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ホワイトバレンタイン

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リアクション

「新入生歓迎会のときから、早5ヶ月か……」
 魚住ゆういち(うおずみ・ゆういち)は感慨深げにこれまでの日々を振り返った。
 鮮魚店の跡取り息子である彼がイルミンスールに入り、そして、各務 竜花(かがみ・りゅうか)と知り合い、ついに冬休みには初デートをした。
 しかし、あのときは他にもたくさんの人がいて、デートとはいえない状況だった。
 今回こそは本当の2人っきりだ。
(……これまで言えなかった思いを、今こそ爆発させてやる!)
 ゆういちは気合が入っていた。

 2人は公園のイルミネーションの前で待ち合わせをしていた。
「あ……」
 やってきたゆういちを見て、竜花が微笑を浮かべる。
「こんにちは。空気が澄んでて気持ちいいね。ほら、ライトアップもすごく綺麗」
 竜花が茶色の大きな瞳を向けて、うれしそうにライトアップを見つめる。
 しかし、ゆういちはそんな竜花を見て、こう口にした。
「今日は魚の鱗より断然! 輝いてるぜ各務さん!」
 赤面して口から出た言葉なので、ゆういちからすると褒め言葉なのだろうけれど……他の人が聞いたら、ずるっとこけそうな言葉だ。 だが、竜花は「あははは」と明るく笑ってくれた。
「ありがとう、魚住くん。なんだか、いつもの魚住くんで安心しちゃった」
「あ、あ、うん」
 そう言われて、ゆういちは自分の服装を見てみた。
 白を基調した竜花の服は、ピンクと赤がアクセントになっていて、マフラーの色とも合っていて、とても可愛かった。
 ひらひらとしたレースの重なった竜花の袖を見て、ゆういちは自分も少し洒落てくるべきだっただろうか、とか思っていた。
「魚住くん?」
 黙ってしまったゆういちに、竜花は不思議そうな顔をする。
 すると、ゆういちは顔を上げ、取り繕うように言った。
「あ、そ、そういやコンサートは行かなくて良かったのか?」
 ゆういちの言葉に、竜花は苦笑した。
「魚住くんは寝ちゃいそうだからコンサートはいいよ」
「あ、あはは……そうだよね……」
 デリカシーがないと言われたみたいで、ちょっとショックだったゆういちだが、そのゆういちの目に、少し小さめのバッグが映った。
「それは……?」
「フルートケース。コンサートに行かない代わりに、魚住くんに聴いてもらいたいんだけど……いいかな?」
「も、もちろん、喜んで!」
 ゆういちは居住まいを正すのを見て、「そんなにかしこまらなくてもいいよ」と竜花は小さく笑い、そして、寒さのせいなのか少し頬を染めて、ケースからフルートを取り出して、組み合わせた。
 寒さと緊張で指が震えていたが、それでもフルートから出た音はなめらかだった。
 即興で奏でられたその曲は、少し切なくも、可愛らしく柔らかいメロディ。
 ゆういちの目は竜花に釘付けになった。
 演奏が終わって、竜花が軽く頭を下げると、パチパチパチと大きな音でゆういちが拍手をした。
「素晴らしかったよ!」
「ふふ、今の気持ちをそのまま演奏してみたよ。だから、魚住くんにだけ贈るね」
「俺だけに……」
 感慨深げなゆういちだったが、フルートをしまおうとする竜花の手が少し震えているのに気づいた。
 演奏のため、手袋を外したせいだろう。
 ここで手を温めるために手を繋いであげられたらいいのだろうけれど……。
 そんなことを思いながら、ゆういちは竜花と公園内を歩き始めた。
 何とは無しに、イルミンスールの友人たちのことなどを話しながら、2人は公園を歩いていたが、ゆういちが急に足を止めた。
「魚住くん?」
「か、各務さん」
 ゆういちは竜花にさっと手作りチョコを差し出した。
「よ、良かったら開けて食べてみて」
 そこまで言って、竜花がぱくっとチョコを口にすると、ゆういちはそれ以上うまく声が出ずに、なんとか振り絞った小声で言った。
「外国じゃ今日は男からチョコあげる日なんだぜ。……チョコって言えば、そういや覚えてるか? 新入生歓迎会で各務さんがチョコケーキ作ってくれた事。アレさ、人の想像を超えるようなスゲェ素材とか入ってたよな」
「う。うん……」
 そのことは竜花も覚えている。
 その歓迎会や依頼などでゆういちを意識し始め、お調子者だけれどムードメーカーで明るいところや、どこか放っておけない雰囲気に惹かれ始めているのだ。
 だが、竜花は料理が下手な自分では作れないような、ゆういちの美味しいチョコに、ちょっと凹んでいた。
「どうかした?」
「……あ、えっと、魚住くんから貰えるなんて、びっくりしちゃって……。ありがとう……これ、魚住くんの手作り?」
「ああ、俺が作ったんだ」
 ゆういちは笑顔で答えたのだが、竜花はもっと凹んだ。
「あまり美味しくない……?」
「う、ううん。とっても美味しい」
 心配そうなゆういちに竜花は空元気で答えた。
 竜花の様子を気にかけながら、ゆういちは言葉を続けた。
「最初は各務さんの事を変わった子だって思ってたよ。けどそれは失礼だってすぐに気づいた。いつも一生懸命で、誰にでも気さくで、さりげなく優しいし……俺にも優しくしてくれただろ? だから、その、日ごろの感謝を込めて……じゃない……」
「……ん?」
 後半の声がかなり小さくなっていって、聞こえなかったので、竜花は聞き返した。
「俺、そんな各務さんが好きなんだ」
「「「石〜焼き芋〜」」」
 少し声を大きくして、ゆういちが言ったが、それに重なるように、通りかかった焼き芋屋の声がスピーカーから流れた。
「なっ、こんな時に…ええいクソ! 俺、そんな各務さんがいつの間にか大好きになってたんだよー!!
 ゆういちのものすごく大きな声に、人々が足を止める。
 その足を止めた中には、自分たちと同じイルミンスールの制服を着た人もいて、竜花は恥ずかしくなって、俯いてしまった。
「あ……」
 周囲と竜花の反応を見て、ゆういちがおろおろしていると、そこに焼き芋屋のおじさんが声をかけた。
「そこのカップルさん、いかがかい?」
「あ、そ、それじゃ2つ……」
 間が持たなくなったゆういちは、それを買って、竜花に渡した。
 竜花はそれを受け取り、黙って食べた。
「…………」
「そ、その……」
 黙る竜花に不安になりつつ、ゆういちは竜花にローブを差し出した。
「返事、聞かせてくれないか? もしOKなら前に約束してくれた、このローブに刺繍して欲しいんだ」
「…………」
 竜花は黙ってお芋を食べ切りそして。
「焼き芋美味しかったよ、でも恥ずかしかったよバカぁ! 魚住くんのバカ!」
「え、ご、ごめん」
 どう謝っていいのと思ってゆういちがオロオロしていると、ぽつりと竜花が言った。
「……でも好きです」
 その言葉がゆういちの耳に届いたと同時に、竜花はローブをひったくるようにとって、チョコを投げつけた。
「ばかーー!!!」
 そのまま脱兎のごとく逃げ出す。
 形が歪んだハート型のチョコを渡されたゆういちは、しばらく唖然とし……公園で企みの準備をしていたいんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)にポンと肩を叩かれて、やっと正気になった。
「ふふふふふ、残念でしたね」
 ぽに夫はそう言ったが、ゆういちは耳に残った言葉を思い出し、形のわりに味はまあまあ美味しい竜花のチョコを食べて、ポツリと呟いた。
「今のは……OKってことなのかな?」