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第8章 闇組織が残したもの

 祝賀会の準備の最中に、一所に長居するのは得意じゃないといいながら神楽崎分校から去っていった南 鮪(みなみ・まぐろ)は、ニニの嫌がらせなど知らずにヴァイシャリーを訪れていた。
「ヒャッハァ〜! 差入れを持ってきてやったぜェ〜!」
 訪れたのは、監獄だ。
「心配するな買いたて新品だァ〜」
 囚人にも、看守にも受付のお嬢さんにも、皆に同じものを差し入れて回る。
 包装などしていない。そのまま大量に袋に入れてもらったソレはもちろん新品の女性物の下着だ、パンツだ。
 知り合いの女囚に頼まれたのだろうと、持ち込みは止められなかった鮪だが。流石に受け取った受付嬢としては気持ちが悪くて仕方がない。
 看守としては、使用済みの方が良かったなどと本心を言うわけにもいかず。
 鮪は追い立てられていく。
「うぅー……おじちゃんどこー?」
 イリィ・パディストン(いりぃ・ぱでぃすとん)は、面会室に訪れた囚人を隅の方からじろじろと見るが、会いたい人の姿はなかった。
「探してきて良いぞ。羽目を外しても構わん」
 看守達に聞こえないよう、織田 信長(おだ・のぶなが)はイリィにそう囁きかけた。
「いってくるぅ?」
 イリィはドアを開けて廊下へと出て行く。
 警備兵の姿があり、牢の方にはいけないので、廊下を出ると受付の方に向いマイクを取り出して歌いを歌い始める。
「もひもひもひもひぃモヒカンもひもひぃ〜♪」
 作詞作曲自分の最近お気に入りのモヒカンソングだ。
「こら、保護者の方は? 大人しくしてなきゃダメでしょ」
「おひとついかがぁ♪ モヒカンにあうおばちゃん〜」
「誰がおばちゃんですか!」
 女性がイリィの腕を強く掴む。
「ほら、すぐに穿き替えろォ、ヒャッハー」
「キャーッ、何するんですかーっ!」
 受け付けの女性達が悲鳴を上げる。
「ちょっと、止めなさい! 追い出すわよ!!」
 イリィから手を離して、女性は受け付けの方に加勢に向う。
「もひぃもひ、かんかん、もひぃかん〜♪」
 解放されたイリィは、気持ち良さそうに歌を歌い続ける。

 ……そんな風に、2人が迷惑行為をしている中、信長は研究所の所長とキマクの拠点の主であるコリスと密談をしていた。
 武器類は持ち込めず、互いの間は防弾ガラスで仕切られてはいたが、警備兵は鮪達が起こした騒ぎに気をとられて、信長達の話に注意を向けてはいなかった。
「色々残ってはいたが、ヴァイシャリー家に押収されただろう」
 信長の問い――研究所や拠点跡に更に何か隠してはいないかという問いに、2人はそう答えた。
 現在両方共に、焼け落ち、特に拠点の方は更地となっており、何も残ってはいなかった。
「跡地に残っておらずとも、逃がしたりはしておらぬのか?」
 答えない2人に対し、協力すれば、減刑や再就職先について協力してやると信長は持ちかけていく。
「無論、百合園が見学に訪れる前にある程度逃してはある。だが、それも検問により殆ど奪われてしまった」
「殆ど? 全てではないということだな」
「だが、それらがどこに向ったかは解らない」
 そう言いきり、それ以上なにも情報を提供してくることはなかった。
 多少の騒ぎを起こしているとはいえ、この程度では信長が軍側の人物の回し者ではないとは言い切れない。
 何か知っていたとしても、それ以上情報を話すほどの利点が見当たらないのだろう。
「よかろう、反省しておる旨、貢献し償いたいとの旨を伝え、わしが後見人として早くに出所出来る様手配して置こう」
 その言葉に、2人は口元に軽く笑みを見せた。

「なんだか受け付けの方が騒がしいな」
 毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)も同じ監獄に来ていた。
 しかし、面会を求めた相手は信長達とは違った。
 彼女が話を聞きたかったのは、ジィグラ研究所の研究員だ。
 研究所で脅した相手あたりが捕まっていればよかったのだが……その男は、白百合団が突入する前に、逃走してしまったらしい。
「さて、聞かせてもらおうか。お前達は何時何処で誰にキメラ製造技術を教わった?」
 大佐は現れた若い研究員全員に、質問をしていく。
「助手をしていただけだ」
「俺も」
「金で雇われただけだ」
「キミと変わらんよ。単なるバイトだ」
 彼らの言葉が本当なら、研究を指揮していた者はいないようだ。
「誰から組織に勧誘された?」
「キマクで求人広告を見て、応募した」
「俺も」
「俺は縁故。ダチが警備兵やってたから」
 賊が就職先のパラ実生が集うキマクだ。研究所の仕事といえば、堅気の仕事。彼らは真っ当な仕事についていた人達とも言える。
「組織の目的ってなんだったんだ? 憶測でもいい、一人ひとり聞かせてもらおうか」
「儲けることだろ」
「財界を支配すること」
「シャンバラを裏から支配すること」
「最終的には表に進出して支配することじゃねぇの?」
 大体そんな返事だった。
「なるほどな……」
 大佐は生徒会に協力しているつもりはないため、大して資料に目を通してはいない。
 しかし、離宮で起きたことや、組織がヴァイシャリー支配を目論んでいたことなどは、概ね理解している。
 最終目的は、シャンバラの支配だったのか。それとも、ヴァイシャリーを支配した上で、他の地を裏から支配するつもりだったのか。
 多分、そんなところだ。
「ところで……」
 ふと気になったことも聞いてみることにする。
「牢屋の居心地や飯ってどうなってるのだ」
「ベッドが硬い!」
「飯も不味い!」
「差し入れ差し入れくれよぉ、お嬢ちゃん」
「俺にも! 手作り菓子が食べたいぜ」
「かーちゃんの味が恋しい……」
 若い囚人達のそんな返答に、大佐は軽く笑い声を上げた。
 彼らは自分達のしたことをさして悪いとは思っていないらしい。

〇     〇     〇


 キマクにあるサルヴァトーレ・リッジョ(さるう゛ぁとーれ・りっじょ)が経営する職業斡旋所は『ウェイストランド・ギルド』と名付けられ、新装オープンを果たしていた。
 サルヴァトーレは表に出ては来ず、店では三井 八郎右衛門(みつい・はちろうえもん)が接客に当たっていた。
「いやぁ、この前のお祭にはノリそびれてしまいましてね」
 挨拶に訪れたヨハン・サンアンジュ(よはん・さんあんじゅ)は、店長の三井に連れている人物を指差して紹介する。
「うちに一匹暴れたがりがいるものですから、同じ暴れるなら有意義に暴れさせたいと思いまして」
「面白そうなお嬢さんですね。良い仕事を紹介させていただきます」
 三井は笑みを浮かべながら首輪でつながれている少女笹咲来 紗昏(さささくら・さくら)を見回していく。
 彼女はこちらには近づかず、壁際に立っている。
「おなか……すいた」
「食うか? 代金は身体で払ってもらうけどな。襲ってくれっていわんばかりの格好だよなァ」
 パラ実生が彼女の首輪についている鎖をくいっと引っ張る。
 彼女は無反応であり、ヨハンも気にすることなく、三井から斡旋所に届いている依頼について聞いていく。
「バックのしっかりとした良い仕事がありますよ。暴れることが専門なら陽動を任せられそうですねぇ」
 三井は麻薬取引に関する仕事を、ヨハンに説明していく。
 現在サルヴァトーレは近隣の有力者の下を周り、自称小麦粉の麻薬の仕入先を共同で行うシンジゲート設立の提案を行っている。
 闇組織が潰れた影響で、麻薬などの販売に支障が出ているはずだと考えたのだ。
 失礼のないよう、しかし媚びずに根回しをしようと動くサルヴァトーレだが、彼は新参者であり、この地での実績もまだない。彼の危うい交渉に、乗ってくるものはまだいない。
 これまでのような、パラ実生相手の交渉のようにはまるでいかなかった。
 ただ、麻薬のルートがいくつか潰れたことにより、製造を行っていた農家いくつかから在庫を仕入れることが出来ており、麻薬販売の売人の依頼がギルドで多く取り扱われていた。
 この場で在庫を持つのはあまり良くはないため、これは一時的な措置だ。
「オイタシチャ、ダメヨネー」
 壁際にいた少女――紗昏のその声と同時に、男の悲鳴が上がった。
「アラララ? ドウシチャッタノカナー?」
 見れば、紗昏はナイフを振り回し、男の顔に突き刺している。目を狙ったようだ。
「こらっ! お行儀よくしてなさい!」
「フン、分カッタワヨ。大人シクスレバイインデショ? スレバッ!」
 ヨハンが一喝した途端、紗昏はナイフをしまって、壁の方へと下がっていく。
「ただですむと思うなよ!」
「痛み止めくらいには、なりますかねー?」
 ヨハンはすぐに相手にヒールをかけるが、相手の怒りは治まりはしない。
 不良はテーブルの食器類を払い飛ばして、店から出て行いく。
「すみません、弁償しますので」
 ため息をつきながら、ヨハンが三井に申し出る。
「揉め事は困りますよ。次回ご来店の際には、露出度の低い服を着せてきてくださいね」
 三井は割れた食器類を片付けながら、ヨハンにそう言う。
「仕方ありませんね」
 ヨハンは紗昏に近づくと彼女の頭を撫でて微笑む。
「さてサクラ、私をもっと楽しませてくださいね」
「パパの、ためなら」
 そう言って、紗昏はヨハンの服の裾をぎゅっと掴んだ。

 斡旋所の隅の席では、オールバックの男が店内を観察しながら、酒を飲んでいた。
「随分離れた場所の仕事のようですが、受けるおつもりで?」
 男――ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)は、隣で求人票を見ているチンピラ風の男に声をかける。
「ヴァイシャリーとかで売った方が利益が出ると思うだけどなー。川使って運び込むの楽だし。とはいえ、交通費を考えてもかなり儲けが出そうだからな、受けるぜ俺は!」
 それは麻薬の売人の仕事だ。
 ミヒャエルも求人表を一通り見たのだが、キマク中心ではあるが、残りは殆ど西シャンバラの都市での販売の仕事だった。
「麻薬の仕事はどんどん増えるらしいぜ。今はキャンペーン中らしく、報酬もめちゃくちゃいいし、お勧めだな。一緒に受けるか?」
「いえ、私は仕事を受けに来たわけではありませんから」
「じゃ、仕事の依頼か? どんな依頼」
 興味を示す男に、ミヒャエルはこう説明しておく。
「さしせまった仕事がある訳ではありませんが、旧神楽崎分校か、あるいはもっと別の所の仕事をブローカー的に仲介してこちらに持ち込むことがありそうですのでね」
 別の所とはミヒャエルが所属する教導団のことだが……。
 どうやらこの斡旋所では西シャンバラでの大々的な麻薬販売を計画しているようでもあり、それは教導団員としては看過できないことである。
 折角出来た縁だ。互いにとって有益な関係を築いていきたいものだが……。
「ふーん、なんかイイ話持ち込む時には、声かけてくれよ!」
 男はぺしっとミヒャエルの肩を叩くと、求人票を手にカウンターの方へ歩いて行った。