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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)
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第十四曲 〜Doubt〜


「ローゼンクロイツによれば、『十人評議会のメンバーのほとんどは世界的に有名な表の顔を持っている』、だったね?」
「ああ、確かにそういうことを言ってたな」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、ある新聞記事に目を通していた。

 ――天御柱学院、テロリストに拉致されていたメアリー・フリージア氏を救出!

 見出しの後には、メアリーの経歴や事件の経緯が記されている。
「元女優、現ファッションデザイナーで資産家か。まだ、海京にいるみたいだし、少し見に行ってみるかな」

(メアリーと天住)


 海京西地区。
「僕のオススメとしては、ここかな」
 オフィス街の一角に、二人の男女はいた。
「なかなか良さそうですわね」
 ロシア料理専門の高級レストラン。天御柱学院の上層部や、海京の大企業に勤める重役御用達の店である。
 男――天住も、ここの常連の一人だ。
 とはいえ、今の姿は学院での本来の姿とは違う。データ上には実在する、天住 樫真(あまずみ かしま)という人物としてここにいる。
「では、約束通りにお願いしますわね」
「仕方ないなあ……」
 溜息を吐き、隣の女性と目を合わせる。
 メアリー・フリージア。ブロンドの髪に、澄んだ青い瞳をした美女。
 世界的な有名人であるメアリーだが、彼女には知られざる顔がある。
 ――十人評議会第七席、ミス・アンブレラ
 世界の『影の支配者』である、十人のうちの一人。
 そして天住もまた十人評議会第十席でありながら、天御柱学院上層部の一員としての顔も持っている。
「それじゃ、お互い積もる話もあるだろうし、入ろうか」

* * *


「美人女優というのは目立つから、探すのが楽で良いね。それにしても……あの男、日本人か」
 メアリーらしき姿を街中で見掛けた天音は、密かに彼女達を尾行していた。
 レストランの中に入って初めて、連れの男の顔を拝む。二十代中頃だろうか。黒縁のメガネを掛け、髪は茶色。一昔前の日本の公務員やビジネスマンのような堅苦しい姿ではないが、「出来る男」の雰囲気を醸し出している。
「さすがにこの席だと、会話を全て聞き取るのは難しいね」
「かと言って、あまりじろじろ見ていても怪しまれるぞ」
 二人は東シャンバラの人間だ。鏖殺寺院と東シャンバラは結託している。「メアリーを狙う鏖殺寺院の一員」だと疑われないためにも、不審に見える行動は控えなければならない。
「メアリー・フリージア。彼女は親シャンバラとして知られているね。自分のブランド店を空京にも進出させているし。だけど……」
「女優を引退してからこの三年間、彼女はほとんど公の場には現れていなかった。デザイナーとしての活動以外、彼女がどこで何をしていたのかを知る者はいない」
 旧鏖殺寺院のテロ活動が始まったのが2017年。彼女が、実はそのときから何らかの形で寺院に与していた可能性もあるのだ。
「友好的なフリをして、裏では反シャンバラ勢力に手を回していたって、何ら不思議じゃないよね」
 そしてもう一つ。
「もし彼女が評議会のメンバーだったとしたら、あの男も評議会の関係者かもしれないね。襲撃情報が基地側にあれほど早く伝わっていたという事は、海京開発の要人、もしくは天御柱学院の上層、中核に近い人物だと思うけれど……さて、それらしい人物がいた気がするね」
 とはいえ、天音が事前に調べていたのは、「先進国の財力を持つ有名人と、特にその中でパラミタ進出に関わる人物」だ。
 まだ海京や天御柱学院の要人までは調べ切れていない。
「……ふむ。あまり欲張り過ぎるのもどうかと思うがな」
 ピロシキをかじり、ブルーズが呟いた。
 十人評議会の実態を知ることの難しさは、ローゼンクロイツからも聞いている。調べるにしても、欲を張らずに少しずつ詰めていく方がリスクは少ない。
 だが、チャンスは今しかない。実際に、評議会の一員かもしれない人間を間近で観察出来る機会はそう訪れはしないのだ。
 天音はボルシチをすすりながら、会話をしている二人の男女を見遣った。

「……どうにも、先程から視線を感じますわね」
「綺麗な女性がいれば、男は無意識に見てしまうものさ。そうでなくとも、君は有名人なんだし、例え本人だとは気付かれなくても『メアリー・フリージア』に似ているとなれば、それだけで注目されるものだよ」
「あら、今更褒めて下さっても、天住さんのおごりに変わりはありませんわよ?」
「やっぱり駄目か……」
 当たり障りのない会話をしながら、周りに聞こえない声で別の会話を挟む。料理を口に運ぶ動作をしながら。
(疑り深くこちら観察している方がいますわ。会話も一部聞かれていることでしょう)
(鏖殺寺院の基地にいたわけだし、君を怪しむ人がいてもおかしくないよ。まあ、疑ったところで、評議会のメンバーだという証拠は出てはこないけどね。おっと、そうだ)
(どうしましたの?)
(いや、せっかくだから泳がせておくのも面白いかなって、ね)
 不敵な笑みを浮かべる天住。
 はっきりと声に出し、視線に気付いていないかのように話を続けた。
「君もそうだけど、こっちも鏖殺寺院に手痛い目に遭わされてね。ほんと、参ったよ」
「何か、そちらでもありましたの?」
「ここだけの話、どうやら僕達上層部の中に、寺院のスパイが潜り込んでいるみたいなんだ。情報は全部敵に筒抜けだよ」
「犯人は特定出来ませんの?」
「難しいね。パイロット科の科長あたりは怪しいけど、あんな無能にスパイが務まるとは思えないし」
 そこで、天住が思わず口を塞ぐ。
「しまった。あんまり学院内部のことを言ったら守秘義務違反になっちゃう。ごめん、君相手でもこれ以上は言えそうにないよ」
「いえいえ、お気になさらずに。そう、天住さんも苦労なされてましたのね」
 メアリーと目を合わせる天住。
(さて、これで釣れるかな。海京と学院のデータベースには手を加えてあるし、どこまで僕の掌の上で踊ってくれるかな?)
(相変わらずですわね。大丈夫かとは思いますが、あまり油断はなさらないで下さいね)
(分かってるさ。あとは……僕が動く上では、この街の強化人間をまとめ上げている「風間 天樹(あまき)」が邪魔になる。まあ、もう少し利用するけどね。そのための計画も練ってあるしさ)