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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第2回/全3回)

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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第2回/全3回)

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●精霊を連れ去った者は、何を企んでいる?

 イルミンスール魔法学校内、普段は魔法の暴発などでケガをした生徒たちが治療を受けたり、苦手な講義をサボろうとして講師に叩き出されたりする医務室に灯りが点けられ、全身に引っ掻かれたような傷跡が痛々しい『ヴォルテールの炎熱の精霊』サラが、ミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)に抱えられるようにして、並べられたベッドの一つに横たえられる。
「私のことよりも、セイランとケイオースを――」
「いいえ。サラさんもイルミンスールに来てくれた、大切なお客さんですから。それに、セイランさんとケイオースさんのことは、きっとリンネさんが助け出してくれます。……治療の方、お願いできますか?」
 ミーミルが頷けば、同席していた峰谷 恵(みねたに・けい)エーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)がサラに癒しの力を与え、緋桜 ケイ(ひおう・けい)悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が露出している傷跡をガーゼと包帯で優しく包んでいく。
「エーファ、そっちの具合はどう?」
「大分効いていると思います。精霊にも治癒の力が効くかと思いましたが、この調子だと数分もかからないでしょう。……どこかおかしいところとかありませんか?」
「いや、問題ない。身体が軽くなっていくのを感じるよ」
 エーファの問いにサラが、先程より幾分疲労の和らいだ顔を浮かべて答える。
「ケイ、もう少し緩めに結んだほうがよいのではないかの?」
「そ、そうか? ゴメン、きつかったか?」
「いや、丁度いいくらいだ。気遣われているのが伝わってくるよ」
 そうして、数分も経つ頃には、サラもベッドから身を起こせるまでに体力を取り戻す。
「本当にありがとう。あなた方のしてくれたこと、私は決して忘れないだろう」
「……エーファ、サラをお願い。ボクは襲撃が来ないように、見回りに出るね」
「ええ、分かりました。ケイ、何かあったら無理しないで、連絡してくださいね」
 礼を述べるサラに頷いて、恵がエーファに小声で呟き、エーファが頷くのを見遣って恵がその場を後にする。
「さて……サラと言ったか。おぬしが記憶している限りでよい、話をしてくれぬか」
 カナタの求めに応じるように頷いて、サラが口を開く。
「私とセイラン、ケイオースは、イルミンスールに向かった同胞からの連絡を受けて、『サイフィード』からイルミンスールへ向かっていた。その途中で、黒いローブを纏った者共が複数、私達の前に忽然と現れた。そ奴らが見慣れぬ何かを放った直後、得体の知れぬ生物が襲いかかり、私達は不意を突かれて地面に叩きつけられたのだ」
「……ちょっといいか? 敵は一人でなかったにしても、あんたたちも相応の力を持っているんだろ? それなのに敵は、あんたたちを簡単にやっつけちまったって言うのか?」
 ケイの問いに、サラが頷いて答える。
「私も、最初は相手をすればいいと思っていた。だが、何故かその時はこのリングの力が発動しなかったのだ」
 言ってサラが、自らの指にはめられた、紅く光る石のはめ込まれた指輪を見据えて呟く。それはセリシアやレライアがつけているものと同じ形をしていた。
「そのリングも、女王に繋がりが?」
「であるらしいが、シャンバラ女王については私達の中でも曖昧な情報が流布しているのでな。今では、このリングが強大な力を秘めていることだけは確実な知識なのだ。……そして、セイランとケイオースも、私と同じリングをしていたのだが、様子を見る限りでは同じく、力を発動出来なかったようだ。そして私は、二人を見捨てて逃げることしか出来なかったのだ……!」
 悔しさを滲ませるサラを見遣って、カナタがケイに小声で呟く。
「ケイ……もしサラの言うことが本当であるなら、リンネと共に向かったあの者たちも危険ではないのか?」
「だよな。リンネ先輩に連絡しとくか? 何なら今から俺たちが向こうに行くってのも――」
「すみません、今、よろしいですか?」
 医務室の扉が開かれ、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が姿を現す。
「涼介さん、クレアさん、どうしましたか?」
「ここに来るまでに一通り様子を見てきたのですが、やはり精霊たちにかなりの不安と動揺が広がっているみたいです」
 涼介が報告した内容は、アーデルハイトが言っていたことに合致していた。このままでは時間が経つ毎に状況が悪化していくのは確実であろう。
「そこで、誠に申し訳ないのですが、お二人には精霊に話をし、誘拐されたセイラン、ケイオースをアインストが助け出すことに納得を得てもらうために、力を貸して欲しいのです。お二人の言葉なら、精霊も耳を傾けてくれると思うのです」
 言って涼介が、サラとミーミルにこれまでの精霊に関する事件の顛末を説明する。
「はい、おおよそのことは分かりました。そういうことでしたら、私は構いませんけど――」
 言ったミーミルが、サラに心配そうな表情を向ける。サラは気落ちした表情を伏せて、覇気の抜けた声で呟く。
「……今私が行っても、皆を余計に不安がらせてしまうだけではないだろうか。行くのであればあなた方だけの方が――」
「いや、違うぜ。サラが行くことに意味があると思うぜ」
 サラの言葉を遮って、それまで医務室の片隅で様子を伺っていた五条 武(ごじょう・たける)が立ち上がり、サラの隣のベッドに腰を下ろす。
「こいつは、俺からのプレゼントだ」
 言って武が、持ってきたアコースティックギターを構え、静かに、だけど力強い演奏に乗せた声を披露する。

 母なる大地の子供達
 大地の御子たる精霊と
 恩寵に生きる人々の
 古き交わり今ここに
 幻想の彼方より呼び戻そう

 熱くその身を滾らせて
 力と与えし赤き炎

 澄んだその身を佇ませ
 命を守りし青き水

 風雨にその身を委ねつつ
 大地を巡りし稲光


 シャラシャラシャラ、とタンバリンを鳴らすトト・ジェイバウォッカ(とと・じぇいばうぉっか)を制して、ギターを立てた武が口を開く。
「サラ、君は火の精霊なんだろ? 火が燻ってたら煙で何も見えねぇ、だけど燃え盛れば遠くからでも見える目印だ。……精霊を導いてやってくれ」
「そうだよ、元気だそーよ! ……あ、もしかしてお腹すいてる? 僕、餅持ってきたから一緒に食べよーよ!」
 トトから渡された餅を見つめていたサラが、フッ、と微笑んだかと思うと、掌から炎が巻き上がり、一瞬にして餅が表面に焦げのついた焼餅に変わる。
「うわー、すごーい! ……あついっ!! あついよ武!」
「って、俺に飛ばすなトト――熱っ!!」
 餅が武とトトの間を交互に飛び交う様を、サラが楽しげに見遣る。
「あなた方には二度、借りを作ったな。ならば今、一つ返すことにしよう。ミーミル、と言ったか。済まないが、私に付き合ってくれるか? 一人でどこでも、というわけにはいかないようなのでな」
「はい! 私でよければ、よろしくお願いします」
 ミーミルに付き添われて、サラがベッドから立ち上がる。
「お二人なら、精霊たちもきっと安心してくれるでしょう。イルミンスール内を回って、精霊に話をしていきましょう。……もしもの時には、私とクレアが全力をもって二人をお守りいたします」
「お兄ちゃんと私に任せてね!」
「頼もしい限りだ。では、案内よろしく頼む」
 涼介とクレアを先頭に、一行は医務室を後にしていった。

 一方、学校の入口付近では、サラを心配して後を追ってきた精霊や、セイランとケイオースの行方を気に病む精霊が、一様に不安げな表情を浮かべて佇んでいた。
「ああ、セイラン様……! セイラン様はご無事なのですか?」
「サラ様、あんなお怪我をなされて……一体誰がそのような酷いことをなさいましたの!?」
 精霊の一部は嘆き悲しみ、またある一部は憤りを露にし、響く声は他の精霊の心をも不安に駆り立てていく。
「あなたが嘆き悲しむのはよく分かりますわ。ですが、不安な心は事態をより悪化させてしまいます。せめてわたくしたちだけでも、セイラン様が無事であることを祈りましょう」
「今ここでキミが怒っても仕方ないよ。落ち着いていこう、きっと元気になるよ」
 そんな精霊たちに、『サイフィードの光輝の精霊』グレイス『ウインドリィの雷電の精霊』コヨンが宥めるように声をかけていく。同じ種族の言葉であるからか、取り乱しかけていた精霊たちも少しずつ、落ち着きを取り戻していった。
「グレイスさん、コヨンさん、協力してくれてありがとう!」
 クラーク 波音(くらーく・はのん)の感謝の言葉に、グレイスとコヨンが首を振って答える。
「いいえ、波音さんが申し出てくださったから、ですわ。わたくしも、どうすればいいか迷っていましたから」
「みんなが不安がっているのは分かるけど、行動にまでは移せなかったからね。キミの行動力には感謝するよ」
「そ、そんなことないよ。精霊さんが傷ついてほしくないって、プレナお姉ちゃんと相談して決めたことをやってるだけだもん」
 感謝の言葉をかけられて、波音が慌てて手を振りながら答える。プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)は今頃は、普段は生徒が講義を受けている教室に精霊を案内して、落ち着いてもらっているはずであった。
 そうして三人で、精霊に話を続けているところへ、同じく精霊に声をかけに行っていたアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)ララ・シュピリ(らら・しゅぴり)が戻ってくる。
「おねぇちゃん、ララね、い〜っぱいお話してきたよ!」
「私の方で、ナイフィードの精霊を中心に説明をしてきました。それと、他に精霊の不安を取り除こうとしている生徒にも、協力してくれるように声をかけてみました」
「うん、お疲れさま! これで少しでも、精霊さんの不安が和らいでくれたらいいね」
 周りにいた精霊たちが学校へ向かっていき、ほっと一段落とばかりに息をついた一行の元に、爆発音と、ガラスが割れるような音が響く。
「うわ、これは何か起きちゃった感じかな?」
「どうやら向こうの方からですわね。確かに、あまり良くない感じがします」
 グレイスが指差した先は、プレナたちが案内をしているはずの教室があった。
「波音ちゃん!」
「おねぇちゃん!」
「プレナお姉ちゃんを助けにいくよ!」
 アンナとララに頷いて、グレイスとコヨンを連れた波音が教室へ急ぐ。
「テメェ、今オレにガンつけただろ!?」
「どうして僕が君のような暑苦しい精霊に視線を寄越さなければならないのだね?」
「んだとコノヤロウ! いい度胸だ、ちょっとこっち来い!」
「なあに、勝負ならここでつけてあげてもいいさ。ま、どうせ君のただ暑苦しいだけの炎なんて、この僕の計算された氷の前には無力だけどもね」
「ゴタゴタうるせえんだよっ!」
 ツンツン髪の炎の精霊が放った炎が、教室の窓をぶち破り破片を飛び散らせる。他の精霊は属性毎に寄り集まりながら、事の成り行きを見守っている。
「あちゃー、やっぱ揉め事起きちゃったっすねー。……ま、こんな状況だからこそ、今のうちに情報収集っと……。マグさん、メモの準備はオッケーっすか?」
「オッケーだよぉ。……あれ? ところでプレナは? さっきから姿が見えないんだけど――」
 そんな精霊同士の喧嘩の様子を、物陰に隠れてマグ・アップルトン(まぐ・あっぷるとん)穂露 緑香(ぽろ・ろっか)が様子を伺いながら、周りで飛び交っている有象無象の情報をまとめていると。
「皆さん不安なのは分かりますけど、こんな時だからこそ、仲が良い悪い関係なく協力しましょうよぉ。話せばきっと分かり合えるはずですよ」
 プレナがそれぞれの精霊の間に割って入るように歩み寄りながら、事を穏便に収めようと話し合いを持ちかける。
「君は黙っていたまえ!」
 しかし、七三分けの氷の精霊がプレナを退けるように氷の壁を張り、それをプレナへ飛ばす。
「きゃーーーっ!」
 氷の壁に押されてプレナが廊下を滑る、そして背後には大理石で出来た壁が待ち構えている――。
「騒ぎがあって来てみれば、何てこと……善意からの行為を悪意で返すとは何事か!」
 突如、氷の壁が蒸発するように消え、次いでプレナの身体は小柄な身体と大きな羽に包み込まれる。
 廊下には、肩を借りつつも自らの足で立つサラと、プレナを抱き止めたミーミルの姿があった。
「あ、姐さん! ご無事でしたか!」
「無事とは言い難いが、歩くくらいならばな。……その姐さんというのは落ち着かぬが、まあいい」
 言葉を切って、そしてサラが声高らかに告げる。
「確かに私達は、この身に宿る属性の違いから、仲違いを数多く繰り広げてきた。……だが、今はそのような事をしている場合ではないはず。セイランとケイオースのことは、私達精霊全体に関わることだ。そして、ここイルミンスールに属する人間方は、セイランとケイオースの救出に協力してくれると、言葉で、そして行為で示してくれた。それが偽善や打算によるものではないことは、私達がよく知ることであろう?」
 サラの言葉に、炎熱、雷電、そして光輝と闇黒の精霊までもが頷きを返す。感情を理解する力に長けている精霊が、打算や偽善で彼らに近づけば、直ぐに見抜かれてしまうだろう。
「今は、人間を信じようではないか。そして時が来たときには、力を貸そうではないか」
「世迷い言を……勝手にするがいい!」
 しかし、氷結の精霊だけは、怪訝な顔を浮かべている。そして先程氷の壁をプレナにぶつけた精霊は、言葉を吐き捨て一行の前から姿を消す。
「あの、追いかけなくていいのかな?」
「仕方あるまい。私達の対立は、一朝一夕に解決するものではないのだ。今は、無闇に対立しないだけマシと思うしかないだろう」
 サラが呟いたその時、プレナの元に波音たちが駆けつけてくる。
「プレナお姉ちゃん、大丈夫!?」
「はのんちゃん。うん、ちょっとトラブルがあったけど、助けてもらったの。サラさん、ミーミルさん、ありがとぉ」
「プレナさんが無事で何よりです。……済みません、私たちは他の精霊さんを訪ねてきますので、ここの精霊さんのことはお願いしますね」
「あなた方のその思いは、きっと精霊にも届くはずだ。済まないがよろしく頼む」
 頷きを返すのを見遣って、ミーミルとサラが学校を後にする。
「あそこまで言われちゃったら、全力でやるしかないよね! はのんちゃん、頑張ろ!」
「うん! プレナお姉ちゃんに負けないように、あたしも頑張るよ!」
 二人手を取って頷き合って、そしてそれぞれの仕事に戻っていった。

 パーティー会場に行ってみましょう、という申し出の通り、サラとミーミルと一行はパーティーが開催されていた会場を目指す。辿り着いたそこは意外にも賑わいを見せ、先程の動揺や不安といった感情は消え去っているように思われた。
「驚いたな。騒動の発端となった場所だ、もっと閑散と、そして暗澹としているものと思った」
「皆さん、考えてくれているんですよ。どうすれば精霊さんが落ち着いて、そして楽しんでくれるかを」
 降り立ったサラとミーミルと一行の前に、どこか調子の外れた音色が聞こえてくる。振り向いた先には五月葉 終夏(さつきば・おりが)とパートナーであるシシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)ブランカ・エレミール(ぶらんか・えれみーる)ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)がそれぞれリュートを手に今まさに演奏を始めようとしていた。
「さ、私達は音楽の演奏だ。……精霊は、嫌いじゃないからね。落ち着いてもらえるように、できれば元気でいてくれた方が嬉しいかな」
 終夏の言葉に、パートナー三名は面白いものを見たといった表情を浮かべる。
「……何だい君達、そのニヤニヤ顔は」
「そういうまともな反応は、できれば常々してもらいたいものだな」
「そーそーいつもがいつもだからね、普通の反応見ると逆に怖――」
 終夏が蹴りの姿勢を見せたので、ブランカが口をつぐむ。
「まったく……似合わない事言ってるのは自覚してるさ。「キメラ君達にお手を仕込んでやろうか」この方が私らしいかもな」
「その通り――痛っ!! 終夏、何をする!」
 蹴りを食らったニコラが反論する。
「ちょうどそこにいたから蹴ったまでだよ。冗談言ってると、今度は世界樹から蹴り落とすよ」
「はは、ご愁傷さま、ニコラ。さーて冗談はこんくらいにしてー、俺の天才的なリュート演奏を精霊に披露しちゃおうっかな」
「私とて、ただ立っているわけではない。楽器の演奏など何とでもなるだろう、このニコラ・フラメルに不可能などない!」
 先んじてリュートを構えたブランカと、負けじと後を追ったニコラが音を奏でるが、演奏の出来栄えはどんぐりの背比べといったところであった。
「師匠師匠っ、僕、一生懸命演奏して、精霊の皆さんが安心してくれよう頑張ります!」
 意気込んだシシルが演奏に加わるが、三人寄っても何とやら、相変わらず音が外れっぱなしの普通なら聞くに耐えない演奏であった。
(知名度もなければ優れた腕前もない素人集団。それでも、へたくそでも何でも、笑ってもらえればそれでいい。……お耳汚し、ご容赦あれ!)
 最後に終夏がリュートを構え、音を紡ぎ出す。四つの紡がれる旋律は全くバラバラで、かみ合うところが一つもないように聞こえたかもしれない。
 だが、一つだけかみ合うところがあるとするならば、それは、リュートを演奏する四人の誰もが楽しげで、そして精霊たちに蔓延る不安を取り除き、祭を楽しんでほしいという願いに満ちていたということである。
 音は、物体の振動が空気などの振動として伝わって認識される。物体、すなわち人間が、楽しい時と悲しい時、怒っている時とでは起こす振動も微細ながら異なってくるであろう。人間ではその微細な違いを認識することは難しいが、自然に身を委ね、自らが流れる者としてそこに佇む精霊には、少しの違いをも認識することができる。精霊が感情を理解する力に長けているとされるのは、ここからきていることでもあった。
 だからこそ、評価としては決してよろしくない演奏であるかもしれないが、演奏を聞いた精霊は誰も、不快な顔をしたりその場を立ち去ったりはしなかった。どこか楽しげに、そして聞き入るように目を閉じ、身体を揺らしていた。
「彼らの演奏も、精霊達には真意が伝わっている。……ミサ、伝えたいなら、今をおいて他にない」
「で、でも、事態が事態だし、その……俺一人で何が伝えられるのかな……」
 演奏が佳境に入った様子に、何れ 水海(いずれ・みずうみ)が不安げな面持ちの愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)を元気付けるように、頭を撫でながら優しげに呟く。
「先程は伝わったのだろう? 確りした感情ではなくとも、きっと何かは生まれているのだよ」
 それは人間が理解出来るような感情ではないのかもしれないが、精霊にはきっと伝わっている。そして精霊から伝わってくる反応は、『楽しい』という感情――。
「……うん」
 一つ頷いて、決意を固めた顔を浮かべて、ミサが水海の傍を離れる。先程までミサの頭にあった手を胸に当て、水海が見守る中、演奏の途切れた空間に、小さくも響く歌声が流れていく。

 無数の声に混じる
 小さな歌を聞いて
 どうか貴方の胸の
 淀んだ想いが凪ぐよう

 大切なモノを失う不安
 握りしめる掌
 暖かい此処で振り翳すより
 この手と重ねましょう?

 だって望むのは
 お互いの不幸ではないのだから
 さあ照らしましょう
 不安も傷痕も癒し合えるよう


「……仲間が心配で、不安になって……仕方のない事だけれど、お互いが笑顔になれる結果にしたい。……多分それは、種族関係なくここにいる皆が想ってる事だと思うんだ」
 歌い終わったミサが、精霊たちを前にして自らの想いを告げる。その言葉に答えたのは、ゆっくりと歩み寄ったサラだった。
「不安、そして、何をすればいいのだろうという思いがある。だが、望むところは一つ、人間と精霊のどちらもが笑い合える結果。私はそう思っている。皆はどうか?」
 サラの問いに、その場にいた精霊は同意するように頷く。その回答を目にして、サラもほっとしたように微笑む。
「え、あ、えっと……ありがとう」
 サラとミーミルの突然の登場に、慌てつつとりあえず礼を述べたミサのところに、ウェーブの髪を揺らした精霊が歩み寄る。
「あ、あの……わたし、『ウインドリィの風の精霊』カナリィです。あなたの歌、とても感動しました! よければわたしにも教えてくれませんか?」
「あ……うん、俺でよければいいよ」
 カナリィを連れたミサが水海のところへ戻っていく背後では、終夏のところにも『ウインドリィの雷電の精霊』タタチチがリュートに興味津々といった様子で姿を見せていた。
「ねーねー、ボクたちにもリュート、弾けるかな?」
「何なら弾いてみるかい? 上手い教授とはいかないだろうが、教えてあげよう」
「わーい、やったー!」
 そうして、パーティー会場は今日の精霊祭のような賑やかさを取り戻していった。
「ミーミルちゃんっ」
 人間と精霊とが手を取り合う中を縫って、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がミーミルとサラのところにやって来る。
「メイベルさん、楽しそうですね」
「歌うことは好きなのですぅ。ミーミルちゃん、昼間は迷惑かけちゃってごめんなさい。お詫び、というわけではないですけど、ミーミルちゃんも一緒に歌いませんかぁ?」
「え、私ですか? えっと……」
 ミーミルが、サラに視線を向ける。「私のことは気にするな」という視線を向けたサラに、メイベルの言葉がかけられる。
「宜しければ、ご一緒しませんか?」
「……私もか? 歌がどういうものかは理解しているが、経験はないな」
「私もです……その、読み書きに慣れてなくても、歌えますか?」
「んー、歌えるんじゃないかな? そっかー、ミーミルは読み書きが苦手なのかー。そういえば絵の方はあれから上手くなった?」
「う……そ、それは、セシリアさんの想像にお任せしますっ」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)の問いに、ミーミルが顔を伏せて答える。得手不得手は種族問わず存在するものである。
「ミーミルも、色々気負うものがあって、疲れているでしょう? 一緒に歌えば、気分も晴れるのではありませんか? 今はただ、皆が無事に帰ってくることを願うばかりですわ」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)の勧めに、ミーミルが恥ずかしながら同意する頷きを返す。
「えっと、じゃあ……よろしくお願いします」
「私も付き合わせてもらおうか。手ほどきの程、よろしく頼む」
「分かりましたですぅ。セシリア、あなたも一緒に歌いませんかぁ?」
「えっ、ぼ、僕!? うーん、ミーミルとサラの護衛といきたいんだけど……」」
「セシリア、行ってきなさいな。護衛の方は、わたくしがそれとなく務めますわ
 フィリッパの言葉にセシリアが頷いて、メイベルとミーミル、サラのところへ駆けていく。
「えっと、私もご一緒していいですかぁ? サラ様をこんな間近で見られるなんて、私、感激ですぅ」
「構わないとは思うが……その、何だ。私を見ても面白くないと思うぞ?」
 そこに、『ヴォルテールの炎熱の精霊』ヘリシャが同行を申し出る。おかっぱ頭のヘリシャの、まさに炎熱の精霊と言わんばかりの熱い視線を受けてサラが反応に困った様子を見せる。
「では皆さん、楽しく歌いましょう〜。いち、にの、さんっ、はい!」
 メイベルの声に合わせて、それぞれの思いが波を作り、人間と精霊とを優しく揺らしていった。