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横山ミツエの演義(最終回)

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横山ミツエの演義(最終回)

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牙攻裏塞島の攻防・序

 いろいろあったとはいえ二日間の文化祭を盛況のうちに終え、建国宣言もし、放浪の身もようやく落ち着くところを得たと思った矢先に、帰るところと言ってもいい元牙攻裏塞島にどこからともなく飛んできた電車が数両突き刺さった。
 ここを攻略した時に内も外も手酷く破壊された箇所を、さあ修復しようかという時だった。
 この非常識極まる事態を起こしたのは、食欲が非常識な董卓だった。非常識は非常識を呼ぶとでも言うのだろうか。
 だが、その非常識はパートナーである火口敦(ひぐち・あつし)には効かなかった。それどころか彼は、董卓とドラゴン退治に25000回くらい同行していたらしく、バカっぽい外見からは想像もつかないくらい強くなっていた。やはり非常識の仲間……

「何書いてるっスか?」
「あわわわ、何でもないですよっ」
 ミツエ三国軍において内務を買って出た桐生 ひな(きりゅう・ひな)は、突然降ってきた呆れ気味の敦の声に慌ててノートを閉じた。彼女は種類別にノートを作っていたが、これは日誌のようなものだ。
 内容を突付かれる前にひなは話題を変えた。
「もう出発の準備はできたのですか?」
「できたよ」
 敦はこれから董卓のもとへ行く。
 先ほどまで集まって作戦会議を開いていたのだ。その結果、曹操をはじめたくさんの同行者ができた。
 自分のパートナーが起こした不始末に仲間を巻き込むのは不本意であったが、彼らに言わせれば「いまさら」とのことだった。それに、巻き込まれたのではなく自分で行くのだ、とも言われてしまえば敦に反論の余地はない。
「ひな殿、用意はよろしいですかな?」
 幕舎の入口を開けて李厳 正方(りげん・せいほう)が顔を覗かせた。
 ひなはノートを鞄に押し込むと、
「待たせてごめんね」
 と、言って李厳の前を通り抜けていく。
 まだ中に残っている敦にも李厳は声をかけた。
「ここは私達に任せて、敦殿は董卓のところへ進むことだけを考えてくだされ」
「……ごめん」
 敦はうつむきがちに、それだけ言った。


 幕舎の外にすでに準備を整えて待っていた横山ミツエ(よこやま・みつえ)は、ひなと敦がそろうと伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)へ目を向けた。
 正宗は不敵な笑みでそれを受ける。
 作戦会議で彼がミツエに提案したことは、ずっとミツエと共に動いてきた者達には不安のほうが大きいものだったが、ミツエはそれを承認した。正宗達三人組を仲間にしようとしたのはミツエのほうだったから、という理由もある。
 信頼が欲しいならまず自分から示せ、というのは今日までにミツエが仲間達から学んだことだった。
 敦はミツエとは別行動になる。正宗らと動くからだ。
「董卓のもとで会いましょう」
 硬い表情の敦にそれだけ言うと、ミツエは出陣を待つ何十万ものパラ実生に向かって開戦を宣言した。
「細かいことは言わないわ! 手柄を立てた者には褒美を与える! あたしと共に思いっ切り敵をぶちのめすわよ!」
 喧嘩好きな彼らから爆発したような咆哮があげられた。掲げられた武器を打ち鳴らし、好戦気分を盛り上げる。
 それを見届けたミツエは、そっと振り返ってひなを見る。
 ひなは微笑みを浮かべて頷いた。
 軍の編成や名簿作り、文化祭収益金管理、さらに遡ってはミツエの影武者など、人の目に触れないところでの彼女の功績は大きい。
「あなたはあたしと一緒に来るんだったわね?」
「はい」
「頼りにしてるわ。はぐれないようについてらっしゃい」
 だいぶ丸くなったとはいえ、やはり抜けない高飛車な物言いに苦笑しながらも、ひなは再度頷いた。
 それぞれが持ち場についたところで、いざ出陣、とミツエが采配を振ろうとした時。
「みっつん、ちょっとコレ! コレ見て!」
 体当たりするような勢いで伊達 恭之郎(だて・きょうしろう)が携帯画面を見せてきた。
 いいところを邪魔されたミツエが「何なのよ」と軽く眉を寄せて恭之郎の携帯を覗き込むと、茶色い髪の若い男が人を喰ったような笑みで映っていた。そして彼はミツエ三国軍の誰もが口にしなかったことをサラリと言ってのけた。
「よぉ、ミツエ。オレはリッジョファミリーのマルコだ。董卓を倒すにはお前の傍にいる火口敦を殺せばすむ話だろ。何故殺さない?」
 ミツエは恭之郎の手から携帯をもぎ取って、食い入るように画面を見つめる。
「ミツエのために火口を殺す汚れ役もいないのか? 部下の不始末の責任を取るため、曹操は火口を斬ると思ってたんだけどな。このビデオを見ている奴、火口を殺せばミツエも喜……」
 とうとうミツエは携帯の電源を切った。それを握り締める手が力をこめすぎて小さく震えている。
 このビデオを見ていた者は多く、兵達の間から不穏なざわめきが起こっていた。
 敦もまた騒ぎに気づいてこれを見ていた。
 そして、反逆心を煽るようなマルコ・ヴォランテ(まるこ・う゛ぉらんて)の映像の後、画面が切り替わって薄暗い玉座の間が映し出された。そこの最奥の玉座に董卓がいた。傍にはメニエス・レイン(めにえす・れいん)が立っている。
 まるで別人のように冷たい笑みを浮かべている董卓に、敦は瞳に寂しさをにじませた。
「体型だけはもとに戻ってるくせに……」
 どうせ鏖殺寺院の誰かが造ったのだろう城でも、変わらずに人の枠からはみ出した食欲を発揮していたのだろう。すっかりもとの横幅のある董卓に戻っていた。彼の手にあるガラスでできているような半透明な槍、それが誅殺槍なのだろう。
 董卓はゆったりと立ち上がると、画面の向こうからこちらを睥睨して言った。
「ミツエ三国軍よ、俺様はパラ実生徒会、鏖殺寺院と手を組んでいる。この時点でもうお前らに勝ち目はないが、さらにこの素晴らしい槍だ。いいか、よく聞けよ。今、この瞬間から生徒会や鏖殺寺院へ攻撃をするということは、この俺様に攻撃することと同じだということにする!」
「んなっ!? それじゃ、俺達はこれから対峙する敵と戦えないってことかよっ」
 思わず声を上げた孫権に答えるように、董卓は高笑いをした。
「さあ、俺様のもとまで来れるかな? 来たとしても、お前らに勝ち目はないがな!」
 映像はそれで終わった。
 せっかく兵の士気が上がったというのに、とんでもない横槍をくれたものである。
 現に、目の前の兵達に動揺が広がってしまっていた。
 ミツエはイライラと敦を見やった。
「ちょっと敦、あの槍の話は本当なの?」
「俺も槍の効果は今わかってることしか知らないっスよ……」
「パートナーでしょ? 感じ取るものとかないの!?」
「そんな無茶な……」
 凄い剣幕で迫るミツエに敦が眉を八の字にした時、近くの空間がぐにゃりと歪んだ。
 その場の全員がハッとして見守る中、姿を現したのはビデオで董卓の横にいたメニエスだった。
 驚く一同を見渡し、満足気に微笑むメニエス。
「こんにちは、乙軍の皆さん。配信した動画はお楽しみいただけたかしら?」
「楽しいわけないでしょ。あんたね、董卓を唆したのは?」
「ごきげんよう、ミツエ。残念ながら董卓はあたしの言葉であなたを裏切ったんじゃないわ。彼の意志よ。つまり……あなたに愛想が尽きたってことね」
 クスクス笑うメニエスに、ミツエは歯軋りして睨みつけた。
 それをサラリと流してメニエスは自分を囲む面々に降伏勧告をした。
「今のうちに投降するなら命は助けてあげてもいいわよ。この島は潰すけど」
 こんなふうに、と片腕を牙攻裏塞島の中央塔へ振り上げると、その上空に三体のドラゴンが現れた。全長八十メートルはあるだろうか。絡み合うように旋回している様に圧迫感を覚えずにはいられない。
「うまく倒してもすぐに次を召喚できるわ。がんばって守ってね。それじゃ、健闘を祈っているわ」
 小馬鹿にしたような笑みをミツエに向け、メニエスは現れた時のように消えていった。
 敵地の真ん中に来たのだ、光学迷彩であるはずがない。誅殺槍で得た力なのだろう。
 さらに。
「ミツエ殿、どうやら完全に先手を打たれましたな。進路をふさがれてしまったようです」
 とても言いにくそうに劉備が告げた。
 ミツエが遥か遠くへ視線を転じると無数の戦車が冷たく砲身をこちらに向けていた。
 拡声器を使った声が響いてくる。
「乙王朝に告ぐ! すみやかに降伏しなさい!」
 まだ幼さの残る女の声だった。声を聞くかぎりでは、ミツエとあまり年は変わらなさそうだ。
「命が惜しければ、本物の横山ミツエさんをあたしに差し出すように! そして、もしミツエさんがあたしの女になってくれるなら、ミツエさんの側についてあげてもいいよ! さあ、どうする? 一分以内に返事をするように!」
 どよめきが起こった。
 主に『あたしの女になってくれるなら』のあたりで。
 そういう趣味の人だったのか、とかその辺だが今はそこにこだわっている場合ではない。
 ミツエの前に、真ん中に『乙』と大きく書かれた白い旗が翻った。青で縁取りされ、房飾りは黄色と赤で作られている。
 大きなその旗を掲げているのは張遼 文遠(ちょうりょう・ぶんえん)だった。
 そして彼を従えているのは夏野 夢見(なつの・ゆめみ)
 夢見は一礼すると頼もしげな微笑を湛えて言った。
「皇帝陛下、あの戦車隊はあたしにお任せを。道が開いたのが見えたら、進軍してください」
「わかったわ」
 夢見がどう対処するのかは聞かず、ミツエは頷いた。
「いい旗ね」
 風にはためく立派な旗を見上げるミツエに、夢見は小さく礼をすると張遼を連れて配置についくために去っていった。
 その背に曹操が「頼んだぞ」と声をかけた。
 続いて李厳がドラゴン対策を、他にも牙攻裏塞島の守備を名乗り出た者がいて、城内に入っていく。
「良かったじゃないか、みっつん! みんな脅しに負けず、やる気満々だよ」
 肩を叩く恭之郎に、一時、覇気を失いかけていたミツエの目に、再び力が戻ってきていた。
 ミツエは拡声器を掴むと戦車隊に向けて声を張り上げた。
「あたしが欲しかったら、力ずくで来なさい!」
 戦意を示したミツエに、動揺していた兵達の気持ちも落ち着いていくのがわかった。最初の勢いこそなくなってしまったが、ミツエはこのまま突っ走ることに決めた。
 各自が自分の隊へと走る慌しい中、じっと前を見据えるミツエに陽気な声がかけられた。
「ミツエはナガンがいなくなったら困るかねェ?」
 ニヤニヤしながら言うナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)に、ミツエの目つきが悪くなった。
「この忙しい時に……困るに決まってんでしょ! 今日はピエロだからって好き勝手はさせないからね。しっかり戦力になってもらうわよ」
「へェ? どんなふうに?」
「そ、そうね……今日は四人いるのよね。それなら敵の目の前で演技をして戦意を喪失させるとか……」
 ミツエの頭にナガンが戦車隊の指揮官やメニエス達のやる気を萎えさせる姿が……浮かばなかった。それどころか、一緒になって遊びだしそうな予感がした。
「う、ン──と、とにかく、ナガンはここにいること!」
「ナガンがどんなことしても信じるかィ?」
 まるで繋がらない会話にミツエは軽くこけた。
「あんた、人の話を──ちょっと、何よこれ」
「これ今回使わないんで、預かっててください」
 ナガンはいつも被っている赤と緑の二色のピエロ帽をミツエに押し付ける。
 行動の意味が理解できず怪訝な表情でナガンを見上げるミツエに、彼女はやはりニヤニヤ笑いのまま言った。
「ご武運を。皇帝陛下」
 何がなんだかさっぱりわからないミツエが、その場に残された。
 その後、ミツエの耳にこんな噂が入った。
『さっきの動画を五人に転送すればミツエの素肌を見れるんだってさ!』
 どいつもこいつもー!
 と、ミツエの叫びが天に響いた。