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五精霊と守護龍~溶岩荒れ狂う『煉獄の牢』~

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五精霊と守護龍~溶岩荒れ狂う『煉獄の牢』~

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●共存都市イナテミス:庁舎

 都市のほぼ中央に建つ庁舎、中の一室には町長であるカラム・バークレー、光輝と闇黒の精霊長であるセイラン・サイフィード(せいらん・さいふぃーど)ケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)、そして樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)の姿があった。
「避難場所は『イナテミス広場』が適切だろう。街のどこからでも集まりやすく、『イナテミス精魔塔』の機能『ブライトコクーン』も使える。誘導についてはそれぞれの地区で担当者を割り振ってある。助けが必要なお年寄りや小さな子供がいる家の場所も、予め作成してある。……自慢出来る話ではないが、何度も災厄に見舞われているのもあってな」
 ケイオースが、有事の際の避難計画について事前に定められていることを話す。精霊長と街の人々とで作り上げたそれは、過去に何度も襲撃を受けた経験が積み重ねられていた。
「救助隊の編成、治療場所と治療場所への搬送も定められているのか。……魔族もしっかりと役割を振られている。これほどとは……正直、予想外だった」
 計画の主旨を説明された刀真が、驚きと感嘆の声を漏らす。無論、現在のイナテミスがあるのは刀真のようなイナテミスのために尽力してくれる者たちの力添えがあってのことだ。街の人々は彼らの働きぶりを見て、自分達も頑張らなくては、と今の計画を作り上げるに至った。
「今までの事を鑑みると、想定される災害は『炎絡み』だと思う。後は地震や地割れなんかの被害が考えられる。突然の地割れで普段決めていた経路が使えなくなる可能性もあるから、予備の経路を決めておく必要があるね。
 後は、物資や医薬品の保管場所の確認とか、足りなくなった場合のこととか……あ、『田中さん家』を掃除した時に色々と使えそうなのが出てきたから、好きに使ってもらって構わない。寝かせておくのもったいないし」
「ホコリがすごかったですけど、月夜さんと頑張ってお掃除しました。必要な時には使ってもらえれば、眠っていた道具も喜ぶと思います」
 月夜と白花も話し合いに参加し、計画の補足を行なっていく。一つだけではそれが使えなくなった時に総崩れだが、こうして二つ三つと予備案が示されることで、計画の実行度が高まるし、何より住民に安心感を提供することが出来る。
「カヤノさんに、もしイナテミスで火災などの災害が起きた際、『氷雪の洞穴』の精霊方を応援に回してもらうよう既に話をつけてあります。もしもの時にはわたくしがあちらの塔から合図を行なう手筈になっています」
「その件についても既に話はついていましたか。五精霊の内三名が『煉獄の牢』に向かっている中、セイランさんには何かが起きた時に、皆の背中を押して勇気付ける責任者として立ってもらえれば、街の人達も安心するでしょう」
「ええ、その時は必ず、務めを果たしますわ。……お兄様も、協力してくださいますわよね?」
 セイランが微笑みをケイオースに向けると、やれやれ、と言いたげに頭を掻きつつ答える。
「期待には、応えないといけないな。現に今も、街の人々は少なからず恐れを抱いているだろう。そういった者たちに安らぎを与えるのが、俺の務めだ」
 二人の言葉に、刀真は彼らならきっと大丈夫だろう、という思いを抱く。その隣で月夜が、“兄妹”として振る舞うセイランとケイオースを見、羨望を抱く。
(私も、この騒動が一段落ついたら、刀真に甘えてみようかな)

 話にひとまずの決着がつき、刀真から話を受けた白花が分かりました、と頷いて離れようとした所で、話し合いに使っていた部屋をノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が訪れる。
「こちらにセイランとケイオースが来ていると伺ったのですわ。少しの間、話し合いに付き合って頂けません?」
 ノートが言うには、今はアーデルハイトの元にいる風森 望(かぜもり・のぞみ)が今回『炎龍』が出現した事により、五精霊に対応して今後光輝と闇黒の龍も出現するのでは? と推測し、もしそうなら事前に話を通しておいた方がよいとの判断で、二人を呼びに来たとのことであった。
「『ミスティルテイン騎士団 イナテミス支部』に話し合いの場を用意してあります。会議中のようですので、そちらの都合が付き次第で構いませんわ」
「いや、今しがた区切りがついた所だ。……そうだったな?」
 ケイオースが確認するように刀真に視線を向けると、刀真も「ああ」と頷く。
「そうだ、そちらの話し合いの後で構わないので、エリザベート校長と話をさせてもらえないだろうか。
 ……白花、さっきの話は俺がする。この方法なら離れずに済むからな」
 何かあった際にイルミンスールに助力を願うべく、白花を向かわせるつもりだった話を変更し、イナテミス支部の通信設備を使わせてもらうため、刀真一行も同行することになる。
「では、行きますわよ」
 先頭に立ったノートが、一行を案内する――。


●イルミンスール:校長室

「女王陛下がアーデルハイト様を地上に呼び戻したのも、今回の件を予期していたのかも知れませんね」
「どうじゃろうな……。そうやも知れぬし、そうでないかも知れぬが、このようなことのために呼び戻したやも、とは思うのぅ。
 シャンバラという枠で見れば、起きた事柄に対して実際に処理に当たるのが我らの役目じゃし……む、来たようじゃの」
 望とアーデルハイトが今回のことについてあれこれと考えを膨らませていた所で、水晶の向こうにノートと、セイラン・ケイオースの姿が映し出される。
「お二人を連れて来ましたわ」
「ありがとうございます、お嬢様。それでは早速、始めましょうか」
 そう切り出し、望がまずは雷龍・氷龍出現の時と現在との共通点から口にする。
「雷龍、氷龍出現時との類似点は、原因こそ異なるものの『パラミタ大陸の崩壊』という状況です。まずはこれを原因の一つと考えるべきでしょう。
 他にも、偶発的、あるいはごく自然的なものと、誰かの悪意、人為的なものとが考えられます。そして問題なのは、どの場合にしろ、短期間で終わらない可能性があるという事です。
 パラミタ大陸崩壊の予兆が原因ならば一朝一夕で取り除くのは無理ですし、人為的なものであればその最終目的にもよりますが、下手人を捕まえない限り、この件を防いでも同様の事件を起こす可能性は残ります」
「どの原因であったとしても、炎龍の出現だけでは終わらない、ということか。これまで確認されているのは雷電と氷結、それに炎熱属性の龍。残るは光輝と闇黒……」
「理解が早くて助かります。まぁ、流石にあの闇龍そのものが復活はないでしょうけど、光輝、闇黒に属する龍が出現する可能性は高い、と見ていいでしょう。
 どのような姿なのかは全く想像がつきませんが。お二人はその辺、心当たりありませんか?」
 望の質問に、セイランもケイオースも申し訳なさそうに首を横に振る。
「存在がほのめかされたことはこれまでに何度かあった……だが、その都度イメージが異なり、伝え聞く話も全てが曖昧だった記憶がある。
 それだけ光と闇のイメージが多岐に渡るからかもしれないが……済まない、今はそれだけしか答えられない」
「いえ、存在に裏付けが取れただけでも、成果はあったと思います。
 とりあえず今後としては、事前にお嬢様から提案があったのですが、ザンスカール周辺での龍出現の予兆、例えば今回の地震や気候変動的なものが他にも起きて無いか、調査の実施を検討する方向で調整したいと思うのですが、いかがでしょう」
 望の言葉に、エリザベートとアーデルハイト、セイランとケイオースが同意の意思を示す。それは同時に、協力関係に等しいもののなんとなく曖昧な所があったイルミンスールとイナテミスが、しっかりと手を取り合って協力することを意味していた。

 話に区切りがつき、今はエリザベートと白花の会話が水晶を介して行われていた。
「ちなみに望、おまえは炎龍がどのような立場を取ると思っておる? これまで同様、生徒の味方につくとは限らんじゃろ」
「……確かに、ヴァズデル様、メイルーン様同様に守護龍として味方に付いて頂けるかは判りません。ですが、それが出来なかったとしても、洞窟に向かわれた方々なら解決出来ると信じておりますので」
 別に意図があってのことではないだろうが、その言葉はアーデルハイトに深く突き刺さる。生徒を信じ切れなかったばかりに、自分は大きな過ちを犯した。
「……なるほど。ならば私も、信じるとしようかの。万事上手く済むことを」
 リンネとモップス、フィリップを始め、『煉獄の牢』に向かった生徒達のことを、アーデルハイトは思う――。


●共存都市イナテミス

「私は、炎龍とやらの出現だけで地震のような災害が起きるのか、不思議に思っていました。
 何か別な原因があるのでは、私はそう見ているのです。そこであなたにお聞きしたい、仲間の龍族で地震を起こせそうな龍はいますでしょうか」
 ニーズヘッグの元を訪れたアウナス・ソルディオン(あうなす・そるでぃおん)の問いに、ニーズヘッグは腕を組んでしばらく考えた後、答える。
「いや、知らねぇな。少なくともオレの記憶にはねぇ」
 その回答に、アウナスはおや、と思う。ニーズヘッグは古来より生きる存在、であるなら同様の存在のことも耳にはしているはず。ユグドラシルに長く住んでいたのに何も知らないというのはおかしいと思いつつも、そのことを顔に出してはいけないと思い、心に隠す。過去の出来事からイルミンスール上層部に要注意人物扱いされているアウナスは、彼らと直接同じ位置にいない(でもそれなりにコネクトのある)者に対し信用を得るべきと考えていた。彼はまだ、自身の目的を果たすための行動を、諦めていないのである。
「もう一つ、お聞きしたいことがあります。ニーズヘッグは死を喰らうモノとして、『死の臭い』を嗅ぎ取る嗅覚が優れていると見受けられます。
 では、イルミンスールの世界樹からそれは感じられますでしょうか」
「……テメェがそれを聞いて、どうするつもりだ?」
 腕を組んだまま、ニーズヘッグが険しい視線を向けてくるのを見たアウナスは、自分の口にしたことがおそらく真実に近い位置にあること、これ以上この話題を続けてはニーズヘッグの信用を今後一切得られなくなるであろうと悟る。
「いえ、失礼しました。どうも最近パラミタには不穏な噂が飛び交っていますので。何やらパラミタを支えるアトラスの寿命が尽きかけているとか。どうやらその空気に当てられて、失礼な質問をしてしまったようです」
 弁解の言葉に、ニーズヘッグはふん、と鼻息を吐いて顔を逸らす。どうやらこれ以上、ニーズヘッグから情報を得ることは出来なそうだ。
 アウナスは礼を言い、その場を後にする。