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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第2回/全3回)

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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第2回/全3回)

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「実際に見てみれば、いやはや、これは大きいですねえ。これほど大きいものを間近で見られたことは、楽しくはありますが」
 表情に笑みを浮かべて、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が両手に蛇腹剣を握り、その刀身に冷気を宿らせる。振り抜いた剣が鞭のようにしなるのに合わせて、小さな氷の刃が無数にニーズヘッグへ突き刺さり、いくつかの箇所に穴を開ける。それに対し反撃の毒液を噴射するニーズヘッグ、だがエッツェルは避けようともせず、降ってきた毒液を全身に浴びる。
「ああ、心地いい……まるで全身を蟲が這うような感覚、たまりませんね」
 しかし当の本人は何ともなく、むしろ恍惚とした表情を浮かべていた。どうやら毒には強いようだ。
「このまま味方の盾になるのも悪くありませんね――」
 その瞬間、圧力を高めた毒液の直撃を受けて、エッツェルが大きく吹き飛ばされる。物理的な衝撃までは流石に防げなかったようだ。
(……もしかして、死んだ……? いえ、あの程度で死ぬような主公ではないですね)
 その様子を離れた場所から見守っていたネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)の眼前で、むくりと起き上がったエッツェルが自己再生を始める。
「何だよ、情けねぇなあ! 蛇だか何だかしらねーけど、攻めてくるってんなら容赦しねーぜ!」
「…………」
 回復のため一時的に戦線を離脱したエッツェルのフォローに、緋王 輝夜(ひおう・かぐや)アーマード レッド(あーまーど・れっど)がそれぞれ刀とレーザーブレードを手にニーズヘッグに戦闘を仕掛ける。振り払おうと毒液を噴射するニーズヘッグだが、輝夜はそれらを速い身のこなしで避け、やがてニーズヘッグから見えない位置に移る。
「……!!」
 その間に接近したレッドのレーザーブレードが、ニーズヘッグの硬い殻をもろともせずに切り裂く。元々イコンの装甲を切り裂くことを可能にするだけの出力を持ち、さらに光輝属性を備えているとあれば、例えニーズヘッグの硬い殻であっても紙に等しい。
 やがて、あちこちに裂けた傷跡が刻まれていくと、ニーズヘッグの毒液噴射がさらに激しくなる。それまで速度の低下はありつつも基本的には無反応だったニーズヘッグが、ここに来て苛立っているかのようにも見えた。
「お、もしかして怒ってる? でもこっちだって多少は怒ってんだよねー、エッツェルをあんなにしてくれちゃってさ!」
 ニーズヘッグの中では存在を忘れていたであろう、輝夜の放った剣が深々とニーズヘッグの殻を抉る。しかしそれでもなお、ニーズヘッグの歩みは止まらない。少しずつ侵攻速度が遅くなっているのは見て分かるほどになったものの、まだまだ足は止まらない。
(これではまるで、竜に引きずられているようだな。一旦戦線を大きく離れ、再び準備を整えて再出撃する方が得策だろうか)
 両刃刀から聖なる光を放って攻撃を加えていた北久慈 啓(きたくじ・けい)の持つHCに、防御陣地の最後方から通信が届く。最終防衛線での準備が思いの外早く整いそうであることを考慮し、防御陣地で抵抗を続けている生徒は一旦撤退、最終防衛線を押し上げ、その後【VLTウインド】作戦を展開する、とのことであった。
(精霊の長と遺跡の管理主の共同作戦、といったところか。ならば、俺たちはその作戦に万全の態勢で出撃が出来ればいい。無理にこの場に留まる必要はないだろう)
 そのように判断し、啓はその場を離れ、陣地の影から光の弾を放っていた須藤 雷華(すとう・らいか)、彼女のサポートを行っていたメトゥス・テルティウス(めとぅす・てるてぃうす)の下へ戻り、通信の内容と自らの考えを伝える。
「……そうね、そんな凄い作戦があるんだったら、その時に集められるだけの戦力集めて向かった方が成功する確率が上がるわね。
 だけど気になるのは、ニーズヘッグがこの後どう侵攻してくるかよ。この地面の溝沿いに進んでいくならいいんだろうけど、強引に進路変えられたら困らない? いつまでも列車ごっこしてる保証もないんだし」
 確かに今までは、ニーズヘッグはユグドラシルが付けたと思しき地面の溝に沿って進んでいた。衝撃波が駆け抜けた箇所は開けた影響で、ニーズヘッグの噴射する毒液も周囲の環境をそれほど汚染はしていないように見受けられた。
 だが、これからもずっとニーズヘッグが溝に沿って進む保証は、確かに無い。そろそろニーズヘッグも、この溝に沿って進めば手痛い妨害を受けることは学んでいるかもしれない。
「……ふむ、確かにそうだな。であれば、奴とつかず離れずの距離を保ち、何か異変があれば直ぐに後方の部隊に連絡する、時折こちらから攻撃して奴の気をこちらに向け続ける、など考えられるな。いずれにしろ、一気に撤退するよりも肉体的、精神的に負担を強いることになるが、大丈夫か?」
「そのくらい! 森に被害がいくくらいなら、それくらいやってみせるわ! あんなヤツにもうこれ以上好き勝手させるわけにはいかないわよ!」
「私は、お二人の意見に従います」
 雷華がハッキリと言い切り、メトゥスが雷華の傍に控えて呟く。
「よし、では他の者にも、必要以上の攻撃は控えること、監視に協力してくれないかどうかを尋ねてみよう。数は多い方がいい」
 言って啓が、周りで戦っていた者たちに話を持ちかける――。
 
「うわー、すっごい傷だらけ。大丈夫かなー痛がってないかなー。治癒の魔法とかどうかなー」
「ちょ、ちょっとアズサ、近付いたら危ないってば。毒は治療出来るけど、踏み潰されでもしたら、その……もう、心配させないでよっ」
 監視役を買って出た佐伯 梓(さえき・あずさ)が、カリーチェ・サイフィード(かりーちぇ・さいふぃーど)の心配を他所にニーズヘッグに近付いていく。毒液の噴射は、何故か行われなかった。
「俺はねー、ニーズヘッグはそんなに悪いやつじゃないと思ってみるよー。だってほら、今俺攻撃されてないし。それに全然怖くないし。ほらほらー」
 言って梓が、ニーズヘッグの殻をぺしぺし、と叩いてみたり、さらには背中に乗ってみたりする。
「アズサってば! ……確かにまぁ、不思議と凶悪な感じはしないのよね……って、そうじゃなくて! アズサ、落ちたら危ないってば!」
「大丈夫だよー、意外と気持ちいいよー。カリーチェも来ればいいよー」
 退く気はないとばかりに、背中に寝転がって空を見上げる梓。しばらくの後カリーチェもやって来て、そっとニーズヘッグの背中に足を着ける。
「……ねえ、この後どうするつもりなの? 確か、セリシア様とカヤノ様が大規模な作戦を準備してるって話でしょ?」
「うーん、そういえばそうだったねー」
 それだけ呟いた梓が、また空に視線を向ける。
「ねーねーお腹すかない? 寒くなってきたよねー、冬眠とかするの?」
「えっ? うーん、そういえばそうね、お腹すいてきたわ……うん、寒くなってきたわね――って、流石に冬眠は……あれ?」
 梓の言葉に、最初自分にかけられた質問だと思っていたカリーチェは、冬眠のところで違和感を感じる。
「ねえアズサ、もしかしてニーズヘッグに話しかけてるの?」
「うん、ニーズヘッグのこととか、ユグドラシルのこととか、一人で寂しくないかとか、聞いてみたくなって」
 上半身を起こした梓が、ちょっとだけ真面目な表情になって呟く。
「なんかさー、これってユグドラシルの試練なんじゃないかって思って。イルミンスールはまだ全然ちっちゃいから、力つけてほしいなーとか、そんな感じ」
 言った後で、はは、と笑って誤魔化す梓に、カリーチェは馬鹿にするでもなく、ちょっと考えてそして、笑顔で答える。
「……あたしは、アズサのそういうとこ、好きだな。……本当のこと、教えてくれたらいいわね」
「うんー」
 笑顔で頷いて、今度はカリーチェも横に寝転がる格好で、二人は仲良く空を眺めていた。
 そして、その横では先程まで戦闘を続けていたフリードリッヒと、彼に合流した栗、羽入 綾香(はにゅう・あやか)レテリア・エクスシアイ(れてりあ・えくすしあい)がつかず離れずの距離を保って控える。
「フリッツさん、ニーズヘッグと戦ってみて、どう感じましたか?」
「どう……ね。ニーズヘッグはイルミンスールを襲おうとしている、これは確かだろう。だから僕は全力で攻撃した、食い止めなければならないからね。
 だけど、今のニーズヘッグを見ていると、また違った思いが湧いてくる。出来ることなら友達になりたい、そう思う」
「うん……私も、戦うのは嫌。だけど、ニーズヘッグは何も言ってくれない。ここからは言葉だけじゃなくて、行動で示さなくちゃいけないことが、あるのかもしれない。
 ……私には守りたいものがある、その為なら……私は自分の禁忌だって、破れる」
「栗……」
 呟く栗を見つめて、背後から射抜くような視線を感じて、フリードリッヒが速度を落とし、レテリアに並ぶ。
「……何?」
 変わらず冷たい態度を取るレテリアへ、フリードリッヒが独り言のように呟く。
「僕が栗の何なのか、と聞いていたな。それについては、僕にもはっきりとは分からない。かけがえのない友人であり仲間……いつかきっと、はっきりと答えられる日が来るだろう。
 だが、栗を守れるのは僕じゃない。パートナーであり、守護天使である君だ。僕にも命をかけて守るべき存在がある。それがコントラクターというものではないだろうか」
「…………」
 フリードリッヒの言葉に、レテリアは表情を崩さず、しかし言葉を聞き流すこともせず受け止める。
 
 監視の下、結局ニーズヘッグは地面につけられた溝の通りに進み続けた。
 そして、念入りな準備の末に構築された作戦、【VLTウインド】作戦の時は、すぐそこまで近付いていた――。