シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

死したる龍との遭遇

リアクション公開中!

死したる龍との遭遇

リアクション


第4章 誘惑の呼び声

 分かれ道で左を選んだチームは、光源の全くない暗闇の通路を進んでいた。
 光術を使える者や光精の指輪を持つ者が複数いるおかげで、あかりにはことかかない。所々幅が細かったり高さが足りなかったりでくぐり抜けるのに手を焼く場所もあったが、大体の所においては人が並んで歩ける程度のしっかりした路だった。
(路がある、か…。こりゃ、ちとやばいかもなぁ)
 先頭を歩いてきた武尊は、この先左側の壁がなくなることに気づいて、チッと舌打ちをもらす。
 左側は路が崩れて崖になっている。1人で通るなら路幅は十分あるし、天井は高いからどうということはないかもしれないが。
(俺ならここで襲うぜ、絶対)
 武尊は油断なく周囲に目を配った。今のところ土壁に変化はなく、生き物が動く気配はない。殺気看破と女王の加護があるから不意打ちを食らうことはないだろうが、かといってチームの者がやられるのもまずい。
 ちら、と肩越しに背後に続く者達の様子を確認する。
 最後尾を行くのは鬼崎 朔(きざき・さく)だ。歴戦の勇である彼女もまた、この路の持つ意味に気づいているらしく、武尊と視線を合わせると小さく頷く。
「国頭さん」
「うわっ、なんだ?」
 突然下から名前を呼ばれ、慌てて武尊はそちらを見下ろした。赤羽 美央(あかばね・みお)が、いつの間にか横に来て並んでいる。
「国頭さんも気づいてますか?」
「何に?」
「何かに」
 低く、囁くような声。前方に何かを見ているような美央の目に、武尊は確信した。彼女にもアレが見えているのだと。
 木の根に、土壁に、岩肌についた、ナワバリを示す無数の引っかき傷。
(ダークビジョンか)
「他のやつも気づいてると思うか?」
「いえ。ダークビジョンが使えるのは私と鬼崎さんだけのようです」
「あとミーねー。忘れないでクダサーイ」
 2人の間に割って入るように、ジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)がひょこっと後ろから頭を出してくる。
「あなたは使えないでしょ」
「オーノー、ディテクトエビルでミーのハートはビンビンに感じてマースネー」
「どこ?」
「ソレはもう、至る所デース。あまりの数に掴みきれマセーン」
「もう、いい加減なこと言ってっ」
 HA・HA・HA。
 底抜けに陽気なジョセフの姿はいつもと全く変わらず、本気で口にしているようには見えなかったのだが。
 しっかりと自分の肩に乗っている手の持つ意味を、美央は理解していた。
「唯乃ちゃんたちは気づいてるかな」
「エラノールサンには伝えてマス。あとは彼女たちの問題ネ」
 妙なところで素っ気ない。つまりはそれだけ余裕がないということなのか。
 方天戟をあらためて握り直す。美央は、完全に前が留守になっていた。
 足を止めていた武尊の背に、どすんとぶつかる。
「いたた。……国頭さん?」
「おい、吸血鬼。大事ならちゃんと守れよ」
 いつの間にか武尊の両手に握られていたアーミーショットガンが、前方の闇に向かって火を噴いた。
    グギャオゥッ
 毛を逆立てた猫の吠声を彷彿させる声と共に、青白い肌の子供が数メートル先で倒れるのが見える。
「きゃあっ大変! なんてことするのよ、武尊ちゃんっ!」
 飛び出していこうとした騎沙良 詩穂(きさら・しほ)を、武尊が押しとどめる。
「出るな! 死にたいのかっ!」
「えっ?」
 武尊に合わせて唯乃も光術を最大限に強める。その瞬間、全員が何十というイーヴルに囲まれていることに気づき、凍りついた。
「背後の崖にも気を配れ! やつら、土から出てきやがるぞ!」
 上の土壁から飛び出してきたイーヴルを撃ち抜いて、武尊が叫ぶ。
 それを合図と、土中から現れ続ける無数のイーヴルが、彼らめがけて四方から一斉に襲いかかってきた。


「大変、大変なのです」
「エル?」
 銃声と剣戟、魔法の飛び交う最中、パートナーの呟きを聞きつけて、唯乃はそちらを見た。
 エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)は両掌を突き出し、魔法に意識を集中しながら呟いている。
「あの子達、とってもとっても怖がってる。アボミネーションも闇術も効かないほど、ほんとはすごく怖がってるのです」
 牙をむいて襲ってきたイーヴルの腕を捉え、崖下に投げ飛ばす唯乃には、とても相手が自分を怖がっているようには見えなかったが。
「何が怖いの? やっぱりどこかにネクロマンサーがいるとか?」
 自我のない死龍が人を襲い、ここに留まっていると聞いた時から、唯乃はおかしいと思っていた。人を襲ったというのは、もしかしたら認識の間違いかもしれない。ただの少女を襲うために、あれほどの龍が何かをするとは考えにくい。飛来した死龍の目的地は最初からここで、リーレンはたまたまここに逃げ込んでしまっただけなのかもしれない。
 そして死んだモンスターを意のままに動かすのは、いつだってネクロマンサーだ。
「分からないです。そういう悪意の波動も見つからないんです。でも……でも、なんだかあっちに――きゃあっっ」
「エルっ!」
 背後から飛び乗ってきたイーヴルに頭や背中を掻き毟られ、エラノールはとっさに丸まった。
「いやっ、やだっ、取って……取ってくださいっ」
 ドス、と強い衝撃がきて、背中のイーヴルが動きを止めてエラノールの上から滑り落ちた。そっと背後を見ると、朔が立っている。
「あ、ありがとう…」
 死んだイーヴルを踏みつけ、グリントフンガムンガを引き抜いた彼女は頷き、イーヴルとの戦いに戻って行く。
「エル、大丈夫なの?」
「あ、はい」
 助け起こそうとする唯乃の手をとりながらも、エラノールの視線は朔から離れなかった。そこにある、何かを見極めようとするように。


「きゃーっ」
 ようやくイーヴルが撤退を始めたように見えた頃、くぐもった悲鳴が起きた。
 声の主は鷹野 栗(たかの・まろん)だった。疲弊した彼らの隙を突くように、背後の土壁から現れた3匹のイーヴルが彼女に飛びつき、そのまま崖下に引きずり落としたのだ。
「鷹野!」
 隣にいたループ・ポイニクス(るーぷ・ぽいにくす)が手を伸ばすが、遅すぎた。栗は闇に吸い込まれるように消えた。
 狼が栗を追って、闇にダイブする。
 続いて朔が、そしてループが崖を滑り降りた。
 2人が崖下にたどり着いた時、狼が唸りながらイーヴルの喉を引き裂き、骨を砕いていた。朔の放ったグリントフンガムンガが気絶した栗の上の1匹に突き刺さる。即死した仲間を見て、もう1匹は闇に逃げて行った。
「鷹野、鷹野っ」
 駆け寄ったループがぺチリと頬を叩く。
「ちょっと見せてちょうだいな」
 同じく滑り降りてきたアスカが、栗にヒールをかけ始める。
「たかのぉ…」
「大丈夫、すり傷と打撲だけだから。すぐ目を覚ましますわぁ」
 朔は今降りてきた崖に手をかけ、上を見上げる。高さはそうなかった。底が見えないように思えたのは側壁がハングしていたせいらしい。
 壁は、少し押しただけで指が第二関節までもぐってしまった。
 その時、何かが落ちてくる気配がした。受け止めるか、避けるか。
 ひょい、と避けた場所に、ひゅるるるる〜とまっすぐ影野 陽太(かげの・ようた)が降ってきた。突き落とされたか足を踏み外したかしたらしい。
「いたたたた〜……っちゃぁ…」
 ぶつけた顔をさすりながら立ち上がる。
「おーい、おまえら無事かーっ? 栗ー?」
 武尊の声がするところを見ると、上の戦闘は一応の収拾がついたらしい。
「あ、はいっ。怪我はないですっ」
 名前を呼ばれ、急いで栗が答える。
「そりゃ何よりだ。
 朔、登れそうか?」
「無理ですね。壁がもろい。登っている最中に襲われる可能性もあります」
「そうか。
 陽太?」
「それが……洞窟入ってからずっとユビキタスでここの地図を探してるんですが、見つからないんです。
 あっ、でも、こっちの方に何かありそうだな〜? というのは感じますっ」
 と、進んでいたのと同じ方向を指すが、もちろん上の武尊達には見えない。
「こっちってどっちだよ…。
 ま、いーか。この崖に沿って進んでくれ。俺達の道は下ってるから、どこかで合流できるだろ。高さが縮まりゃ引き上げることもできる」
「分かりました」
 イーヴルを警戒し、自然と円になって集まっている4人を見ながら応える。
「じゃあ、行きましょうかっ」
 陽太が不自然に高い声を上げながらも、ループに光精の指輪で照らしてもらいながら意気揚々先頭切って歩き出す。列の最後尾についた朔もまた、進む先に、この洞窟に入って以来ずっと自分に囁きかける「何か」の存在を強く感じ取っていた。