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ジャンクヤードの一日

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ジャンクヤードの一日
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■逃亡者4


 パタタ、と灯りが瞬く第3住居跡奥の通路。
 陽の光の届かない暗い通路だが、何処からかまだ機晶エネルギーが供給されているのか、所々、思い出したように灯りが点いている。
 とりあえず、黒服たちの気配も機晶ロボの気配も無い。
「何がどうなってるのか、教えてくれないか?」
 ケイの問い掛けに、ウルがうなずく。
 あの後、その場に居た契約者たちはウルと共に、この場所に潜り込んでいた。
 ウルから事情を聞くためだ。
 ウルがケイと祥子を見やってから、今日、初めて出会った者へと目を向ける。
 そして、彼女はシャツをはだけて胸元の刺青の一部をさらした。
「以前、亡霊艇が動き出したのは、多分この刺青がキッカケだった。
確信は無いけど……でも、船が動き出す直前に光ってたから」
 心細そうなウルの目が、おそらく無意識に祥子の方を見た。
 祥子が安心させるように、軽く微笑んでうなずく。
 亡霊艇が動き出す直前にウルの刺青の辺りから亡霊艇内部へと光が伸びる映像を捉えていたのは祥子だ。
 小さく息をついてから、ウルは続けた。
「あの事件には多くの人が巻き込まれて、大変な目にあった。死人は出なかったけど、それはコントラクターの人たちが頑張ってくれたおかげで……もし、また同じような事が起こったらどうなるか……」
 話すべきことを整理するような間があって。
「あたしは、もう二度と亡霊艇には近づかないと誓ったの。だから、今回のPV撮影も、前の事件のトラウマを理由に亡霊艇は絶対にNGってことにしてたのに――」
 そこでウルは大きくため息を吐いた。
「何でこうなっちゃうかなぁ……」
「この刺青と遺跡から生えているという“枝”――」
 煙管を咥えていたロゼが、ふぅと紫煙を細く吹く。
「どんな関係があるのじゃろうな。本人に心当たりはないのかえ?」
「刺青は、あたしが物心ついた時にはもうあって、でも、これがどんなものか両親は教えてくれなかった」
 ただ、『気が遠くなるほど昔、不要になったものだから気にするな』と言われたことを付け加える。
「両親は?」
「4年前に死んだ」
「他に知っていそうな者は居ないのか?」
「……居ないこともない、と思う……けど」
「……?」
 ウルは、長い時間沈黙してから、ため息をこぼした。
「あたし、ヨマって放浪民族の出身で、そこを無理やり飛び出してきたクチなの。大層な啖呵を切ってね――」
 ヨマの民というのは芸事を糧にシャンバラを放浪する民族だ。
「そこの長老なら何か知ってるかもしれないけど……正直、あたしの刺青が何なのかなんて知りたくもない。せっかく古い枷から抜け出したんだから、もう忘れたいの。関わりたくない」
「…………」
 祥子が軽く頭を傾けながら息を吐き、
「それでいいの?」
「……何が?」
「わけも分からないまま、ずっと仕舞い込み続けていくこと」
「あたしは決めたの! あたしは、もうヨマとは関わらない! うんざりなのよ、古いしきたりだとか伝統だとか、そういうのに縛られて何も前に進めないのは――」
「でも、そうやって、『いつか突き付けられる時』を怖れながら生きていくのは辛いわよ? 自分の根源は誰にも変えられない。変えられるのは未来だけ。だからこそ、自分の根をちゃんと知って、時間を掛けてでも受け入れていくのは大切なことだわ。幹も枝も葉も花も実も、根から生えて行くんだもの」
 リリが頷く。
「己の中にあるものが何なのか確かめるために、ヨマの長老に会いに行くなり、亡霊艇やその下の遺跡に行ってみるなりしてみるのを勧めるのだよ」
「……でも……」
 零したウルの鼻先へとアルミナが、ひゅるりと飛んで。
「あのね、ボクも前にここへ来た時、たくさん怖い思いをしたけど、でもね、今は大丈夫なの。せっちゃんや皆が居てくれるから。……ね、だから、ウルさんもきっと大丈夫! 一人だと負けちゃいそうなことがあっても、きっと皆が護ってくれるから!」
 ぱちぱち、と瞬きして、ウルはアルミナを呆けたように見つめた。
 直後、唐突にブワッと涙が溢れた。
「あ、え、え、え、え!?」
「…………や、ごめん。見ないで、すっごい恥ずかしい」
 慌てたアルミナから顔をそらし、それを片手で隠しながらウルは頭を振った。
「なんか……ごめん。これ、気にしないで」
「ふむ……」
 カナタがウルから祥子たちの方へと視線を向ける。
「わらわは、亡霊艇や遺跡に向かうことには反対だ」
 半面を軽く顰め、続ける。
「どうもウルと亡霊艇の関係はキナくさいものを感じる。先程の黒服たちの件もあるしな」
「大体、連中は何なんだ?」
 ケイの疑問にララが答える。
「護衛、ということで派遣されて来ていた者たちだ。ランドウという男が指揮を取っている。だが、どうも護衛だけが目的というわけではないようだな」
「まあ――確かにランドウたちは問題よね」
 ん、と考えるように祥子が人差し指の先を頬に置き。
「彼らが何故、ウルを亡霊艇に連れて行きたがっているのか分からない今、もし亡霊艇に行ってみるのだとしても、彼らとウルは切り離しておくべきだと思う」
「それは……難しいと思うわ。だって、あの人たちは事務所と繋がってるみたいだし」
 ウルが薄く鼻を啜りながら言う。
「そういう問題はさ、祥子に任せりゃいいよ。ね?」
 朱美が言って、祥子がうなずく。
「今回の件を盾に、あなたの事務所へ掛け合ってみるわ。今後の芸能活動のことも考慮しながら交渉するつもりだから安心して。ただ、少し時間は掛かりそうなのよね……」
「よろしければ、ほとぼりが冷めるまで私の家に来ます?」
 オーランドが微笑みながら、おっとりと首をかしげる。
「……いいの?」
「ええ。散らかっている上に、少し遠いですけど」
「いいの!?」
 と言ったのは、黒木 カフカ(くろき・かふか)だった。
 全員が振り向いた視線の先で、カフカが、上半身を生やしていた天井の穴からニョロニョロと抜けて来て、ひゅるっと器用に身を返した。
 オーランドの前に着地する。
「僕、ものすっごい食べるけど!?」
 裕也が口端を揺らす。
「……何なんだ……?」
「あらあら、うふふ。構いませんよ、一人も二人も同じですもの」
 オーランドは、変わらず大様に微笑んでいた。




 出口へ向かったウルたちの前にバルトが現れ、襲いかかってきたのは、本当に突然のことだった。
 尋常じゃ無いスピードで壁と天井を飛び交いながら迫ったバルトが光術を放ち、契約者たちの間をすり抜け、真っ直ぐにウルへ向かう。
「待ちなさい!」
 唯一反応出来たのは朱美を纏った祥子。
 彼女が振るったレプリカ・ビックディッパーを、バルトが龍騎士のコピスで受ける。バルトが押され、わずかに打ち弾かれる。
 と、同時に外套を纏うロイが全くの別方向から祥子らへ銃撃を叩き込んだ。
「――っく!?」
 バルトが祥子を抜け、ウルへ迫る。
「だ、駄目ですよ!」
 ユリが恋愛指南書を抱き締めながら前へと飛び出し、
「邪魔だ」
「ッ……!」
 バルトの刃に書ごと貫かれた。
 そのまま、バルトがウルを片腕に取って、神速で遠ざかっていく。
 ウルとバルトを追おうとする者、倒れ行くユリを支えようとする者の行動を遮るようにロイのクロスファイアが走り、周囲を撃ち削る。
 ロイへ反撃を行う者も居たが、計算された軽やかな動きに翻弄され、中々捉えきれない。
「ユリ!」
 ララがユリを抱え起こす。
「……ごめ……なさい」
 ユリの口端からは軽く泡だった血が流れていた。
 その向こう、ロイのサンダーブラストによって建物の脆い部分が破壊され、瓦礫で通路が埋もれていく。


「おや、先を越されましたか」
 ベルフラマントで身を隠し、タイミングを測っていた悪路は小さく息をついた。
「となれば、ここは一つ、あちらの船に乗せてもらうことにしましょう」
 六黒へと連絡を取る。


 ロイの妨害から逃れ、バルトを追っていたケイの前、荒れ果てた通路の中央に立ちはだかったのは六黒だった。
「……邪魔するのか」
 ケイが奥歯を鳴らしながら吐き捨て、六黒の重い色をした目がわずかに細められる。
「我が道のため」
「いい年したオッサンたちが女の子さらったり、恥ずかしくないのかよ!」
「女?」
 六黒が静かに声を響かせる。
「為すべきことを前に、なお逃げるは意思亡き肉塊。それでは、ただのモノに過ぎん……――しかし、御託はもういい。わしは、ぬしの道を阻むモノ。全力で来い。己が道を切り開いて見せよ!」
「全力、かよ……」
 ケイがマジカルスタッフを放る。
 とある事情で魔力を失っている彼は、拳を固め構えを取った。
「……ああ、もう! 魔法使いらしくなくて嫌なんだけどなッ!!」
 吐き捨て、法衣を翻して駆け、六黒へと則天去私を放つ。


 己が肉体へのダメージも省みずに威力を高められたギロチンの一撃が、周りの壁ごと空間をなぎ払う。
 それがケイを斬り飛ばした。
「――ッ、魔法が……使えればッ」
 たたらを踏み、なんとか倒れこまずに耐える。
 六黒の体にもかなりダメージを与えたが、あれから、かなり時間を食ってしまっている。
 と――
 通路の端から現れた悪路が告げる。
「もう十分なようですよ」
「……そうか」
 六黒がうなずき、踵を返した。
 そして。
「足らんな」
 彼はケイを一瞥し、悪路と共に去って行った。





■エピローグ


「まさか本当にウルを持ってきてもらえるとはな……」
 ランドウが顔面に片手を当てながら、喉を鳴らし笑う。
「しかも、表向きは俺たちじゃなく、アンタらがさらったことになってる。このまま行方不明ってことで行く。今後、何かとやりやすいからな」
「……これから、亡霊艇に向かうのか?」
 ロイの問い掛けに、ランドウが首を振る。
「いや、どうも今日は止めとけって指示があってな。計画が変わるかもしれねぇ」
 雄軒がうなずく。
「ふむ、なるほど。ところで――約束は覚えてらっしゃいますか?」
「分かってるよ」
 ランドウが雄軒に携帯電話を渡す。
 雄軒が携帯に耳を当てるまでもなく、女性の声が聞こえた。
『こんばんわ、ミスター』
「あなたがボス、ですか?」
『そう呼ばれてるわね。なんだかヤボったいけど――私の目的と、ウルの事について知りたいのね?』
「純粋に興味があるもので」
『気が合いそう。
 私の目的は、一応、新しいビジネスの獲得よ。
 けど、個人的な興味もあって、正直そちらの方が大きいかしら。
 それから、ウルのことね。
 ウルはヨマの民の出身。そのことは隠してたみたいだけど。
 彼女の、おそらく遺伝子? そこには面白い信号が秘められている。刺青はその証。
 そして、私たちの新ビジネスには欠かせない人材』
「……欠かせないモルモット」
 ロイがぼそりと呟く。
 ランドウが鼻で笑う。
「落ち目のタレントの使い道としちゃ悪くねぇだろ――ところで、そちらさんは?」
 彼の見やった先に立っていた悪路が、しらりと頭を下げる。
 雄軒が言う。
「たまたま短期的な目的が合致したので協力した方です。なにやら亡霊艇を手に入れたいとか」
「あのボロ船をか?」
「ええ、非常に魅力的な船です」
 悪路の片面が綺麗に笑う。
『素敵な願望をお持ちね、ミスター。
 協力し合えることがあるかもしれないわ。
 ランドウ、その方にも連絡先をお伝えしておきなさい』




「――空京テレビで亡霊艇事件のきっかけとなった番組のことを調べてみたんだ」
 着替えを終えた黒崎がシャツを整えながらブルーズに言った。
「あの番組で亡霊艇の企画とウルの出演を提案したのは、番組スポンサーをしていた四峯キリコという女性らしい。日本と空京で何社もの経営を行っている才女だよ」
「なるほど……」
「ちなみに最近、彼女は面白い買い物を一つしている」
「……ウルが今所属している事務所?」
「当たり」
 黒崎が人差し指をブルーズの鼻先に向けて楽しそうに言う。
 ブルーズは渋面して。
「黒幕、というヤツか」
「その奥にも一人。今日のランドウの言葉を聞いた限りでは、四峯に話を持ちかけた人物が居るみたいだね」
 言って、黒崎は夜のジャンクヤードへと視線を向けた。


 ジャンクヤードには明るい月が昇っている。
 月明かりに照らし出された亡霊艇では、賑やかな夕食が続いているようだった。


担当マスターより

▼担当マスター

村上 収束

▼マスターコメント

この度は大変お待たせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
また、遅延報告願いが遅れてしまいましたことも、重ねて深くお詫び申し上げます。


〜〜〜〜
シナリオへのご参加ありがとうございます!
そして、アクションの作成お疲れさまでした!


描写量が多めになってしまっているのは事故です……。
通常のイベントシナリオでは、この半分くらいとなります。
ご了承ください。

次回に関しましては、日程が決まり次第マスターページにて告知いたします。
機会が合いましたら宜しくお願いいたします。