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静香サーキュレーション(第2回/全3回)

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静香サーキュレーション(第2回/全3回)

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【?6―1・軟禁】

「うぅ……」
 静香は、自分のベッドの中で打ちひしがれていた。
「これまでも散々情けなかったけど。お風呂でのぼせて、そのままループって。どこまでマヌケなんだよ僕は」
 しかしいつまでも腑抜けている場合じゃないことは、もうとっくにわかっていた。
(いつまでも、このまま第三者でいるわけにもいかないんだよな)
 これまで自分に助言をしてくれた皆の好意も無にするわけにもいかないと、
 静香はようやく重い腰をあげ始めた。

 が、それで容易くことが運ぶということにはならなかった。
 静香は登校中、さきほどのループでのぼせた影響からか頭がふらついてしかたがなく。いつまで経っても慣れない女の身体のせいもあり、廊下で倒れそうになっていた。
「おい。ちょっとあぶないぞ」
「どうしたの、だいじょうぶ!?」
 そこへ駆け寄ってくれたのはクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)と、パートナーのクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)だった。
 ふたりはかなり目立つ聖歌隊ガウンを羽織っていて、ピンクを基調としてフリルを多めにあしらっているクリストファー。水色基調でシンプルなクリスティー。よく目をこらせばワンポイントで薔薇の学舎の校章が入っていた。
 それでもクリストファーはロングヘアのカツラをかぶり、顔の傷を隠すように髪を前にかからせているあたりこの学院への気遣いはちゃんとあるようだった。
 ふたりは単に新設された宦官科の募集要項についての説明を聞きに来ただけなので、当然なのだが。
「ああ、ごめんなさ……あっ!?」
 それよりも静香はクリスティーを見て顔色を一変させる。
 昨日のループ内での一件があるため無理もない反応だった。
「静香様。失礼します」
 クリスティーのほうは心配の色を崩さぬまま、静香を半ば強引に背負っていく。
 あまりに自然な行動に、あれ? もしかしてあのときの記憶はないのかな? と察した。
「え、あ、ちょっ」
 わずかに抵抗する静香だが、力がろくにない今の状態ではそれも無駄なことで。強制的にそのまま来賓室のひとつへと連れられていくのだった。
 通された部屋の中は豪華さの中に気品を忘れない装飾で、ソファーとテーブルのほか、衣装棚やトイレまでついている。迎えられる側になったことのない静香としては、落ち着かずかなり戸惑っていた。
「まあ、ここなら問題無さそうだけど。本当に大丈夫なんだろうな?」
「もちろん。静香様はボクが守らなくちゃ。他の誰でもなく、ボクが」
 なにやら鬼気迫る相方の表情に、クリストファーとしては自分が心配しているのは今の彼女と静香を二人っきりにすることなのだと言いたくなったが。黙っておいた。
 代わりに、クリスティーには気付かれないように静香へと耳打ちしておく。
「彼女は君が男の娘だと知らないからそのつもりで。それと女の子っぽい子は俺の好みじゃないので安心していいよ」
 クリストファーはどうやら女体化には気付いてないらしいと、静香はわかった。
「あの、えーと。助けてくれてありがとう。でも僕はそろそろ校長の業務に戻らないと」
「ダメ! 絶対ここから出ないで」
 クスティーの大声に、えぇっ? と怯む静香。
「体調が悪いのでしょう? 無理はいけませんよ。心配しないで。静香様が完治するまでこのボクが何日でも付き添いますから。あ、静香様の騎士として決して不埒な真似はしませんから、安心して体を休めてください」
 最後の一言に逆に心配になりながら、弱ったなと頬をかく。
 好意からやってくれているのはわかるのだけれど、せっかく事件について前向きに取り組もうという姿勢だったのが、すっかり出鼻をくじかれてしまった。
「あ、そうそう。ひょっとしたら途中で必要になるかもしれませんね。言い辛いでしょうから先に預けておきます」
 と言って渡されたのは、生理的な用品。
「え? わ! いいよ、べつに!」
 静香は顔を一気に染め、思いっ切りつき返しておいた。
 今の身体ならあり得なくもないという事実が、余計恥ずかった。
「はぁ。どうしようかな、もう」
 こうしてすっかり軟禁状態になった静香は弱りはててしまった。
「失礼します」
 そのとき部屋に入ってきたのは『空京ミスド』のドーナツセットを持ったアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)
「桜井校長、こちらにいらしたんですね」
「てっきり校長室にいるのかと思って、時間かかっちゃったわぁ」
 入ってきたふたりに、クリストファー達は気をつけているようだったが。特に殺気は感じなかったため追い返したりはしなかった。
「えっと、僕になにか用事?」
「はい。じつは天御柱学院で近日行われる、演劇鑑賞教室について、お聞きしたくて」
「話しながらドーナツいかがです? 紅茶もすぐ淹れますからぁ」
 そうして三人はテーブルに集まり、ドーナツと紅茶を楽しむことになった。
 クリストファー達は、一応警戒中なので相伴には預からなかった。
「それで。演劇鑑賞教室だっけ? 僕はいいと思うよ。自分から演劇を見に行く人って少ないからね。そういう機会で演劇を好きになってほしいから、積極的に生徒を集めて欲しいな」
「なるほど。さすが桜井校長ですね」
「あらん? ねぇ、ゾディー、この紅茶の味、何回も飲んだ感じしなぁい?」
「ええ……そうですね、なんだか不思議な感じがしますね。言われてみればボクが選んだドーナツの種類も、何回も同じものを選んだような……」
 予期せぬところでループに感づいたらしいふたりに、静香は打ち明けるべきかどうか悩むが。
「桜井校長、今日はおかしな日ですね。……ああいえ、気を悪くしてしまったのでしたら、すみません。ですが、何度も同じドーナツを口にしているような気が致しまして……」
 アルテッツァの物憂げな表情に、結局は話しておくことに決めた。
「実は、かくかくしかじかで。身体が女性になって、放課後なんやかんやで、ループして、というわけなんだよ」
「そうでしたか。……ボクの独り言も、聞いて下さいますか?」
 アルテッツァはさほど驚いた様子はなく、今度は淡々と語り始める。
「ボクは、好きな人がいます、女性です。その人を守るためには、『頼れる男性』でなければいけないと思っていますし、その人のために修行ができるよう、天御柱学院に所属したんです」
「なるほど。それはいいことだね、て、あれ?」
 静香は急に、なにか考える風になるが。
「ゾディーの場合はそうなんだけどね、校長さん、アンタの考えはどうなの? パートナーを守りたいの? パートナーに守られたいの?」
「え? それはその、まだなんとも」
 曖昧に答えながら、さっきなにが気になったのか忘れてしまった。
「……桜井校長、お耳汚し失礼いたしました。さ、演劇鑑賞教室の話を続けましょう。……ヴァイシャリーでは、どの劇団が有名なんでしょうか?」
「んん。メジャーなところでは劇団紫禁城かな。僕個人としては演劇団体カラメルエックスとか好きだけど」
 そのまま数十分ほど話をして、ふたりは部屋を後にした。ついでに出ようとした静香だが、クリスティーがしっかり目を光らせてすぐ鍵を閉めたので無理だった。

 そして部屋を出たふたりは。
 急に顔つきが神妙なものに変化した。
「で、アレは建前でしょ、ゾディー。『彼女を守るため』じゃなくて、『彼女を手に入れるため』でしょ?」
「ええ、そうですね、守るではなく、奪う……実際の所は。彼女を手に入れる力を得るために、天御柱学院に行ったんですよ。それに、彼女は戦わないと得られない『女神』なんですから」
「ほら、本音が出たわ。全く、そんなに一人の女に執着して、アンタ飽きないの?」
「……ふふっ、それを聞きますか? ヴェル」
「……ま、愚問だろうけどね」
 やや物騒なやりとりをかわしていくふたり。
 もっともふたりにとってもループは想定外の事態ではあった。
「で? こっからどうやって抜け出すの? 方策はある?」
「さて、ループが起こった原因は何なんでしょうね? 彼が女性になれば解決することなんでしょうか? この学園では女性の方が過ごしやすいのは当たり前ですがね……」
 そのとき、ふたりの背後から忍び寄る影たちがあった。
「とにかく、何回ループしても、ボク達は彼女に話しかけに行きましょう。そうして、何度も彼女に伝えるのです。自分はパートナーを守りたいのか、パートナーに守られたいのかと」
「何回も言葉かけをすることで彼の気持ちを動かすのね。OK、アタシも手伝うわん」
「ちょっと、ちょっとちょっとキミ達」
「「え?」」
 アルテッツァ達が振り返ると、そこには身長が2メートル近くありそうな屈強な身体の、それでもちゃんと女性の膨らみが胸にある警備員が四人も立っていた。
「この学院が男子禁制なのは、知っているわよねぇ? よねぇ?」
「あ、あはは。それはもちろ「ああ、いいのいいの別に喋らなくて。問答無用で連れて行くのがウチらのやり方だから」
 アルテッツァの言葉を遮りながらズィと距離を縮めてくる四人に、レクイエムは。
「あらあら。だったら、アタシはべつに大丈夫よね?」
「なんですのアナタ。もしかしてオカマですの?」
「コラァ! オカマって言うんじゃないわよ!!!」
「わあ! なに突然キレてるんでしょぉ。とにかくどっちも連れて行きましょうです」
 そのままふたりは強制的に警備員室に連行される運びとなった。
 静香がさっきアルテッツァが男であることを失念していなければ、助かったかもしれないが。時既に遅かった。

 連行されるふたりを長原 淳二(ながはら・じゅんじ)は眺めながら、軽く息をついた。
(よかった。今回はちゃんと準備してきて)
 淳二は事前にエステで男の娘になり、衣装もメイド服にして万全を整えておいたので、警備員に見咎められることなく来賓室まで来ることができていた。
「それでここに静香がいるって話だけど」
 ノックしてみるとあっさり鍵が開かれる。顔を覗かせたクリストファーは、特に怪しい様子もないのを見て取り(変装しているのはお互い様なので)部屋へ招き入れた。
「どうもこんにちは、静香さん」
「こんにちは。いらっしゃい」
 静香はなんだか疲れたようにソファにもたれていた。
「えっと。それで僕に何か用事かな」
「はい。今俺は、ループについて調べていて。つきましては、学院を調査して回る許可をいただきたいんですけど」
「あ、うん。勿論いいよ。人手は多いに越したことはないからね。僕は今こんな状態だし」
「? そういえば今日も様子がおかしいと聞きましたけど、なにかあったんですか?」
 聞かれて静香は自分の身体のことと、放課後の謎の人物、そして今軟禁状態にあることを順に話していった。
「なるほど。それは困りましたね」
 打開策をひねり出したい淳二だが、それにはなによりもまずこの部屋から抜け出せなくては話にならない。だがクリストファー達はこちらに気を張り続けている。簡単にはいかなそうだった。
「静香さん、いますか?」
 膠着しかけたところに、また来客がきた。
 オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)だった。
「あ、やっと見つけたのです。あちこち探して、疲れた甲斐がありました」
「ああ。オルフェリアさん、どうも」
「聞きましたよ。また静香さんにループが起きているんでしょう?」
「ええ、まあね。理由はわからないけど、そんなことになっちゃって」
 オルフェリアはゆっくりと静香に近づくうち、徐々にある一点に視線を向けはじめた。
「でででですが……その……」
「え? どうかした?」
「お胸が……!」
 はっきり言われて、静香はわずかに嘆息する。
「あのあのあの、何故お胸……。ずいぶんおっきくなって……」
「ああ、うん。なぜかは僕も説明できないけど、こんなことになっちゃってね」
「えっと、触らせて頂いても……?」
 静香は申し出に、えっ、という顔になったものの。
 今までに何度となく揉んだり触られたりしてきたため、なんかもーいいかというヤケな気分になっており。あっさり了承した。
 そしてゆっくりと、オルフェリアは指を静香の胸へと触れさせる。
「んっ……」
「わ、わぁ……」
 むにむにと、その柔らかさをじっくりたしかめていく。
(す、すごいかも。こんなにも大きくて……正直ショックなのです)
 自分よりはるかにサイズが上なことに、ずーんと落ち込む結果になった。
「ちょっと! なにやってるんだよ、ボクに断りもナシでぇ!」
 しばらく傍観していたクリスティーは、ふたりの様子に耐え切れなくなりいきなり飛び掛ってきた。ひきはがしてむしろ自分がやろうとする彼女に、淳二は慌てて止めに入り。トイレに立っていたクリストファーも、戻ってきてみれば大混乱のさまに焦りパートナーを羽交い絞めにしていった。
 そこでふと我に返った静香は。
(あれ? 今なら逃げられるんじゃ?)
 として、ドアへと急いだ。