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嘆きの邂逅~闇組織編~(第5回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第5回/全6回)

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 満月の夜。
 夜釣りをしている釣り人の姿が遠くにちらほらと見える。
 まだそんなに遅くはない時間に、人質交換に向う者達は河岸へと到着をしていた。
 ここから小型漁船に乗って運河から湖に出て、指定の島へと向う。
 普通に行けば十数分の距離だが、途中の襲撃を防ぐために、釣り人達に紛れて島へと近づくようにと百合園側から指示が出ている。
 船を出してくれるのは、軍籍をもつ漁師だった。
「よろしくお願いします」
 アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)が漁師に頭を深く下げる。
 連絡を受けたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)も付き添いとして同行している。
 その他にも、アレナが世話になった人物として匿名 某(とくな・なにがし)大谷地 康之(おおやち・やすゆき)秋月 葵(あきづき・あおい)エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)メリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)らの名前をアレナがあげ、百合園側から連絡を入れたところ、康之、葵、エレンディラ、メリッサがこの場に訪れていた。
 漁船にはアレナと付き添いの他に、4人くらいまで乗り込むことが出来るということで、交換に向う者達、そして帰還する静香の心の安定の為に、4人乗り込むことになっていた。
 乗船を望んだ、康之、葵の他に、静香の身を案じ、百合園側に強く乗船を希望した真口 悠希(まぐち・ゆき)も、若干危ぶまれながらも亜璃珠が同行を希望したことにより、乗船することになった。
 それから、百合園側からは連絡のいっていない人物ではあったが、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)も、亜璃珠から連絡を受け、乗船することになった。
「今は私にできることは少ないかな」
 真剣に準備を進める皆を見ながら、ロザリンドのパートナーテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)が呟く。
 色々考えてみるが、良い案は思い浮かばない。
 ここで待機しているより他なさそうだ。
「皆が仲良くできたらいいのにね」
 もう1人のパートナーで、白百合団に入ったばかりのメリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)がそう言った。
「そうだね。全員で早く帰ってきてよー」
 テレサがそう声をかけると、ロザリンドが振り向いて、頷きを見せる。
「悠希、皆、どうか無事に……。帰って来たら治療は任せて」
 悠希のパートナー槙下 莉緒(まきした・りお)は、悠希にそう声をかける。
 上杉 謙信(うえすぎ・けんしん)は、ただ強い瞳で皆を見送る。
 向う者達の中に強い覚悟を持つ人物がいることを感じ取っていた。
 真口悠希著 桜井静香さまのすべて(まぐちゆきちょ・さくらいしずかさまのすべて)も、船着場で皆を見守る。悠希から弱っている静香の影武者として動いてほしいという指示を受けていた。
 エレンディラは心配そうな目で、乗船する葵を見ている。いつでも駆けつけることが出来るよう、側に飛空艇をとめてある。
「それじゃ、言ってきます」
 アレナが皆に頭を下げて、船に乗り込む。
 乗船する6人の乗せてすぐに、船は湖の方へと向っていった。

 アレナと付き添いのロザリンドと亜璃珠は武装をせずに、武具と思われそうなものは狭い船室の中に入れさせてもらった。
 ただ亜璃珠は服の中にヴァンガード強化スーツを着こんではいる。
 亜璃珠は静かに周囲の様子に神経を張り巡らせていく。
 アレナの殺害が目的なら、この船の存在が敵に知られていたら岸から離れた場所で襲撃され沈められてしまう可能性だってあるのだ。
 小夜子は船首に近い位置に立ち、1人覚悟を決めていく。
 小夜子が乗り込んだのは、皆の精神的なケアの為ではない。
 自分は何のためにいるのか、小夜子はずっと思い悩んできた。
 白百合団に剣はいらないと小夜子は思っていた。
 実際はそういうわけではないのだが、小夜子はそう感じていた。
 でも、この現場で――剣が必要になると、亜璃珠からの話を聞いて思い、同行することが、そして剣を振るうことが自分の存在理由なんだと思った。
 命を惜しむつもりはない。
 自身は覚悟を決めつつ、緊張した表情の皆に微笑んでこう声をかける。
「みんな笑って帰ろう?」
 亜璃珠、悠希が僅かに笑みを浮かべえ、頷いた。
「やる気は伝わってきます……。でも殺気を気取られない様に気を付けて下さいね」
 悠希のその言葉に、小夜子は「ええ」とだけ答える。
(小夜子さまも命を惜しんでないですね……でも大丈夫。貴女も、誰も……見捨てませんから)
 小夜子を見ながら、悠希はそっとそう思っていた。
「全く。事情があるなら言えって。言ったろ? 何かあってもなくても連絡くれって」
 康之がアレナにそう言う。百合園生徒会から連絡はあったが、アレナ本人から康之に連絡は届いていなかった。
「さよなら、しましたし……。でも、来てくれたら嬉しいなってちょっと思ってました」
 アレナは少しだけ微笑んだ。
「安心しな。何があってもきっちり護ってやる!」
 そう康之が言うと、アレナは少し驚いた表情を見せた。
「俺だけじゃねえ、ここにいる奴らみんなそうだ! だから何も心配することはねえ!」
 そこ言葉に、アレナは首を左右に振る。
「無理です、よ……ダメなんです」
「何がダメなんだよ……っと、なんだ」
 さっきから康之の携帯電話が鳴り続けている。会話に支障が出るためやむなく康之は電話に出た。
 相手は、パートナーの某だ。
 アレナを外側に配置しないこと、殺気看破で常に警戒をしておくこと。
 熱くなりやすいところがあるので、心頭滅却を使うこと。
 戦闘になった際の注意事項などの指示が、某から康之に出される。
「うん。わかった」
 康之は普段では考えらないほど真剣に某の話を聞き、アドバイスも求めていく。
「アレナさま」
 その間に、悠希がアレナに近づいた。
 アレナは赤く腫れた目を悠希に向ける。
「こんな事になりお詫びもできません……」
 悠希は今回の件を静香を守ることが出来なかった自分の責任だと思っていた。
 だけれど、悠希は誰にも責められることはなかった。
 だから、冷静でいられて。大切な仲間である皆を、死なせはしないと決意をしていた。
「ボクは……いえ、この場の全員が、誰も見捨てないという信念を持っています。貴女の痛みはボク達の痛みです。ボクは静香さまからその精神を教わりました」
 アレナの眉がピクリと動く。
「……そんな静香さまを救う為、こんな事言えた義理は無いですが、力を貸して下さい」
 そう言って、悠希はアレナに頭を下げた。
 アレナは何も答えず、悠希は頭を下げ続ける……。
「……いいえ、違いますよ」
 しばらくして、アレナはそう言葉を発した。
 悠希は顔を上げて、アレナを見る。
 普段と変わらない、穏やかな顔の彼女の姿がそこにあった。
「悠希さんが私に謝られる理由は何もありません、逆ですよ。静香さんを守ると決めたのは、悠希さんがご自身で決めたこと、です、白百合団から校長の護衛を命じられたわけでは、ないはずです。あの日の、白百合団員の重要な仕事は研究所に向うことでした。百合園女学院の校長が攫われたことに対して、誰に責任があるのかといえば……私、です」
 アレナは軽く眉を寄せる。
「校長は、組織に狙われていると解っている早河綾さんを連れ出して、屋上で茶会をされたそう、ですが、そのようなことをされると優子さんが耳にしていたら、警備の指示を白百合団に出していないはずがありません……。屋上のような空から攻撃されやすい場所で行うこと自体にも、反対したと思います。私が離宮にいる優子さんのパートナーとして、優子さんのお仕事もきちんと行えていたら……防げた、と思います」
 離宮との連絡係を務めていたアレナは、他にも連絡係がいることから白百合団員として優子の仕事を少しでも行いたくて……優子に代わって、分校の皆へお礼をしたり不満を聞いたり。そして、研究所に行って、百合園生達を守りたいとも思って、研究所へ同行したのだった。
「いいえ」
 口を挟んだのはロザリンドだった。
「あの時点で、白百合団の班長として警備の指揮をとることが出来たのは、私だけでした。私の責任です」
「それを言うなら、私だって」
 亜璃珠が苦笑しながら言う。
「優子さんの仕事を手伝うって約束したしね。任されたのは分校のことだけれど、地上にいない彼女の分、全部引き受けて……そういった指示も出せていれば、防げたかもしれないわ」
 だが、ロザリンドも亜璃珠も、任された責務を果たすために、皆をまとめ、時には武器を取り忙しなく働いていた。
 だから、病院の事件に関しては、彼女達の責任などということは全くない。研究所にも分校にも彼女達が必要だった。
「もし、アレナが病院に行っていたら、その場でアレナが狙われてたかもしれないし……。全て済んだことよ」
 亜璃珠の言葉に、首を縦に振った後、アレナは悠希を見た。
「悠希、さんは……静香さんのことが凄く好き、なんですよね。私も、静香さんのお人柄、好き……です。でも」
 アレナの顔が真顔になり……涙が一粒、目から落ちた。
「一番悪いのは、校長、だと思います。綾さんが狙われているのは知っているはずなのに、生徒を守るための警備体制について考えてませんでした。……地球では、校長は生徒に守られる存在なの、ですか? 力、なくていいと思います。優しいところとても好きです。でも、あの場で、指揮も執らずに、怪我もしていないのに、逃がそうとした方の手を掴んで、真っ先に守られる……それが当たり前になってしまっていることは、『違う』と思います」
 悠希、そしてその場にいる皆が、アレナが自分を犠牲に静香を助けに行くということに大きな疑問を感じていることに気付く。
「誰も……絶対、見捨てません!」
 悠希の言葉に、アレナは強く首を左右に振ると船室に駆け込んでいった。
「アレナ先輩!」
 葵と康之が後を追う。
「彼女自身と親しい2人に任せましょう」
 亜璃珠はそう言って、近づく島の方に目を向ける。絶対にアレナも連れ帰る。その確固たる意志は亜璃珠にもあった。
 その為には、各々、今すべきことをしなければならない。
「皆さん……」
 ロザリンドは、何故自分ではないのか、と。
 自分ならばどのようなことになろうとも受け入れられるのに。
 力が無いせいで、アレナの代わりになることが出来ないことを悔やみながら。
 船縁を強く掴み、思いは語らず冷静な声で、班長として、年長者として皆に注意を促していく。
「人質交換まで、隠れて後を追ったり暴れるなど、不用意な行動はされないようお願いします。……必ず皆で帰りましょう」