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地球に帰らせていただきますっ!

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地球に帰らせていただきますっ!
地球に帰らせていただきますっ! 地球に帰らせていただきますっ!

リアクション

 
 
 再会の酒に酔い 
 
 
 コツン、コツン……。
 響く靴音に、地元に帰ってきたのだという実感が湧いてくる。
 石畳の凹凸は慣れない人ならば歩きにくいと感じるだろう。けれど、10年ぶりに踏む石畳の道は朱 黎明(しゅ・れいめい)にとっては懐かしい感触だった。
 妻が死んで10年。黎明は一度もロンドンに足を踏み入れなかった。自分自身、死ぬまで戻ることはないと思っていた場所だけれど……。気持ちの整理をするのはこの場所以外になかった。
 街を歩く足は自然と1軒の家へと向かう。
 それは……親友のベン・ブラウンの家だった。
 チャイムを押してしばし待つ。
 連絡もしない突然の訪問だ。挨拶もせずに姿を消した自分をベンがどう思っているのだろうか。
 無視されるかも知れない、あるいは疎まれるかも。そんなことを考えていた黎明の前で扉が開けられた。
 ぬっと顔を出したのは、浅黒い肌に無精ひげを生やした熊のような巨漢だった。成長はしているけれど、それでも昔とほとんど変わってはいない懐かしい、友ベン。唯一変わったところといえば、ふさふさした髪がすっかりスキンヘッドになっているくらいだ。
 黎明の姿を見たベンはわずかに眉を寄せる。誰だったかと記憶を辿るように。そして。
「てめぇ黎明! 今まで何してやがった。ったく、心配ばかりかけやがって」
 相変わらずの口調で言うと、黎明の肩をばしばしと乱暴に叩いてくる。前と変わらぬ態度で迎えてくれたことが嬉しくて、けれどそう言うには照れくささが先に立って。
「ベンこそその頭は何だ。髪は長い友達だというのに……大馬鹿野郎!」
「頭のことは言うな! 口の悪い奴だぜ」
「あんたにだけは言われたくない」
 言いたいことを言いあって、大声で笑いあって。
 そうしていると会わずにいたこの10年がどこかに消え去っていくようだった。
 
 玄関先でわめきあっていては近所迷惑だとベンが言い、2人は近所の酒場に場を移すことになった。
 気さくな店主のいる酒場はもうすでに賑わっている。黎明とベンはその片隅に腰を落ち着けた。
 10年間会っていなかったのだ。話したいこと、聞きたいことはたくさんある。
 話すうち、酒で口はほぐれ、ますます話は盛り上がる。昔のことなんてよく覚えていないと思っていたのに、ベンと話していると、あんなこともあった、こんなこともあったと次々に思い出が蘇る。
 少し酔ってきたのだろう。ベンはそれまで避けていたらしい黎明自身のこと触れてきた。
「今は何してるんだ?」
 そう聞かれ、黎明はどう答えようかと迷った。パラミタで犯罪まがいのことをしていた、とはさすがに言い辛い。
「パラミタにいるんだ」
「パラミタって契約がどうこうっていうあれか? へぇ、黎明がなぁ……」
「そ。おかげで33にして高校生だ」
 黎明が冗談めかして言うと、ベンはぶっと酒を吹き出した。
「きったねぇな」
「だ、だってよお、てめえがその歳で……ぶはははははっ」
 思いっきり笑うベンに、黎明はパラミタでの暮らしをぼかして話した。あまり深くをつっこまれないうちに、ベンの方に話をふる。
「ベンこそ、今は何してるんだ?」
 そう聞くと、ベンはくしゃりと顔を歪めた。
「店をやってるんだ……花屋をな」
「花屋?」
 熊男のようなベンの外見にあまりに似合わない職業に、つい黎明は笑ってしまった。ベンは笑われて一瞬口ごもったが、小声でこう続ける。
「うちのかみさんがな、花が好きなんだ。だから……」
「結婚したのか?」
「ああ。子供ももう3人いる。可愛い盛りさ」
「そうか……」
 ベンが結婚できたのかと仰天したが、10年経っているのだ。23歳だったベンも今は33歳。父親になっていても不思議のない歳だ。
 自分も妻が健在だったら、それくらい子供がいたのかも知れない。
 そんなことを考えていると。
「……すまん」
 ぽつりとベンが謝った。何を謝られているのか分からず、黎明はベンの顔を見る。
「……奥さん、良い人だったのにな」
 愛する妻と両親が殺されてすぐ、黎明はこの街を去った。近所では自殺したんだとか黎明が犯人だったから逃げたんだ、という心ない噂まで流れた。ベンはそんな噂を信じはしなかったけれど、親友に悔やみの言葉もまともにかけられなかったことをずっと気にかけていたのだった。
 自分は幸せな家族に囲まれている。けれど黎明は……。
 隠しごとの苦手なベンの顔にはそう書かれている。黎明は微苦笑すると、グラスを取り上げた。
「パラミタでは地球で死んだ魂が生まれ変わるらしい。嘘か本当かは分からないが俺はそれを信じる。だから……妻や両親が生まれ変わるパラミタを全てから守りたい」
 そう告げるとグラスに残った酒を黎明は飲み干す。
「黎明……」
「俺さ、一度ベンの子供に会ってみたいな。どっち似だ?」
「おう。飲み終わったら家に寄れよ。うーん、かみさん似かなぁ」
「そりゃ良かった」
「どういう意味だ?」
 再び流れ出した会話の中、黎明は思う。
 明日は妻の墓参りに行こう。彼女が大好きだった真っ赤な薔薇をベンの花屋で買って。