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冥界急行ナラカエクスプレス(第3回/全3回)

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第3章 チャンドラマハルの死闘【奪還編】(3)


 
 中の死人戦士があらかた片付いた頃、遅れて樹月 刀真(きづき・とうま)がやって来た。
 その背中には前回足を銃で撃ち抜かれた影野 陽太(かげの・ようた)を背負っている。
 部屋の中央には椅子に座ったまま意識のない御神楽環菜の姿。
 装置の解析をしていた仲間に訊くと、どの程度かわからないが確実に記憶を奪われていると告げられた。
「そ、そんな……、ここまで来たと言うのに……!」
 陽太は慌てて装置に飛びつくと、尋常ならざる速度でキーを叩いて、中の情報を必死に掻き集める。
「何をしているのですか……?」
 パートナーのエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が尋ねた。
「記憶を奪われたのなら僕の記憶を環菜に上げます。今その方法を探して……」
「馬鹿なことをおっしゃらないでください。そんなことができるはずないでしょう」
「だ、だって……、何か……、何か方法があるはずです……!」
 涙目で装置を解析する陽太を刀真が止める。
「もういい、やめてください」
「か、環菜……、環菜ぁ……」
 陽太はぽろぽろと大粒の涙を流し、人形のように冷たくなった彼女にすがる。
「こんな記憶なんてないほうが貴女は幸せなのかもしれません。辛いこと哀しいことが沢山あります……、ですが、全部含めて大切な記憶じゃないですか。俺との想い出もいっぱいあったでしょう……、忘れてしまったんですか……」
 顔をくしゃくしゃにして環菜の手を握る。
「お願いですから、俺たちのことを忘れたなんて……、そんな悲しいことは言わないでください」
 そんな彼の姿を……、環菜はゆっくりと瞼を持ち上げ、ぼんやりと見つめていた。
 すこし前に覚醒していたのだけれど、頭におかしなものを流された所為で、身体を上手く動かせなかったのだ。
「……情けないわね。なに泣いてるのよ」
「か、環菜……!」
 またも涙があふれる。
 陽太は環菜を抱きしめた。死を纏った冷たい身体を暖めるように強く抱きしめた。
 この匂いを、この感触を、思いだすように……。
「苦しい……」
「イヤです。放しません。もう絶対に放しません。絶対に貴女を一人にさせません、ずっと側にいます!」
「陽太……」
 ううう……と涙声の彼に戸惑いながらも、環菜はそっと背中に手を伸ばし抱きしめた。
「……暖かい」
「環菜、こ、これを受け取ってもらえますか……?」
 陽太は幽玄草を渡した。
「また環菜に会えたら絶対に渡そうと決めてたんです……、俺は環菜のことを世界で一番愛してます」
 環菜は驚いたが、すこしすると血の気のない顔を、うっすら桜色に染めた。
 幽玄草を受け取り胸に大切に抱える。
「迎えに来てくれてありがとう、陽太。心配かけて……、ごめん」
「環菜……」
 潤んだ彼女の瞳にぼやけた自分の姿が映る。
 この人を守りたい、自分の手で幸せにしたい、いや、していくと決めたんだ……!
 陽太は初めて自分から肩を抱き、そっと唇を重ねた。王子様のキスが死に凍ったお姫様を溶かしていく。


 ◇◇◇


「皆も来てくれて助かったわ。時間かけ過ぎだけどね」
 自分を囲む仲間を見回し、いつものように尊大な調子で言う。
 いつも校長室にいた環菜がそこにいる。もう会えないと思っていた人がそこにいる。涙をこらえる人も、すこし離れて見ている人も、そんな彼らを微笑ましく見守る人も。冷たい死の世界に少しだけ暖かな風が吹いたような気がした。
 玉藻 前(たまもの・まえ)は呆然と固まっている相棒の二人に、やれやれ、と声をかける。
「刀真、月夜少しの間なら我だけでも何とかなる。敵の襲来には我が備えておくから少しは気を抜いたらどうだ?」
「いや、俺にそんな権利は……」
 刀真は首を振る。
 あの時、彼女を守れなかったのは自分だ。もう決してあんな悲しい思いはしたくない。
 心を鋼鉄に変えても……、環菜を守ると誓った。喜びを押し殺し、敵の襲撃に神経を張りつめる。
「気持ちはわかるが……、もう会えないはずの愛しい者に再び会えたのだ。今くらい喜びを表しても良かろう」
 その時、耐えられなくなったのだろう、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が環菜に抱きついた。
 うわぁーんと大声で泣き出す。
「月夜……」
 環菜はふと刀真と目が合った。慌てて背を向けると、ゴシゴシと目元を擦り肩を震わせる。
「……もしかして、泣いてるの?」
「あ、当たり前だろ。俺達がどんな思いでここまで来たと思ってるんだ。目の前で死なれたほうの身にもなってみろ」
「あなたには辛い思いをさせたわね……」
 涙を拭い、環菜を見つめる。
「俺達がお前の傍にいる、だからお前は俺達の傍にいろ。計算通りだかなんだか知らないが、襲撃に勘付いてたんならおしえてくれたっていいじゃないか。死ぬ時まで人を振り回しやがって……、今度は俺の我が儘も聞いて貰うからな」
 月夜は顔を上げて環菜の顔を覗き込んだ。
「記憶のほうは大丈夫なの……?」
「一応、大丈夫みたいだけど……、ただ頭はガンガンするわ」
「……おそらく問題ないでしょう。カウントダウンの初期値を調べましたが、大して進んでいなかったようです」
「簡単な記憶から吸い出していく装置みたいだから、たぶんあなたの大切な思い出は無事なはずよ」
 湯上凶司ルカルカ・ルーが答えた。
 自分達が思うよりも迅速に救出隊は動けていたのだろう。
 些細な記憶は奪われてしまったが、人格の根幹に関わる情報や大切な思い出は奪われずに済んだ。
 環菜は二人にもあらためて礼を言う。
「あなた達もありがとう」
「別に……、蒼空学園生として正しい振る舞いをしただけですよ」
 そっけない凶司。心無しか舌打ちの音も聞こえた気がするが、気のせいと言うことにしておこう。
「でも、本当に良かった。泣いてる涼司の顔なんて見たくないもんね……」
 あ、そうだ……と言って、ルカルカは携帯をいじくる。
『オデコちゃんが帰ってくるよ。留守中の活動、特に資金繰りの説明資料は出来てますか』
 と現世にいる涼司に向かってメールをしたためた。
「えへへ……、いいニュースはすぐにおしえてあげないとね」
 送信ボタンを押すも、メールは送信されなかった。
 それもそのはず、電波塔の崩壊によって霊界通信は途絶えているのだ。
「あれ〜?」
「そんなことより、教導団に提出する報告書の文面でも練っておいたらどうだ?」
 ダリル・ガイザックが言った。
「え〜? 紹介DVDでも作ろかな……『そうだ、ナラカに行こう』とかさ」
「おまえは旅行会社の回し者か」



 ◇◇◇


 笑顔が漏れる中、妊婦コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)は環菜の頬を平手で打った。
 ぱぁーんと言う小気味のいい音と共にシーンと静まり返る。
「死を予知し避けることが出来たはずなのにあえて警備を手薄にして死んだ貴女は自殺したのと同じです! どれだけ皆に迷惑をかけたと思っているのですか!」
「か、彼女を責めるのはやめてください。全て俺がいけないんです。俺が腑甲斐ないばっかりに……」
 刀真が言うと、環菜は首を振った。
「あなたの所為じゃないわ」
 彼女はすこし驚いたが、コトノハの想いを悟るのに時間はかからなかった。
「あなたにはそう思えたのかもしれないけど、私は警備を手薄にした覚えはないわ」
「でもあんなにあっけなく……」
「それだけ優秀な暗殺者だったと言うことでしょう。あの時、あんな襲撃が行われるなんて誰も予想していなかった。それから、私はあえて殺されたりなんかしてない。いずれ誰かが私を消しにくることを予測していただけよ……」
「環菜さん……」
「私は生きる。おとなしく死を受け入れるより、見苦しく生にしがみつくほうを選ぶ」
 だからこそ彼女は得体の知れないナラカエクスプレスに希望を託したのだ。
「あなたの気持ちはわかりました。私も力にならせて頂きます」
 そう言って、禁猟区を施す。
「何をする気?」
「あなたには私の赤ちゃんとして転生してもらうわ」
「え……?」
「あなたが気に入るかわかりませんけど、この方法なら世界の理を乱さずに済むはずなんです」
 コトノハの娘蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)が前に立ち、環菜に手をかざす。
 姉の白花は禁猟区を応用して魂だけになった夜魅と影龍を自分の身体に封印した。
 姉が出来るのなら、妹である自分にも出来るはず。
「我も手を貸そう……」
 コトノハの夫ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)も手をかざす。
 このままコトノハのお腹の子に環菜の魂を定着させる……!
 しかし10分ほど粘ったが、一向に環菜がコトノハのお腹に入る気配はない。
「む……、こうなったら、我の『隠す』スキルで……!」
 むんずと環菜の肩を掴むと、ぐいぐいコトノハのお腹に押し付ける。
「いやその……、無理だから、そんなとこに私入れないから……」
「どうして上手くいかないのでしょう……?」
 転生の法が確立されているわけではない。そんなことが人為的に行えるのかも定かではない。
 それに、もし仮に転生が実現したとしても、転生後の彼女はもはや彼女ではなくなっているだろう。我々に前世の記憶がないように、転生した環菜にも環菜の記憶はないはずだ。それはもう別人なのである。
 そして、人為的に引き起こされる転生が、世界の理を乱していないとは言いきれない。
「まあ、そう気を落とさなくてもいいのではないですか。トリニティがなんとかしてくれるそうですし……」
 肩を落とすコトノハに、刀真が声をかける。
「世界の理については彼女の言い分を聞いてからでも遅くはないでしょう?」