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「い、いい加減離れてっ、ライザ!」
 歩きにくさに耐えかねて、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は声を上げた。
 その腰元にしがみつくグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、だって、と涙目でローザマリアを見上げた。
「し、知らない人間にナンパをされたのだぞ?」
「それはそうだけど……いつものことじゃない」
「うう……だからこういう所はだめなんだと……」
「……どうしちゃったのよ……もう」
 すっかり様子の変わってしまったライザに困惑気味のローザマリアは、助けを求めようと上杉 菊(うえすぎ・きく)を振り返ろうとした、その時。
 パシャッ!
 シャッターが切られる音がして、思わず目を閉じる。
 恐る恐る目を開けると、カメラを構えた菊が楽しそうに微笑んでいた。
「うふふ☆ ライザちゃんかわいい……」
「ひ、菊媛……」
「そんなにローザちゃんにくっついて……ふふ……大胆ですわ」
 意味深にふふふと笑みを浮かべながら、菊の目は違うところを見始めた。
「いつも一緒に居るから気付かなかったけれど……普段と変わってしまって初めてお互いの存在の大きさに気付く……。そして二人は……!」
「ちょ、ちょっと? 菊媛?」
「あ、あら? ローザちゃん呼びました?」
「う、うん。一人でどこかいっちゃってたから……」
「まあ、わたくしのことは気にしなくてもいいのに。それより他にも色々見るのでしょう?」
「そうしたいんだけどね。何かライザもおかしくなっちゃったし、帰った方がいいのかと……」
「大丈夫よ! 帰るなんてもったいない! さ、ライザちゃん行きましょう!」
「て、手を引っ張るでないっ」
 言うが早いか菊はライザの手を引いてどこかへ行こうとしてしまう。
 慌てて二人を見ながら、ローザマリアはどうしてこうなってしまったのかと首をひねる。
「ちょっと! 二人とも待ってー!」
 けれど、とりあえずは二人を追うのが先決だ。これ以上被害が広がる前にとローザマリアは買い物そっちのけで走るはめになるのだった。

「うーん……次は何を着せようかしら……」
 服を物色しながらどりーむ・ほしの(どりーむ・ほしの)ふぇいと・たかまち(ふぇいと・たかまち)の手を引いて歩く。
「ナース服も可愛かったけど、今のメイド服も可愛いしねー。次はー、うーん……」
「ど、どり〜むちゃん……もういいよぅ」
「あら、せっかくなんだからもっと楽しまなきゃ! そうだわ! 正義の味方なんてどう?」
「ええ? 普通でいいよぉ」
「だめよ! 普通なんてつまんないじゃない!」
 ぴしっと人さし指を突き付けながら、どりーむはむうっと頬を膨らませる。
 けれど、見つけた新しい服をふぇいとにあてがって、すぐに笑んで見せた。
「ほら、ふぇいとちゃんに似合うわよ、きっと!」
 どりーむが今度着せようとしているのは、フリルいっぱいのワンピースのようなものとスパッツ。
 胸元に蝶々のような形の飾りのついた、少女戦士の服だ。
「ほらほら〜、着替えさせてあげる!」
「えっえっ、ひゃっ、そんなとこさわっちゃだめです〜! じ、自分できがえますから〜」
 脱がせようとしてくるどりーむにふぇいとは抵抗するが、それもむなしくすぐに脱がされ、着替えさせられてしまう。
 けれど、それを着た瞬間、ふぇいとはすくっと立ちあがった。
「王国を救うために早くいかなきゃ!」
「ふぇ?」
「行くよっ、きゅあ・どり〜む!」
 すっかりなりきってしまったふぇいとに、どりーむは一瞬目を丸くしたが、すぐに思い直して立ち上がる。
「このままじゃまずいわね……可愛いけど他の服にしなきゃ」
 そしてまたメイド服に着替えさせると、新しい服を探してまた練り歩くことにするのだった。

「まったく、わけのわからないことになりましたわね……」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は目の前にかしこまる如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)を見てため息をついた。
「服のせいだとしても、何だか落ち着かないですわ」
 そう言って髪をかきあげながら、ちらりと視線を秋葉 つかさ(あきば・つかさ)に向ける。
「あうう……」
 呻きながら小さくなるつかさを見て、亜璃珠はこれ見よがしに再度ため息をついた。
「流石に予測がつかなかったとはいえ、軽はずみな行動は困りますわね……」
「申し訳ございませんんん……」
 さらに小さくなるつかさに追いうちをかけようとする亜璃珠を制するように、日奈々がすっと割りいってくる。
「お嬢様、今はつかさ様を責めるより魔女の元へ向かうのが先決かと」
「……そうね」
「つかさ様にはあとから十分反省していただきましょう。私たちはとにかく先へ進まなければ」
「小夜子の言うことももっともね。……でも、その前に」
「はい?」
「装備を買いましょう。魔女の元に行くのはそれからですわ」
 亜璃珠はそう言って踵を返し、メイドたちを引きつれて雑踏へと身を投じた。
「あっ、ま、待ってくださーい」
 項垂れていたつかさは慌てて顔を上げると、はぐれないようにあとを追う。
 そして亜璃珠が買った『装備品』を手に、一同は魔女の住む尖塔へと向かう。
「ご主人様、何をお求めになったのですか?」
「ふふ、行けばわかりますわ」
 そう、亜璃珠の不敵な笑みを残して――。

「お茶が入りましたよ」
 ひらひらのフリルエプロンをひらめかせてティートレーを持ってきた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、黒崎 天音(くろさき・あまね)クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)に紅茶をサーブする。
「ああ、ありがとう早川くん」
「いいえ。今日はニルギリですよ。ミルクは如何ですか?」
「もらおう」
 にこにこと世話を焼く呼雪にクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)がカップを差し出す。
 先ほどまで散々化粧を直させていたクリスティーはようやく満足した様子で英国風のミルクティーを所望していた。
「……クリストファー」
「ん、何だい黒崎君?」
「僕も紅茶を飲みたいのだが」
「飲めばいいじゃないか。早川くんの紅茶もなかなかのものだよ」
「この状況を見てそれを言うのか?」
 苦い顔でそう言う天音には、狼のきぐるみを着た鬼院 尋人(きいん・ひろと)がしがみついていた。
 その横ではブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が尋人に注射を打つため捕まえようとしている。
「そんなふうに変わってしまったのはきっと病気のせいです。さぁ、お注射しますよ」
 服のせいだと思う、とクリストファーと天音が内心で同時に突っ込むが、何と言うか、視覚に訴える攻撃力の高さに言葉にならない。
「犬じゃないんだ、狂犬病の注射なら他を当たってくれ!」
「ツッコミがずれている気がするんだけど」
「ふん、頭も狼並みになっているのだろう」
 女王様然として辛辣な言葉を吐きながら、クリスティーは紅茶をすする。
「それよりも退屈だ。何事かないのか?」
 また始まった、とクリストファーが苦笑する。と、黒崎がようやく身を起こして紅茶に手を伸ばした。
 どうやら鬼眼を発動して千尋を黙らせたらしい。
「おや、解放されたのかい?」
「解放させたんだ。せっかくのシャツが台無しだ。それなりに気に入りの品だというのに」
 当て身でもくらわせたのだろう、床に倒れた尋人をブルーズが介抱していた。
「それよりも、これは明らかにマジックアイテムの影響だな」
「だろうね」
「……ふむ、これは蒼空学園で買ったものだったな……」
 呼雪やクリスティーを一瞥し、瞬時考え込んだ天音はクリストファーを振り返った。
「クリストファー、蒼空学園に問い合わせてみてくれないか」
「わかった。……その間、女王様の相手を頼むよ」
 そう言って席を立ったクリストファーの言葉に、黒崎はわずかに苦笑を浮かべたのだった。



「ど、どうでしょう……似合いますか……?」
「あ、ああ……」
 スパーク・ヘルムズ(すぱーく・へるむず)シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)は顔を見合わせるなり互いに頬を染めた。
「……可愛いぜ、シーナ」
「スパーク……」
 手をとり、見つめ合う二人。を物陰からデバガメしているのは遠野 歌菜(とおの・かな)リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)だ。
 二人で小声でこそこそと話しながらつつき合っている。
「きゃー、リュース兄さん! あのスパークがシーナちゃんの手を握ってる!」
「歌菜ちゃん、声を潜めて。気付かれてしまってはせっかくのいい雰囲気が台無しです」
「あっ、そうだね」
 自分の口を押さえて歌菜はまた二人を注視する。
「シーナ、俺たち……結婚するんだな」
「は、はい……。私、幸せです」
「俺もだ、シーナ」
 そしてスパークはシーナをそっと抱きしめながらシーナの瞳を覗きこむ。
「本当に可愛いぜ。……いつも可愛いけどな」
「そんな……」
「好きだ、シーナ」
「……スパーク!」
 ひしっ、とスパークに抱きつくシーナ。
 そんなシーナの髪を愛おしげに撫でながら、スパークはシーナの名を呼ぶ。
 穏やかなその声に幸せそうな笑顔を向けたその頬に手を添え、顔を近づけたスパークは――。
 そっと、花嫁の桜色の唇に自分のそれを重ねた。

「っきゃー!!!」
 叫びにならない叫びをあげながら、歌菜はばんばんとリュースの肩をたたく。
 リュースもそれを咎めることなく、というよりも咎めることができず、自分が見た光景におやまあ、と思わず声を上げてしまった。
「リュース兄さん! 見た!? 見た!?」
「ええ……」
「今したよね!? キスしたよね!」
「か、歌菜ちゃん、落ち着いてください。痛いです。それにあまり騒ぐと……」
「カナ? 騒がしいぜ」
「……ほら、二人に気付かれてしまいました」
 あまりの光景に思わず声を上げてしまった二人を見下ろしていたのは、先ほどまで幸せそうにシーナを抱きしめていたスパークだった。
 少しだけ恥ずかしそうにしたシーナもすぐ後ろに立っている。
「いるんなら言えよな!」
「そ、そうですよ……」
「二人の邪魔をしてはいけないと思って」
「そーだよっ! あ、それに私たちまだ準備があるからさっ」
 しれっと答えるリュースに同意をして、歌菜はわざとらしく去ろうとする。
「衣装合わせのあと、台本の読み合わせするから、もう少しそのままでいてよね?」
 それだけ言い残すと、歌菜はリュースを引っ張ってどこかに去っていってしまう。
「何だ? あいつら……」
「さぁ……」
 訝しげに首を捻った二人だったが、顔を見合わせるとすぐに破顔して、そっと寄り添う。
「……邪魔がはいっちまったな……シーナ」
「はい」
「愛してるぜ」
「……私も……愛しています、スパーク」
 二人だけの世界で囁かれた愛の告白は、木陰に隠れた歌菜たちにしっかり聞かれていたわけだが。