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作戦名BQB! 河原を清掃せよ!

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作戦名BQB! 河原を清掃せよ!
作戦名BQB! 河原を清掃せよ! 作戦名BQB! 河原を清掃せよ!

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  7.―水虎―


 ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)の誘いで、ビーチボールをしていたはずだった。
 芦原 郁乃(あはら・いくの)は、突然水着や服を溶けてなくなる知人や友人を見ながら、それでも川から上がる決心ができずにいる。郁乃の蒼空学園指定水着は今のところ無傷だが、いつ泡のように消えてしまうかわからない。
「うーん、上がった方がいいのかなぁ?」
 小谷 愛美は、ビーチボールを抱えてその場にいる皆の顔を見回す。
「まだ……まだ結果は出ていないよ!」
 マリエル・デカトリースは、白砂 司たちと一緒に食べたバーベキュー分のカロリーだけでも消費しようと、先ほどから激しく動き回っている。
 秋月 桃花(あきづき・とうか)は、疲れ切った表情で水に浮いている。胸の豊かな桃花は、郁乃たちにさんざん胸を触られ、疲れ切ってしまっている。
 蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)は、先ほどからしきりに眼をこすっている。
「みんな、それほどまでに……」
 主である郁乃によく似た姿を持つマビノギオンだが、身体のラインはより女性らしい。少女達がより魅力的になれるようにという執念に、思わず目頭が熱くなってしまう。
「さあ、それじゃあビーチボールの続きといきましょうか」
 ヴェルチェは、突然水着が溶けてしまうという椿事にまったく動揺を見せない。
「よーし、やるぞ〜」
姫野 香苗(ひめの・かなえ)とヴェルチェの視線がほんの一瞬、絡み合う。彼女らは、波羅蜜多企画の撮影に協力している。決して欲望のためではなく、己のイズムを貫くためだ。
「スライムこっち来いこっち来い」
 香苗は小声で呟く。かわいい女の子の裸を見たい。いわばカナエイズムに突き動かされているのだ。
「いくわよん」
 ヴェルチェはビーチボールを打ち上げる。その場にいる皆の視線が上に集中する。ヴェルチェが、川での遊びとしてビーチボールを提案したのにはもちろん理由がある。
 参加する者たちの視線を上に集中させようとしているのだ。
「よ、よし! ばっちこいだもん!」
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)は自分に向けてゆっくりと落ちてくるボールを見据える。膝を曲げて手を組む。たとえ遊びであろうとも手を抜かないのが、沙幸の流儀だ。緑の髪に蒼空学園の指定水着が良く映えている。
 腰を落とした沙幸は、自分のまわりに薄紫色の奇妙な物体が漂っていることに気付いた。
「せっかく掃除したのになぁっ、と!」
 沙幸は器用にボールを打ち上げる。ボールがなだらかな曲線を描きながら打ち上がったのを見届けると、沙幸は腰のあたりを漂う薄紫色の物体を掴んだ。
「こんなのだれが捨てたんだろって……えー!!」
 沙幸の腕を伝って服溶かしスライムは、瞬く間に水着を溶かしていく。
「「よっしゃあ!!」
 ヴェルチェと香苗は、まったく同時にガッツポーズを作る。
「沙幸ちゃん、危な〜〜いっ」
 だれが効いても白々しく聞こえる台詞を叫びながら、香苗は沙幸の胸に飛び込む。
 傍目には、自分の服が溶けることも顧みず、友人を助けに向かった少女のようにも見えるかも知れない。
 とにかく、あらわになった沙幸の胸に顔を埋める香苗は、だれも登ったことのない山頂を極めた登山者のように澄みきった表情をしていたという。
「殺気は……感じないってどういうこと!?」
 ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)は辺りを見回す。彼女は殺気感知を使うことで盗撮犯を見つけ出そうとしている。しかし、ヘイリーの殺気感知に引っかかるものない。相手がヘイリーより手練れなのか、それとも邪念のようなものを持っていないのか。
「ヘイリー、きっと悪い人なんていなかったん、だよ」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)は淡い笑顔を浮かべる。その表情とは不釣り合いなほどきわどい白いマイクロビキニを着ている。感覚がマヒしてきたのか、少しも恥ずかしそうな様子がない。
 目の前で、人の着ている水着が溶けているというのに、まったく慌てた様子がない。
「せっかくの息抜きなんだから、おもいきって羽根を伸ばしましょうよ」
 ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)はリネンと色違いのマイクロビキニを着ている。ボディラインにメリハリのあるユーベルの赤いマイクロビキニは、ただ立っているだけでも危険な気がする。
 ユーベルもまた、水着が突然溶けるという事態に対して悠然と構えている。
「っく……」
 ヘイリーは、ユーベルの豊かな胸を見て唇を噛む。女の値打ちに、胸の大きさなどまったくの無関係だ。そうはいっても、ヘイリーは自分の着ている競泳水着の胸部分の『水の抵抗減らしときました!』的なシェイプが憎らしい。
 水着が溶けるくらいで騒いでいる自分の器が小さいのだろうか。器が小さいから胸も小さいのだろうか。際限のない自己嫌悪がヘイリーをさいなむ。
「あぁ! わかりましたぁ」
 ビーチボールに興じていた神代 明日香(かみしろ・あすか)は、控えめな胸の前で手を打ち合わせた。
「このうす紫色のが、女空賊さんのエキスなんですね!」
 明日香は、増え続けるスライムを、自分の胸にすり込む。
「これは負けてられないよ!」
 詩刻 仄水(しこく・ほのみ)も、明日香に負けじと胸にスライムをすり込む。仄水の来ている青白ボーダーのホルターネックビキニの胸の部分に、薄紫色のスライムが広がって、うつくしいグラデーションを描き出す。
「これはたまらんね」
 ヴェルチェは、そんな少女達の姿にポエジーを感じずにはいられない。自らの胸にねばねばぬちょぬちょした液体を塗りたくる少女達。ヴェルチェにとってはファンタジィの世界である。
 服溶かしスライムを、胸にすり込む。
 当然の帰結として、彼女の水着はあっという間に分解される。
「――――――――!!!!!!!!!!!」
 明日香は声にならない悲鳴を上げて両手で胸を隠して川から上がる。
「おっきくならない! いや――量が足りないだけかも!?」
 仄水は錯乱しきって、さらにスライムを胸部分にすり込もうとする。
「うわ! 危ない! いろんな意味で!」
 朝野 未沙が背後から抱きつくようにして仄水の身体をガードする。
「この薄紫のヤツ、水着溶かすみたいだよ!」
 愛美の声に咲夜 由宇(さくや・ゆう)は、顔を上げる。由宇の手には、両手一杯に薄紫のスライムが乗っている。その大部分は、すでに由宇の水着の胸部分に塗りたくられている。
 音もなく、溶けるように分解されていく由宇の水着。鋭敏な皮膚感覚を持つ由宇は、思わず悲鳴を上げる。
「ひゃう!!」
 由宇は自分の身体を抱きしめるようにして川面の下へと隠れる。

 フンドシ姿のマッチョが水面を走っている。
「うっし、だいぶ数が減ったな!」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は、自らの服が溶けることも厭わず、服溶かしスライムを倒してまわっている。ラルクとて好きでフンドシ姿を披露しているのではない。
 己の身を顧みずにスライムと戦い続ける内にこのような姿になってしまったのだ。まったくの不可抗力である。
「全く――服を溶かすなんざぁ企画した奴の神経を疑っちまわぁ」
 秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)は、まるで江戸っ子のような口ぶりで呟く。『闘神の書』もまた、褌一丁になっている。もともとフンドシ姿だったわけではなく、ラルクに付きあってスライムに対処する内にこのような姿になったのである。
「チーフの悪口は言わないでほしいカッパ。わりと繊細カッパ」
 『闘神の書』の背後に、所在なげな顔をしたカッパが立っていた。手にしたカメラは、防水仕様モバイルギアへと接続されている。
「……服は人を縛る鎖カッパ。人を超えようと思うなら、服なんか着てちゃお話にならないカッパ。ドージェが白いワイシャツ着てたらしまらないカッパ」
 突然現れたカッパの言葉に、ラルクは顎に手を当てて考え込む。
「それはそれでアリ!」
 ラルクの分厚い拳が、突然現れたカッパ――佳羽原 カッパーフィールドに拳を叩きつけた。
 否、叩きつけようとした。
 ラルクの拳は、佳羽原の持つキュウリに阻まれていた。
「キュウリ……」
 佳羽原はカメラとモバイルギアを背負った甲羅の中に収納する。
「データ送り終わるまで、お相手するカッパ。波羅蜜多実業高等学校、第三飼育部初代部長、水虎の佳羽原。推して参る」
 佳羽原は両手に日本のキュウリを構える。
「そうはさせるか!」
 そこにエヴァルト・マルトリッツが駆けつける。先ほどまでパートナーのロートラウト・エッカートと二人で服を溶かされた学生達の救援に当たっていたのだ。
「……っな!?」
 一瞬、全身が感電するような衝撃が走った。そう思った次の瞬間、エヴァルトのパワードスーツの装甲は大きくひしゃげていた。多重装甲に守られたエヴァルト自身の身体にも、重たく不快な衝撃が広がる。エヴァルトの口中に胃液と血液の混合したものの味が満ちる。
「あの技、わかるか?」
 ラルクは『闘神の書』に尋ねる。『闘神の書』はいらだたしげに頭を振る。
「宮本武蔵に教わったカッパ」
 佳羽原は日本のキュウリを太鼓のバチのように構えたまま,じりじりとラルクとの距離を詰める。
「嘘だ!!」
 そこに飛び込んでくるものがあった。吸血鬼の彩祢ひびきだ。すでに日本刀と、はたきをそれぞれの腕に構えている。
「きっとそれぞれ別の宮本武蔵かも知れないカッパね」
「偽物め!」
 ひびきは一気呵成に佳羽原の間合いに飛び込んでいく。佳羽原は水の抵抗をまったく感じさせない足運びでひびきの攻撃をかわす。
 互いの武器が直接触れあうことはほとんどない。
「暗器だね!」
 ひびきは、水しぶきに紛れて自らの顔めがけて飛来した何かをはたきで打ち落とした。
 暗器とは、隠し持つことできる武器の総称だ。たとえば、手裏剣なども暗器の一種に分類される。
「なんでぇ、結局キュウリはこけおどしかよ」
 『闘神の書』は、幾分がっかりした様子で肩を落とす。
「それは円周率をおよそ3といっているようなものカッパ」
 よくわからない比喩を使いながら、佳羽原は再びキュウリを構える。
「かかってこい。君たちの知らないものを見せてあげよう」
 佳羽原は、カッパなりに不敵に笑って見せた。
「これならどうだよ!」
 ラルクの等活地獄が、佳羽原の全身を包んだ。


 夕暮れ。
 学生達が川岸に膝を突いている。
 ラルクは、市場別れ破れた皮膚にも構わず、拳を岩へと叩きつけた。岩には、大きな亀裂が走る。
 かつて波羅蜜多の水虎と呼ばれた男は、キュウリを背負った甲羅の中へとしまう。
「照明チームもいないし、そろそろだね」
 カンパネルラ 時貞は、食べかけのポテトチップスを一気に口の中に流し込んでから立ち上がった。
「まて! アンタ、ジョシュア クロールの知り合いだな?」
 姫宮 和希が両手を広げて時貞の行く手を遮る。
「知り合いというか、教え子だけど」
 ジョシュアは、和希のまっすぐな眼を
「あいつは何をしようとしている? 今どこにいるんだ」
「さあ、もう何年もあってないしね……」
 時貞は肩をすくめてみせると、佳羽原に向かって合図を送る。
「縁があれば嫌でもあうことになるよ」
「待て、まだ聞きたいことがあるんだ!」
 和希は自分の横を通り抜けようとする時貞の腕を掴もうとする。その瞬間であった。
 濃厚な血の臭いが、まるで血の池に肩まで使っているかのような濃厚な香りが和希を包み込む。
 和希はゆっくりと膝から崩れ落ちる。自分の意思ではどうにもならない震えが、和希を支配していた。
「もうすぐ夜か……まったくいつでも波羅蜜多企画は失敗ばかりだな」
 時貞はすこし自嘲気味に呟くと、スティック型のクッキーをタバコのように口にくわえた。
 背中を丸めた男と、甲羅を背負った男は、悠然とサトレジ川を去っていった。