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【裂空の弾丸】Ark of legend

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【裂空の弾丸】Ark of legend

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第一章 砂漠の浮遊島 2

 砂漠に、ローブを纏った行軍の一団がいた。
 照りつける日射しから身を守るよう、フードを目深に被り、肌を一切晒していない。
 その者たちは、歩く。ただひたすらに、ただ真っ直ぐに――。遠くとも、近くとも知れない場所を目指して。
 その途中、ふいに、突風が吹き荒れた。轟然と吹きつけた風に、行軍の一団は足を止めた。風から身を守り、ばたばたとはためくローブが飛ばされぬように掴む。そのとき、びゅおおぉぉ……――と、吹きつけた風に混じって、一枚の枯れかけた葉っぱが飛んできたのを、行軍の一人は見逃さなかった。
 はしっ。
 葉を掴んだその者は、それに顔を近づけた。しばらくして、こう呟く。
「……そうか……わかった。――ありがとう。手間を掛けさせたね」
 その瞬間である。
 再び突風が吹き荒れ、掴んでいた葉っぱは飛んでいってしまった。そう、長くは持たないだろう。枯れた葉っぱは、いずれその寿命を全うする時がくる。その者が振り返ったときには、すでに葉の姿はどこかに消えてしまっていた。
「もう少し……生きられたらよかったのに……」
 切なげに呟かれたその声を、聞いた者はいなかった。
 代わりに、彼を呼ぶ者がいた。
「エース! どうだった? なにかわかったかい?」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)であった。
 フードを被り、その顔立ちしかわからぬが、端整な英国男子的な面がのぞいている。
 飛んできた葉っぱからその心を聞いたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、呼びかけるメシエのもとに戻ってきた。
「この先に……オアシスがあるらしいよ。話に聞いたグラチェ族のものだろうね」
「ということは、この方角だね。ダウジングも当てにはならないと思っていたが、そうでもないみたいだ」
 メシエはそう言って、ダウジング用の針金を懐から出して見せた。
 運に任せるつもりでやってみたダウジングだが、その指し示した方角は葉の教えてくれたものと同じだったらしい。
 エースは微笑を浮かべながら、
「占いも、民族学的には意外と信用できるものなんだよ」
 と言うと、メシエたちと一緒にさっそく葉の告げてくれた方角に向かおうとした。
 だが、そのとき――立ち止まった者がいた。エースはそれに気づき、振り返った。その者は、まるで自分の居場所はそこではないとでも言うかのように、じっとそこに佇んでいた。
「……君は、行かないのかい?」
 たずねると、その者はゆっくりとうなずいた。
 オアシスには行かず、探索を続けようと言うのだろう。その者の性格を顧みれば、仕方ないかもしれないとエースは思った。そもそも、止める権利など自分たちにはないのだから。
「そうか……。それじゃあ、またなにかわかったら、連絡してもらえるかな? それぐらいは、構わないよね?」
 その者がうなずいたかどうかはわからなかった。
 ただ黙ったまま身を翻したその者の背中が遠ざかるのを、エースたちは見つめるしかなかった。
 しかし、しばらくして、エースの籠手型HC弐式・Nが音を発した。見ると、映像が送られてきている。
 ピーピング・ビーと呼ばれる、この浮遊島で見つけた蜂型の機晶装置からだった。先ほどの者が、自分の身の回りで遠隔操作しているものだ。
 エースは微笑を浮かべた。何かあればきっと、連絡をくれることだろう。
 そう思って、エースたちはその者と――レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)と、行動を別にした。

● ● ●


 オアシスは、砂漠にあって唯一と言っていいほどの水の供給源だった。
 砂漠の浮遊島に住まうグラチェ族が、オアシスを拠点として村々を形成しているのも、必然と言えるだろう。
 彼らは用心深い。浮遊島同士の交流は少なからずあれど、長いこと外界と隔絶した生活を送ってきた彼らにとっては、余所者は恐怖の対象であり、畏怖たる存在だった。
 ――二機の装甲車がオアシスに近づいたときも、同様の感情を抱いたに違いない。
 グラチェ族は警戒していた。それが未知なる化け物なのか、あるいは何らかの兵器なのか。侵略にやってきたのか、自分たちを滅ぼしにやってきたのか。グラチェ族には判然とせず、装甲車は瞬く間に取り囲まれた。
 ライフルを持った、グラチェ族の男たちに。
 だが、先にパラミタラクダから降り立った青年は――早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、それに狼狽えることはなかった。
 いや、そもそも――そのような態度を見せてはならないと思っていた。心の奥底では不安が渦巻いていたが、決してそれを悟られようとはしなかった。代わりに呼雪は、右手を広げたまま顔の横に持ちあげ、左眼を隠すようにして頭を垂れた。グラチェの民にとって、目は輝きに満ちた存在であり、人に捧げられた“機晶石”だと考えられていた。
 二つある機晶石のうちの一つを覆うことは、相手への敬意を意味する。
 バルタ・バイの民に――教えてもらったものだ。
 警戒していたグラチェの民は、呼雪のその仕草を見てどよめいた。
 それから呼雪は、掌に融合機晶石を浮かびあがらせた。
 青きフリージングブルーの機晶石が目の前に浮かぶのを見て、グラチェの民たちは眉を寄せる。
「全ては、機晶石の導くままに……」
 呼雪はそう呟くように切り出し、グラチェの民に話を続けた。
「俺たちは、この地には、『伝説の方舟』と呼ばれる船によって訪れました。そして、バルダ・バイ族の方にお世話になった。この島を訪れたのは――彼らの言葉にあった『方舟の大切な力』を求める為です」
 その瞬間、民たちがざわついたのを呼雪は見逃さなかった。
 それはすなわち、民たちが何かを知っていることを意味している。グラチェの民は、敬意を表す呼雪たちからライフルの銃砲を放し、代わりに、グラチェの長のもとへと彼らを案内することにした。
 しばらくして、見えてきたのは一つのテントだった。オアシスに形成された部落の最も中心たるテントで、遊牧民であるグラチェの民たちの長が住んでいた。
 テントの中に入った呼雪たちは、真っ黒に日焼けした色黒の男性陣と、それを従える老獪な者を見た。歳は食っているが、まだ生気には十分に満ちている。そんな雰囲気であった。
 呼雪はその長に、先ほどの男たちに伝えたものと同じ旨を伝え、それから、
「この砂漠の地で生命を維持するには水は不可欠です。どうか、大切な力を方舟に持ち帰るまでの間、オアシスでの滞在と水を分けて頂く事をお許し願えませんか?」
 と、頼み込んだ。
 長は寡黙な壮年であったが、決して理解のない人物ではなかった。なにより、バルタ・バイ族から呼雪が受け取ってきた、食料を中心とした土産の数々を見て、グラチェの民は目を輝かせた。
 友愛の証(しるし)にと、長から呼雪たちへ料理が運ばれる。
 砂漠やオアシスで捕られる虫を焼いた、グラチェの伝統料理であった。真っ黒に焼けた虫は、ほとんどこれといった料理もされておらず、昆虫の姿形を残している。
 呼雪と共にいたヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は、さすがにその姿に嗚咽を漏らしそうになった。
「ぅぇっ…………」
 だが、呼雪はそうでなかった。
 何の躊躇いもなく、平然とした顔でそれをつまむ。口に運んだ呼雪は、もしゃもしゃとそれを食べて、
「……美味い」
 と、静かに呟いた。グラチェの民たちに、はじめて笑顔がこぼれたのをヘルは見た。
 ここでは、こんな料理でも貴重な栄養源なのである。それに見たところ、タンパク質は豊富そうだ。この苛酷な環境で力をつけるには、これこそが料理と呼ぶにふさわしいのかもしれなかった。
 とはいえ――生理的に受け入れられるかどうかは、人それぞれだが。
(呼雪はよく平気だよねぁ……。まあ、らしいっちゃらしいけど)
 ヘルはそう感心しながら、なんとか少しずつ、ほんのちょっとずつ、料理を口に運ぶのに必死になるのだった。