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第八章 リンスレット

 ダークスケルトンが倒れ、城の最上階への道が開いた。

 そして、リンスレットに会いたいと思っていた人たちと、舞踏会から抜け出たリンスレットが出会うこととなった。

 風間 つばさ(かざま・つばさ)は、焼け焦げたドレスを着たリンスレットに勝負を挑んだ。

「何も言わずに薬を渡しなさい、お話はそれからよ」

 つばさは『交渉』するつもりで話しかけてはみたが、自分が武器を手にしているので分かるように、まともな交渉ができる相手とは思っていない。

 きっと愉快犯に違いないと、つばさは思っていた。

 その隣ではクリス・アルベイン(くりす・あるべいん)がつばさを護るように立っている。

「……この羽がすべて黒くなる時の恐怖が分かるか?」

 厳しい目つきでクリスはリンスレットを睨んでいる。

 高熱に侵されたクリスはここに来るまでかなり辛かったが、相棒であるつばさを放っておけないと思い、体を引きずるようにして、一緒にここまで来たのだ。

 玖瀬 まや(くぜ・まや)葉月 可憐(はづき・かれん)アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)と共に、最上階まで一目散に来て、ヴァルキリーを治す薬を欲しい、と願った人たちだ。

「もうお姉ちゃんを奪わないで……っ」

 可憐に支えられながら、そう涙を流すまや。

 まやにはかつて大好きな姉がいた。

 しかし、姉を事故で亡くし、失意を抱えたままの日々の中で、姉にそっくりなヴァルキリー、エリアス・テスタロッサとまやはやっと出会えたのだ。

「ねぇ、貴女の目的を教えてくれませんか?」

 涙を流すまやを支えながら、可憐はリンスレットに訴えかける。

「これだけの規模のことが出来るなんて相当な財力を持っている証。だからお金が目当てじゃないとは思うんですが……世界征服とかですか?」

「世界征服なんて面倒な話ね。世界を破壊の方がよほど楽。征服なんて後があって面倒だわ」
「滅亡の方がお好みなんですか……?」

 驚く可憐だったが、アリスの方はそれを予想していたのか、リンスレットにこんなことを言った。


「……誰もいなくなった世界は、きっと寂しいです。色んな人がいて、色んな衝突があって、色んなことがうまくいかなくて……だから、世界は面白いんです。そんな世界だからこそ……と思いませんか? だから今回は…大人しく引いてはくれませんか?」

 まやのパートナーであるエリアスは、アリスにとっても大切な相棒なのだ。

 しかし、アリスの言葉をリンスレットは鼻で笑った。

「それは今いる世界が面白いから言えること。相棒がいて、仲間がいて、友達がいて。心配してくれる人も心配する相手もいる。そんなお前たちにとっては楽しい世界だろうさ」

 リンスレットは薄く笑う。

「自分の周囲が満ちた人にとっては良い世界であり、面白い世界だろう。衝突すらも楽しみの一つ。でも……そうでない人間にとってはどうだ?」

 その問いかけに何を答えようかアリスが迷っていると、すっとリンスレットが袋を渡してきた。

「これを持って行け。私が差し出した薬を信じるか信じないかはそちら次第だが」

 袋の中には薬の入った小瓶が大量に入っていた。

「薬……?」

 その瓶を見て、クリスは真剣な面持ちで言った。

「実験体が必要ならば、私がその薬をみんなの前で飲んでみせよう。それからなら、安心して使えるはずだ」

「どうとでも好きにするといい。私は疲れた。ドレスは焼かれるし、最悪だわ」

 リンスレットは背を向け、階段を上がっていく。

 薬を手に入れた以上、つばさたちにリンスレットと積極的に抗戦する理由はない。

「行こう」

 彼女たちは薬を待つヴァルキリー達のために急いで古城を後にした。



「リンスレットさん、あなたに得られるものはあったのですか?」
 
 ホシノ ユメ(ほしの・ゆめ)はリンスレットにそう問いかけた。

 単身で古城に入ったユメは伏兵のスケルトンたちにぶつかったり、散々な目に遭って、古城を走り回ることになった。

 そのため、リンスレットの元に着いた頃には、日も暮れて暗くなっており、焼けたドレスを着替えて、夜空を眺めるリンスレットとバルコニーでご対面となった。

「さあ、どうだろうか。そちらは城の地下に何かあったか?」
「……何もなかったですよ。ワインくらいしか」

 古城を走り回った後、最上階では無く、城地下に何かあると踏んだユメはそちらに行ったのだが、結局何もなく、力を使い果たした状態で、古城のスケルトンに捕まってしまったのだ。

 しかし、仮面舞踏会が強制的に終わってしまい、つまらなくなったリンスレットに呼ばれ、こうやって話すことになったのだ。

「リンスレットさん。なんでこんなことをしたのですか? ただの愉快犯だったのですか?」

 ユメはリンスレットと話したいと、できるならリンスレットを救いたい、と思っていた。

 だが、リンスレットはユメを見て笑った。

「そんなすぐに初対面の人に聞くのは急ぎすぎだ。……しかしまあ、対話を試みようとする者がいたのはうれしいとだけ言っておこうか」

 そう言ってからリンスレットは自分でくっくっと笑う。

「こっちはこんな手段に出ておいて、対話も何もないだろう思ってるだろう」
「いや、そんなことはないですよ。だから私はこうやってあなたと話しているわけですし」

 リンスレットの視線とユメの視線が重なる。

「鏖殺寺院は……」

 急にリンスレットが語り出す。

「鏖殺寺院は大きな組織だ。私のような者もいるし、様々な価値観、様々な目標を持つものが存在している。一人に通じた手がまた通じると思わぬ方がいい。人がそれぞれの個性があるように、敵も同じだと思っておけ」

「敵か……」

「そして、鏖殺寺院は必ずしも私のように分かりやすく、敵らしく存在しているわけでもない……ということも忘れるな」

「分かりやすく敵対しているわけでは無い?」

「言えるのはそれだけだ」

 それ以上の会話を求めない、という姿勢のリンスレットに気づき、ユメはもう帰ることにした。

「ユメ……」
「ん?」
「あの薬は本物だし、守護天使の刻印を吸っても害はない。害が出るほどの力を私は持ち合わせてないのでな」
「ありがとう、リンスレットさん」

 礼を一言言って、ユメは古城を後にした。