シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

リアクション公開中!

精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

リアクション

 
 一時よりはマシになったものの、満ち干きを繰り返す波の如く冷気は押し寄せ、弾けた飛沫の如く大小まちまちの氷柱がイナテミスの壁を襲う。大きな氷柱は生徒たちの攻撃で破壊され、すり抜けた小さな氷柱は、修復を受けた壁や門に弾き返される。それらは氷柱の衝撃で揺れ、多少の損傷は見られるものの、後数時間なら持ちこたえられるような雰囲気であった。
「はぁ〜、街ん中入ってきた時はどうなるかとヒヤヒヤしたな〜。ま、あんくらいなら、オラの魔法で追っ払うんは造作もないけどな!」
「華花さん、無茶はいけません。華花さんに何かあれば、お嬢が悲しみます」
 えっへん、と胸を張る童子 華花(どうじ・はな)を、ヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)がそっと嗜める。いつ攻撃が飛んでくるか分からない状況下で、攻撃こそ一人前にこなせるものの守りに不安を残す華花が一撃を食らえば、それだけで致命傷である。そうなった場合、確かにリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は悲しむだろうが、ヴィゼントは鉄拳制裁を食らう可能性が大である。華花を守ることは自らを守ることと同義であった。
「キューちゃんは大丈夫やろか。凍えとらんやろか」
「あの二人なら心配はないでしょう。どちらも経験豊富ですから」
 ヴィゼントが想像するように、壁の外、対冷気戦の最前線では、リカインとキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)が己の身体を張って冷気に戦いを挑んでいた。相手が氷結属性である以上、炎熱属性の攻撃が有効ではあるのだが、リカインはそれを使用せず、キューもリカインを慮ってか使用を最小限にとどめている。だからといって二人が全く戦力にならないなんてことはなく、むしろ不利を感じさせない振る舞いで冷気を押しとどめ、飛んでくる氷柱を破壊していく。
「キュー、左と右、両方から来るわ!」
「よし、我は右を迎え撃つ! リカは左を頼む!」
 リカインの言葉にキューが答え、そして二人はそれぞれの方角へ飛び出していく。冥府に引き摺りこまんとする鎖の影響で動きが鈍った氷柱を、キューが放った竜の闘気が粉砕する。リカインはもっと単純に、強化した身体能力と五感を駆使しての殴り蹴りで氷柱を砕き、迫る冷気を押し返す。殴ればちゃんと感触が返ってくることに驚きはしただろうが、慣れれば何ということはない。ただただ殴って蹴ればいい、それだけのことなのだから。
(精霊と人の未来のために……ここで冷気を押し返す!)
 誰にも負けない強い思いを胸に、リカインの歩みは止まらない。キューもそんな彼女の思いを汲み取り、負けじと自らの腕を振るい、冷気に立ち向かっていく。

 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が中心となって構築した櫓は、今や襲い来る冷気に対する防御陣地と化していた。
 戦闘に備えて補強された櫓は稜堡に名を変え、そこに機関銃を取り付け構えを取るローザマリア、パートナーのグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)今川 仮名目録(いまがわ・かなもくろく)上杉 菊(うえすぎ・きく)が傍に控え、『要塞』イナテミスを攻め落とさんと迫る千人万人の兵に相当する冷気と相対する。
「……流石に、冷気が襲って来るというのは初耳だわ。……だが、これも寒冷地訓練と思えば、多少の経験はある。皆、最初の射撃は私が行う。皆は私が示したポイントに攻撃を集中させて頂戴」
 ローザマリアの指示に、カナ、グロリアーナ、菊がそれぞれ了解の意思を示す。
「……攻撃開始!」
 ローザマリアの構えた機関銃から、炎熱属性を持った弾丸が無数に発射される。弾丸は冷気の濃いと思われる場所を的確に撃ち、攻撃を受けて弾けた冷気が空間に掻き消える。
「街の人々と立てた風車、この街の営み……護ってみせますえ」
 詠唱を完了したカナの炎弾が、間髪入れずローザマリアの射撃地点を絨毯爆撃する。拡散した冷気は次に攻め込むべきポイントを見極めるように漂い、一定の濃度をもって再び侵攻を開始する。
「逃しはしない!」
 しかしその侵攻は、稜堡の上のローザマリアには筒抜けである。再び斉射される機関銃が、彼らの侵攻を容易く打ち砕く。
「街一つ守れぬようでは、建国などまた夢のよう! 止めてみせよう、此処で!」
 グロリアーナの見舞った爆炎に煽られ、冷気は再び撤退を余儀なくされる。似たような場所からでは二の舞だと気付いたか、今度は別の方角から侵攻を企む冷気、しかしそれも、監視を行っていた菊によって発見される。
「御方様、あちらに!」
「どこから来ても同じこと……!」
 機関銃を指示のあった方角へ振り向け、ローザマリアが斉射を行う。
「この寒さ……越後の冬を思い出しますね。ですがこれは、あの優しく包みこむような雄大さを感じられません。……此処で退くわけには、参りません!」
 菊の生み出した炎が、彼女の得意とする弓技に沿うように細長く、そして鋭く冷気を討つ。同胞を尽く討たれた冷気は、攻めあぐねるように森の奥で漂うばかり。
「……打ち方止め。敵の動きが活発になり次第、再び攻撃を開始する」
 その様子を見遣って、ローザマリアが銃から手を離す。無暗に攻撃の手を重ねても、効果が上がるわけではない。必要な時に必要なだけの火力を投入する、それを100%行うことが出来れば、戦争というのは自ずと勝利するものである。もちろんそれが為されるためには膨大な準備が必要であるが、数日〜数年を要するような戦いではない。数時間程度戦力を維持するならば、多少の準備と本人の努力で事足りる。
「この戦い……予想外の事態さえ起きなければ、勝利は必ず掴める」
 稜堡の上から呟くローザマリアの言葉は、自らが取った手段とその結果に裏打ちされていた。

 四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が最終防衛ラインと位置付けた場所は、当初予定した場所よりもずっと門に近くなっていた。冷気の侵攻の速さと味方の生徒の展開の遅れが主要因であったが、だからといって彼女たちに悲観した思いはない。もうこれ以上、冷気をここから奥には行かせず、食い止めることに変わりはないのだから。
「唯乃、第二次防衛ラインが突破されました。なおも徐々に最終防衛ラインに近付いています」
 門の上からフィア・ケレブノア(ふぃあ・けれぶのあ)の報告が唯乃とエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)にもたらされる。門や壁の修理の時に持って来た材料で構築した壁――それは他の生徒の前にもいくつか構築されていた――の一つが氷柱の攻撃で破壊されたことを報告していた。炎の壁の失敗を生かして構築された壁も、複数の攻撃の前には屈さざるを得ない。
「そろそろマズイわねー。フィア、爆薬を仕掛けたって場所まで後どのくらい?」
「到達までそうかかりませんね。有効範囲内に入り次第爆破しますが、それでいいですか?」
「いいわよ、やっちゃって。そこから一気に押し返して、出来るならまた防衛線を構築すればいいわ。エル、準備は出来てる?」
「はいなのです。ケケ、ルル、トト、いつでも出られるのです」
 エラノールが頷き、彼女が従えるアンデッドのスケルトン、ケケ、ルル、トトも骨をカタカタ言わせて頷く。
「爆破5秒前、4、3、2、1……爆破!」
 フィアが手元のスイッチを操作すれば、ある地点で爆発が起こり、膨大な熱量が突如発生する。何も知らないまま侵攻を続けていた冷気は、その爆炎に侵攻を妨げられる。形というものが明確でない冷気も、この時ばかりは生じた熱量という名の壁に沿うように姿を形取っていた。
「今よ!」
 唯乃の号令が下され、スケルトン隊がラインを飛び出し、熱量の引いた中を冷気に向かっていく。不死体である彼らは、冷気に大きな抵抗を持っている。並の人間なら凍えて動きが鈍るところを、彼らはなんなく駆け、冷気と相対する。一体では非力な彼らも、三体集まればなんとやら、それなりの抵抗を示して冷気を食い止める。すると冷気は正面突破を図らず、彼らを回り込むように迂回しての突破を目論む。
 だが、それは散開していたものを一つに集めることになる。この時に集中砲火を食らえば一溜まりもない。そして彼女たちは今、集中砲火の準備を完了したのであった。

「光よ!」
「ファイアストーム!」


 唯乃の放った光の筋が冷気を貫き、エラノールの放った炎の嵐が冷気を包み込み、形を保てなくなったそれらが空間に消えていく。空いた空間に冷気が入り込む前に仲間の生徒が入り込み、抵抗線を構築していく。
 戦況は未だ一進一退ながら、少しずつ、生徒たちの優勢に傾いているようであった。