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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第3回/全3回)

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狙われた乙女~ヴァイシャリー編~(第3回/全3回)

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第2章 早河綾の真意

 白百合団員の早河綾(はやかわ・あや)の救出に協力をした蒼空学園の風間 光太郎(かざま・こうたろう)は、友人で同じ学校の風祭 隼人(かざまつり・はやと)と一緒に、綾の自宅を訪れていた。
 今日も、綾の側には百合園の友人達の姿がある。
 彼女は友人達となにやら相談をしていたようだが、光太郎や隼人といった他校生には何も話そうとしなかった。
「早河殿。先日の悪党共でござるが、偽怪盗舞士はヴァイシャリー外でも活動をしている組織の幹部であったのでござろう? 上位組織について知っていることを話しては下さらぬか?」
 光太郎の問いに、綾は少しだけ沈黙した後、首を左右に振った。
「私は何も知りません。皆様がお力を貸してくださったことに、とても感謝しています。ですけれど、他校の皆様には関係のないことです」
「それは、知っているけれど、拙者達には話せないということでござるな?」
「……いいえ、私は何も知りません。エール様の側にお仕えしていただけですから」
 そう言う彼女の目は、まだ怯えを含んでいるが。同時に、固い意志も感じられた。
「それじゃ、早河。とりあえず、パラ実の横山ミツエの陣営に属したらどうだ? 本当に属する必要はない。話を合わせてくれればいい」
 隼人がそう提案をする。
「ミツエさん……名前くらいは聞いたことがありますが、私の所属していた組織はパラ実の方が多く所属していましたが、パラ実の組織というわけではありませんので、パラ実の誰かの陣営に属しても何も変わらないかと思います」
「トップや幹部はそうかもしれないけど、属しているパラ実生には、公称数十万の不良軍団からの、降伏勧告や宣戦布告は効果があると思うが、どうだろう」
「効果はないと思います。組織に与している人達は、軽い気持ちで組織についているわけではありませんから。逆にミツエさんの身が心配です」
「そうか……いやまあ、彼女なら大丈夫だと思うが」
 しかし、どうやらこの作戦は良い結果に繋がりそうもなさそうだと、隼人は思いなおす。
「そのはっきりとした言葉。組織のことを随分と知っているように見受けられるが?」
 光太郎の言葉に、綾は押し黙った。
「もしや、自分を犠牲にすることを、考えはおらぬか? 組織に戻るというかたちで」
 綾は何も答えず、百合園の少女達も何も言わずに綾を見つめている。
「それでは、先日の救出が無駄になる。今回のようなケースで連中に折れることは、余計に彼等を調子に乗らせ、状況が悪化するでござるよ」
「ちがう、の……」
 綾は小さな声で、そう言った。
「本当でござるか? 悪事には屈せず毅然と対応するでござるよ?」
「……はい」
 しっかりと答えた後、綾は真直ぐに光太郎を見た。だけれど……やはり、感情を秘めたまま、演技で塗り固めているような表情だ。
 とはいえ、これ以上光太郎が問い詰めても、彼女は何も話しはしないだろう。
 光太郎は集まっている百合園の少女達に目を向けて、彼女を任せたと軽く目配せをした後、綾に目を戻す。
「では、拙者達は戻るでござる。無茶はなさらぬように」
「ありがとうございます」
 綾は頭を下げて、光太郎と隼人を見送った。

「キマクにある組織の拠点に、謝りに行こうと思っています。……学校には内緒で、一緒に行ってくれませんか」
 部屋に残った百合園女学院の女性徒に、綾はそうお願いをするのだった。
 友人であるミズバ・カナスリールには先に話してあり、既にそのつもりでこの場にいる者もいた。
「一緒にいくわよ。うん、ほっておけないわ」
 微笑んでそう言ったのは岩河 麻紀(いわかわ・まき)だった。
「綾と一緒に真紀も行くなら、わたしも一緒にいきますっ!」
 真紀のパートナーのアディアノ・セレマ(あでぃあの・せれま)も、真紀の腕を掴みながら元気な声で言った。
「勿論、学校には内緒でね」
「学校に内緒でいくんですの? それってまずくありませんの?」
 真紀が綾に言った言葉に、アディアノは少し不安気な目を見せる。
「綾さん、他の方にはまだきっと触れられたくないのよ。相談してもらえたらなら力になりたいじゃないですか」
 そっと、アディアノの耳に囁くと、アディアノは首を大きく縦に振った。
「言われてみれば、そうですわね!」
「ありがとうございます」
 綾がゆっくりと頭を下げた。
「綾ちゃんはどうしてもパラ実へ行きたいんだよね……? なら、あたしたちも一緒に行くよ?」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、綾を労わるような心配気な目でそう言った。
 隣には、ミルディアのパートナー和泉 真奈(いずみ・まな)の姿もあり、真剣な目で綾を見つめている。
「お願い、します。あ、正確にはパラ実ではなくて、キマクにある組織の拠点です」
 綾はミルディアと真奈にも頭を下げる。
「綾はんが謝ったぐらいで状況が変わるなんて事はありまへん」
 冷徹な言葉を発したのは、橘 柚子(たちばな・ゆず)だった。傍らにいるパートナーの木花 開耶(このはな・さくや)は黙って皆を見ている。
「でも、何もせずにいるより、マシだと思います。怒りが静まれば、荒すのをやめてくれると思うんです」
「仲間がヴァシャリー軍に捕らえられたという状況は変わりまへん。綾はんが謝ることは組織にとって何の利があるんやろか? 何の利もありはしまへん」
 綾は手を震わせて。だけれど拳を握り締めて震えを止めて、目を伏せた状態で言葉を続ける。
「それでも行きます。私はエール様の不正について知っているんです。組織にとってエール様達が不要な人物であったことを納得させることができれば、エール様達が捕らえられた事に対しての怒りが静まると思います」
 柚子としては、綾の心に揺さぶりをかけたつもりだったが。
 彼女は深い感情を見せてはこなかった。単純に謝って許してもらおうとだけ思っているのではないということだけは、感じとれるのだが……本当の思惑を感じ取ることが出来ない。解るのは、彼女はずっと酷く怯えていること。だけれど、必死に勇気を振り絞っていること。それくらいであった。
「私も一緒に行きますぅ。護衛させてください〜」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、微笑みを浮かべた。
 メイベルは綾の言葉が、純粋に嬉しかった。
 自分の行動により、もたらされた結果に対して、彼女が前向きに立ち向かおうとしているように、見えたから……。
 綾の言葉をそのまま信じ、一切疑わず、彼女を助けたいと素直に感じていた。
「お願いします。でも……武装して行ったら警戒されると思います、から」
「そうね。とはいえ危険な場所だから、綾さんも十分な用心はしておいてね」
 真紀がそう言うと、綾は素直に頷いた。
 ベッドに座り拳を握り締めている綾の元に、一歩近付いて、真紀は彼女の拳を両手で包み込んだ。
 顔を上げた綾に、微笑みかけて語りかける。
「……わたくしね。日本にいたときにクラスで苛められてた友達を庇ったら、なぜかわたくしが犯人にされて停学になっちゃったのよ。笑えるでしょ。その友達が苛めてた側に脅迫されて、わたくしのせい! って学校に言ったらしいのね。
 綾さんも、知らない間に利用されて辛かったよね。……その辛さ、気持ち、わたくしはわかってあげられるような気がします。……綾さんとお友達になりたいわ。だめ?」
 綾は真紀の目を見ながら、口を開きかけて……途端、目を閉じて首を左右に振った。
「ごめん、なさい……」
 騙されたことで、人間不信に陥っているのかもしれないと思って、真紀は「いいのよ」と優しく言葉をかけて手を放した。
 綾の境遇が他人事とは思えなくて。この子を守ってあげたいと思いながら。
「綾はんが真剣に考えた上で言うてるんやったら、うちも同行しましょ。でも一緒に行くのは、綾はんの為やないんやからね」
 トンと綾の肩を叩いて、振り向いた彼女の目をしっかりと見据えながら柚子はそう言った。
 綾は軽く目を彷徨わせた後、憂いを含んだ目で、それでも真直ぐ柚子を見て、首を縦に振った。
「ありがとうございます。着替えたら、外に行きますので待ってて下さい」
 綾は立ち上がって、皆に頭を下げた。