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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

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 密かに潜むイデアは、白鯨に向かっている仲間からの連絡を待っていたようだが、一向に、その気配は無かった。
 不意に身じろいだイデアが、いつの間にかその身体に傷を負っているのを見て、何があったのかとカーラネミは不思議に思う。
 傷は次第に癒えて行き、そういうことかとイデアは呟いた。
 半分に分かれた片方が、今何処かで誰かの攻撃を受けているのだろう。
 イデアは暫く静かに自らの身体を伺っていたが、やがて動いた。
 向こうは終わったようだな。では今度はこちらの番だ、と。

 イデアは『書』の魔力を放ち、カーラネミは、今しかない、と思った。
 自分に、彼を攻撃するだけの力は無いが、他の者達に場所を知らせることならできる。
 後は、託すしかない。

 断崖の麓付近で隠形していたイデアは、カーラネミが人化したことで姿を晒され、成程、と彼女を睨みつけて笑った。
「これが目的だったか」
「私を殺しますか」
「意味がない」
 晒される前なら、そうする選択肢もあったろうが、今カーラネミを殺しても、何の利にもならない。
 素早く周囲を見て場所を移動するイデアに、もうカーラネミはついて行くことはできず、見送る。
 彼は殺さない。カーラネミは、それを知っていたような気がした。
 既に彼の姿は見つけられているはず。
 移動できる範囲はたかが知れている。見失われることはないだろうと判断した。



 一番先に見つけたのは、テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)だった。
「ががぅがががががぅ!」
 テラーはパンドラソードと居合いの刀の二刀流で、イデアに殴り込みをかける。
「……やれやれ」
 何が来るかと思えば、着ぐるみの子供である。
 イデアは肩を竦めた。
 阿修羅が如く攻めるテラーを軽く躱し、石化の魔法を放った。
「きゃー! テラーに何すんのおっさん!」
 パートナーのドロテーア・ギャラリンス(どろてーあ・ぎゃらりんす)が叫ぶ。
「保護者なら、しっかり面倒を見ておくんだな」
「うっさい! ブッ飛ばす!」
と、やっている間に他の者も駆けつけた。
 だが、イデア側でも、イデアが姿を現せば、その周囲を固めようと潜んでいたのだろう。
 何人かが駆けつけて来る。


「イデア、お前の目論見は阻止した。もう、夢は終わりだ!」
 七刀 切(しちとう・きり)の言葉に、イデアは苦笑した。
 その手には『書』が携えられてある。
 魔力は使い果たしたに違いないが、その制御方法を知っている彼は、『書』自体を消滅させることはなかったのだろう。
「本当に、色々邪魔をしてくれる。
 だが、夢などではない。まだ方法はある。少し時間はかかるかもしれないが」
「逃がさねえよ」
 白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が吐き捨てた。
 頭の中で、ナゴリュウが表に出て来たがっている。
(黙ってろ!)
 竜造は一喝した。
 彼の内包する怒りは貰う、確かにそう思ったが、身体を明け渡してまで、存在の全てが欲しいとは思わない。
 彼は、遠い過去の記憶の残骸に過ぎない。
 今の世界にしゃしゃり出て来るな、と、退ける。

「てめえに言っておくぞ、イデア。
 てめえのしてることは全くくだらねえ。
 あの世界は結局滅びるべくして滅んだんだ。
 女々しくこだわり続けて前世の記憶まで引っ張り出してねえで、潔く受け入れとけ!」
「ならば今、君達がパラミタの滅亡を防ぐ為に、既に滅びたニルヴァーナまで出向いて抗っているのはどういう了見なんだ?
 潔く滅亡を受け入れればいいだろうに」
「はあ? 何言ってんだてめえ。
 アトラスが死ねば、モクシャとやらを担がせるとかも出来ねえだろうが」
「それはまた、別の問題だな。何故抗っているのかという話だ」
 イデアは肩を竦める。
 それに、イデアにとって、アトラスの問題は今のところ二の次だった。
 とりあえず、先にモクシャを乗せることが優先と思っている。
「別に、こんな世界、どうなろうと知ったことじゃなかったがな。
 俺にも『全てを奪うと誓った女に会う』って目的が出来てな、そいつを果たすまで、そんな滅びた世界の好き勝手にさせるわけにはいかねえんだよ!」


 モクシャの最期の時、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)の前世、レンの中にあったのは、深い後悔だった。
 自らの復讐に固執しないでいれば、違う未来があったかもしれない。
 最愛の人と幸せに暮らす、そんな未来があったかもしれない、と。

 お前は俺のようには後悔するな、と、レンの声が聞こえる。
 俺の力を貸してやろう、と。

 煉はレンと“同調”した。
 右目が濃い紅に染まる。なのに意識が煉のままなのを、煉は自然に受け入れた。

 煉は神降ろしによって力を増幅させ、素早く斬り込んだ。
 距離を詰められる前に、魔法を撃ってくる。
 最初から、いつでもイデアは魔法を撃てるように備えていた。
(構わない、突っ込む!)
 覆われる闇を突っ切る。
 この闇の向こう、自分の右手にイデアが居るはず。
 闇に囚われる直前に、右目が、イデアの動きを読んでいる。
 煉は精神を侵食する闇を振り切り、斬撃を放った。
 剣の刃は予測と違わずイデアを捉える。
「……くッ!」
 イデアの身体から血潮が散るが、それでも、その攻撃は、イデアを倒すものにはならなかった。

 続けざまに切が攻めた。
 覚醒も、同調もしない。それは既に決めてある。
 切にとって、レキアを目覚めさせることは、レキアの生き様を汚すことに他ならなかった。
 出来ることは、彼の思いを受け継ぐこと。
 レキアが自分の世界を護ろうと命を賭したように、この世界を護りきること。
「悪いなイデア。あんたの夢想、ここで断ち斬る!」
 レキアの踏み込み、彼の間合い。
 切はイデアを一刀した。だが、やはりそれは有効打にはならない。
 イデアに与えられる痛手は半分だ。
 更に、死の風を纏っているらしいイデアに接近すると、身が凍るような嫌悪感に襲われた。
 それでも、あえて飛び込む。
 ようやく、持って出てきた。切はイデアが持つ『書』を奪い取る。
「……!」
 イデアがはっとしたところで、小鳥遊美羽がファイアストームを撃った。

 美羽が放ったファイアストームの炎から、スダナが飛び出して来た。
 スダナは体当たりで美羽を転倒させたが、美羽はすぐさまスダナを蹴り上げた。
「邪魔ぁ――ッ!」
 咄嗟に、美羽は前世のミルシェと“同調”する。
 覚醒はしない。けれど、この男を倒す為なら。
 起き上がりながらの回し蹴りでスダナは吹っ飛び、断崖の岩壁に激突した。
 意識を失ったのか、ズル、と沈んで、そのまま動かなくなる。
「くうっ……」
“同調”が切れ、美羽は両膝をついて頭を押さえた。辛うじて、意識を失うことは堪える。


 ただ攻撃しても、イデアに与えられる痛手は半分だけ。
 緋王 輝夜(ひおう・かぐや)は、高ぶる感情のままに、とにかくイデアをぶっ飛ばしてやりたい思いと、イデアの身体のカラクリを知り、ただ攻撃しても無駄だと知る理性の間で進退窮まり、もどかしくてたまらなかった。
 覚醒することは出来ない、と思う。
 それは、現世にツェアライセンという殺人鬼を解き放つことだし、イデアに対して有効ではない。
「両方のイデアを同時にぶっ飛ばさなきゃ、アイツは倒れないんだ……くそ、どっちのイデアの近くにも、両方あたしがいたらよかったのに!」
 焦り苛立つ気持ちが、ツェアライセンとの同調を呼んだ。

 狂おしい程の殺人衝動が、身体の中を駆け上がる。
「出て……くんなあッ!」
 輝夜は無理やりそれを押さえ込み、輝夜の意識を保ったまま、同調したまま、湧き上がる衝動のままに、イデアの前に飛び出した。

「もう、無茶でも何でも、あいつを、イデアをぶっ飛ばす!
 ジュデッカの仇を取るといったら、絶対に取るんだあ!!!」

 前世のあたし、今のあたし……どっちも人に身体を弄られて、おかしな躯になっちゃった。
 どこか、意識の底の冷静な部分で、強化人間の輝夜は、そう呟く。
 あたしも少し間違えば、前世のあたしみたいに狂っていたかもしれない、と。
(でも、あんたは、人の役に立ちたくてそんな躯に志願したんだろう?)
「……今が、その時だぁ!
 今だけ、今だけ、あたしの言うこと聞け、力を貸せぇぇぇぇッ!!!」

 イデアに飛び込んで行く。
 身体が、輝夜の意志とずれ、くっと左に傾いだ。
 イデアの攻撃が、逸れる。

 今よ、と、誰かが囁いた。