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リアクション
「あら、お留守ですか」
機械的な校長室の扉の前に立ち、コンスタンシア・ファルネーゼ(こんすたんしあ・ふぁるねーぜ)は困ったように呟いた。休暇を利用して校長に直接挨拶を、と思い立ち訪れた扉の向こうから、しかし返事はなかった。
「でしたら、先生方にご挨拶を……あら?」
踵を返したコンスタンシアの視界に、二人の少女の姿が映る。そのうちの一人であるサクラ・アーヴィングは、落ち着きなく辺りを見回していた。
「聡さん、どこに行ってしまったの……?」
「サクラ、落ち着け。まだそう遠くには行っていないだろう」
サクラを宥めるように、傍らのアリサ・ダリン(ありさ・だりん)が声を掛ける。「そうね」と頷いたサクラの目が、真っ直ぐにコンスタンシアを向いた。
「ねえ、あなた聡さんを知らない?」
「? 存じませんわね……お力になれなくて申し訳ないわ」
突然の呼び掛けに驚きながらも、コンスタンシアは首を横に振った。すまなさげに眉を下げる、儚げな少女の様子に、さすがのサクラもそれ以上の追及を阻まれる。
「そう、ありがとう。行きましょう、アリサ」
「ああ」
彼女たちの名前に、コンスタンシアが微かに反応を示した。敵の新型と応戦したパイロットの名は、既に生徒達の間に広まっている。
(お近づきになっておいて、損はないわね……)
コンスタンシアの中の計算高い一面がそう判断し、彼女は二人を呼びとめた。
「待って下さい。私も探すのをお手伝いしますわ」
「え?」
聡との関係を疑うように向けられるサクラの視線にも、コンスタンシアは大人しげな微笑みを返す。
「恋人を探していらっしゃるのでしょう? お力になりたいの」
「! え、ええ。よろしく頼むわ」
恋人、の単語に表情を輝かせたサクラはうんうんと頷き、アリサはやれやれと首を振る。
サクラによる聡談に耳を傾けつつ三人が歩いていくと、しばらく進んだ先の美術室から何やら怪しげな声が聞こえてきた。
「ふふ……美の名を冠する美術室と言えど、やはり僕以上に美しいモノはないみたいだね」
陶酔したようなその声に顔を見合わせ、三人は扉の隙間からこっそりと美術室の中を覗き込む。
室内には美術室の名にそぐわない幾つもの端末が並べられ、壁の大きなモニターには分刻みで様々な名画が映し出されていた。他にも3Dモデリングが可能な装置があるなど、様々な応用芸術が行えるようになっている。
そしてそんな室内で一際異彩を放っているのは、パソコンを退けた机の上で桃色の長い長髪を揺らし、考える人のポーズをとる青年だった。
「ああ……僕はなんて美しいんだ!」
見られていると知ってか知らずか、青年、山田 桃太郎(やまだ・ももたろう)は勢いよく制服の上着を脱ぎ捨てると、両腕をクロスさせてポーズを取った。そうしているうちに更に調子に乗ってきたらしい、彼はその下のシャツまで脱いで、上半身を晒してしまう。
「……なんだ、あれは」
呆然とする三人の中で、辛うじてアリサがそう呟いた。その間も、桃太郎は「Oh……エクスタシー……」などと呟きながら次々にポーズを決めていく。すると彼がズボンへ手を掛けたところで、不意に怒声が響いた。
「うるせえ! 美術室でくらい静かにできねえのか」
モニターに映し出される絵画を眺めていたアンナ・ドローニン(あんな・どろーにん)は、そのままずかずかと桃太郎へ歩み寄る。桃太郎は怯んだ様子もなく、満面の笑みで言い返す。
「僕の美声に惹かれて、彼のように誰かやってくるかもしれないだろう?」
「あいつはあたしたちより先客だろうが、だから静かにしろって言ってんだよ!」
「そうだったのかい? 君!」
桃太郎が、美術室の奥へ向けて呼び掛ける。今の狭い隙間では相手の姿が見えないため、サクラはこっそりと扉の隙間を広げた。その途端、アンナとばっちり目があってしまう。
「……あ」
「な、なんだ? てめえら」
驚いた様子のアンナに、アリサとサクラは顔を見合わせる。すると、コンスタンシアが素早く彼女へ歩み寄った。
「たまたま美術室へ来たのですけど、お取り込み中のようでしたので……」
「ああ、あれを見てたのか。すまねえな、変なもの見せちまって」
納得した様子のアンナは困ったように後頭部を掻き、それを見たアリサが問い掛ける。
「あの変た……いや、あの男はパートナーなのか?」
「まあ、一応な」
苦々しげに頷くアンナは、上半身裸のまま見知らぬ生徒に話しかける桃太郎へと視線を移した。
「なあ、君! 僕の美しさこそが、美術室には相応しいと思わないかい!?」
「は、はい……」
困ったように頷く國定 竜平(くにさだ・りゅうへい)は、その大人しい態度とは裏腹の外見をしていた。つるりと綺麗に丸められたスキンヘッドに、目元を覆い隠すサングラス。見るからに近付いてはいけない雰囲気をかもし出す竜平へ、桃太郎は気にした様子もなく語り掛ける。
「ふふ、美の価値が分かっている君は、僕の友人となるに相応しい! 君、名前は?」
「友人……ですか? 國定竜平、です」
桃太郎の唐突な言葉に、竜平は驚きと嬉しさを半々にした声で問い返した。やはり見た目からは想像もつかないその反応に、桃太郎は驚く様子もない。
「僕は、山田桃太郎さ。よろしく、竜平君」
「よろしくお願いします、桃太郎さん!」
「さあ、そうと決まればどのポーズが一番美しいか、二人で研究しよう!」
奇妙な友情が生まれたらしい二人を、アンナはぽかんと眺めている。その肩に、ぽんとコンスタンシアの手が置かれた。
「お二人を止めるときは、お手伝いしますわよ」
「……ああ、よろしく頼むぜ」
がっくりと肩を落としつつ、アンナはコンスタンシアの手を取った。
「よかったのか? サクラ。こっそり抜けてきてしまって」
「ええ、あそこに聡さんはいなかったから」
その頃、サクラに手を引かれて歩きつつ、アリサは問いかけた。
当然のように頷くサクラに、アリサは小さく肩を落とす。
「何事も無いといいが……」
「何か言った? アリサ」
「いや、何も。急ごう、サクラ」
「ええ、そうね。待っていてね、聡さん……」
アリサの不安をよそに、サクラはまっすぐ前だけを見て進んでいくのだった。
その先で、聡が待っていると信じて。
……その頃、聡は。
「個人的にはお嬢様タイプだなー……胸の大きさにはこだわらない」
「ええー! 大きい方がいいだろ、やっぱ」
「聡のタイプは胸の大きい女性、と?」
「いや、まあそんだけじゃねぇけどよー……」
ナンパ一行の最後尾で、佐野 誠一(さの・せいいち)と、好みの女性談義に花を咲かせていた。
「そう言えば、聡には蒼空学園にイトコがいるんだったか?」
「ああ、涼司はすげーんだぜ! 地元じゃマジでビビられててさ、俺も涼司みたいになりたくってパラミタに来たんだ」
「へえ、聞いていた話と違うな」
「きっと力を隠してるんだろ、能ある鷲はなんとやら、ってやつ」
「それを言うなら鷹じゃないかな」
「い、いいんだよどっちでも。とにかく、俺は絶対涼司みたいになってやるんだ!」
「そのためにもナンパ、か?」
「そうそう、たくさん経験を積まねぇとな! ……っとお!?」
不意にぴと、と頬に冷たいものが触れ、聡はぎょっと肩を跳ねさせた。
すぐに振り向くと、そこには冷えた缶ジュースを手にした天海 総司(あまみ・そうじ)の姿があった。
「よ、ナンパだって? 俺も連れて行ってくれよ」
爽やかに笑う総司に、「どっから聞き付けたんだよ」と聡が眉を顰める。
「それだけ派手に歩き回ってりゃ、風の噂で聞こえてくるって。ほら、差し入れ」
差し出された缶ジュースと総司を、聡は交互に見比べる。
「そういや、丁度喉乾いてるけど……いいのか?」
「ああ。今日は俺が奢るから、今度は聡が奢ってくれよ」
「今度、な。じゃ、ありがたく頂くぜ」
にやっと笑い合って、聡は缶ジュースを受け取った。ぐびぐびと半ばまで飲み干して、ほら、と誠一へ差し出す。
「奢ってやるよ」
「買ったのは聡じゃねぇだろ。で、なになに、イトコの話?」
「そうそう、聡のイトコの話だよ。な、聡」
総司も会話に加わって、三人は向けられる周囲の目も余り気にせず、楽しげに女性談義を交わし始めた。
一行からすっかり取り残された彼らが慌てて翔たちを追い駆ける頃には、回し飲みしていた缶ジュースはすっかり空になっていた。
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