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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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「あら、どうやら別の客が来たようですわね」
 ルピナスの声に、刀真と円は顔を見合わせる。今この場で自分たちの姿を契約者に見られるのは、色々とマズイように思われた。
「奥に身を隠せる場所がありますわよ。尤も、身の安全は保証しませんけれど」
「やむを得ん、一旦身を隠すぞ」
 ルピナスの示す方向へ、一行は身を潜める。周辺の警戒を月夜に託し、刀真は物陰から誰がこの場を訪れたのかを見届けようとする。
(……! あれは……!)
 そして、刀真が見たのは。

「やあ、君がデュプリケーターの親玉なんだね。話には聞いていたけれど、もっといかつい姿を想像していたから、驚いたよ」

 リカインシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)に連れられて現れた少年――ミーナの姿だった。


(……アーデルハイト君は、私の行動を止めようとはしなかった。そしてミーナ君も、ルピナス君に会うことを止めようとはしなかった。
 会いに行ってみたらどうかな、って思ったのは確かだけど……もし何かあったら、って思うと辛いなぁ。勢いで頷いちゃったけれど)
 ミーナの背中を見守りながら、リカインが思案に暮れる。アーデルハイトかミーナか、どちらかが自分の提案に反対したなら潔く取り消せたのに、どちらとも反対しなかった。だったら行くしか無いじゃない、とリカインはミーナを連れてルピナスの下を訪れることを決めたものの、本当に連れてきてよかったのか、という思いは未だ胸の中で渦巻いていた。
「ちょっと、今更後悔してるわけ? そんなことで、付き合う身にもなってほしいんだけど」
「ごめん、そんなつもりじゃ――そうね、弱気になったらいけないわ。ありがと、フィス姉」
「どういたしまして。こうなった以上、二人はなんとしても連れ帰ってあげるからね」

 シルフィスティがぐっ、と拳を握りつつリカインに笑いかける。デュプリケーターの特性を考慮して、リカインは丸腰でルピナスの下を訪れているため、もし万が一のことがあった時はシルフィスティの双肩にリカインとミーナの命がかかることになる。
「あなたは……何ですの?」
「あはは、やっぱりそれは気になるよね、うん。
 僕は、世界樹だよ。パラミタの遥か未来で人工的に作られた、ね」
 ミーナが簡単に、自分の生まれをルピナスに語って聞かせる。数多く生み出された世界樹同士が、最後の一人となるまで争い合うという背景はルピナスを始めとする『聖少女』と非常に酷似している。
「リカイン……後ろの彼女が言うには、僕のような存在がイルミンスールに拒絶されることが無かったんだから、君も世界樹に拒絶されるようなことは無いんだ、って。
 君は世界樹への反逆のために行動しているようだけれど、世界樹は君に何も強いていないと思うし、ましてや滅ぼそうとも思っていない。ただほんのちょっと度が過ぎて、世界の安定を乱す存在であると判断されてこの世界に送られた、そういうことなんだと思う」
「……それをわたくしに語って、どうだと言いますの? わたくしをどうするつもりですの?」
「僕にだって、君をどうこうするつもりはないし、その権利もないよ。
 ただ、知らないままよりは知っておいた方がいいことはある。今僕が話したことが知っておいた方に属するかどうかは分からないけれど、僕の口から出たということはきっと、僕が話したかったからなんだろうと思う」
「…………」
 ミーナの言葉に、ルピナスは口を閉ざし、やがてフッ、と笑みを浮かべると、スッ、と手を差し出す。
「……分かりましたわ。あなたの言葉とそこに秘められた思いは、受け取りました。
 わたくしから返せるものはこのくらいですけれど……受け取っていただけますか」
「聞いてくれるだけで十分さ。こちらこそありがとう、受け取らせてもらうよ」
 ミーナが差し出された手を取り、笑いかける。その笑顔にルピナスも、満面の笑みで応える――。


●天秤世界:契約者の拠点

「今回、桐生さんと一緒に会いに行こうとしているルピナスさんは、非常に危険だと感じたんです。
 だから私も一緒に行きたいって言ったんですけど、月夜さんにお留守番を言い渡されてしまったんですっ」
 ケイオースとセイランと共に過ごす夜のひとときの間、白花は刀真と一緒に行動出来なかった事を悔しがるように二人に話す。
「そうか、君がそう思うのも尤もだと思う。俺達は話に聞いただけだが、そのルピナスという少女に対しては十分警戒しておいた方がいいだろうな。
 ……まあ、俺達に出来る事はここを強化するくらいだが」
「いえ、それでも十分立派な事だと思います。私も是非、お二人のお手伝いをさせてください」
「こちらこそ、あなたが傍に居てくれて心強いですわ。明日からもよろしくお願いいたしますね」
 互いを労い合いながら、穏やかに話す夜が過ぎていく――。


●イルミンスール:校長室

「……リカインとミーナ、契約者の拠点への帰還を確認しました」
 イルミンスールにて、リカインの代わりに契約者の動向をチェックしていたシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)が、二人の無事をアーデルハイトに報告する。
「うむ。……そのまま二人には、ルピナス討伐まで契約者の拠点で待機するように告げよ」
「了解しました」
 アーデルハイトの言葉を、ムーンがリカインに伝える。それはリカインがミーナを連れて行くに当たり、直前でアーデルハイトが付けた注文であった。ミーナの方も、万が一の事があって『深緑の回廊』を封じる必要があった時に、『僕かコロンのどちらかが天秤世界に行って、道を『外さ』ないと、『跡』が残ってそれを利用されることもあるから』と、契約者の拠点で待機することを受け入れた。
(……私はまた、生徒を裏切る真似をしておるのじゃろうか。
 ルピナスに予想外の行動をされるよりは、予想内の行動を取られる方が対処も出来るとはいえ、このような……)
 アーデルハイトが表情を変えず、苦悩の胸中を明かす。とはいえ対処が間に合わなければ、事はイルミンスール内に留まらなくなる。今度他国の介入を招けば、それはどのような経緯があったとしても信用を失う。レンたちが色々と手を回しているから、今回はイルミンスールに不利益になるような条件を突きつけられる事はないだろう。しかし次に何か事態が発生した時は、もうイルミンスール単独では物事を処理出来なくなる。それはイルミンスールにとっての『死』を意味する。アーデルハイトは決して、生徒を誰かの傀儡にするつもりはなかった。
(こうして、生徒に自由を与えようとする考えそのものが、傲慢かもしれぬがな)
 ――『自由』は誰にでも等しく与えられる。『自由』は決して誰にでも等しく与えられない――。
 そんな言葉が、アーデルハイトの脳裏を過る。