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全学連『総蜂起!強制退学実力阻止闘争』

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全学連『総蜂起!強制退学実力阻止闘争』

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 それから数日後。
 大学の教授会は急遽、宇都宮 祥子たち、『穏健派』が提案する、『大衆団交』に応じることになった。
 頑として出席を拒んできた日村名誉教授が態度を一変したからである。日村の内心は、一向にらちの明かないどころか、日々バリケードを強化しているサークル棟の状況に加え、援軍として頼みにしていた装甲突撃軍がヒラニプラでゴーレム27機を失ったとの報道を耳にし、一挙に自信が揺らいでいたのだ。
 もちろん、先日の夜の騒動が引き金になったのは言うまでもない。
 そんな中で、大講堂に学生と全教授を集めて大衆団交は始まった。
「それでは第1回空京大大衆団交をここに開催するものとします」
 議長役を勤める祥子によって団交は開始された。
 緊迫感が漂う空気の中、うねるようなざわめきがいつまでも続く。
「議長!」
 手を挙げる青年がいた。如月 正悟だ。
 祥子が正悟に発言を許可する旨を伝えると、正悟は壇上へ進み、ただ立って、沈黙する。やがてその様子に、ざわめきは止んでいき、やがて誰ひとりとして言葉を発しなくなる。沈黙が包む。
「まず最初に、日村名誉教授に対し、学内学生に関する人種差別的な成績評価があったことの確認を求めます」
 すると、静まりかえっていた観衆が再び騒がしくなり、そうだそうだとヤジが飛ぶ中、日村教授が壇上に昇った。
「えーー。ワシは、いままで。そうしたことはまっったくないと。こう、断言いたします」
 嘘をつくな!と、怒号のようなヤジが飛ぶ。
「静粛に」と、祥子が言ってもヤジは鳴り止まない。
「一度も、全くですか?」
「同じコトをキミ、何度もしゃべらせるな」
「ではお尋ねします。なぜシャンバラ人ばかりが単位を落としているんでしょうか? 偶然の一致にしては確率論的にもあり得ませんね?」
「そうだ! シャンバラ人にだけ単位を与えないってどういうことですかっ! どうしてそんな差別的な扱いをするんですかっ!」
 クリスティーナ・カンパニーレ(くりすてぃーな・かんぱにーれ)が叫ぶ。その叫びは会場中の共感を集めて広がる。
「確率論的には、ありませんねえ」
「ではどうしてでしょうか?」
「これはあくまで、推測でぇ、ありますが。んー、……連中がバカだったんでしょう」
 全学生を敵に回したような発言に会場の怒りは沸点に達する。
「……。それは、つまり……」
 如月が不快感を押し隠しながら発言しようとしたとき、
「ちょっとどいてくれる?」
 と、如月を押しのけるようにひとりの少女がマイクを握った。
 朝野 未沙だ。
「言っときますけどね、あんたが生まれる五千年も前の先祖が裸足に石槍で走り回ってるとき、パラミタ大陸では機晶姫やら剣の花嫁やらハーフフェアリーやらを生み出して、現代の文明よりもずーっと進んだ高度な文明を持っていたのよ? 確かに今のシャンバラ人はその文化を失ってしまっているけど、どっちがバカなのかくらいわかるでしょ? バカなのはあなたよ、あ、な、た!」
「失礼だねキミは? なにがぁいいたいんだね? いったい」
「つまり、かつての文明への敬意も払わず、財力と武力で強引に乗り込んできて、挙げ句に仲良くするどころか排除しようとするなんて真似して、よく恥ずかしくないわねっていいたいわけ! いったい野蛮なのはどっちよ? さぁ、先生。文明人なら文明人らしく言論で証明してみせてよねっ!」
 会場が拍手喝采で覆われる。説明しろ!とヤジが飛ぶ。
「あーキミ、恐竜は、知ってるかね」
「バカにしてるんですか? 知ってますが!」
「恐竜が進化して、えー、何になったと思う? ん? 鳥だよ、トリ。キミはハトやフライドチキンに敬意を払うのかね?」
「詭弁じゃない!」
「あいつらはねぇ、せっかくの文明を維持できず、全部さっぱり忘れてしまった。そんな残りカスみたいな連中にどんな知能があると思ってるんだ? 全く話にならんよ、この子はぁ」
「なんですって?」
 会場の熱気は頂点に昇った。
「ちょっと任せてもらおうか」と夜薙 綾香が壇上に駆け上がった。
「少し落ち着くのだ。思うつぼだぞ?」
「だって、むちゃくちゃでしょ?」
「まあ、見ていたまえ」
 綾香がマイクに向かってしゃべり出す。
「つまり、シャンバラ人は人類より知能が劣ると?」
「左様」
「であるから優れた人類は劣った現シャンバラ人を排除してパラミタ文明を独占できると?」
「文明とは闘争の歴史だ」
「つまり、今私たちがしていることは侵略行為であると?」
「……それは」
「野蛮な侵略行為であると?」
「野蛮なって、キミ……」
「もうひとつ聞こう日村教授。文明は闘争の歴史と言った。そして勝者が糧を独占することを良しとした」
「何が言いたいんだねっ?」
「私は自治会会員として貴殿のお孫さんをよく存じ上げているが、今ここで、お孫さんと単位を落としたシャンバラ人学生の代表ひとりがペーパーテストをしたならば、もちろん偉大な文明の英知の代表たるお孫さんが圧勝することを保証なさいますな?」
「孫は関係ないだろうっ」
「いいや、これは教授貴殿が言ってきたことですがちがいますかな? 正々堂々勝負し万が一敗北したならそれは人類の敗北、パラミタ全土からの人類撤退を約束するものですな?」
「そんなこと出来るわけ無いだろう!」
 興奮する日村を無視し、綾香は教授たちのほうを向く。
「教授会の教授陣全員に聞きたい。今までの日村名誉教授の発言は教授会の総意として受け止めてよろしいか?」
 会場がどよめき、教授たちがお互いなにやら相談を始める。
 そして、ひとりの教授が立ち上がって演題に昇り、日村のマイクを持つと、
「これは日村名誉教授の個別見解であって当教授会を代表するものではない」
「名誉教授、いえ、裸の王様とお呼びするべきか? 以上で質問を終わります」
 大歓声が再び巻き起こる。
 日村は壇上で脂汗をかいていた。
「他に何かありますか? 無ければ、日村名誉教授、ありがとうございました」
 日村はハンカチで汗を拭きながら、「不愉快だ!」と言い残して教授たちのところに帰った。
「んじゃ、俺からも発言させてもらおうかな?」
 手を挙げたのはアクィラ・グラッツィアーニだった。
 喚声に照れながらアクィラはマイクの前に立つ。
「俺から聞きたいのは……」
「アクィラさん、誰への質問なのか、まず相手を指定してください」
「あ、そうか。わりぃ。んじゃ、そこのハゲでいいや」
 どっと笑いが観衆を包む。
「俺は見たとおり教導団の生徒だから、難しい話はできねーけどな、日村名誉教授をどう思うか聞きたいんだ」
 指名された教授は突然の事態に混乱しながら、壇上に昇り、
「どうと言われても、立派な学者であられると思うとしか言いようが無い」
「そう言うコトじゃなくて、日村のした行為についてどうだって聞いてんだよ」
「だから、それはそれぞれの判断することであって、コメントする立場にない」
「えーと、違うんだよ。なんていうかな……」
 アキュラが壇上で困っていると、
「つまり、『大学の自治』が形骸化してないかって聞いてるの! 教授会は自浄能力を失っているのかと!」
 と、ヤジが飛んだ。アキュラのパートナーのアカリ・ゴッテスキュステ(あかり・ごってすきゅすて)だ。
「つまりそう言うことだ」と、アキュラが言葉を足した。
「教授会は独立した自治組織だ。当然、自浄能力も必要とされている」
「だったら何でウンコ掃除しねーんだよ?」
「誰がウンコだと貴様ァ!!」
 日村が机を叩いて怒鳴る。
 お前だーと、会場は再びヤジが飛び交う。
「自浄能力を見せなさいよ! 撤回勧告くらいできないの!?」
 そう叫んだのはパオラ・ロッタ(ぱおら・ろった)だ。
 教授たちは再びなにやらごそごそと相談をはじめる。そして、
「えー。教授会としては、今回の日村名誉教授の講義における単位付与と成績考査に関して、日村名誉教授に対し、再検討することをここに勧告したいと思います」
 と、言った。
「どうだ、日村名誉教授さん、どーするんだ? 出てきて答えろ」
 大歓声がわき起こる。
 出てこい、答えろ、とコールが鳴り響く。
 青白い顔をした日村は、壇上で、ぐったりした様子で
「……勧告に、従うものとする」
 と、力なくつぶやいた。
 勝利の瞬間だった。
 割れんばかりの、爆発的な拍手喝采が鳴り止むことなく続いた。
「静粛に。これで第1回大衆団交を終わります!」
 と、祥子が言った。
「どーせ誰も聞いてないんでしょうけど」というぼやきもしっかりマイクが拾っていた。