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【学校紹介】貴方に百合の花束を

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第8章 アリスのティーパーティ


 ふわぁあ。あくびをかみ殺し、目元をこしこしこする。時刻はまだ三時を過ぎたばかり。眠くなるにはまだまだ早いけれど、こと睡眠に関して、レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)には時間などあまり関係なかった。
 眠気覚ましに、目の前に広げたバザー品、水晶やきれいな指輪などを無意味に整える。安値を付けたそれらに混じって目立つのは、サッカーのユニフォームにボールだった。ユニフォームは百合園サッカー部のナンバーなしのレプリカ品、サッカーボールにはレロシャンのサインが入っている。 
「サッカー部です〜。よろしくお願いします〜」
 これでも呼びかけるだけ、レロシャンにしてはやる気奮発中だ。
「ううう、自分が歓迎されるときは楽で良かったけど、逆の立場だと正直大変そうですね〜。眠くなっちゃうし……」
 と言いながら去年のことを寝ぼけた頭で思い返し、それはどっちでも同じだ! と思い当る。去年の歓迎会では途中で寝入ってしまって、終わったころに瀬蓮に起こされたくらいだ。
「そんなんじゃ部員増えないよ! ほらほら、ワタシがSPリチャージかけてあげますよ」
「ネノノは元気すぎですよ〜」
 サッカー部のユニフォームを着たネノノ・ケルキック(ねのの・けるきっく)は、青空にボールを蹴り上げリフティングを披露している。
「このチャンスを逃しちゃもったいないですよ。……一緒に六輪で、女子サッカー東シャンバラ代表を目指しましょう!」
 女子サッカーの種目が設けられるかどうかはまだ定かではないが、サッカー少女の気合は十分だ。店の前で足を止める百合園生に、両足で挟んだボールを背中側に蹴り上げたり、前から背中に乗っけたり、華麗な技を披露している。
 ネノノだけではない。この店の周囲は百合園女学院の各部活の出し物の列が続き、新入生の獲得合戦に、部活動アピールにと余念がない。
 ボールを操るネノノの視線の先では、演劇部がかなりのスペースを使って出店しており、秋月 葵(あきづき・あおい)を中心にメルヘンな世界が繰り広げられたいた。
 床につきそうな長い髪を、いつもとは色違いの蒼いリボンで結って、改造メイド服は水色エプロンドレス。銀のトレイに乗せたポットは何故か注ぎ口が幾つも付いており、グラスに敷くコースターはトランプの絵柄。
「アリスのお茶会へようこそ〜♪」
 給仕をするパートナー兼恋人の可愛いアリスぶりに、エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は厨房で苺のタルトにナイフを入れていたが、
「……頑張って衣装も手作りした甲斐がありましたね。ふふ」
「手元が狂いますよー」
 隣でチーズケーキを取り分けていた演劇部員に指摘され、慌てて意識を引き戻す。
「あ、済みません。そうでした、お茶も渋くならないうちに……ええっと、クッキーも足りるでしょうか
 若い女性を中心とした客の入りは上々で、用意された席は既に人で埋まり、外に列もできている。
 赤に塗りかけた薔薇飾りのついたヴィクトリア朝の椅子やテーブルには葵やエレンら、演劇部員お手製のクッキーやケーキが並び、エレンディラが入会したての紅茶研究会が淹れたお茶が供される。筝曲部から戻ってきていた村上 琴理(むらかみ・ことり)も途中から加わり、手伝いに入る。
 喫茶店内にある鏡の家を象った売店では、もう一人のアリス神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)とそのパートナールイスキャロル著 ジャヴァウォックの詩(るいすきゃろるちょ・じゃばうぉっくのうた)が演劇部の衣装などを販売している。有栖の着た制服は普通の百合園制服とは色違いで、青の代わりに水色でアクセントの茶色リボンが濃い青という、アリスを連想させるものになっていた。ジャヴァウォックの詩の方は、ゴシック風の黒い衣装に、彼女自身の名の元となった伝説の怪物・ジャバウォック──異形のドラゴンのような怪物──の羽を背負っている。
 有栖は列待ちの間から親子連れ、ゆるスターを肩に乗せた小さな新入生(おそらくは初等部であろう)を見つけ出し、
「はじめまして、百合園にようこそ」
「は、はい、はじめ……まして」
「良い子にごあいさつできましたね。手を出してください」
 もじもじしながら水を掬うようにくっつけられた手の中に、ぽんと水色ギンガムチェックのアリス風きぐるみ衣装を乗っける。
「これはプレゼントですよ。ぜひゆるスターちゃんに着せてあげてくださいね」
 金色の髪を律儀に三つ編みにした少女は顔を真っ赤にしてこくこく頷くと、母親の方に駆けて行った。
 高校生らしき新入生には、ジャヴァウォックの詩が手招きする。
「そこの貴女、ゆるスターの着ぐるみは必要かしら、よければ試着もやっているわ、いかが?」
「お願いしますー」
 預かったゆるスターに、ジャヴァウォックの詩はあっという間に自作の着ぐるみ衣装を着せる。しかし──
「な、なんだか……変わった衣装ですね?」
 何故かそれは女王様なボンテージ風だった。
「うふふ、これで貴女のゆるスターも『えっち』で『せくしー』に……」
「……じゃばうおっくちゃんってば……」
 有栖は顔を赤らめる。
「これは校内では着せられませんよ──あ」
 慌てて着ぐるみを脱がせようとチャックに手をかけたところ、客席では劇が始まるところだった。
 客席中央には、ジョン・テニエルが描いた帽子屋のお茶会を再現したセットがあったが、そこにいつの間にかアリス役の葵が立っている。
「急がなきゃ、急がなきゃ!」
 そこに転げるように、白いウサギ耳のメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が躍り込んだ。
 乳白金の髪をしたメイベルがぴょんぴょん跳ねるように歩くと、髪がまるで白ウサギの毛皮のように見えてくる。メイベルにとってはきつい役だが、コツは一度も立ち止まらないこと、と同じ部員であり演劇部のホープ井下 あづさ(いのした・あづさ)にアドバイスを受けた。あづさとは劇を通し、またホワイトバレンタインでのチョコレートを通して友人になっていた。
「演劇は大変です。ですが、頑張っただけ伝わりますから」
 ならば頑張るしかない。一年ほど前、演劇部に入ったころ、白雪姫の舞台に役者として参加したのは大切な思い出だ……その感動を新入生にも伝えたい。確かに今日はお茶の合間に演じられる小さなものではあるけれど、劇の楽しさを伝えるという点では何も変わらない。
「むしろ野外で周囲に雑音がありますし、おしゃべりをしたり、席を立つことできるので、工夫が必要だと思ったんです」
 葵の提案を受けて、演出を手掛けたあづさはそう言っていた。
 メイベルは跳ねながら懐中時計を確認し、
「このままじゃ遅刻しちゃう! 女王様に怒られるぞ!」
「うさぎさん、待って!」
 退場していくメイベルを追いかけてきたアリス役の葵の前に、今度は三月ウサギのヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)、帽子屋セシリア・ライト(せしりあ・らいと)、眠りネズミの}フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が現れる。
 メイベル以外は演劇部ではないけれど、手伝っていたら成り行きで出演することになってしまった。お茶の邪魔にならないよう一時間おき、長居する人が飽きないように数個の演目があり、演劇部でも多くの人が役者を演じられるように配慮されていた。普段役を奪い合うことがあったのを、そしてトラブルがあったことを、あづさが気にしていた、とこれは後で聞いた話だ。
「──それで、それからというもの、時間ったらずっと6時のまんま。それで6時のお茶会をしっぱなしって訳だ」
 シルクハットの中に髪を押し込んだセシリアは、説明しながら周囲の客席を見渡し、椅子に身をうずめる。
「お茶をどうぞ、お嬢さん」
 髪と瞳の色を除き、白うさぎのメイベルそっくりのヘリシャがアリスの前に、大げさにお茶を注ぐ。
(これが終わったら、ほかの部活も見に行きたいですぅ。さっき見た合唱部とか、オペラ研究会とか面白そうでしたねぇ)
 百合園は音楽系の部活が盛んで、短期大学には音楽学部もある。入学して日が浅いヘリシャには演劇部よりも興味がある。
「これこれ、よそ見をするんじゃない」
 フィリッパが彼女の注意を劇に引き戻す。
(どんな劇でも、劇は劇ですものね。あら、でも後でサインを求められたらどうしましょう?)
(もう、みんなマイペースなんだから!)
「誕生日じゃない日、おめでとう!」
 セシリアの前には、お茶を楽しんでいた新入生が手を止め、お姉様への憧れに満ちた視線を注いでいる。これに応えてあげなければ。
 それから劇は席をずれたり、理不尽ななぞなぞをかけあったり、お茶の合間の小さなシーンが披露されていったた。