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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」

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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」
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【戦いの側面】





 そんな、状況を考えれば平和とすら言えそうな授業風景が作られていたのは、フレンディスらが懸命に自身のパートナーを守っているからこそだ。従騎士たちと共に戦うかつみ達と協力しながら、彼らの盾の列から逸れようとする者達が、僅かにでもパートナーたちの傍に寄らないように奮闘中なのである。

 その内の一人。グラキエスを戦闘に参加させたくないウルディカは、気に入る入らないは兎も角、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が常に彼についてることにひとまずの安堵を付きながら、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)と共に、刀真たち数少ない最前線の契約者達の抜けになる部分のフォローへ回っていた。
「アルゲンテウス、お前は上空でのアドバンテージを活かせ。地上からの攻撃は俺が牽制する」
「応。主がいらっしゃる場所には、決して踏み入れさせはせん!」
 ウルディカの声に応じ、アウレウスは自身の騎乗するドラゴンの翼をバサリと力強くはためかせた。
「俺は主の鎧にして槍! ガディよ、共に奴等を残らず薙ぎ払うのだ!」
 宣誓一声。急降下した槍が、僅かに陣形の緩みかけた場所を狙っていた、龍騎士の槍と、高い金属音を上げて組み合った。速度があった分の威力が、ぎりぎりと龍騎士を圧して足止めする。が、相手は痛覚の無いせいもあって、その腕は力任せに払われ、骨が軋むだろうにも構わず槍を振ろうとしたのに、一旦空中へ離脱したアウレウスはふむ、と目を細めた。
「龍を降りて骸と成り果てているとはいえ、流石に龍騎士か」
 軽い感心を漏らしながら、上空から両者の陣形を確認して報告していると『気をつけろ』とウルディカが言った。
『あまり上昇するな。上空も精神波の影響範囲内だ。歌の届かないところまで行くなよ』
「判っている」
 頷いて、アウレウスは今度は混戦になりかかった場所へと高度を下げると、すり抜けざまにガディにブレスを吐き出させた。光と闇の属性を持つそのブレスが、一瞬龍騎士達の動きを乱したところへ、飛び込むのはウルディカだ。腹を見せ、再び上昇するドラゴンへの追撃を阻むように、舞うような動きで引き金を引き、あるいはそのグリップで打撃を与えて翻弄すると、相手の反撃が来る前に身を翻して後退する。そこへ、空中で軌道を変えたガディが強襲すると、その槍が龍騎士の頭上から襲い掛かる。
 当然、龍騎士もそれをかわそうと体を捻ろうとした、が。
「――逃しませぬよ」
 その声は足元から聞こえてきた。彼らの意識がウルディカやアウレウスに向いている隙に影に潜んで接近したフレンディスが、その足の腱を断ち、関節を砕く。そうして動きを止めさせられたその体の中心を、アウレウスの槍は深々と抉っていったのだった。

「今のオレが出来るのは、皆がそれぞれの役割に専念できる状況を保つこと……」
 そうして、空から地上から、そして影から、パートナーたちを守るために奮闘するその背中を見ながら、そう呟いたジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)は、治療を手伝いたいと言った自分に頷いてくれたフレンディス達の信頼に応えるべく、アンデッドたちとの戦いで傷ついた候補生や契約者達への回復を手伝っていたのだが、じわりと内側から何かがにじむような感覚に首を振った。
(……これが精神波の影響なのかな。さっきから心にヘンに気持ち悪い何かが介入する感覚が続いてるのは)
 強化人間であるジブリールには、精神波の影響は他の人間よりる強く現れるのだ。それは、ティアラの歌で相殺されている現状にあっても、完全に消しきれるものではなかった。自覚の無い後悔や未練、それこそほんの些細なところへもそれは忍び寄り、あの時こうすればよかった、という気持ちに滑り込もうとするのだ。
 自分の精神だというのに、気を緩ませると奇妙な感覚が湧き上がってきそうで、不快極まりない。だが、払拭するように首を振ることで、今のところはまだ幾らかの解消が出来ていた。体を動かしている内は、余計な事を考えないでいる内は、感覚が滑り込んでくる余地は少ないようだ。だがもし、この影響が溜まり続けるのなら、このまま悟られずにいられるだろうか。
(……結構ピンチだったりするかもね?)
 いつもと変わらぬ飄々とした風を繕いながらも、ジブリールの心中は俄な焦りが沸きあがっているのに、その胸をぎゅっと握り締める。何とかそれを表に出さないようにとその笑みの裏でぐっとかみ締めながら、ジブリールは仲間たちの怪我の治療に専念する。
「……エルデネスト」
 そんな中、ディミトリアスの生徒達と話しこんでいたグラキエスが、不意に自らの悪魔を呼んだ。グラビティコントロールで前線の援護を行っていたエルデネストは、自らの守っている主の呼び声に首を傾げていると、グラキエスは「頼みたい事がある」と続ける。
「手が空いている者にも、手伝ってもらいたいんだが……やってくれるか?」
「勿論」
 エルデネストは即答したが、素直にそれで済むとは、頼んだ本人も思っては居ない。果たして。
「見返りがあるのならば、ですが」
 案の定、下心たっぷりといった様子でにっこりと微笑むエルデネストに、グラキエスは諦めたように肩を竦めるのだった。



 
 そんな中で、結界の強化を待っている間も、シリウスはじりじりとした思いでぎゅっと目を閉じた。先程から意識を澄ませようとはしているが、僅かな焦りが集中を乱し、エリュシオンの選帝神であるティアラが、その神たる本来の能力を顕現させている最中であるからか、両手のひらを祈るように組んで意識を集中させてみてはいるものの、思うような力が発現出来ないのだ。
 ディミトリアスの方はサポートできる人間が居る。だが、ティアラの方はそうは行かない。恐ろしいほどのスタミナで歌い続けているものの、かかる負担は並ではないのだ。現に、その額には汗が浮き、表情から余裕が消えている。
「シリウス……!」
「判ってる……っ」
 サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)の急かす様な声に、シリウスが声を上げたのと殆ど同時。はぁ、とティアラの息が途切れた。限界だったわけではないだろう。ただ、合間の呼吸だったのかもしれないが、続けざまの集中が一瞬切れたその間は今までより僅かに長く感じられ、その危機感がシリウスの精神を揺らした。
「―――ッ!」
 瞬間。シリウスを中心に、まばゆい光があふれ出すと、半径十メートルほど広さを包み込んで、精神波を打ち消した。だが、それは同時にそれを相殺していた歌をも打ち消すことだ。だが、契約者達にとっては広い範囲の光も、演習場全体から見ればその範囲は狭い。そして――光の届く範囲の精神波が打ち消されるのと、近くに居るティアラの声そのものが消されるのでは、意味が違う。
「…………!」
 弾かれるようにティアラは飛び出し「オイ!」と武尊とサビクが慌ててその後を追いかける中、光の範囲から抜けるや否や再び歌い出すティアラに、その行動の意味を察してシリウスが意識を解く。
 その内側の全てが一旦白紙になってから、再び原状復帰するまで、時間としては数秒のことではあった。
 幸い、光の範囲外にもスピーカーが設置されていたこともあって、全力の精神波が押し寄せることこそなかったものの、その一瞬、契約者のスキルも、ディミトリアスの結界すらも失われていたのだ。結界の再構築から、従騎士たちが再び守りを固めなおすまでのタイムラグの間で、有利になったのはアンデッドである以前に身体の素地が違う龍騎士たちだ。力任せの進軍が、前線を食い破ろうと牙を剥く。
「させるか……!」
 及ばずとも、契約者として積み重ねた分の素地を持つ刀真の剣と、ディルムッドが飛び込み、従騎士たちが崩れるのを防ぐ間。同じく襲い掛かってきた龍騎士の一撃をサビクが何とか受け流し、武尊がティアラを強引に抱えて、張り直されたディミトリアスの結界の中へと退いた。
「あんまり無茶しないでくれよ」
 溜息を吐き出した武尊に、ティアラがてへっと舌を出して誤魔化した。そして、しゃべる時間も惜しむようにすぐに歌へと戻った横顔に、シリウスは苦い顔で首を振った。
「対象者が限定できればな……」
 呟いては見たものの、それが不可能な事は判っている。気を取り直してパンっと頬を叩くと意識を切り替えた。とりあえず、精神波へ対抗できることは判ったのだ。万が一の場合の備えにはなる、と疲労が蓄積しつつあるティアラの横顔に気持ちを切り替える。ディミトリアスの結界も永遠に持つわけではないし、彼の結界だけでは、最悪の事態――遺跡を止めるのが間に合わなかった場合には、対応できないのだ。
「……急いでくれよ」
 呟きは、地上に残る契約者の心情を代弁していた。






 一方、同瞬間の、旧演習場付近。
 外周から離れ、設置された避難場所では、スピーカーがティアラの歌の音量を一時的に上げたのと同じタイミングで、危険を感じた陽一が声量を上げて歌い紡いだ幸せの歌が僅か溢れた余波を相殺し、事なきを得ていた。一瞬避難していた観客達にどよめきが走ったが、歌声が届く限りは、なんとかパニックも無く、避難場所から逃げ出すような気配は無い。
(けど……そろそろ、喉がきついな……)
 はあ、と息を吐き出した陽一に、水を差し出したのは、避難者のフォローへ廻っていた瑠璃だ。そんな中で、上空の精神波の強さに、地上へ降りたダリルに「大丈夫?」とルカルカは尋ねた。
「ああ。今のところ、大きな事態の変化は――」
「そうじゃなくて……まぁいいわ」
 パートナーのことを心配しての一言だが、ダリルには通じなかったらしい。元々狙いは明らかだったため、改めて確認するまでも無い事ではあるが、念のためと上空からざっと外から様子を眺めたところ、他に脅威になるものが出現する様子も無かったようだ。
「何事も無いなら、それに越した事はないわね」
 ルカルカがその報告にひとまずの安堵を付いた、そんな時だ。観客達が唐突にざわめき始めた。
「――面倒な事になった」
 そんな様子を遠巻きに見ていた鋭鋒が、ざわめきに首を傾げる中、唐突な声に振り返りかけて、直ぐに姿勢を戻した。万が一のための一手として、密かに現場に紛れていた羅 英照(ろー・いんざお)が、護衛の隙間を縫うようにして鋭鋒に近寄ったのだ。
 影響を受けやすい強化人間である彼だが、距離もあり、陽一の歌のおかげもあって影響は最小限で済んだようだ。それを確認して鋭鋒は「内容は」と短く問うた。その潜められた鋭鋒の声に併せて、英照も声を落とす。
「脅迫だ。例の――秘密結社を名乗る、十六凪という男が、アーグラ氏と氏無大尉の生命を盾に、鍵の破壊を条件にして来た」
「成る程、厄介だな」
 その報告に、鋭鋒は僅かに眉間に皺を作った。どちらも飲めない条件だ。第三龍騎士団の団長であるアーグラは当然のことながら、氏無も両国の関係を取り持つ便利な存在として、どちらの国にとっても軽く処分できる人間ではないのだ。それを判っているからこその脅迫だろうが、問題はその『鍵』を破壊するという行為は即ち、その生命を絶つということだ。アーグラと氏無の命の代わりに、自分はともかく一般人を差し出せるかといえば答えはNOだ。
「どちらも飲むことは出来ん。時間の指定が無かったのは幸いだが……」
 時間を気にしないですむなら、状況そのものは契約者達が事態を解決するのを待つ事が出来る。停止にしろ破壊にしろ、遺跡の使用が不可能となれば自然、状況の変化によってまずは人質としての効果を失うためだ。解放されるかどうかは別として、直ちに生命の危険にはならないだろう。
 問題なのはそれが事実であるかの確認が取れないこと。そして、その脅迫を避難している観客達の前で公言されてしまったことだ。少なくともこれで「ただの事故」はありえなくなった。その上、と英照はその視線を観客達の方へ向ける。
 その視線の先では、ルカルカが、自ら手配したバスに運転手と護衛を付けて希望者を自宅へ帰している所だった。「このまま此処にいるより自宅に帰りたい人もいると思うの」とは本人の弁だ。が、それが起こす問題は押して知るべしである。担当の兵士達が顔色を変えている様子を見かね、英照はじっとその目を鋭鋒に向ける。その「良いのか」と言いたげな視線に鋭鋒が肩を軽くだけ竦めることで応じるのに、予想はしていたのだろう、英照は軽く息をついた。この事態が収まった後のことを考えれば、鋭鋒は現場に関与しない、いや、出来ないのだ。全てを契約者達に信頼と共に託し、その代わりに責任を取るのが、自身の今の役割だと鋭鋒は苦笑する。
「……この演習場を作戦の場に使うと決めた時から、最悪の覚悟はしていたからな」
 その言葉を耳に挟んで、思わずと言った調子で鈴はつい「何故」と口を開いた。
「その最悪が想定されていながら、こんなリスクの高い遺跡が……破壊せずに残されていたのです?」
 鈴は控えめに尋ねた。この遺跡の正体と、それに連なる諸々を考えれば、両国の不和の種――それもシャンバラの悪意を疑われる結果にしかならないこの兵器が、事件の以後も何故残されているのか。その問いに、開かれた口は重かった。
「……最初から隠匿されていた兵器だ。双方の事情から秘密裏に壊すことは難しく、停止させることでいずれ自然的崩壊するのを待つとした……が、それは表向きのこと」
「…………」
 鈴が沈黙するのに、鋭鋒は「兵器は兵器だ……それ以上の意味は無い」と首を振る。その言葉に、破壊「出来なかった」というのと同時に「しないでおいた」という意味合いがあることを悟って、これ以上は自分が追求していい問題ではないと沈黙するしかなかった。そんな鈴の様子に、鋭鋒は僅かに眉間に皺を寄せて、苦笑勝ちに息を吐き出した。
「もしかすると我々は……しぐれ共々、あの男の策に乗せられたのかもしれんな」
「え……?」
 鈴が首を傾げる様子に、鋭鋒は独り言のように続ける。

「少なくともこれで――この遺跡を隠し立てする事はもう出来ない。いや、問うているのかもしれない。これでもまだ隠すのか、それとも……と」