怪盗で、なかなか情報が得られないようです」
 レッザが腕を組みながら説明をする。
 怪盗舞士からの予告状が届いた者は、名のある人物が多く、殆ど私兵で警備を行なっている。
 その警備体制も侵入経路、盗まれた者についても公にしない者が多く、また有力者であることから強制的に聞き出すことも難しい状況である。
 無論、ヴァイシャリーの首長家であるヴァイシャリー家が動けばその限りではなく、こうして百合園女学院が動き出したことでようやく怪盗についての調査が本格的に始まったといってもいい。
「これまでの手口等については、調べに出ている団員がいます。報告を待ちましょう」
 優子の言葉に頷いて、アルフレートは次の質問に移ることにする。
「この屋敷の警備状況についても教えていただけないか? それと、敷地内にいる全ての人物の情報、出入りしている者。長身の男性に限らず、可能な限り全員。怪盗がパートナー契約を結んでいるのならば、パートナーも共犯者の可能性があるからな。共犯者がいた場合は囮の存在にも注意した方がいい」
「分かりました。父に知らせておきましょう。敷地内にいる人物については、名簿を用意してあります。一部副団長にお渡ししてありますので、ご確認いただいて構いません。
「……怪盗が現れた場合、交戦は許可されるのか? 追跡は?」
「こちらとしては構いませんが」
 レッザが優子に目を向ける。
「白百合団としても、交戦、追跡はやむをえないと考えています。ただし、向うが明確に犯罪行為を行なった場合に限ります。極力犯人を傷つけないようご配慮願います」
「了解した。飛空艇が役に立つかもしれないな。カラーボールなど用意していただけたら助かるが?」
「用意しておきましょう」
 家主への報告と準備の為に、レッザが立ち上がる。
「物が特定できないとなると、警備も大変そうですわよね。とりあえず、屋敷の女性は出来るだけ一所に集めておきましょう。無論わたくしはその宝の前で待ち構えますわ」
 優雅に紅茶を飲んでいたロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)だが、その瞳に怒りを含ませて小さく溜息をついた。
「それにしても怪盗舞士だか、何だかよく解りませんけれど……こんな予告状を出して、大胆不敵に犯行を行うなんて許すことが出来ませんわね! だいたい、仮面で顔を隠すなんて、キザなのも大概にして欲しいですわ、とっ捕まえて化けの皮を剥がしてやりたいですわねっ! そんな怪盗舞士になびいている我が校の子たちを正気にかえさなくてはなりませんし……!」
「意気込むのもいいが、突出しないように」
 優子の忠告に頷きながらも、ロザリィヌの脳裏に妄想が広がっていく。
(あわよくば、わたくしが捕まえて「ああ……お姉さま、素敵ですわ。やっぱり男なんかよりお姉様のような女性の方が……」と言う事になればいいんですわ……うふふー)
「……のためにも、怪盗舞士は蛇のようにしつこく追いかけ続けなくてはなりませんわね……諦めませんわよーっ! おーほっほっ!」
 高笑いを響かせるロザリィヌの様子に、白百合団のメンバーや協力者達は苦笑するのだった。
「その女性達の中に怪盗が潜んでいる可能性も否めません。怪盗の正体をしっかりと見極めたく存じます」
 百合園女学院のヴェロニカ・ヴィリオーネ(べろにか・びりおーね)がコトンとティーカップを置く。彼女は怪盗舞士が女性である可能性も考えていた。ただ、噂に聞く怪盗は派手で露出度の高めの服を着ており、はだけた上半身を目撃した者も多くいるため、その可能性は低そうではあるが……。
 どちらにせよ、女装して潜んでいる可能性はあり得る。