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リアクション
第4章 打ち上げられた火花
「そろそろパレードが始まりますね」
イルミンスール魔法学園のナイト羽瀬川セト(はせがわ・せと)は時計と周囲の様子を見て、空飛ぶ箒に乗って上空へと飛びあがった。
空から不審な行動をしている人物がいないか監視を行うのだ。
もっとも観光客にとっては、その彼の姿も見物に値するものだったが。
記念パレードが始まるファンファーレが鳴り響く。
マーチングバンドの演奏と共に、色とりどりの民族衣装を着たパラミタの人々や各学校の制服や部活動の衣装を着た生徒たちが行進していく。
セトはパレードに参加するパートナー、魔女エレミア・ファフニール(えれみあ・ふぁふにーる)の姿を認めて、微笑んだ。
(ミア、楽しんでるようですね)
エレミアは空飛ぶ箒に乗って、ポニーテールを風になびかせてパレードの上をクルクルと軽快に飛びまわる。
「わらわの火術、見せてしんぜよう」
エレミアが生み出す火の玉のはずむような動きに、沿道の観衆から歓声が起こる。
パレードに参加し、それをすぐ下で見ていた倉田由香(くらた・ゆか)がはしゃぎ、目を輝かせる。
「すごーい。火の玉ポンポンしてお手玉みたーい!」
エレミアは由香に笑いかける。
「ふふっ、昔はもっとすごかったのじゃぞ?」
「ええっ、じゃあ大玉転がしみたいになってたの?!」
「曲芸なのじゃから玉乗りくらいにしておいてくれぬか」
由香は目を丸くする。
「それってすごく熱そうだね!」
「面白い事を言う娘じゃのう」
エレミアも楽しそうだ。
由香の隣を歩くパートナーのドラゴニュートルーク・クライド(るーく・くらいど)がちょっと呆れた様子で言う。
「由香、いつも以上にハイテンションだな」
もともと由香がルークを
「どーしてもお祭りに行きたい! るーくんも一緒に行こうよ!」
と、なかば引きずるようにして参加したパレードである。
「だって、お祭り大好きだもん! それに、たくさん友達だって作りたいからね♪ こんなにいっぱい仲間がいるんだし」
由香にそう言って笑いかけられ、シャンバラ教導団のレヴィアーグ・葬賢(れびぃあーぐ・そうけん)はうなずく。
「そう、平和共存。みんなで協力することが大切なんだ」
シャイな葬賢はもっと色々話したかったが、なかなか言葉が浮かばない。
うまく話そうと困っている葬賢にも、由香は無邪気に「お祭り、楽しいね!」と色々話しかける。
ルークはそんな由香の様子に、くすりと笑う。彼も実は祭に興味を持っていて、内心楽しんで参加していたのだ。
(やれやれ。しょーがないから、何かあったら由香はオレが守ってやるぜ!)
ウィザード霧霞零(きりがすみ・れい)はパートナーの魔女セラフィナ・ライト(せらふぃな・らいと)と仲良く手をつないでパレードに参加していた。
零が道の右側を、セラフィナが左側を見て、沿道に手を振りつつも、怪しい人物がいないかと目を配る。
零とセラフィナは、朝から大路の不審物捜索もしていた。
(こんなにもめでたい日にテロを起こすなんて……。この日を台無しにしようとする人を絶対に捕まえるんだから!)
零は祭りを楽しむ人々の顔を見て、決意を新たにするのだった。
シャンバラ教導団のヘケト・アンク(へけと・あんく)はパレードに参加し、内部から警備を行なっていた。
彼女はナイトだが、平和的なパレードにより溶けこもうと、重い鎧と槍は装備していない。
それらが無くともドラゴンアーツを使って、敵に素手で立ち向かうつもりだ。
(パレードの邪魔をする者を捕まえ、手柄を立てて、教導団内での地位を上げるのデス!)
ヘケトはそんな決意を胸に、歩を進める。
蒼空学園のセイバー、テオ・フロリアン(てお・ふろりあん)も平和を守るためにテロリストを捕まえようと、皆と一緒にパレードに参加していた。
同じく蒼空学園のドラゴニュートグランメギド・アクサラム(ぐらんめぎど・あくさらむ)も、観客に平和と協力を訴えながら行進する。その観客の中に、彼のパートナーのサイクロンもいるはずだ。
沿道ではパレードを見て、剣の花嫁神楽冬桜(かぐら・かずさ)がはしゃいでいる。
「ねえ、蒼人くん! あのダンス、綺麗だね〜」
冬桜は、地元商店街のサンバグループを見て、素直に喜んでいる。彼女のパートナー、ローグ葛稲蒼人(くずね・あおと)は肩をすくめて言う。
「遊びに来たワケじゃないんですよ?」
言われて、冬桜はちょっと頬をふくらませる。
「ええ〜。せっかくのお祭りなんだし、ちょっとはデート気分を楽しんでもいいじゃない。ねっ」
冬桜は蒼人の腕に、自分の腕を組んで頬をよせてくる。
「デートって……」
蒼人は困ってしまった。
彼らの背後、ソルジャー吾妻征一郎(あがづま・せいいちろう)は観光客でいっぱいの歩道の端をゆっくりと進みながら、道の両側を警備していた。
教導団軍服を着て、視線を隠すサングラスごしに周囲の人々の様子に鋭く目をやる。
はりつめたスキの無い雰囲気は、まさしく警備者といった雰囲気だ。
うしろから正体不明の饅頭を頬ばりながら、ぺったぺったとついてくる二足歩行トカゲがいなければ。
パートナーの征一郎に、ドラゴニュートノーマン・ジーン(のーまん・じーん)が言った。
「おい、デカブツ。お前は顔を見てろ、俺は足を見てやる」
デカブツとは長身の征一郎のことだ。ジーンはさらに言う。
「重い物を持つ者や緊張状態にある者は足運びにも違いが現れてくるものだ。とは言え、この人数……。警戒にある程度の人数が当てられているとはいえ、見つかるとしたら犯人も相当運に見放された奴だな」
ジーンがかぶりついている物が、今度は謎の黒焼きに変わる。
「それを探すのが、我々の任務だ」
征一郎はパートナーの様子に
(不用意に当てには出来ないな)
と考えてしまう。
不意に、ドンという音が響き、地面と空気が揺れる。
だがパレード会場に異変は無い。マーチングバンドの演奏にまぎれ、一瞬は注意を引かれた観光客もすぐにパレードへと視線を戻す。
征一郎は音がした方へすばやく移動しながら考える。
(爆発は裏の道か?! 確かに警備の目の届きにくい場所だが……何を考えている?)
爆発音のした現場にいち早く到着したのは、ソルジャーレーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)だった。
そこはパレードの行なわれている開拓大路の一本隣の道路だ。路肩に停められた車が、内部からの爆発でメチャクチャになっている。
とりわけ動揺した様子の観光客の両肩を押さえ、レーゼマンは問い正した。
「どうした? 何があった?」
「いきなり車が爆発したんだ。急にドカンって」
「車は誰か乗っていたか?」
「いや……誰も乗ってないと思った。さっき乗ってきた人が降りてって……しばらくしたら爆発が」
レーゼマンは目撃者を放し、車の残骸に近寄る。その間に、他の警備の学生や野次馬も集まってきていた。
「よせ、車にはさわるんじゃない」
レーゼマンは野次馬を車から押しのける。
その様子を見て手伝おうと、やはり爆発音を聞きつけてやってきた蒼人が野次馬の整理を始める。
「皆さん、下がってください。現場保存にご協力をお願いしまーす」
蒼人のパートナー冬桜も、デートが中断された事はがっかりしつつも、周囲に呼びかける。
「怪我した人とかいませんか? ボクが治してあげるよー」
だが特に怪我をした者もないようだ。冬桜は、爆発音にびっくりして座りこんでいる老婆に、念のためと安心させるためにヒールをかける。
「お婆さん、大丈夫?」
蒼人たちが野次馬を引き受けたので、レーゼマンは改めて車の検分にかかる。
(幸い死傷者はゼロのようだな。この爆発は警告ということか……?)
突然、壊れた部品の陰から白煙が噴き出す。レーゼマンが部品をどかすと、その下に機械とコード、箱があわさった物体が姿を現す。白煙をあげているのは、それだ。
「下がれ! 爆発するぞ!」
レーゼマンはみずからも車から飛びのきながら、周囲に警告する。
しかし野次馬の動きは遅い。携帯電話で壊れた車の写真を撮ったり、あえて止める方向に進もうとする者までいる。
蒼人は必死に彼らを下がらせようとする。
「下がってください! 危険ですから!」
ふたたび車を中心に爆発が起こる。今度は先程より規模が大きい。爆風で人々が地面に倒れる。
「クッ……皆、無事か?!」
レーゼマンが起き上がり、まだ煙がもうもうとした周辺に言う。
冬桜が悲鳴をあげ、倒れている蒼人に飛びついた。彼の胸には、ベッタリと赤いものが染みている。
「しっかりして! 死んじゃ嫌だよ!」
蒼人にヒールをかけるが、術が効いた手ごたえが無い。
「そんな……!」
冬桜が絶句しかけた時、
「あー、すごい音だった……」
蒼人が耳を抑えながら、むっくり起き上がった。冬桜の目が丸くなる。
「蒼人くん……、怪我……大丈夫なの?!」
「怪我? うっ、これは?!」
蒼人が胸の赤い染みに驚いていると、一人の観光客が言葉をかけてくる。
「いやー、お嬢さん、すまないねえ。クリーニング代は出させてもらうよ」
そう言う観光客の手には、トマトケチャップをたっぷり塗ったホットドックが握られていた。蒼人が爆発から観光客たちを守ろうと身を投げ出して盾になった際、ホットドックのケチャップが彼の胸についてしまったのだ。
蒼人に怪我がなかったため、ヒールも効果を示さなかったのである。
冬桜の黒い瞳から、安堵の涙がこぼれる。彼女は蒼人にすがりついた。
「もう……驚かさないで……!」
「冬桜?!」
クリーニング代は二人分になった。
一方、現場に駆けつけていた吾妻征一郎は、二度目の爆発直後に不審な人物を発見していた。
野次馬にまぎれて、しかし爆発の届かない場所から一部始終を見ていた一人の男が、不服そうな表情を浮かべて、急にそこを離れたのだ。
蒼人たちが観光客を下がらせたため、爆発に直接、巻き込まれた者はない。爆風で転んだり、耳が痛い、ショックで体調が悪くなった程度の負傷者しか出ていない。
周囲の人々が騒然としている中、不審な男はあたりをキョロキョロうかがうと、人をかきわけて、その場を離れていく。
「不審者を発見した。すまないが、手が欲しい」
征一郎は携帯電話で応援を頼み、不審者の特徴を伝える。
征一郎からの情報を受け、セイバーのウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が小型飛空艇で駆けつける。
ウィングは同行するリコから
「あの爆発音が気になってしょうがないから、見てきて!」
と頼まれて、すでに発進していたところだ。
ちなみにリコ本人は、パレードに参加していたところ、沿道の日本人観光客の握手攻めにあって、とても抜け出せない状況にあった。
ウィングは小型飛空艇で建物を飛び越し、不審者の前方の道路に下りる。
「キミ、ちょっと話を聞かせてもらいますよ!」
不審者は身を反転させ、交差点に走っていく。スクランブル交差点の人ごみに飛び込もうとする。
パラ実のローグルイス・オルゴン(るいす・おるごん)が「そうはさせません!」と、死角から不審者に踊りかかった。
相手も避けようとするが、反対から駆け寄ったルイスのパートナー、フィール・クレメント(ふぃーる・くれめんと)がメイスで不審者の頭部を強打する。不審者は倒れた。
「捕まえた! 金! 金目の物!」
フィールは即座に、倒れた不審者の持ち物を漁り始める。
「おおっ、高そうな時計発見」
不審者の時計をもぎ取ると、フィールは自分のポケットに入れようとする。
犯人確保に飛んできたものの、呆れて見ていた征一郎がぼそりと指摘する。
「それが爆発したら、どうするんだ?」
「ば、爆発ぅ?!」
フィールは思わず時計を放り出す。征一郎はそれを見越していたのか、空中で時計をキャッチする。それを証拠品として布にくるみながら、フィールに言う。
「犯人はまだ、何に偽装した爆発物を持っているか分からないぞ。うかつにさわるな」
ルイスは悲しそうに、パートナーの行為を謝る。
「すみません、家計のために仕方なく……。世の中はせちがらくて……」
しかし征一郎ににらまれ、ルイスは後ずさる。今にもしょっぴかれそうな雰囲気に
(だから来るの、嫌だったんだ)
と心の中で愚痴る。
その時、メイスで殴られて昏倒していた不審者が、うなりながら目を覚ます。
「う……ここは?」
フィールが言った。
「逃がしてほしいなら、金目の物を出すんだな」
ルイスが征一郎の目を気にしながら、パートナーの口をふさぐ。
「はっはっは、ジョークですよ、ジョーク」
しかし不審者はそれに構わず、愕然としている。
「な、なにぃ、捕まったのか、俺は。
そ、そんな……ひぃ! お、お許しください。爆発では人は巻き込めなかったとはいえ、警備を引きよせるのは……は、白輝精(はっきせい)様! 嫌だあああゴボッッ!!!」
誰かに懇願している様子だった不審者の、頭部にある穴という穴から、大量の血が吹き出した。地面に転がった時には、すでに絶命している。
征一郎のパートナー、ジーンが不審者の死体をながめて言う。
「使い捨ての前線担当は、口止め処理されるということか。
下っぱをいくら捕らえたところで、煮ても焼いても喰えんだろうな」
「ほら、ウィング、こっちだってば!」
剣の花嫁ファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)が、パートナーのウィングの手を引いて先導する。不審者を捕まえに小型飛空艇で飛んできた彼だったが、ひどい方向音痴の彼はすっかり帰る方向を見失っていた。
「さっき、こんな道、通ったっけ……?」
「空を飛んできたんだから、通ってないわよ! もう、しょーがないわね。またビルの上を通っていきましょ。……って、そっちは反対よー!」
思い切りよく小型飛空艇で空京の外へ向かおうとするウィングを、ファティはあわてて止めた。
建物の陰。事の顛末を確認したローグのガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が、パートナーの剣の花嫁シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)にせかされて、仲間に連絡のために電話をしていた。
「テロリストと思しき不審者は、おそらくは口封じのために呪いで殺された模様です。このやり口はやはり鏖殺寺院ではないかと。
……幸いと、こちらの人的被害は無いようです。事態が収まればヴォルフリートや葛稲も、そちらに戻るでしょう」
ガートルードからの電話を受けた、ローグのセイルフィン・キャッツ(せいるふぃん・きゃっつ)は言う。
「そっか。おつかれ様。こっちは、理子君がまーだ握手攻めにあってて身動きできない状態だよ。有名人は大変だよね〜。
ま、平和だからいっか、ってことで♪ 暴れだしたら、それこそ理子君がテロリストになっちゃうもんね。
じゃあ、また何かあったら、よろしくー」
セイルフィンは電話を切る。
彼女はリコから少々離れた所で、リコの警護、というか、リコが暴れるのを未然に防ごうと見張っていた。
当のリコは、パレードで遅々として進めないでいる。ひきつった笑顔をふりまきながら、沿道から手を伸ばす日本人観光客に次々と握手しているが、キリがない。
「どーもー、どーもー。あははははは……」
ソルジャー如月清和(きさらぎ・きよかず)は沿道から出ようとする、若干マナーの悪い観光客の前に立ちふさがり、警告する。
「ほら、押すな! 立ち止まらない。歩いて、歩いて!」
(これは対テロ警備というより、芸能人が来るイベント会場の警備だぜ。なぜ俺がこんな事を……)
清和は魔剣の力を見るために、リコに同行していた。だが魔剣が抜かれる事は、今のところなさそうだ。
パラリラパラリラ♪
いわゆるチャルメラのホーンが鳴り響き、スパイクバイクの大群が爆音を響かせ、六車線の空京開拓大路を走りまわる。
先導するのは、金髪ポニーテールのアメリカ娘、パラ実のソルジャーレベッカ・ウォレス(れべっか・うぉれす)だ。
パラ実の暴走族がパレードをブチ壊しに来た、ワケではなく、波羅蜜多実業高等学校の代表としてパレードに参加しているのだ。
「ワタシらの自慢の族車を空京のヤツラに見せつけるヨ!」
「おぉー!!」
レベッカの呼びかけで集まったパラ実生たちは、今日のために用意してきた刺繍だらけの長ランや特攻服、お気に入りのボンタンに雪駄などでキメている。もちろん難しい漢字だらけの団旗や、とても学生に見せないケバイ女子生徒も装備済みだ。
色とりどりの電飾やら爆音マフラー、異様に高いシートなど思い思いの改造を施したスパイクバイクを見せつけるため、レベッカたちパラ実生は爆走はせずに低速行進で、円や八の字を描いて走る。
始めはビックリしていた沿道の観衆も、パラ実生徒の華麗でデンジャラスな曲乗りに喝采を浴びせはじめる。
前輪や後輪だけの走行は言うに及ばず、一台の族車に五、六人で乗りくんだり、走行中のバイクからバイクへと素早く飛び乗ったりと、普段の公道でやったら捕まるような行為も「パレードの曲芸」という扱いで、合法である。
シャンバラ教導団学生の中には渋い表情でこれを見る者もあるが、ここでパラ実生に手を出しては、彼らの方こそ平和的なパレードの妨害者として捕まってしまう。
レベッカは観衆に向けて笑顔で手を振りながら、パラ実のアピールをする。
「波羅蜜多、フリーダムで楽しい学校ネ! 学校選択中のユーはパラ実を四露死苦ネ!!」
そんなレベッカのスパイクバイクに2ケツで同乗しているのは、彼女のパートナーの剣の花嫁アリシア・スウィーニー(ありしあ・すうぃーにー)。アリシアは振り落とされないようにしながら、周囲の観客に注意を向けていた。
レベッカ率いるパラ実生の族車パフォーマンスに、観光客たちは喜び、パレードは本日一の盛り上がりを見せている。
(この観衆の中にいながら、パレードを見ていない、興味を示さない者は、テロ等、他に目的がある可能性が高いでしょう)
アリシアはその考えのもと、観衆を観察する。そして、該当する人物を見つけた。
彼女は、レベッカにもらって以来いつも着けている犬耳カチューシャに、今日は携帯電話のハンズフリーイヤホンマイクを付けている。
アリシアは問題の人物に、電話している事を悟られないよう、他の警備を行なう者たちに不審者情報を伝えた。
それにいち早く反応したのは、シャンバラ教導団のソルジャーイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)だ。
(不審者は本物の見物客と違い、違う方向を見ている可能性がある。目線がパレードに集中してしない者に注意せねば)
もともと、そう考えて警戒にあたっていたイリーナだ。アリシアが言う人物を、大勢の観客の中からすぐに探し出した。
見た目こそ観光客風の若者だが、目がうつろだ。
目の前でスパイクバイクが曲乗りをしているのに、それを目で追うことも歓声をあげることもない。
イリーナは素早く人をぬって、その男に近づく。が、とんでもないものを目にする。
うつろな目をした若者は、爆発物から安全装置を抜きとり、パレードでもっとも盛り上がりを見せるパフォーマンスに、すなわちレベッカ率いるパラ実の生徒たちに今まさに投げつけようとしていた。
だがこの密集した人ごみの中で発砲すれば、観客に当たる。なにより爆弾は目の前に落ち、衝撃で爆発するだろう。
(被害など出させん!!)
イリーナは猛然と、爆弾を投げつけようとする若者の腕を蹴り上げた。サッカーのオーバーヘッドキックほどに、足を高く蹴り上げる。
若者の手を離れた爆弾は、蹴りの勢いで真上に放りあげられる。
イリーナは空中でうしろに倒れこみながら、アサルトカービンをかまえる。彼女の中で視界がコマ送りになる。
(まだだ……一番高く上がった時こそ!)
蹴りあげられた爆弾が人々の頭上、もっとも高い地点に達するかという時、イリーナは発砲した。
爆弾が火花を散らせて爆発する。
それに反応し、パレードに参加していた守護天使たちの禁猟区、護りの光の壁が次々と空中に花開く。
爆風や爆弾の破片はそれに防がれ、観衆やパレード参加者に怪我した者はいない。
花火だと思ったのだろう。沿道の観衆は歓声をあげる。
スパイクバイクの爆音もあって、アサルトカービンの射撃音は目立たなかったようだ。パニックの心配も無い。
イリーナ当人は、開拓大路の路面にしこたま後頭部を打ちつけて、地面に転がっていた。目の前に散った火花が、爆弾の爆発によるものか、自分の目から出たものなのかも、よく分からない。
道に仰向けになるイリーナに、剣の花嫁ローゼニクルアクト・アマク(ろーぜにくるあくと・あまく)が近づき、聞く。
「ヒールが必要か?」
「いや、いい。死ぬわけじゃあるまいし」
いつもの口癖で、イリーナはそう答える。
「そうか。だが、せっかくだ」
ローゼニクルアクトはイリーナにヒールをかけると、パレードで先行するパートナーの葬賢を追うため、行進の列に戻った。
イリーナも頭をさすりながら、起き上がる。
一方、爆弾を投げた若者は、イリーナに腕を蹴られて道によろけ出たところを、レベッカに捕まっていた。
「お客サン一名、パラ実送りにご案内ネ〜!」
レベッカは犯人が唖然としているスキに、強引にスパイクバイクの自分の前に乗せる。そして観衆を乗せて走るパフォーマンスに見せて、その場を走り去ってしまう。
レベッカはパレード見物の人ごみを抜けると、アリシアの連絡で駆けつけた生徒たちに、捕まえた若者を投げ渡す。
「テロリストハンティング、ミッションコンプリートだヨ!」
ウインクして犯人を引き渡すと、レベッカは颯爽とバイクで走り去る。そして何事も無かったようにパレードに戻った。
犯人はショックで目を回している。
「……う〜ん。ありゃ? ここは?」
すぐに犯人が目を覚ます。
セイバーサイクロン・ストラグル(さいくろん・すとらぐる)は悲しそうに、犯人に聞いた。
「なぜキミは、こんな事をしでかそうとしたんだ? 他に何か方法は無かったのか?」
言われて犯人は、ぽかんとする。
「あ? それより、あの美人の姉ちゃんは?」
「キミを捕まえたバイクのコなら、もうパレードに戻ってるけど?」
サイクロンの返事に、彼はさらに不思議そうな表情になる。
「バイクって? そーいえば、ぷりんぷりんの巨乳が俺の背中にあたっている嬉しい夢を見てたような気が。
いや、そーじゃなくて、一緒に飲みに行こうって誘ってきた、あの中東系の美人だよ。
……え?! まさか、ココってぼったくりバー?!」
犯人は周囲で武器をかまえる生徒たちを見て、急におびえた表情になる。
彼を根気よく問い詰めて調べ、ようやく事情が判明した。
その犯人の若者は、パレードに爆弾を投げ込むように、何者かから魔法的な暗示を与えられたようだ。
彼は観光のために空京を訪れ、昨晩、夜道で美女に一緒に飲まないかと誘われ、その後の記憶が途切れている。
若者は、その美女の外見も、中東系というおおまかなイメージ以外、覚えていなかった。おそらくは記憶を消されたのだろう。
たいした情報が得られず落胆する生徒たちに、サイクロンは言う。
「まあまあ、良かったじゃないか。彼が何も分からず操られるまま、多くの人を傷つけるような事にならなくてさ」
「おお、兄ちゃん、お人よしだねえ」
「…………」
よりにもよって、捕まった若者から言われ、サイクロンは黙ってしまう。
もっともサイクロンは、テロリストを見つけたら、やめるよう説得して、応じれば見逃そうと思っていたほどだ。
近隣で爆発があったり、あやうくパレード参加者に爆弾が投げ込まれるところだったが、結果的には大きな騒動が起こることなく、空京開発大路のパラミタ出現十周年記念パレードは終了した。
もっとも注目を集めたパフォーマンス大賞には、パレード実行委員会により、レベッカたちパラ実の族車パレードが選ばれた。
爆破犯人をあぶり出して捕縛に大きく貢献しただけでなく、パラ実らしさをアピールしつつ多くの観客を楽しませて学校のイメージアップを果たした、という点が評価されたのだろう。
それによりレベッカと一緒にパレードに参加したパレ実生徒は「レベッカの姉御の曲乗りは、空京一だぜ!」と自慢してまわる。
これがシャンバラ教導団の話であれば、レベッカは同期の士官候補生の中では最速で少尉に昇進していただろう。
しかしパラ実なので、何も無いのだが。
というより、顔が売れた分だけトラブルに会いやすくなるのがパラ実だ。もっともリスクジャンキーの気があるレベッカには、それも望む所だろう。
パレードを警備していた生徒たちは、大路のあちこちに散って、遅い昼食を取る。
ウィザードクラーク波音(くらーく・はのん)も、朝からずっとパレード警備にあたって空腹だったため、露店で美味しそうな物を買いこんだ。
(人が多いから、どこも座る所ないな〜)
今日、波音は白いワンピースを着ていた。服を汚さずに座れる場所を探して、フードコートの奥まった場所にようやく空席を見つける。
波音はようやく食事にありつきながら、なんとはなしに壁の向こうから聞こえてくる声を聞いていた。
どうやら若い女が誰かと携帯電話で話しているようだ。ケンカなのか、険悪なムードを感じる。どうりで、その席が開いていたわけだ。
壁の向こうの女が言っている。
「……駅といい、パレードといい、あなた、本当にわたしに隠れて何かやってないでしょうね? ……あの不良品を作ったのは、あなたでしょ! ……なに? わたしのやり方が古いって言いたいワケ? ……はいはい、そっちは順調で良かったわね。……まあ、いくら綺麗事を言ったって、殺人の才能はあなたの方が上だって事じゃない? ねえ、ラングレイ」
波音は思わず、声をあげて立ち上がる。
「え?! あの鏖殺寺院の?!」
波音は急いで壁の向こうに回る。しかし、行き止まりのはずのその場所に、人影は無かった。
波音はとりあえず、連絡先を交換しあった警備の生徒たちに、その怪しい会話について知らせることにした。