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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

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【二 伏魔殿ヒラニプラ】

 同じ頃、領都ヒラニプラでは――。
 憲兵科の水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)大尉とマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)の両名が、今尚、スティーブンス准将に味方する教導団員の有無について、極秘且つ徹底的な内偵を進めていた。
 幸か不幸か、それまでの調査では表立って准将に味方しようという将兵はひとりも発見されておらず、このまますんなり終わってくれればそれで良し、と半ば安堵に近い心境に至っていた。
「前線では、第六師団の作戦の一環として准将側に着くふりを見せている将兵も居るけど、そういう例外を除いては、今のところは大丈夫かしら」
 憲兵科内の自室で膨大な資料の山を前に、ゆかりは相当疲れ切った様子で小さく息を吐いた。
 ところが、同じ室内で別の資料を整理しているマリエッタは、ゆかりとは異なる反応を示した。
「カーリーの方は沈静化してるんだろうけど、こっちは忙しいったらないよ」
 マリエッタの方は、准将派から金団長派へと宗旨替えをした団員に対する不当な扱いが無いかどうかをチェックする役割を担当していたのだが、こちらは目に見えないところで、相当色々な問題が生じていた。
 少なくともマリエッタが調べ上げた分だけでも、陰湿ないじめに近しい処遇が十数件発覚しており、その都度憲兵科として指導を入れなければならなかった。
「まぁ、軍法会議にかける程の内容じゃないから扱いが難しかったんだけど、それでもさ、よくこんなことを思いつくよね〜っていうぐらい、陰険なやり口が多くてびっくりしたよ」
 マリエッタの愚痴を聞き流しながら、ゆかりは複雑な表情を浮かべた。
 陰湿ないじめは、決してやって良い話ではない。
 しかしそういった数々の問題行動は全て、金団長への忠誠心から出た行為であり、その心根の部分はゆかりの想いと共通するところではある。
 だから、ゆかりとしては彼らを一方的に責める気分にはなれなかった。
「でも、バランス感覚は大事……憲兵科の、一番辛いところよね……」
 いいながら、ゆかりはそれまで広げていた資料をデスク上に放り出し、サイドデスクから別の資料を引っ張り出した。
 こちらは、対オークスバレー・ジュニアの前線に配置されている教導団員の名簿である。当然ながら、そこにはバランガン駐屯部隊の兵員についても、記録されていた。
「ヒラニプラの内偵は、大方終わったんだけど……やっぱり問題は、このバランガンとか、南部ヒラニプラの各都市に駐留する部隊の方よね。准将は南部ヒラニプラに人気が高かったっていうから、領都よりも寧ろ、南部での調査が必要なのかも知れない」
 ゆかりの半ば独白に近い呟きに、マリエッタは仰天した顔つきで思わず振り返った。
「ちょ、ちょっとちょっと。今から南部に行こうっての? すっごい時間かかっちゃうよ?」
「そんな訳ないでしょ。ただ、必要性があるかな、っていうだけの話よ」
 慌てるマリエッタに、ゆかりは苦笑を返した。


     * * *


 教導団内の、とあるカフェテラスにて。
 叶 白竜(よう・ぱいろん)世 羅儀(せい・らぎ)は、メルアイル方面の調査から帰還した黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の両名と面会していた。
「結論からいうけど……メルアイルの全住民、一万五千人は生きているよ」
 天音の確信を帯びたようなひと言に、白竜と羅儀は一瞬だけ、表情を引き締めた。
 ブルーズが、キングサイズファイルをテーブル上に広げ、一部のメルアイル住民の顔写真と、別の地点で数日前に撮影された一団のひとびとの顔写真とを比べるようにして、白竜と羅儀に提示した。
「矢張り……全員、生きていたんですね」
「しかしだ、どうやら彼らは現在、全くの別人格として生活しているようだ」
 ブルーズの説明を受けても、白竜は別段、驚いた様子は見せなかった。
 ノーブルレディ投下によってメルアイルが壊滅する寸前に、一万五千人の住民を一瞬で安全地帯に退避させることが出来る人物が居ることを、白竜は知っていたのである。
「……若崎 源次郎(わかざき げんじろう)、ですね」
「その通り。彼の時空圧縮なら、一万五千人という人数であっても、数十キロ離れた地点に瞬間移動させることが出来る。そして彼らが別人格として生活しているのは、生胞司電での脳波支配に因るものだろうね」
 では何故、メルアイル一万五千人の住民を別人格として支配する必要があったのか。
 その点を羅儀が訊くと、天音は、これは推測だが、との注釈を挟んでから説明を加えた。
「恐らくは、メルアイルの住民が全員死んだ、と世間に信じさせる為だろうね。でないと、ノーブルレディの威力を世間にアピールすることが出来ない」
「ノーブルレディ投下によって、ひとつの都市が壊滅し、住民全員が死亡した、ということにしておかないと、准将は第二射を阻止する為というバランガンへの早期突入の口実を失ってしまうからな」
 ブルーズの補足で、ようやく羅儀は納得いったように頷いた。
 つまり、あれだけ大騒ぎしたノーブルレディ投下も、結局のところはスティーブンス准将と源次郎が仕組んだ茶番に過ぎなかった、というのである。
 彼らの真意がどこにあるのかは今もって不明だが、こうも簡単に踊らされてしまった自分達は、如何に騙され易い性格であることかと、自己嫌悪にも似た感情が湧いてきてしまう。
「ベルナディス少尉からも、今回の内戦で死亡した一般市民はひとりも居ない、との報告が届いています。勿論二度に及ぶ市街戦で多くの家財が失われましたが、それはシャンバラ政府とヒラニプラ家からの戦災補償で十二分に賄えるどころか、内戦勃発以前の経済規模を大きく上回る程に流通量が膨らむ可能性が高い、とのことでした」
 即ち、この内戦で准将が勝とうが金団長が勝とうが、南部ヒラニプラは尋常ならざる恩恵を受けることが出来るという話になる。
 これはいうなれば、准将が掲げる『正義よりも生活』というスローガンを達成する、最も手っ取り早い方法であったと解釈出来なくもない。
「確かに、最近のシャンバラ政府はコントラクターに対する厚遇には幾らでも財布を緩めるけど、一般シャンバラ市民に対しては、徹底的に緊縮財政を敷いていたからね。唯一の例外が天災や戦災などへの補償だけど、天災はいつ発生するか分からない。それに対して戦災は、人為的に引き起こすことが出来る。そう考えると、今回のクーデターの究極的な目的は、教導団を乗っ取ることではなく、南部ヒラニプラに対してシャンバラ政府の経済支援を勝ち取ることだったとすれば、全ての辻褄が合うね」
 既にシャンバラ政府からは南部ヒラニプラへの経済支援が行われることは通達として発布されているが、そこへ更に、戦災補償が加わるとなれば、その利益は膨大なものになるだろう。
 天音の推論は、白竜にとっては恐らく唯一無二の真実であろうという確信として聞こえていた。
 但し、未だ不明な点も幾つかある。
 冥泉龍騎士団とイレイザードリオーダーが何故、今回の内戦に加担してきたのかが、分からないのだ。
「恐らくは、今回の事件を仕組んだ黒幕が全てを理解しているでしょうね」
「その口ぶりだと、誰が黒幕なのか、ある程度の見当をつけているようだね」
 真剣な面持ちの白竜を、天音は面白そうに眺めている。白竜は正直に頷いた。
「但し、現時点では確信を得る程の情報が揃っていません。黒幕のもとに乗り込むのは、もう少し後の話になるだろうと思います」
 白竜は、自身が当たりを付けている人物の名を、敢えて口にはしなかった。
 その名をここで述べるのはあまりにも危険に過ぎるというのが、白竜の判断であった。


     * * *


 ヒラニプラ家管理行政官アレステル・シェスターの執務室で、ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)三毛猫 タマ(みけねこ・たま)カーミレ・マンサニージャ(かーみれ・まんさにーじゃ)の四名は、緊急呼び出しを喰らって室を訪れていた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)の幾分緊張気味な面を、気の毒そうに眺めていた。
 ニキータ達四人はアレステルの護衛、及び教導団員に対する正式な窓口担当としての任務を受け、こうしてアレステルの執務室に詰めるようになっていた。
 しかし、小次郎は違う。
 アレステルは来室した小次郎を、厳しい視線で見つめていた。
「戦部大尉……ヒラニプラの各貴族を訪問し、南部ヒラニプラを担当する意思の有無を確認していたとの報告を受けておりますが、事実ですか?」
「はい、事実であります」
 小次郎の返答を受けて、アレステルは大きな溜息を漏らした。
 拙かったか、と内心で呻いた小次郎だが、既に彼の行動は全てに亘って知られているのである。今更、虚偽の報告してみたところで意味は無い。
 アレステルは僅かに間を置いてから、困ったような表情で小次郎に面を向け直した。
「はっきりいいますが戦部大尉、国軍所属であるあなたが、南部ヒラニプラの管理行政官決定に関与しようという動きは、文民統制の観点から見て、大いに問題があります」
 ヒラニプラの統治に関する決定権は全て、ヒラニプラ家にある。
 そのヒラニプラ家の意思に教導団員が関与しようという動きは、軍の政治への非介入という原則から見ても大問題だ、とアレステルは指摘した。
「単なる一個人で動く分には、一向に構いません。しかし国軍大尉の肩書を語った上で行政に介入する動きに対しては、私としても放置する訳にはいきません。今後は、ヒラニプラ家内の各貴族に対する接触を禁止します。良いですね?」
 アレステルは、金 鋭峰(じん・るいふぉん)名義の指令書を小次郎に手渡した。そこには、国軍総司令官として、小次郎にヒラニプラ家内の各貴族との接触を禁ずる文言が刻まれていた。
 金団長から禁止令が出たとあっては、小次郎としても従わざるを得ない。
「承知致しました」
 小次郎は表情を変えず、敬礼を送ってから、執務室を辞していった。
 来客対応を終えたアレステルは、ほっとひと息をついた。
 そこへ、カーミレが淹れたコーヒーをニキータが受け取り、アレステルの前に差し出す。
 アレステルは、その端正な面に幾らか疲れたような表情を浮かべつつ、ニキータに笑みを返した。
「ところで、カーミレが提案したキマク家経由の買い付けやその他諸々については、ご検討頂いたかしら?」
「悪い話ではありませんが、しかしそれですと、キマク家は直接の旨味を享受出来ないという話にも繋がりかねませんし、まだまだ検討の余地がありますわね」
 今回、東カナン西部の街ベルゼンと南部ヒラニプラ間で持ち上がっている交易の話は、あくまでも民間同士での交易開通であり、シャンバラ政府やヒラニプラ家が直接関与しようという訳ではなかった。
 ただ、交易ルートの開通に向けて、両国間、及び流通地域の各行政区から許可を取り付ける必要がある為、そこに政治家達の仕事が要求されるというだけの話である。
 実際、ベルゼンの太守ネグーロ・ジーバスとの行政官レベルでの交渉にはアレステルが赴く運びとなったのだが、そこで話し合われる内容も、交易そのものではなく、流通ルートの確保に向けた各行政区に対する働きかけに関する協議がメインとなる予定であった。
 また、ヒラニプラはそこそこ産業技術も進んでいるが、東カナンの文化レベルは、ヒラニプラよりも更に遅れているとの話である。
 タマなどは、真空パックや缶詰等の品目を交易品の中に含める案を温めていたが、東カナンではそういった技術品は受け入れにくいという現実があることを聞かされ、方針転換を余儀なくされていた。
「地球でいえば、南部ヒラニプラは中世末期から産業革命初期頃、東カナンは中世初期の文化レベルってことだから、両国の文化レベルで齟齬が出ない流通品目ってなると、やっぱり純粋な食料品に限られるって訳ね」
 アレステルから受けた説明を何度も咀嚼しているニキータだったが、その傍らでタマーラが、仏頂面をぶら下げてそっと身を寄せてくる。
 ニキータはタマーラがいわんとしていることを即座に察したが、しかしだからといって、タマーラが要求するような警戒心を抱くような心境にはなれなかった。
「何か、問題でも?」
「あらぁん、何でもございませんわよぉ」
 アレステルの怪訝そうな問いかけに、ニキータは引きつった笑みで声を裏返した。


     * * *


 クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)の両名は、随分と疲れ切った様子で教導団本部へと引き返してきていた。
 ふたりはスティーブンス准将と冥泉龍騎士団が強固な繋がりを持った関係を洗い出し、それを持って帝国に対し、真摯な謝罪と冥泉龍騎士団の帰還命令を出すべく外交交渉を行うべきだとの持論を展開した。
 帝国国民がシャンバラで不法に軍事介入していることが、帝国相手に交渉を有利に持っていく材料になるとの判断だった。
 ところがクローラにしてもセリオスにしても、最大の落とし穴にはまっていたことに気づいていなかった。
 冥泉龍騎士団は、帝国を離反し、独立している存在なのである。
 この『独立』というところが、最も重要なポイントだった。
 つまり、彼らは最早エリュシオン帝国の国民ではなく、国籍を持たない風来坊に過ぎないのだ。
 独立している以上、帝国が冥泉龍騎士団に対して働きかけることなど、表向き上は出来る筈もなく、また、冥泉龍騎士団の行為を外交交渉の材料に用いることも不可能なのである。
 敵対外交に於いては『建前』や『屁理屈』を如何に上手く利用するかで、勝敗が決まる。
 エリュシオン帝国は、冥泉龍騎士団が独立した存在であるという『建前』を利用し、必ずやクローラ達の持論を突っ撥ねてくるであろうことは、容易に想像出来た。
 逆に、法的根拠も無いまま帝国に強気の態度で交渉に出てしまえば、完全な逆襲に遭い、却ってシャンバラの立場が危うくなることは明白であった。
 わざわざシャンバラ政府の外交府に赴き、帝国に対して強気の交渉を持っていくべきだと迫ったクローラとセリオスだったが、そういった基本的な法的根拠が抜け落ちてしまっていた為、門前払いを食う格好となってしまった。
「……情報分析が得意なのと、外交とか政治が得意なのは、また別の話って訳だな」
 自室に戻りついたクローラは、自嘲気味に首を左右に振った。
 しかしセリオスは、転んでもたたで起きるつもりはないと、小さく笑った。
「でもこれで、冥泉龍騎士団をどう扱おうがこちらの自由だってことも分かったから、良いんじゃないか。連中を徹底的に叩き潰しても、帝国は何もいってこないって訳なんだしさ」
「まぁ、それだけの実力がこちらにあればの話だが」
 実際その通りであった。
 恐らく冥泉龍騎士団の実力は、教導団の師団クラスを遥かに上回るものと想定される。
 それだけの相手を敵に廻して尚、徹底的に叩きのめすということが出来るのかどうか――そこには、大きな疑問が残った。