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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第3話/全3話)
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●D-Effect

 ツァンダの空も、赤い。
 その赤い空の下を一匹、黒いものが飛んでいた。
 傷つき、命尽きかけた『眷属』だ。
 これを見て、避難中の群衆から恐怖の声が漏れた。
 だが黒いものはそこで限界に達したのだろう、よろよろと落ちて動かなくなった。
「構うでない! 早く避難せい!」
 馬場 正子(ばんば・しょうこ)は人びとをせかしつつ、自分は前線に向かおうとしていた。人の流れと逆に歩むゆえ、なかなかスムーズにはいかないようだ。馬場正子としては本日、前線に出て戦いたい気持ちもあったのだが、それよりは指導者として前に出ることを求められ、実際、その役割に従事しているというわけだった。
「そこ! 避難せいと言うに!」
 まったく別の方向に向かう人影を見つけ、正子は声を荒げた。
「天御柱学院の御空 天泣(みそら・てんきゅう)です。私には、行くべき場所があります」
「……わかった」
 気をつけるのだぞ、と言い残して正子はずんずん進んでゆく。
 ――これは……カスパールの仕業なのか?
 天泣は眼鏡の位置を直した。
「避難はしないんだよね?」
 もうわかってるとでも言いたげにラヴィーナ・スミェールチ(らびーな・すみぇーるち)が言った。
「ええ。グランツ教……あそこに、いかないと」
 それを聞くとムハリーリヤ・スミェールチ(むはりーりや・すみぇーるち)は、「外こわーい!」と声を上げた。
「怖ければ来なくていい。馬場校長が言っていたルートに退避して」
「ちがーう! 外怖いからリーリちゃんも、天泣ちゃんとラヴィちゃんと一緒にグランツ教にいくよ!」
「いいけど……前みたいなのはごめんだよ」
 ラヴィがむっと気色ばむと、うん、とリーリヤは頷いた。
「この間はラヴィちゃんに怒られたから信者のお兄さんの前では我慢! カスパールさん?……に会いに行くまでは大人しくしてるのだ!」
「それならいいけど……」
「なら決まりだ。三人で行こう」
 天泣は二人を促した。
 どうやってカスパールと面接までこぎつけるか、それが問題だ。「どうしても、不安な気持ちになる。カスパール女史にあって…この混乱状態について尋ねたい」とでも言って縋ろうか。

 ツァンダ内部、グランツ教ツァンダ支部。
 その部屋に入室を許された者は少ない。
 執務室――マグス(高位神官)カスパールの仕事部屋に入ることを許されたものは。
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)はその数少ない例外の一人である。
 ザカコは現在、カスパールの側近の身分まで上り詰めていた。
 短期間でここまで来るのは相当珍しいと他の信徒には言われている。よほど彼女と相性があったのか、それとも――。
 執務室といってもことのほか殺風景な部屋で、壁はほとんど剥き出し、カスパールの机にも電話と文箱があるほかは目立ったものがあるわけでもなかった。そもそも部屋には絵の一枚、花瓶の一つだって飾られていないのだ。机にしたって、木目調ではなく鉄紺の色をした簡素なもので、女性らしい優美さとは無縁に見えた。
「蒼空学園付近に大蛇が現れたようです」
 わかりきったことかもしれないが、あえてザカコはそのことを口にした。
 そして、声の調子を変えて彼女と向き合った。
「……そろそろ貴女の目的を教えて頂けませんか」
「それなあらあなたの目的は? イルミンスール魔法学校のザカコ様?」
「それをご存じであれば、どうして私を側近に?」
 カスパールは意味ありげな微笑を見せた。
「互いに質問を交換するの、やめません?」
「わかりました」
 ザカコは神妙な顔をしてカスパールの前に座り直した。
「カスパールさん、私はあなたの真意を探りに来ました。それをスパイというのであればそうでしょう。ですがこれは、誰かに命じられてきたのではありません。自分の意思です」
 彼女が頷くのを見て、続けた。
「この一連の事件でグランツ教を中から見てきましたが、信徒はあまり深く関わっていなさそうですね。ただ、カスパールさんは他の人と違い、確かに何らかの意思を持って行動しているはず……自分はまだあなたの表の顔しか知りませんが、そろそろ裏の顔についても知りたいところです」
「正直なのですね、ザカコ様は」
 このとき美しい蛭のようなカスパールの唇が、少し歪むのを彼は見た。
「けれどその正直は、ときとしてあなたを殺すことになりかねませんわよ」
「……承知の、上です」
 このとき警報が鳴り響いた。いよいよ危険な状況になったらしい。イコンも圧されているのだろうか。
 部屋の内線電話が鳴った。
「私です」
「カスパール様……危険です。まだ街への侵入はないようですが、避難警報が出ています」
「先に退避しなさい。全員です。私にはまだやり残した仕事があります」
 しかし、と声を上げる相手に「わかりましたね?」と一方的に告げ、カスパールは電話のボタンを押して回線を切断した。
「さて……ザカコさん、気づきまして? この部屋のことが」
 カスパールの言葉の意味を考えていたザカコは即答できなかったが、ややあって答えた。
「最上階だというのに、窓が一つしかないということですね。しかもあんなに小さい」
 カスパールは席を立つと、その窓に近づいた。
 小さな窓だった。せいぜい五十センチ四方、明かり取りのために仕方なく入れた、という風である。
 窓を背にして振り返る。
「この部屋に小さな窓が一つしか無い……その意味、理解できて?」
「暗殺を避けるため……でしょうか? 狙撃による」
「そうです。無駄なのにね……」
 ピシッ、と窓に亀裂が入った。
 ザカコが弾かれたように立った。窓を割ったのは銃弾。明らかに防弾ガラスであるにもかかわらず貫通していた。
 狙撃されたのだ。カスパールが。
 だが彼女は何ら傷ついてはいなかった。弾丸は、彼女の後頭部数センチのところで停止していたのだ。
 カスパールは弾丸を手で包むようにして取ると、その熱を感じないかのようにやすやすと机の上に置いた。
「私に銃弾が効かないことを知っていて、あえて狙ってきたような気がしますね」
 窓の外に目を向けカスパールは狙撃者をしばし探っていたが、すぐに諦めたように顔を戻した。
「姿はおろか気配も感じませんわ。まるで幽霊からの銃弾ですわね」
 このとき階下から、何かが破裂するような大きな音が轟き、一瞬床が浮くほどの振動が発生した。
 ふたたび内線電話が鳴る。
「原因不明の爆発です! 街の外を襲っているものと関連しているのかもしれません、早くカスパール様も!」
「私を置いて退避しなさいと言ったでしょう。それとも、私の言うことが聞けませんの」
 これまでにないほど冷たく、有無を言わさぬ調子でカスパールは言いのけた。
 内線電話を切ると彼女は立ち、ドアに向かった。
「参りましょうか」
「どこへ……!?」
「会議室。この下にあります。全フロアが吹き抜けになっているから、広さとしては十分でしょう?」
「十分な広さ……何にとってですか?」
「あなたたち全員を相手にして戦うのに」
 このときドアが、まだカスパールが触れもせぬのに開いた。
瓜生 コウ(うりゅう・こう)、様でしたわね」
 ドアを開けたのはコウだった。涼やかな眼でカスパールを見つめている。
 カスパールは眼を細めた。旧友に呼びかけるように柔和な笑みを見せる。
「さきほどの爆発、あなたのお友達……パートナーさんによる陽動ですかしら? 申し訳ありません、必要ないことをさせてしまって。どうせ他の信徒は退避させておりますのに」
「いや、あいにくとオレではない」
 コウがマリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)に、必要ならば陽動をかけてほしいと伝えていたのは事実だ。だがそのマリザから「すでに大半の信徒は退避してしまっている」との情報は得ている。
「そう……私がいるのはもう、察知されているわけね」
 マリザが柱の陰から出て、コウに並んだ。
「あなたがた全員と話をしたいと思っておりますの。下に行きません? コウ様」