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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

リアクション

   八

 御前試合の直後、麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)瀬田 沙耶(せた・さや)は会場を抜け出し、優勝者であるモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)を探していた。
 洞窟へ向かったろうと当たりを付けたが、見つけるのにはやや時間がかかった。
 モードレットは、浴槽の公爵 クロケル(あくまでただの・くろける)と共に大きな岩に腰かけ、由紀也たちを待っていた。
「モードレットさん……ですよね?」
 モードレットは答えない。どこか遠くを見つめている。
「風靡」は、岩に立てかけられていた。
「オレたちの大切な人を救うために『風靡』が必要なんです。渡してもらえませんか?」
 そこでようやく、モードレットは由紀也たちに視線を移した。
「これが、か?」
「そうです」
 モードレットは体を傾け、「風靡」を素早く手に取った。パシッ、と音がした。無造作な扱いだった。
「試してみたが、使えなかった」
「使えない……?」
 沙耶が眉を寄せる。
 彼女には、由紀也が自分よりもカタルを優先することが解せなかった。「オレたち」「大切な人」という単語にも、引っ掛かっていた。
 由紀也は必死だった。生命エネルギーの吸収が止まらなければ、オウェンがカタルを殺してしまうのではないか、と危惧していたからだ。カタルの身体機能が止まれば、依存している「眼」も力が収まるのだろう。
 仮に生命エネルギーを吸い切って意識が戻ったとしても、カタル自身はどう思うか。おそらく、過去の事件がトラウマになっているはずだった。重荷が更に加わるだけだ。
 どちらにせよ、カタルは救われない。
 他に解決方法はないかと考え、「風靡」を手に入れようと決意した。
「……だってさ、安穏と生きてるオレより年若い奴が、生きた心地のしない世界にいるなんておかしいってだけ。子供らしく年上に守られてればいい。それがオレの中では普通だから」
 由紀也の言葉に、沙耶は笑った。まったく、お人好しで平和な男だ。しかし、そんな彼が必死になっている姿は面白い。だから、手伝うことにした。
「使えないというのは、どういうことですの?」
「そのままだ。使い手の腕によるのか、別の理由があるのか――とにかく役に立たない」
「そ、そんな」
 由紀也は愕然とした。使用するために条件があるなら、果たしてカタルを戻せるかどうか分からない。
「使えん剣はいらん。欲しいなら、くれてやろう。ただし」
 にやり、とモードレットは口の端を歪めた。「俺から奪えればだがな!」
「男に二言はありませぬな!?」
 モードレットの言葉が終わるや否や、沙耶は【氷術】で彼の足元を狙った。土がたちまち凍りつく。
 しかしモードレットは、「風靡」を背負い、暗黒比翼で飛び上がった。両手に握ったルーンの槍、流体金属槍を突き出す。
 由紀也は咄嗟に岩陰に隠れたが、モードレットの手から離れたルーンの槍は岩を避け、彼の肩口を裂くと再び持ち主に戻った。
 流体金属槍はするすると伸び、沙耶に襲い掛かる。【奈落の鉄鎖】で槍自体を地面に叩きつけ、沙耶は【雷術】を放った。
 槍を伝ってダメージを受ける前に、モードレットは流体金属槍を手放した。沙耶がすかさず狙いを定める。
 だが、それまで黙って見ていたクロケルが沙耶に向けて手を翳した。【我は射す光の閃刃】が、彼女の全身に注がれる。
「きゃあ!!」
「沙耶!」
 由紀也は、三連回転式火縄銃でモードレットを威嚇していたが、岩陰から飛び出し、【光術】を放った。
「くっ!」
 目の眩んだクロケルの足元へ【氷術】をかけ機動力を奪い、弾の切れた三連回転式火縄銃で殴り掛かる。
「うおおおお!」
「やるねぇ!」
 クロケルは笑みを浮かべ、【神威の矢】で由紀也を攻撃する。三連回転式火縄銃が当たるのと、同時だった。
 BANG!!
「わーわーわー! 暴発したー!!」
 予想もしない音と衝撃に、由紀也は目を真ん丸にした。だが驚いたのは、由紀也だけではなかった。
「く……!!」
 由紀也は銃身ではなく、銃尾を掴んでいた。クロケルを殴った拍子に飛び出した弾は、モードレットの肩口に当たっていた。そして「風靡」を背負うための紐が、そこで千切れ、地面に落ちた。
 沙耶がモードレットに飛び掛かった瞬間、クロケルが【光術】を放った。眩い光が由紀也と沙耶を包み、それが消えたとき、モードレットたちの姿は掻き消えていた。
「やった!」
 由紀也は「風靡」を拾い、鞘から抜き放った。これでカタルを救える!
 沙耶は苦笑した。由紀也はまるで子供のように喜んでいる。目元が赤らんでいるのは、泣いているのかもしれない。面白いから後でからかおう、と思った。
「そんなにはしゃいで、落とさないでくださいましね」
「分かってる!」
 しかし、モードレットはこの剣を「使えない」と言った。俄かに心配になった由紀也は、試し切りをしてみることにした。文鎮すら割ったのだから、岩も切れるだろうと振り下ろした。
 だが、甲高い音が響いたかと思うと、「風靡」は真っ二つに折れてしまったのだった。


 尾長 黒羽(おなが・くろは)は、パートナーたちの装備と小型飛空艇に【迷彩塗装】を施した。
「さあ、これでいいですわ。漁火さんたちが通りかかったら、突っ込んでくださいな」
「おお、簡単ですな」
と頷いたのは頤 歪(おとがい・ひずみ)
「そうか……特攻というやつだな……」
 感慨深げに呟いたのが七篠 類(ななしの・たぐい)
「いやそれ、危ないでしょ!?」
 唯一まともな反応を示したのは、グェンドリス・リーメンバー(ぐぇんどりす・りーめんばー)である。
 類は漁火には興味がなかった。その周囲にも興味がなかった。別にカタルという荘園が利用されたりして可哀想だとか思ったりはしていなかった。あくまで己の日常を守るためである。――ホントだってば!
 歪は、人を守りたいと思っていた。
 グェンドリスは、マホロバのためにカタルを助けようと考えていた。
 そんなわけで、四人は隠れて漁火たちを待った。ひたすらに待った。とにかく待った。
 …………やがて、何者かが通った。
「今ですわ!」
 黒羽の六連ミサイルポッドが炸裂した。濛々と土煙が上がる。
「今だ、一番、突撃ぃぃぃ!!!!!!!!!!!」
 類が小型飛空艇で突っ込んだ。先頭の人間が倒れた。
「二番手、参ります!」
 歪も突っ込んだ。二番目の人間が倒れた。
 グェンドリスは【バーストダッシュ】で突っ込もうとして、躊躇した。
「何をしているんですの!?」
「……いやあれ、漁火さんじゃないんじゃ?」
 倒れているのは五人の男たちだったが、話に聞いた漁火の風貌とは明らかに違う。
「……化けているんじゃないかしら?」
「漁火さんって、人を操るんだよねえ?」
「そうだとも! だからこそ、その暇を与えず突っ込んだのだ!」
 類が大破した小型飛空艇から降りて、自信満々に言った。
「……じゃ、その人たち、操られてるとか、そういう人じゃ――ないよね?」
「……」
「……」
「……ああっ!!」
 その可能性に気が付き、歪が顔色を変えた。
「何という! 武士にあるまじき不覚!!」
 歪は三人に背を向け、前を広げた。
「類殿、さざれ石の短刀をお貸しください!」
「わーっ! 待った待った! 頤さん! うん、あれは漁火! きっとそう! 絶対そう!」
 グェンドリスが慌てて止める。「類さんも、出さないで!」
「歪、君の死を無駄にはしない」
「煽らない!」
 三人がわーわーぎゃーぎゃー言っているのを尻目に、黒羽はふっと笑みをこぼした。
「やりますわね、わたくしの裏を掻くとは……」
 黒羽は、漁火が許せなかった。己のテリトリーに踏み込み、散々掻き回したあの女が。
 心の閻魔帳に漁火の名を記し、必ず撃ち殺してやろうと固く決意すると、黒羽はクスクスと笑った。