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聖夜は戦いの果てに

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 第5章 よこしまな人々(1)


 配膳カウンターでの惨劇の跡も片付けられ、食堂には平和が戻っていた。1つ難をあげるとしたら、窓が割れたことで冷気が入ってくるというところだろうか。教導団員がダンボールで補強したものの、やはり寒い。
その所為か臨時出張BERが大人気で、セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)と館山文治は大忙しだ。
カウンターでは今、関羽・雲長(かんう・うんちょう)がウィスキー片手にくだを巻いている。まともな思考回路は既に無く、いつ誰に何をしてもおかしくはない。
「かっ! なんで俺がディープキスなんか……。お笑い芸人じゃないっつーの!」
 …………関羽さま……一人称変わってますよ…………

「酒か……夏以来だな」
 ビールジョッキを手に、31番鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)(未成年)は枝豆を皮ごと咥えていた。壁に寄りかかって座り込み、膝に肩肘を乗せてぼけっとしている。ミニスカートからパンツがのぞくのは特に気にしない(この部分まで徹底して女性物だ)。
「全く。俺はごく普通の地球人なんだぞ。契約者とはいえレベルは13だしな。教導団の猛者になんか敵わないだろ」
 第一、あの知り合いはディナーよりも大勢でわいわいする方が好きだろう。あいつが呼べば、みんなほいほい付いてくるだろうしな。ああそうだ。この衣装を俺に着せて悪ふざけをして――
「ねえきみ、僕の対戦相手だよね?」
「ん?」
 顔を上げると、そこにはジプシー風の衣装を着た美少女が立っていた。63番のリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)だ。少々見惚れつつ、虚雲は事態を把握したつもりで言う。
「ああ、プレゼント交換か? それなら……」
「あ、やっぱりそうだ! ほら、早く来なよ!」
 ほれどうぞと続けようとしたところで、リアトリスは振り返って誰かを呼んだ。後半の台詞は、その相手に向けたものだ。
 茶髪の美青年が歩いてきて、虚雲に慇懃な礼をした。ワイングラスを持っている。
「初めまして。パルマローザ・ローレンス(ぱるまろーざ・ろーれんす)と申します。私達、関羽さまに頼まれた香水を届けにきたんですけど、まさかこんな事になるとは……」
 それを聞いて、虚雲は安心して力を抜いた。関羽に用があるならそこに居るぜと教えようと思ったが知らない筈もなく、あの酔っ払いには近付きたくないのだろうと結論付ける。
「なんだ。あんたらもとばっちり系か? だったら、さっさと……」
 交換しようぜ、と言いかけたところで、パルマローザは自分のペースを崩さずに不吉なことを言った。
「いや、あなたのような人に出会えて良かった。対戦していただけますか?」
「へ?」
 相手の、何故か恍惚とした表情に、虚雲は嫌な予感を覚える。
「対戦相手が女装好きの男性なんて、なんという幸運なんでしょう。おかげで私、一気にやる気が湧いてきました。戦ってください」
 パルマローザは密着せんばかりに顔を寄せ、虚雲に息を吹きかけてきた。
 な? なんだこいつ。ホモか?
「ちょ、ちょっと待て! 俺はノーマ……」
 壁に追い詰められ、虚雲は慌ててパルマローザを突き飛ばそうとした。手が胸に当たり――
 むに。
「むに?」
「あ、パルマローザは女だよ! ちなみに、僕は男ね」
「はあっ!?」
 なんというややこしいコンビだ。こんな奴らに関わるとろくなことはない。
 逃げるが勝ちと、虚雲はプレゼント袋を持って食堂の中心に向かって逃げ出した。後ろから、リアトリスがドラゴンアーツとソニックブレードを組み合わせた技を放ってくる。
「あ、危ね!」
 何とか避けて、虚雲は2人の前に立ちはだかった。
「ば、バトルなんか止めるんだ! 大人しく品物渡してくれ!」
 だが、教導団の建物でそんな口上が通用するわけもない。爆炎波が飛んできて、虚雲は悲鳴を上げる。そして、ポーズを取った。もうヤケである。
「み、みんなのアイドルRINがお相手してやる☆ イラッ」
「…………」
 ギャラリーの空気は一気に冷え込んだが、パルマローザの目は輝くばかりだ。
「なんていうセンスでしょう! RINさんというんですか? サインください!」
 言いながら火術、雷術、氷術とパルマローザは次々と技を繰り出してくる。
「言ってることとやってることがちげーーーーー!」
 逃げながら、虚雲はもう一度振り返る。
「リア充、永眠しろっ☆ イラッ ……はっ、俺は何をやって……ぎゃーーーー!」
 リアトリスの轟雷閃を食らい、ふっとぶ虚雲。顔から床に突っ伏し、ミニスカートがめくれてパンツが丸見えだ。しかも食い込んでいる。起き上がると、サンタコスもあちこち破れて、もう半裸状態だった。
「なんで逃げるんですか? 私はただ、仲良くなりたいだけなのに……」
「仲良くっておまっ……それっ……」
 ――いや、相手が女なら問題ないのか?
 一瞬でもそんなことを考えたのが間違いだった。
「ふむっ!」
 追いついてきたパルマローザが、虚雲の唇にキスをした。
「んっ……うん……あぅ……ふぅん……」
 ディープキスだった。
「ごめんねー。これでパルマローザ、ドラゴニュートだからさあ。キスが挨拶なんだよねー」
 どこのアメリカ人!?
 キスをするだけすると、パルマローザは離れて自分の携帯電話を出した。いつの間にか盗られていた虚雲の電話に赤外線通信をしているようだ。
「これからよろしくお願いしますね。そうそう、プレゼントは、何を持ってきたんですか?」
 リアトリスとパルマローザは、サンタ袋をチェックする。中身は、アトラス・ロックフェスで使ったRINの衣装である。
「素晴らしい衣装じゃないですか! これを奪うわけにはいきませんね。あなたが着てこその衣装です」
 パルマローザは服を戻した。それに慌てたのはリアトリスである。
「え! ちょっと、これとっとかないと僕がディープキス……」
「呼んだか?」
「ぎゃーーーーーーー!」
 リアトリスが悲鳴を上げる。彼は酔った関羽に瞬く間に捕まると、ディープキスの洗礼を受けた。
「ん? これは私が頼んだ香水ではないか。ご苦労だったな、貰っておくぞ」
 口調だけは元に戻った関羽が、リアトリスの届け物(プレゼント)である香水を懐に入れる。そして間髪入れず、条件を満たしている虚雲にもディープキスをお見舞いする。
 もう、どうにでもしてくれ……
 虚雲は、心の底からそう思った。