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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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第十七章:ブラックジャックでよろしく


 さて、同じ避難所でも、古びた体育館の内部へと視点を移してみよう。
 外では防災訓練が行われているが、おおむねサボりがちでだらだらと過ごしている生徒たちも大勢いた。普段から学校行事などに関心はなく自由気ままで自堕落な学校生活を送っている彼らにとっては、居心地のよさを求めて監視の目の少ない室内へと流れ着きなんとなくたむろしているのであった。
「みんな、外へ行きなさい! 訓練に参加するのよ!」
 監督役の父母清 粥(ふぼきよし・かゆ)は、見回りの途中でそんな生徒たちを見つけて訓練への参加を呼びかけて校舎外へと連れ出していく。
「はいはい。ウゼェ……」
 しかし、イヤイヤながら外へ出た生徒たちは粥の姿が見えなくなると、またぞろぞろとこの体育館へと戻ってくるのであった。
「必要以上に張り切らなくてもいいじゃないですか。室内の生徒たちは、避難してきた被災者たちという扱いでいいと思いますよ」
 そんな彼らを迎え入れるのは、臨時教師の沙 鈴(しゃ・りん)だ。彼女は、生徒たちに訓練を強要しない。 
 地味で単調な訓練は刺激が少なく、早くも大勢の生徒たちが暇をもてあましていた。訓練が終了するまで待たなければならないが、やることがないのも苦痛である。
 避難所生活で不足するモノの相場は食事と娯楽だ。食料は、訓練に取り組む他の契約者たちも十分に用意してくれている。
 というわけで、鈴は避難所に非電源ゲームを持ち込んでいた。担当する算数の講義の一環なのだ、と言い張れるカードゲームや麻雀類の卓がいくつも、避難所に設置されていた。生徒たちは、一般人たちと一緒にわいわい楽しみ始めている。
「さて、今日は皆さんでブラックジャックを楽しんでみましょう。ルールは先ほど説明した、おおむね一般的なルールです」
 今回は、鈴は麻雀ではなくブラックジャックの卓を立てていた。麻雀も面白いが、生徒たちに多様なゲームを楽しんでほしいとの思いだ。すでにいくつもの卓が出来上がっており、それぞれでプレイを始めていた。
 すると、何度目の見回りなのか、再び体育館に様子を見にきた粥が鈴たちの集まりを見て注意してきた。
「何度言えばわかるの。ゲームは許可しません! 臨時教師のあなたが、生徒を遊ばせてどうするの!?」
「退屈は避難生活の敵です。娯楽に興じていればストレスや心の不安定を減らせ、無用な混乱や不和も抑えることができますよ」
 鈴は、これはあくまで訓練の一環なのだと説得してみたが、粥は頑として譲らなかった。
「だめよ。撤収しなさい。あなた、収穫祭でも麻雀をやっていたそうじゃないの。生徒たちに悪影響よ」
「仕方がないですね」
 これはどうしたものか、と鈴は考えた。
 粥に口うるさく言われるとは思っていなかった。強弁を通すための用意はあるのだが、彼女相手に使うべきか否か。
「では、こうしましょう。わたくしと粥殿が一勝負して、わたくしが負ければ黙って立ち去ります」
「ずいぶんと自信があるようだけど、そんな勝負に乗る私だと思っているの? 賭け事なんかもってのほかよ」
 粥は、鈴が半ば冗談で投げかけた提案に興味がありそうに食らいついたが、ハッと気づいてすぐに否定した。
「やっぱりだめよ。お金を賭けないギャンブルなんて、遊びと同じじゃない。時間の無駄なだけよ」
 その台詞は、粥にとって失言だった。鈴は、付け込むつもりはなかったが。
「どうしてもと言うのでしたら賭けてもいいのですよ。他の生徒たちはともかく、わたくしは大人ですから」
「む、むむむ……」
「失礼ながら、教師の薄給と今回の訓練の時給だけではやっていけないでしょう。女性は普通に暮らしているだけで何かと入り用になるのは仕方のないことです」
 鈴は、スキルを使った説得をせずに誘いをかけてみた。悪い意味はなく、一緒に仲良くなれればいいと思ったのだ。
「勘違いしないでよね。別に一攫千金を狙っているわけじゃないんだから」
 粥は言いつくろいながらも、心が動いているようだった。お金儲けは嫌いではないし、その効力も使い方も知っているほうだ。教師としての責任感と、欲望との間で葛藤している。
「ブラックジャックをやっているようね。私を甘く見ないことよ。相手をしてあげるわ」
 少しの間考えていた粥は、不敵な笑みを浮かべた。
「悪くないですね。生徒たちへの確率と計算の講義にちょうどいいでしょう」
 鈴は頷き返す。まあ、生徒たちが見ている手前、本当に現金を取り出すことはないが。
「罰として身包みをはいであげるわ」
 鈴の挑戦を受けて立った粥は、生徒達をかき分けて卓の前に座った。
「本来なら、主催者側であるわたくしがこのままディーラーを務めるべきですけど」
 そのつもりだったとはいえ、鈴は少し心配になって集まってきている生徒たちに視線をやった。心配なのは勝負の行方ではない。
 成り行き上粥と一戦交える事になってしまったが、集まった生徒らは鈴が見ていなくても他の挑戦者たちにカモにされることはないだろうか。鈴が座った卓以外でも、あちらこちらで勝負が行われている。中には、不慣れな生徒たちを狙ってポイントを荒稼ぎしようと企んでいるハイエナどもまでがやってきているのがわかった。
 そんな不安材料の一人が鈴の元へやって来る。
「あの、先生。ゲームの仲間に入れてあげたい子がいるんですけど、いいですか」
 先日、収穫祭の時に鈴たちと一緒に麻雀の卓を囲んだユリと言う名の女子生徒が、連れを紹介したがっていた。
「クラスメイトの、赤木桃子さん。目立たないし友達もいないみたいなので、誘ってみました」
 ユリが連れてきたのは、真面目で大人しそうな雰囲気の女子生徒だ。パラ実とはいえモヒカンやヤンキー女ばかりでなく、こういう地味目な女子生徒も一定数いる。ユリと同じく、いかにもカモにされそうなタイプだ。
 だが鈴はもちろん、クラスメイトのユリも知らなかった。赤木桃子が、決闘委員会の委員長であることを。
 桃子は、あの後、他に休憩できる場所を求めてふらふらしていたところをこの避難所を見つけてやってきていた。まったりとサボっていると、偶然にもクラスメイトのユリに見つかって半ば無理やり連れてこられたのだ。なんという巡り会わせだろうか。
「突然ですいません。よろしくお願いいたします」
 桃子は、鈴と粥に挨拶する。まるで頼りない普通の女子生徒のような、不安と好奇心の混ざった表情は作り物だが。
「構わないですけど、もう一人は舞花殿? 何をしているのですか、こんなところで」
 事情を知らない鈴は、いささか驚いて尋ねた。御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、相変わらず桃子と行動を共にしている。
「私にはお構いなく。傍で見物させていただきます」
「どういう風の吹き回しなのですか? 先ほどまではやる気がなかったのに」
 舞花は、桃子に耳打ちする。
「少し遊んでいきたくなりました」
 彼女はそれ以上答えることなく目配せをすると鈴たちに向き直った。
「お二人で勝負されるのですよね。僭越ながら、私がカードを配らせていただきます」
「あなた、大丈夫なのですか? ディーラーでしたら、わたくしがするつもりですよ」
 鈴は言った。
「熟練と思しきお二人でしたらご存知かと思いますが、沙先生がディーラーではブラックジャックでの勝負の決着はつけがたいのではないでしょうか?」
 桃子は、鈴と粥の顔を見比べながら答える。
「どういうことなの?」
「ブラックジャックでは、ディーラーに強い弱いは関係ありません。よく誤解されがちですが、ディーラーはカードを配るただのマシンにすぎないのです。先生同士が勝負されるのでしたら、どちらもプレイヤーとして参加された方が勝負の決着をつけやすいと思いますよ」
「あなた、素人じゃないわね。何者なのよ?」
 粥が聞くが、桃子は小さく微笑んだだけだった。 
「でしたらお言葉に甘えて、わたくしもプレイヤーでの参加をさせてもらいましょう」
 確かにそうだ。鈴も小さく頷いてプレイヤーの席に座った。ブラックジャックを何度もプレイしてみればわかる。ディーラー側には、駆け引きも戦術もないのだ。一応、表向きは。
 ルール上、ディーラーは必ず17点以上になるまでカードを引き続けなければならない。その手の内は17点以上21点以下か、それを越えてバーストするかだけということになる。その範囲内でどうやってディーラーを凌ぐか。いかにしてディーラーをバーストさせるか。それを競い合うのがブラックジャックであり、プレイヤー側で遊んでこそ面白みがある。ディーラーが強いと感じるのは、ただカードに偏りが生じた場合であり実力ではないのだと、鈴も知っていた。
「クラスメイトもいますし、私も一緒にゲームします」
 ユリが、鈴の隣に座った。なんだか、とても懐かれている気がする。
「先生から教えを受けて、前向きになりたいって思うようになったんです」
「いいですよ。一緒に頑張りましょう」
 前向きって、意味が違うだろうと鈴は思ったが、すぐに考え直した。先日ようやく黄色いワッペンになった彼女は相変わらず何事にもおぼつかない。鈴の目の届く近くで居てくれたほうが助けてあげやすい。何より、ユリには上位のワッペンを取らせてあげたかった。
「では、決闘委員会を呼びましょう。これは真面目な勝負。決闘なのよ」
 粥は言った。鈴も異存はない。
(決闘委員なら、すでに委員長が目の前にいるんですけどね)
 桃子に視線をやりながら、舞花は小さく微笑む。お手並み拝見だ。
 そこへ。
「決闘委員会の者だ。ブラックジャックで勝負をすると聞いているが間違いないか? ……うっ!?」
 粥たちに呼ばれておっとり刀で駆けつけてきた決闘委員会のお面モヒカンたちは、テーブルについた桃子の姿を見ると一瞬驚いた。どうして委員長がここに? だが、表向きは無関係ということになっている。彼らは、すぐにそ知らぬ様子で確認した。
「教師二人はさておき、分校生たちは通常通りの決闘としてポイントのやり取りが行われる。心もとないと思う者は、席を替えることを忠告しておく」
 決闘委員会のお面モヒカンは、脅しをこめた口調で言った。負ければ容赦はしない。そう暗に宣言していた。
「ところで、スカウターのような測定機器は不要ですよ。肉体的なダメージを受ける決闘ではありませんので」
 鈴は、釘を刺しておいた。おもむろに機器を取り出そうとしていた決闘委員会メンバーは、ギクリと動きを止める。
「そうか。ならそれでもよい。機器の使用は推奨ではあるが、強制ではないのだからな」
 もっと使用を強要してくるかと思っていたが、そんなこともないらしい。機器に関してはそれ以上の言及はしてこなかった。
 お面モヒカンたちは威厳を取り繕いながら、ルールを再確認した。
 これから行われるブラックジャックのルールは、おおむね通常通り。
 トランプは、鈴が用意した新品を用いることになった。総枚数は6デッキ分で合計312枚を使用し、シューターを用いて配布される。
 各プレイヤーが最初に賭け(ベット)し、ディーラーは自分自身を含めた全員にカードを二枚ずつ配る。ディーラーの二枚のうち1枚は表向きで皆が見ることができる。
「プレイヤーのカードは、二枚とも表向きで配られるのよね?」
 粥は聞いた。内輪で遊ぶ時には個人同士で見られないように持つこともあるが、ここではカジノスタイルで行われるらしい。
 決闘委員会のお面モヒカンが6デッキ分のカードをシャッフルしている間に、大量のチップが運び込まれてきた。
「……?」
 その量の多さに驚いたのか、ユリはお面モヒカンの動きをじっと見つめている。
「使用するチップは、分校生なら一枚で1ポイント。先生方は、一枚10Gでどうだろうか?」
 お面モヒカンが提案する。
「小額なのね。まあいいわ。とりあえず、チップ500枚換金するから持ってきて」
 粥は懐から財布を取り出すと札をテーブルに置いた。
「先生、あまり賭けすぎないほうがいいと思いますよ」
 そう言いつつ、鈴も合わせて500枚を換金することにした。
「あ、あわわわわ。私、全部のポイントを使っても300枚も換金できないのですけど」
 ユリはいきなりビビりだした。ポイントを全部使い切ってしまったら地下教室行きだ。そうならないように、鈴がユリの分までチップを300枚ほど換金しておいた。
「少しずつ賭ければ長く遊べますよ。先生のまねをしないように」
「お前はどうするのだ? ディーラーはプレイヤーとの勝負を全て受けなければならない。負ける時は大負けする。チップなどすぐになくなるぞ」
 お面モヒカンは、威圧的な口調で桃子に迫った。
「脅かさないでくださいね。なるべく長くプレイできますように」
 桃子は、わざとらしい純真無垢な表情で祈りを込めて100枚ほどのチップを受け取った。
「ディーラーは自由に予備のチップを持っていっていいですよ。本来ならわたくしがやるべきところを代わりにやってもらっているのですから」
 鈴は、ゲームを楽しむために用意されていたチップを示した。みんなで楽しむための企画なので、そもそも勝ち負けは気にしていなかった。このブラックジャックでも、生徒たちに派手に賭けてもらってガッポリ稼いでもらったほうがより盛り上がるだろう。そう考え、予備チップもたくさん用意されている。
「お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えて、必要とあれば使わせていただきます」
 桃子は礼だけは述べたが、さしあたりチップの追加はしなかった。
「イカサマは自己申告だ。スキルの発動も決闘における能力の発揮と見なして、我々は関与しない。技もまた強さの一つなのだからな」
 委員会メンバーは言う。
「イカサマが心配なら、機器の使用を推奨する。そういったパターンが数多く入力されており照合してくれる。感知にも優れているからな」
「いいえ、結構です。なるほど、スカウターを使わないならリスクを背負えってことですね」
 鈴も納得した。今回も濃いメンバーが揃っているが、隣のユリは状況を把握できているのだろうか。
 そんなこんなで準備が整い、いよいよブラックジャックのプレイが始まることになった。
「まずは、軽く10枚賭けってところね」
 粥が目の前にチップを置いた。鈴とユリは1枚だけだ。
「では、カードを配ります」
 粥、鈴、ユリの順でカードが二枚ずつ配られた。
 粥は8と8、鈴には10とK、ユリには5と2がそれぞれ行き渡った。ディーラー側にはAが一枚見えている。
「う〜ん? スプリットかな?」
 粥は8を分割し、さらに10枚づつのチップを上乗せして勝負を決めに行った。三枚目は9とJ、合計が17点と18点では微妙なところだ。どうする、もう一枚引くか? しばし考えて、粥は手を止めた。
「微妙ね。失敗したかな?」
「手は悪くないですけど、最初は様子見ですね」
 鈴は、20点が出来ているにもかかわらず、勝負をしに行かなかった。チップを一枚、捨てるつもりで上乗せしてから、手のひらを下に向けて水平に振った。それ以上は不要という合図だ。
「スタンド」
「よくわからないけど、頑張ります」
 ユリは、勉強のためとカードを引けるだけ引いた。5と4と6でバーストした。
「きゃん」
 全員にカードが行き渡ってから、桃子はもう一枚のカードをめくった。Qだった。プレイヤーたちは全員ため息をつく。
「ディーラーの総取りですね。失礼いたします」
「ディーラーに強い弱いはない、って言ったの誰よ? 強いじゃない」
 チップを持っていかれた粥が不満げにこぼした。
「賭けすぎには注意しましょう。じっくりと長く遊んでこそ面白いのですよ」
 鈴は冷淡な口調で告げる。イカサマもなく、おかしなテクニックもなかった。カードの偏りだ。
「あうう、負けてしまいました」
「10点のカードを基準にして考えるのですよ」
 鈴は、隣ではてなマークを並べているユリに小声でアドバイスをした。
 ブラックジャックでは、10点に数えられるカードの枚数が一番多く出る確率が高い。配られて見えているカードと見えていないカードに10点が何枚含まれているのか、残りは何枚なのか? 考えながら賭けていくのが基本戦術だ。
「メモを取りなさい。これまでに出たカードの数を書いて消去していき、残りの枚数から狙うカードの出る確率を考えるのです。これは本当に算数の講義の一環なのですよ」
「は、はいっ」
 ユリは素直に小さな手帳を取り出して、一回目の出数を記した。
「もしかして、先生が20点の手札があったのに降り気味だったのは、ディーラーの伏せカードが10点かもしれないって予想していたのですか?」
「まだ最初ですからそこまで気にすることはなかったのですけどね。確率的には警戒するのが定石です」
「父母清先生の、8のスプリットは?」
「あれはあの状況では悪くない選択でしょう。現に次のカードが9だったわけですから、スプリットしていなければ即バーストでしたし、スプリットしていなくても合計16点では三枚目は確率的に引きづらいですからね。勝負手としても中途半端です」
「中途半端で悪かったわね」
 粥が言うが、鈴は気にせずに続けた。
「プレイヤーでバーストすることを避けることです。ディーラーとプレイヤー双方がバーストした場合プレイヤーの負けですから、分が悪いのです。むしろ確率的にいい手を狙いにくかったら中途半端な手で止めておいて、ディーラーのバーストを待つ方がいいかもしれません。ディーラーは17点でもさらにもう一枚カードを引かなければならないのですよ」
「な、なるほど……」
 ユリは目から鱗の様子で鈴の解説に聞き入っている。言われたことを一生懸命に書き込んで何とか自分なりに身に着けようとしている。
「堂々とカウンティングを示唆しないでください」
 桃子は指摘する。
 カウンティングとは、熟練プレーヤーがよく用いる戦術で、すでに使用されたカードを記憶し、まだ未使用の山の中にどのようなカードがどれほど残されているかを読む戦術だ。かなり有効的なため、普通はカジノ側に嫌われ追い出されるか、ディーラーはカウンティングの効果を薄めるためにシャフルを繰り返すことになる。
「ですから、言っているでしょう。これは本格ギャンブルではなくて、算数の講義の一環なのですよ。確率を考えるのに適しているので問題は無いでしょう。むしろ、カウンティングをするべきなのです」
 鈴は答えた。ここは彼女が主催している遊技場なので、彼女がルールを決めて当然なのだ。
「承知しました」
 桃子はすぐに表情を消して頷いた。粥も特に異存はなさそうだったので、そのままプレイが続行になる。
 二回戦目のカードが配られてきた。
「え〜っと、メモメモ」
 ユリは場に出ている数を全て記していく。
 この回は、粥も大きな賭けを控えて2,3枚に。他の皆も同様に小額を賭けて、ディーラーがバースト。3回戦目もディーラーがバーストした。
「……」
 さてどうするか。戦況を見守りながら鈴は考える。
 粥が初回にチップを大賭けして負けたために、総数では鈴が上回っている。このままチビチビと勝負していけば負けることはないだろう。だが、それでは面白くないし、自分よりも生徒達を勝たせてあげたい。
「手が良くないですね」
 四回戦目の鈴のカードは、7と9だ。三枚目を引くには中途半端だし二枚だけで勝負するにはパンチ不足だ。ディーラーの見えているカードは2。今回も彼女はバーストするだろうか。伏せカード次第だが、20点くらいを引いて来そうな気がする。
「えっと、……が、……で、……だから……」
 隣のユリは、5が二枚。スプリットするかそのまま三枚目を引くか、必死に確率計算をしながら掛けるチップのリスクまで把握しようとしている。
「ふふ」
 鈴は、クスリと微笑んだ。その一途な姿勢は、きっと彼女を成長させるだろう。今は気が弱く遠慮がちで、勝負の肝がわかっていないためにたいていやられっぱなしだが、素直で真っ直ぐで、頭も悪くない。一皮向けたらきっと強くなる。鈴は、そう思った。
「ヒット」
 鈴は、三枚目を引くことにした。ユリのことも気遣いサポートしながらプレイを進めていく。
 その後もゲームは続き、プレイヤーたちの賭けも白熱したものになってきた。勝ったり負けたりの繰り返しで膠着しているのだが、チップのやり取りも大きくなりスリリングなゲーム展開だ。
 ユリは初心者ながら健闘していた。彼女が真剣に取り組んでいるので、鈴は敢えてサポートのスキルを使わなかった。どうしてもピンチになった時にだけ助けてあげようと思って様子を見ていると、勝負を重ねるごとに彼女は驚きとも嬉しさともつきがたい複雑な表情になっていく。
「た、楽しい……。怖くて心細いのに面白い……」
 ユリは、これまでにも勝負に勝ったことはあるが、他人に助けてもらってのことがほとんどだった。それは彼女自身が自覚していた。これまでは逃げて隠れてばかりいた。初めて面と向かって対決してわかる勝負の醍醐味。自分で計算して、自分で考え、自分で賭ける。その経験は貴重なものだ。
「私の力だけで……、勝ちたい。もっと……」
 ゾクリと背筋を走る感覚にユリは小さく身震いした。
 それでいい、と鈴は目を細める。いくつかの殻を破り困難を乗り越えると、愛弟子は大きくなるだろう。
「わたくしの出る幕はなさそうですね」
 鈴は、小さく微笑んで様子を見ることにした。
 一方で、彼女はディーラーの女子生徒も気になっていた。熟練者なのか不慣れなのか掴みきれない上に、時折言動まで不安定で危なっかしい。ユリのクラスメイトらしいが、親しい間柄というわけでもないらしく、ユリ自身がどう対応したものか迷っていた。
 桃子は元々少なかったチップを放出して残りが僅かになってきている。鈴が薦めた追加チップを受け取るつもりは無いらしい。なのになかなか負けそうで負けない。ピンチに陥っても表情すら変えなかった。
「……」
 その後、プレイは淡々と進んでいった。プレイヤーの三人が勝ったり負けたりの均衡状態だ。一時は負けが込んでいたように見える桃子が21を連発して取られた分をサクサクと回収していった。チップの持ち枚数を着実に盛り返し、まるで計ったように均等にチップが分配される。
「ん?」
 ディーラーに翻弄されている? 鈴は、桃子を見つめ返した。そもそも、この状況からしておかしいとどうして気づくのが遅れたのだろうか。いつの間にか無意識にプレイを続けてしまっていた……?
「そういえば、何がきっかけで対決していたんだっけ?」
 粥は鈴と顔を見合わせた。上手くペースにのせられて争っている気がする。ディーラーのプレイ運びが上手くて飽きさせないためついつい熱くなりかかっていたが、ほどほどにしておくのがいいのかもしれない。
「あなた、相当な手慣れのようですね。先にスキルを使われているとは思いませんでした」
 鈴は、勝負に際していくつものスキルを用意し、必要とあれば使うつもりだった。麻雀用に練ってきたものとはいえ、ブラックジャックの勝負においても応用することができる。問題は……、ブラックジャックでは麻雀のように自分で引けるわけではないということだ。手札は全てディーラーによりシューターを使って配布されるためカードを操作しにくかった。逆に、手札を操られていたのだ。それだけではく、場そのものも。
「あなた、魔王なのですね?」
 鈴は聞いた。
 スキル【魔王の目】。相手を逃げることすらできなくするスキルがこんなところで使われているのか? 鈴が装備しているスキルと同じくゲームをプレイするためだけにカスタマイズされた使用方法。
「……」
 桃子は、質問に答えることなく笑みを浮かべただけだった。
 鈴は、ゾクッとする。『麻雀漫画的スキル無茶用法』と称して準備してきた彼女だからこそその正体がわかったのだ。魔力を弱めて変質させてあるから気づかれにくい。しかし、その瞳に射抜かれた者はギャンブルから抜け出せなくなり、延々とゲームをプレイすることになるのだ。
「ご心配なく。あなた方に対して敵意はありません。皆さんと少しでも長く遊びたかっただけです」
 桃子は小声で答えた。
「今日は、ここまでにしておきましょう。私も目くじらは立てないようにするわ。ほどほどにね」
 粥は、我に返って言った。
「勝負は、お開きですね?」
 鈴も静かに頷いた。些細な行き違いが元でずいぶんと熱中してゲームをしてしまった。
「では、決闘はこれにて終了でいいな?」
 決闘委員会のお面モヒカンたちが確認する。
 どちらが勝ったか曖昧なままでよかった。チップの清算とポイントの換算を済ませようとすると、意外なことにユリが強い口調で食い下がった。
「待ってください。あと少し、プレイの続行をお願いします!」
「どうしたのですか? ずいぶんと鼻息が荒くなっていますよ」
 鈴は驚いた。積極的というか、頭に血が上っているように見える。
「あなた、ギャンブルの魔力に飲まれたわけじゃないですよね。あまり嵌るのも好ましからざることですよ」
「勝てる気がするんです。次か……、次の次くらいに」
 ユリは真剣な表情で鈴に訴えかけた。声のトーンを落として耳打ちしてくる。
「先生、気づいていました? プレイが進んで、シューターの中のトランプは四つ目のデッキになっています」
 鈴の教えに従って、忠実にカードの残り枚数を数えてきたから分かるとユリは言った。
「私、最初にお面モヒカンさんたちがトランプのデッキをシューターにセットするのを見ていたんですけど、四つ目のデッキはほとんどシャッフルされていないんです」
「……!」
 鈴は、改めて驚いた目でユリを見た。それが本当なら、いい観察眼だ。ぼんやりとしていたように見えて勝負が始まる前から周囲を観察していたとは、すごい成長力だった。
「トランプの束をですね。こう、……二三度上下に繰り合わせただけに見えました」
 ユリは手で真似をして見せた。声も大きくなっていたので、その様子を全員が注目している。
「つまり、カードは固まっている可能性がとても高いんです。……8、9、10、J、Q、K、A……という具合に。その部分を、上手く私が引くことができたら勝てるかもしれません」
「なるほど。そんなことが」
 鈴は、ディーラーの桃子に視線をやった。勝負を続けていいか、という意味合いも込めて。
「……」
 彼女は無表情のままだ。何も言わないが、怒っているように鈴は感じた。
「ん?」
 怒っている? 誰に対して? カードの偏りの可能性を指摘したユリに対してではない。シャフルに手を抜いたお面モヒカンにだ。
「あの人です」
 ユリは、お面モヒカンの一人を指差した。一見同じ外見をしていて見分けがつきにくいのに、どうして分かったのだろうか? 彼女は秘めたる謎の才能を持っている……。
 指差されたお面モヒカンは図星を突かれたらしく、途端に慌てふためいた様子になった。
「もう一度シャフルし直そう」
 シューターからトランプを抜き取りかけたお面モヒカンを桃子がピシャリと遮った。
「その必要はありません。ちょっと失礼。確認します」
 桃子は、シューターにセットされていたカードを二三枚引いてみた。カードは、5,6,7という同じスートの連続だ。後は、押して知るべし、だろう。
「結構です。これは決闘委員会の落ち度ですよね。あなた、どう言い訳をするのか、私は楽しみにしていますよ?」
 桃子は、冷ややかな流し目でお面モヒカンを見た。その口調は、参加者の一人である白ワッペン保有者の女子生徒が、勝負の公正さが損なわれたことに対して委員会に苦情を言っているものではなかった。明らかに、上司が部下を叱責する口調だ。
「あ、いや、これはその……」
 あれだけ居丈高だったお面モヒカンが、【魔王】の目に射すくめられてたじろいだ。
 怯えた態度になって後ずさるそのお面モヒカンを、他のお面モヒカンたちが両脇を抱えてどこかへ連れて行った。ほぼ同時に、数人のお面モヒナンが増援として体育館に入ってきた。抜けたメンバーの代わりらしいが、どんな組織なんだ? と鈴は目を疑った。
「ですが、これは……?」
 彼女はその光景にある確信を抱いていた。
「……やれやれ、ですね」
 桃子は、すぐに元通りの頼りなさげな女子生徒の表情になって溜息をついた。あくまでお面モヒカンたちとは無関係だとばかりに、困った笑顔を浮かべる。ディーラーを全うするつもりで、プレイヤーたちを見た。
「では、ご要望に応じてプレイを再開しましょうか。シューターの中のカードはそのままで? シャフルしますか?」
「……やっぱりやめておきます」
 ユリは、突然提案を引っ込めた。盛り上げておいて大した落としっぷりだ。
「えっ!?」
「よく考えたら、ここで私が勝つと赤木さんはコインを失って大変な目に遭うんですよね? クラスメイトを不幸にはできません」
 ユリは、桃子はコインが無くなっても鈴が用意した追加コインを使わずにペナルティを受けるのではないかと心配していた。表向きは白ワッペンなのだから、即ち負けは地下教室行きとなる。
「不思議な気分です。私、あなたに負けたくない。でも陥れたくもありません」
 ユリはいつの間にか勝負に感情移入していた。鈴と粥が対決しているはずなのに、自分が桃子と戦っている感触にとらわれていた。
「何を言っているのですか? デッキの偏りを見つけたくらいであなたが勝てるとは限りませんし、手加減してもらう理由はありませんよ」
 桃子はいささかムッとした口調になった。ノーマークだった女子生徒に自信を傷つけられた様子だ。
「いいえ、赤木さん。あなたは私に勝てないです。だって、あなた一人ぼっちじゃないですか。それに……、二番目のカードを引くトリックはもう使えませんよ? 私が今ここで宣言した以上、先生が阻止してくれると思いますから」
「二枚目?」
 反芻した鈴は、ああそういうことかと察した。
 セカンドディールだ。トランプを使った賭け事で、配り手が一番上のカードを配るように見せかけて、二枚目のカードを配るトリックを使うことがある。一番下のカードを配るトリックもあるが、いずれにせよ上手く使うと自分のほしいカードを自分の手元に配ることができるのだ。熟練した配り手が華麗な手さばきでセカンドディールを使うと、じっくりと見ていても見抜けないことがある。
 有名で昔から良く使われている手法なので、それを防ぐためにカジノでは手配りではなくプラスチック製のシューターケースにトランプを入れて一枚ずつ抜き出して配るのだ。このプレイでもシューターが使われていた。しかし、シューターも万全ではない。慣れた配り手なら気づかれずに二枚目以降を抜き出して配ることができるのだ。
「ディーラーがセカンドディールをしていたっていうのですか?」
 それならば、イカサマだ。だが、そんなオーソドックスな手法をプレイ中に見抜けなかった鈴は少し衝撃を受けた。桃子の手腕が相当上手かったこともあるが、ユリはそれを見抜いていたと言うことか……。
 彼女は戸惑いつつも頷いた。
「多分……。ディーラーの赤木さん、プレイの最中ごくたまに二枚目以降を引いてくるんです。後、二枚めくりも。自分の手札に同時に二枚引いてきて重ね合わせ、一枚であるかのように見せかけてオープンするんです。だから、勝つべきときに勝てたのです」
 ユリがそんな強気な台詞を口にするとは思っていなかった鈴は、意外に思いながら二人のやり取りを注目していた。
「ありがたいことに、私にはいつも見守ってくれている先生や他にも友達がいます。とても感謝しています。でも赤木さん、あなたはクラスでもいつも孤独で、今回のプレイも一人で三人のプレイヤーを相手にディーラーをやっているじゃないですか。誰も助けてくれないじゃないですか。ずっと一人ぼっちで、そんなの可哀想すぎですよ」
「……」
 これはどう返事をしたらいいのだろうと言う表情の桃子。ユリの言いたい事は分かる。でも、なんだかズレていた。
「私が、言葉を翻したことは謝ります。最初の流れ通りにブラックジャックのプレイはここまででいいです。だから、その……」
 ユリは恥ずかしそうに俯いた。暫くためらってから意を決して言葉をつむぐ。
「これからも私と一緒に遊びませんか?」
「……」
 桃子は、キョトンとした顔をしていた。イカサマを暴かれ対決することになるかと身構えていたのだが、ユリに非難する様子は見受けられなかったので拍子抜けしたのだ。
 ユリは勇気を奮ってもう一度言った。
「ゲームはみんなで遊ぶ方が楽しいですよ。ですから、私たちと仲間になりませんか?」
「ありがとうございます。しかし残念ながら、私は友達も仲間も作ることができないのですよ。一人でいないと死んでしまう奇病にかかっているのです」
 桃子はしれっと答えた。
「ええっ、本当ですか!? 大変じゃないですか!」
「適当なでまかせを簡単に信じないように」
 鈴は、ユリに突っ込みを入れておいた。イカサマを暴くほどの勘が目覚め始めてきたというのに、どうしてこういう話は信じてしまうのだろう。
「あと、出来るのでしたら、先ほどのシャフルに手を抜いてしまったお面モヒカンさんも許してあげてください。何も悪くないじゃないですか」
 ユリは、他の決闘委員会のメンバーに言った。
「それは、決闘委員会の事情であって、お前が口をさしはさむことではない」
 お面モヒカンは取り合わなかった。
 ユリは必死に頼み込む。
「そんな……。わたしのせいで叱られるかもしれないなんて、可哀想です。お願いします」
 そんな彼女の熱意に、桃子はちらりとお面モヒカンたちを見た。
「……」
「う、うむ。まあ、なんだ……。そこまで言うなら考えないでもない」 
「ありがとうございます。わがままばかり言ってすいません」
 ユリは嬉しさと落ち込みとが混ざった複雑な表情をしていた。何もかもが初体験で自分の振る舞いと相手の反応をかなり気にしているようだ。
 だがまあ、彼女にしては上出来だ。相手の隙をついて優位な運びに持っていくことができたし、お友達になりませんかと誘うこともできた。凄い覚醒ぶりだった。桃子には交友関係を断られてしまったが、それには理由があるのだ。
「そういうことですよね?」
 鈴は確認する。
「そうですね。完全に私の負けです」
 彼女は相変わらず肝心なことは何も言わずに微笑んだだけだった。
 それで鈴は納得した。赤木桃子は決闘委員会のリーダーだ、と判断した。本人と傍にいる舞花が黙っている以上、軽々しく口にするほど鈴は軽率ではない。恐らく……、と鈴は予想する。決闘委員会メンバーである以上、なるべく公平性を保つために誰とも親しくならないのだろう。
 それだけ分かれば十分だった。
「よく頑張ったじゃないですか。感心しましたよ」
「先生がついていてくれたからです」
 ユリは感謝いっぱいの目で鈴に言った。信頼と尊敬以上の別の感情も芽生えて、好感度が大幅に上がったようだった。
「では、やはり勝負はここまでですね」
 桃子は、ディーラーとしてチップの清算を行った。お面モヒカンたちは、ユリが獲得したチップをポイントに変換してくれる。あまり得点していなかったが、彼女自身が経験値を手に入れたのでこれでいいのだ。
「まあ、楽しかったわ。また遊びましょう」
 粥は、換金されたお金を受け取ると席を立った。最初よりも減っているが悔しくない。彼女にとっても有意義な時間だった。
「またね」
「では、我々もここで」
 お面モヒカンたちも勝負の終わりを見届けて、粥とともにその場から去って行った。
「では、私たちも」
 桃子たちも帰っていこうとする。
「待ってください。もう少し、わたくしたちと遊んでいきませんか?」
 鈴は引き止めた。
「わたくしにとってあなたが誰でも構いませんし、お友達になる必要はありません。縁あって、せっかくここへ来たんですもの。今度は勝負抜きでプレイしていきませんか? 一人の女子生徒として、個人的に、ね」
 次は麻雀で。鈴は用意されてある卓を指した。
「ねえ、そうしましょう?」
 ユリも、鈴と一緒に強く勧める。いい友達になりたい気持ちは本当だった。
 桃子は少しの間考えていたが、気の弱そうな表情を作って答えた。
「座っているだけでよろしければ、ご一緒させていただきますよ?」
「謙遜しなくてもいいのですよ」
 断られるかと思っていたが、意外にも誘いに乗ってきたので鈴は嬉しくなった。決闘委員会のリーダー。是非その本気の実力を見てみたいところだ。
 鈴たちは、麻雀の卓についた。
「ちょっと待ってください。お仕事はどうするつもりなのですか?」
 舞花が桃子をその場から引き離し小声でたしなめる。
「私はもう少しここで休憩していきますので、あとは舞花さんにお任せします」
「相変わらず、やる気ないのですね?」
 あっさりと答えた桃子に、舞花は突っ込みを入れた。職務放棄の度合いが酷すぎる。これでは、活動を通じて委員会の実態を知る機会が減ってしまう。
「……実は、ブラックジャックの結果で激しく落ち込んでいるだけです。素人同然のクラスメイトに簡単にやり込められてしまいました。しばらく現場を離れていただけで、あんなに弱くなっているなんて。調子の悪いときの私は本当に足手まといにしかならないので、委員会活動に支障をきたしたくないのですよ」
「どういうことなのですか?」
 舞花は、桃子の真意を測りかねていた。確かにあまりいいところがなかったようだが。どうしたのだろう?
「舞花さんを委員長代行に任命いたしますので、何でしたらそのまま委員長になっていただいても構いませんけれども、決闘委員会をご自由に取り仕切ってください」
「勝手に決めてもらっては困りますね。私は知りませんよ?」
 舞花は決闘委員会でコントロールする側から吟味したいと考えていた。しかし、委員長の代わりとは……?
「舞花さん。あなたのお望みどおり、委員会の全てがわかる立ち居地を存分に活用してください。委員会のメンバーたちも、あなたでしたら従えることが出来るでしょう。私からもよく言い聞かせておきます。数日間でいいので預かっておいて下さると助かります」
「待ってください。裏事情があれば教えておいて欲しいです」
 舞花は確認する。桃子はどこまで本気なのだろうか。
「裏事情などありませんよ。舞花さんが意外に鈍感なので、私いま少し困っています。言わなくても察してくださると思ったのですが、その……」
「?」
 桃子が本当に具合が悪そうなので、舞花は首をかしげた。自分は、何か彼女を傷つけるようなことをしただろうか。
「我々からも代行をお願いしたいな。うちの委員長はダメなときは本当にダメなのだ」
 現場に残っていたお面モヒカンが舞花を呼び止める。
「デン助だ。先ほどは近くにいながら挨拶も出来ずに失礼した。今後ともよろしく、代行」
 彼は、桃子が中庭で紹介しようとしていた日本人っぽいモヒカンだった。やはりお面をつけて変身しているので見分けはつきにくいが。
「代行じゃありません。あなたも、彼女に何か言ってあげてください。お仕事全然していないですよ」
 舞花が言うと、お面モヒカンのデン助は答えづらそうに口ごもった。
「舞花さん。私だって女の子ですよ」
 桃子は仕方なさそうに小声で告白した。
「女の子には身体の具合の悪い日があるのです。おわかりでしょう? 契約者の女の子は普通そういう場合、バッドステータスを回復するスキルや専用アイテムで抑えたり無効化したりしますよね。だから、毎日体調に関係なく男子と同じ活動が出来ます。私の場合、スキルを始め特殊能力がとても効きにくい体質ですので、無効化に失敗するとしばらく辛い日々が待っているわけなのですよ。まともに委員会活動が出来る状態ではありませんので、休ませて欲しいのです」
「ああ、なるほど。それは大変ですね。気付いてあげられなくて、ごめんなさい」
 舞花は察して気まずそうに謝った。桃子は、これまで表に出さずに我慢していただけで、サボりたくてサボっているわけではなかったのだ。
 並外れた抵抗力は、一見かなり有利ですごそうだが、回復スキルまで弾くようではメリットを享受しているとは言い難い。
「ご迷惑おかけして申し訳ありません。もうじき回復すると思うのですが」
 彼女は、できることなら弱みを見せたくないと頑なに言い張る。
「そこまで意地を張らなくてもいいのに。でもまあ、わかりました」
 二人はヒソヒソ話で了解しあった。
 顔をそむけていたデン助は言う。
「委員長は、底辺から分校を支配する方だ。どこにいても影響力は変わらないし、委員会の団結が乱れることもない。我々も慣れているので、これまでも出来うる限り対応してきたが、やはり本人が動けないときには代行がいてくれると活動もやりやすい」
「呆れた人たちですね」
 桃子は、舞花と会った時から不調を来たしており分校内での事件を丸投げにするつもりだったのだ。
 全く、食わせ物にもほどが有る。舞花は、またまた溜息をつく羽目になった。今更、帰るわけにもいかないし、そんなつもりもないし……。
「本当にどうなっても知りませんよ?」
 舞花は、もう一度念を押す。あまり気が進まないが、しばらく委員長をやってみることにするか、と彼女は心を決めた。
「では、お願いしますね。私はゆっくりと遊んで休んでいますので」
 桃子は、殊勝にもペコリと頭を下げると、麻雀の卓の方へと行ってしまった。ゲームをしている間は気が落ち着くらしい。事情を知ってしまった以上、もう彼女には元気になるまで休んでいてもらうしかない。
 舞花は気持ちを切り替えた。
「私も決闘に立ち会います。いいですね?」
「もちろん」
「現場に案内してください」
「代行は、お面モヒカンに【変身!】するのか? 装備の使い方も教えるぞ」
 デン助は、もちろん下心などあるはずも無く、単に親切さから手ほどきしてくれるようだが、舞花は断った。
「私には、やましいことなどありません。顔を隠す必要も逃げ隠れする理由もありません。やる時には、正々堂々と職務を全うしてみせます」
 そういえば、収穫祭の時からサングラスを持ってきていたのだった。彼女はそれをかけてみせる。
「素晴らしい。御神楽環菜降臨ってところだな? その外見で、みんなビビるぞ」
 彼は、舞花のサングラス姿に大満足の様子で言った。
「では、現場に案内しよう。この後は決闘の予約が目白押しだ」
 デン助は、お面モヒカンに変身しない舞花に小型の電子タブレットを手渡した。ここに全てのスケジュールと委員会情報が表示されるらしい。分からないことがあれば、何でも聞いてくれと彼は言った。
「例のスカウターのような機器はたくさんある。後で、持って来させよう」
「よろしくお願いしますね」
 舞花は、説明を聞きながら休憩所から去って行った。なりゆきとはいえ引き受けると決めたからには、手を抜かずにやり遂げる。
「では、行きましょう」
 これからの委員会活動は、彼女の独断場だ。全容を掴み、必要なら委員長権限で改革をする。桃子が休んでいる間に、色々とやってみよう。
 彼女が体調を整えて戻ってきた時、どうなっていることやら……? 



「あちらは、よろしいのですか?」
 忙しそうに出て行った舞花の姿を見送っていた鈴は桃子に聞いた。
「私の問題ですので、お気になさる必要はありません」
 彼女は、あくまでも内情については一言も話そうとはしなかった。
 結局、鈴は何も答えを聞けないまま、麻雀を始めることになった。まあいいのだ。鈴の目的は避難訓練に参加している生徒たちを飽きさせないことなのだから。桃子にも楽しんでいってもらえればそれでいい。
 問題は、卓を囲むのにもう一人欲しいところだが、四人目は……?
「ふふふ、見つけましたよ」
 計ったようなタイミングで現れたのは、さ迷った果てに再び活動を始めたラルウァ 朱鷺(らるうぁ・とき)だった。
 朱鷺は、美由子の避難所から桃子を追いかけてきたのだ。よく分からないが、かなりの人物らしいので、強さを見せつけてやろう。
「あっ、あなたは、あの時の役満の人!?」
 朱鷺が雀卓の席につくと、ユリは驚いて逃げ出そうとした。収穫祭の麻雀で役満を当ててしまったことを申し訳なく思っており、仕返しに来たのだと勘違いしていた。
「ははは。ご心配なく。この朱鷺はそんな昔のことを根に持つような人ではありません。偶然通りかかって、遊びに来ただけですよ」
 朱鷺はやる気に満ち溢れていた。ここで勝つ。勝って故郷へ帰るのだ!
 なんというめぐり合わせだろうか。朱鷺は鈴に宣言した。
「収穫祭の時のようにはいきませんよ!?」 
「受けてたちます」
 鈴は微笑むと、朱鷺も微笑み返す。お互いの視線が激しく交錯して火花を飛び散らすほどだ。
「一度負けたことのある敵に勝つことが出来れば、私は強いと認めてくれますよね?」
 朱鷺は、桃子に聞く。
「……よくわかりませんけど、そうじゃないでしょうか?」
 桃子は、どういうわけか朱鷺がガン見しているので困惑気味だ。それから、彼女はしゃあしゃあと聞いてきた。
「では改めて、決闘委員を呼びますか?」
「呼ぶまでも無いでしょう。これは遊びなんですから」 
 あなた自身が決闘委員会のリーダーじゃないか、と鈴は突っ込むことはしなかった。どんな事情があって身分を隠しているのかは知らないが、聞けば彼女は去って行き二度と現れないだろう。あくまで彼女個人とプレイしたかった。
 徹夜麻雀のためのスキルまで装備してある鈴は決闘関係なしに楽しく遊ぶことを望んでいたのだ。
「ブラックジャックでは手を抜いていたでしょう? わたくしはあなたが強すぎても何者なのかに興味を持つことはありません。なので、全力でプレイしてくれることを希望します」
「買いかぶりすぎです。私はただの女子生徒、あんなものですよ。お手柔らかにお願いします」」
 鈴と桃子も、お互いに意識しあうように視線を交わした。
「むむっ!?」
 ユリが対抗して桃子を睨みつける。頑張って先生に認めてもらうのだと、一生懸命になっていた。
「では、始めましょうか」
 これはまた濃いメンバーだ。鈴はわくわくしていた。どこまでも楽しめそうだ。
 彼女らの長くて熱い夜は、これからなのだった……。