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【Tears of Fate】part1: Lost in Memories

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【Tears of Fate】part1: Lost in Memories
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リアクション

 人目を避け、パイはシータに肩を貸して出口を目指した。
「ほら、もうすぐよ」
 このときにはシータは意識を取り戻している。彼女は、自嘲気味に言った。
「……タイプIII(スリー)に助けられるなんて、私もヤキが回ったものだ」
「あんた、次同じこと言ったら置いていくからね」
 むくれていたパイであったが、その不満もすぐに吹き飛んだ。
「まずい……Ω(オメガ)よ」
 首をもたげてシータは返答する。
「オメガ? バロウズくんか。騙して道を開けさせるんだ」
「そういう腹芸はあんたの得意分野でしょうが!」
 だが、
「オメガなどいないようだが?」
 こちらに向かってくる人影を見て、シータは言った。
「あれ……でも、たしかにオメガの雰囲気があったんだけどな……」
 しかしパイは、「オメガより厄介かも……」と、困惑の表情を浮かべていた。
 二人連れだ。あとは犬が一匹。迷うことなく真っ直ぐ近づいてくる。
 今、パイの目の前には七刀 切(しちとう・きり)がいた。
 さっと執事のようなポーズを取り、切は言う。
「やーはー、会いたかったぜパイ。勝手に助けに来た」
 そして彼は目配せして、パートナーの黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)を下がらせた。犬も音穏についていく。
 よく見ると、犬かと思えたのは狼だ。しかしその狼は犬並みに大人しく、切から距離をとってぺたりと座った。
「ここにいて」
 シータを本棚の一つにもたれさせると、パイは歩み出て切に言った。
「助けに来た? 冗談、私の話は聞いてるでしょ? むしろこの事件の黒幕の一人よ」
 本当はシータに会い合流しに来ただけだが、説明はややこしいのではぶくことにした。
 ところが切は動じない。
「だけど困ってるだろ、今?」
「あんたがここから去れば困らなくなるわ」
 言ってやった! という顔をしたパイだが、なんの、切は動じなかった。
「じゃあ、困らせついでに話も聞いてほしい」
「お断りよ」
「長い話じゃない……頼む、聞いたって!」
 この通り、と、切は手を付いて頼んだ。
(「こんなことしてる場合じゃない……早く逃げないといつ捕まるか……」)
 とパイは言いたいのだが、切には色々と恩もあるので足蹴にはできない。
「じゃあさっさと話しなさい! 早口言葉のように! 聞いてやるから!」
 すると切は片膝を立て、パイを見上げるようにしながら、そっと彼女の手を取った。
「なにそれ?」
 遊んでるの? TPOって知ってる? ……そういった冷ややかな言葉が続くはずが、すぐさまパイは言葉を失うことになった。
 目線を合わせたまま、ゆっくりと彼が言葉を紡いだのである。
「一人の女の子として大切に思ってる」
 と。
「……!?」
 ナニイッテルンデスカ、という言葉が現れたもののそれだけで、パイは頭がまっ白になってしまった。これって……。
「なぁパイ。最初は雪山で、まぁ普通とは言えない邂逅だったかねぇ。そんで二回目に会ったんも雪山、七夕でワイの誕生日だったから不承不承だったろうけど一緒に祝って……祝ってたよな?
 二回だけだ。たった二回。我ながら単純だとは思うけど、それだけで忘れられなくなった」
 切は大真面目だ。真剣な眼差しで続けた。
「ワイ、七夕のとき短冊に願いをかけたんだ。『パイが心から笑顔になれますように』って。でも、それ撤回したい。
 なぜって、パイが笑顔になっても、それが他の誰かのおかげってんならワイは満足できそうにないから。パイはワイが笑顔にしてみせる!」
「ば……馬鹿なの……あんた、おかしいんじゃない……?」
 しかしパイは、釘付けになったように切から視線を外せなかった。手を払いのけることもできなかった。
「からかってるんでしょ、私が世間知らずだから……利用しようとして!」
「違う。ワイは真剣だし、利用云々についても天地に誓ってそんなことはない。むしろ逆に、パイに利用されるのなら本望だ」
 そして切は、彼のこれまでの生涯で、おそらくこれ以上ないほど本気の告白をしたのだった。
「ずっと一緒にいてほしい、俺だけのお姫様」
 切は、彼女の手の甲にキスをした。
 おとぎ話の、忠誠を誓う騎士のように。
 予想していたことなので驚かない。切はその一秒後、パイから超音波を浴びて吹き飛んでいた。
「ふざけないでよねっ!!!」
 パイは怒鳴っていた。
 早口言葉うんぬんと言ったパイだが、自分のほうが早口になっている。
「なにあんた一方的な気持ちを押しつけて来てんのよ! バカ! 一回や二回話しただけなのに誤解しないでよねっ! アホ! あんた、女の子に話しかけられただけで舞い上がっちゃう小学生なのっ!? 一方的にそんなこと言われてこっちは大迷惑よ!!」
 書架の一つに叩きつけられ、逆さになっている切を指さしてパイは怒鳴り続けた。
「だいたいあんた、顔が好みじゃないわ! 背もたいして高くないし! それから……それから……そうそう、顔や背は我慢できても、自分のこと『ワイ』なんていう男、あたしはぜんっっぜん好きじゃないんだから!!!
 言われまくってるな、とでも言いたげに、狼は音穏を見上げた。
 音穏は苦笑いして応えた。
「だが、本当に嫌がっているならあそこまで出てこないものであろうよ」
 狼が首をかしげる。
「そういうものか、って? オメガクロンズも所詮は男よのう。まあ、一筋縄ではいかんような気もする。相手が相手だからな……」
 なんのこっちゃ、と言わんばかりの溜息をついて、狼――イトリティ・オメガクロンズ(いとりてぃ・おめがくろんず)はうずくまった。
 パイがかつかつと靴音高く去っていくのが見えた。
 ……しばらくして駆け戻ったパイは、シータを担ぎ上げてまた去っていった。
 この騒動でパイが動転していなければ、あるいは、シータが瀕死でなければ、二人は謎の狼、すなわちイトリティに気がついたかもしれない。そして、この狼に『バロウズ・セインゲールマン』と似た雰囲気を嗅ぎ取っていたかもしれない。