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第三章

「さ、そろそろ配布を開始するぞ」
 女の子たちのはしゃぎ声止まぬ厨房に、凛々しい声が響く。会場の見回りを任されている、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)だ。
 はぁい、と可愛らしい声が唱和して答えると、生徒達はいそいそと、ラッピングした手作りチョコレート(、ほかのお菓子)を抱えて食堂へと出て行く。
「では、こちらへ並んでください!」
 食堂では、梅琳がてきぱきと女子生徒達を配置に着かせている。
 会場は男子生徒の殺到が予測されるため、机が簡易バリケード代わりに配置され、一列に並ばないと愛の使者の元へたどり着けないようになっている。
 そのゴール地点に、色とりどりの包みを持った百合園の生徒達が並ぶ。無機質な教導団の学食が、それだけでパッと華やぐようだ。
 厨房に残っている生徒が居ないことを確認し、千歳は厨房の扉を閉める。
「これで全員だ」 
 千歳の報告に梅琳が頷く。一瞬二人の目が合うが、千歳はすぐにフイと逸らしてしまう。
「千歳」
 すると、千歳のパートナーであるイルマ・レスト(いるま・れすと)が背後から静かな声で千歳を窘める。
「李梅琳に良い感情は持っていないのは解りますが、今ここで問題を起こしては……」
「……解っている。わざわざもめ事を起こしたりはしないさ」
 ふん、と乱暴に溜息を吐き、千歳はくるりと踵を返す。
「さて……不届き者が現れないことを祈るとしよう」
 千歳を含め、百合園側と教導団側それぞれの会場担当も自分の持ち場へつく。
 全員がすっかり配置に着いたのを確認し、梅琳が食堂入り口のドアを開けた。
 只今より、と合図をするため、大きく息を吸う。

「バレンタイン終了のお知らせだゴラァアアアアアア!」

 が、梅琳の言葉が発せられるより早く、一人の男子生徒の怒号が廊下と食堂内に響き渡った。
 その場に居た全員の目が、声の主――如月 正悟(きさらぎ・しょうご)へと向いた。
 黒い髪を振り乱し、黒い瞳をかっ開き、どこからとも無くゴゴゴゴゴ……と音すら立てて現れた彼は、お嬢様からのチョコレートをこの手に! と息巻いている男子生徒(一部に女子生徒を含む)の前に仁王立ちで立ち塞がる。
 元々決して身長も低くはないが、何故か今日の彼は二回りは大きく見える。魔鎧で武装している所為かもしれない。
「いいか、俺達教導団は教導団は規律をまもって皆の盾になる国軍だろう! それをバレンタインなんぞに乗せられやがって! 大体バレンタインデーは日本の製菓会社の陰謀だぞ!」
「あー、そこのそこの、少し黙れ」
 呆気にとられている一同を前に熱く熱弁を振るう正悟に、偶々運悪く入り口警備を担当していたアキラ 二号(あきら・にごう)がいち早く我に返り的確なツッコミを入れる。
「いいや黙らんッ! 俺は何としてもこの浮かれきったイベントを阻止してみせるぅうう!!」
「わかったわかった、わかったから続きは向こうで聞いてやろう」
 二号は無表情のまま正悟の腕を無造作に捕まえる。
 無論正悟は暴れるが、反対の腕をいつの間にか現れた千歳に拘束され、ついでに首根っこをイルマに押さえられる。
「退場」
「はっ、離せ、離せぇええええ!!」
 背後に立つ梅琳の一言に従い、二号・千歳・イルマの三人はずりずりずりと正悟を何処かへと引きずっていった。
「あー、コホン。とんだ邪魔が入りましたが、只今より百合園の学生による『差し入れ』の配布が始まります。教導団らしく規律を守り、列を乱さないこと。くーれーぐーれーも問題を起こしたり、邪な考えを持たないように」
 梅琳が笑顔でぐさっと太い釘を差す。が、男子生徒達は聞いているのか居ないのか、コクコクコクとすごい勢いで首を縦に振る。……いいから早く受け取りに行かせろ、という心の声が聞こえるようだ。
「では開場!」
 やや投げやりにも感じる梅琳の声と共に、会場の扉が開かれた。
 と同時に其処此処で押し合いへし合いが発生する。が、それでもお嬢様達の前でみっともない所は見せられない、という心理が働くのだろうか、一応生徒達は列らしきものをやんわりと形成し、急ぎ足に愛の使者達の前に進み出た。
 百合園の生徒達は想像以上の数に驚きながらも、笑顔でつとめを果たす。
「なあなあ、俺にもひとつくれよォ〜」
 そんな百合園生のひとりに、血濡れの サイ(ちぬれの・さい)がニタニタと笑いながら声を掛ける。二号のパートナーとして会場整理を手伝っていたはずなのだが、お目付が離れた途端にこの有様だ。
 声を掛けられた生徒は愛想良くハイ、と笑い、包みを一つサイに手渡す。
 と、サイはその伸ばされた手を取り、女生徒の耳元に顔を近付ける。
「なァ、俺とイイコトしようぜぇ……?」
「えっ……?」
 低い声で囁くと、女生徒の頬がぽっ、と染まる。それを見てニヤリと笑ったサイは、おもむろに女生徒を小脇に抱えてその場を離れた。あっ、と周囲の生徒数人が声を上げるが時既に遅く、サイは封鎖されているはずの扉の鍵を開けてサッサとそこから廊下へ身を躍らせた。(鍵と言っても、外から順番を守らずに入ってくる生徒を防ぐ――さらに言うなら、普段は時間外に生徒が立ち入らないようにする――ためのものなので、内側からは指一本で開けられるのだ。)
「あのっ……! や、やめてください……」
「ヒヒ……オレが最ッ高に気持ち良〜い一日にしてやるぜぇ〜! あ〜〜〜ぁあッッ……こッ……興奮してきたぜぇ〜! オイオイオイオイオげふぅッッ!!」
 一人で勝手に盛り上がり始めたサイの後頭部を、颯爽と現れた沙 鈴(しゃ・りん)の回し蹴りがなぎ倒した。
「天誅!」
「痛ッてェ……何すんだァ……」
「何するのはこっちの台詞よ。教導団の顔に泥を塗らないで頂戴。あなた所属は?不届き輩は国境警備行き、って通達が回ってきているから、覚悟するのね」
「ゲッ……国境警備かよ……」
 鈴の口からその単語が出た瞬間、三十六計なんとやら、サイはくるりと踵を返して何処かへ走り去った。
「まあいいわ、顔は覚えたし。……我が校の生徒がとんだご迷惑をお掛けしました」
 鈴は呆然としていたサイの被害者に深々一礼する。
「いえ……だ、大丈夫ですわ……ありがとうございます……」
 ぽっ、と頬を赤くした女生徒に内心焦りながら、鈴は丁重に彼女を元の配置まで送っていく。
 食堂内に戻ると、一応出来ていたはずの列や、机で作った簡易バリケードは既に用を為して居ない状態だった。
 それでも大きな混乱――サイがやらかしたような――が起こって居ないのは会場係のせめてもの抵抗の成せる技か。
「やれやれ、凄い人だな……」
 そんな中、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は溜息をつきながらも、ちゃっかり複数人の女子の元を巡って順調にチョコレートをゲットしていた。
「よろしかったら、おひとつどうぞ!」
 そんな小次郎に、一人の百合園生が元気に声を掛ける。葉月 可憐(はづき・かれん)だ。
「お、ありがと……う……?」
 その手から渡されたのは、なんだか恐ろしいほどにどぎつい赤い色を湛えたハート型のチョコレート。よく店頭に並ぶ、染色されたホワイトチョコと製法は同じ……なのだろうか? と疑問を抱くほどに赤い。どす赤い。
「なんか、袋を開けるとすぐに変色しちゃうのですぐに食べてくださいねっ!」
 それはどんな成分の働きですかあぁ、とは聞けず、小次郎は引きつった笑顔を浮かべる。差し出したまま引っ込められない手にチョコレートが乗せられた瞬間、密かに張り巡らせていた禁猟区が何かけたたましい反応を示した。食べてはいけない。食べたら死ぬ。
「あ、ありがとう……もらっておくよ」
 食べないけど。と心の中で付け足してにっこり笑えば、小次郎に受け取って貰って満足したのか、可憐は他の男子生徒に手の中の危険物を差し出す。
 何も気付かないその生徒は、浮かれた顔のままそのどす赤いハートを口に運び――
 次の瞬間、小次郎の視界から男子が消えた。
「あああっ、だ、大丈夫ですか……」
 慌てて可憐のパートナーであるアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が飛んできて、その場に蹲った男子の、青くなったり赤くなったりどす黒くなったりしている顔を覗き込む。
「あ、あの、よかったら、私もチョコを作ってますので……お口直しにどうぞ……」
 アリスは手早くラッピングを解くと、蹲る男子の口にチョコレートを押し込んだ。
「あっ……アリス……!」
 可憐の悲鳴が響く。と同時に蹲っていた男子はきゅう、と唸って昏倒した。
「……えっ、えっ……どうしましたか?」
「アリス……味覚音痴ですからね……」
 はぁ、と可憐が溜息を吐く。しっかりしてくださいぃ、と慌てているアリスを横目に、小次郎はそーっとその場を離れた。触らぬ神に祟り無しである。
「あの!」
「よかったら、私たちのもどうぞ!」
 すると、すぐにまた横から二人の生徒に声を掛けられて振り向く。
 振り向いた先に立っていたのは、プラチナブロンドをポニーテールにしたミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)と、茶色いロングヘアを後ろに束ねた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だ。
 小次郎は一瞬身構えるが、二つの包みに触れても禁猟区は反応しない。今度のは大丈夫なようだ。
「ありがとう、ありがたく頂くよ」
 小次郎がにっこり笑うと、ミューレリアと歩は顔を見合わせて頷きあった。それから、ミューレリアは少し気まずそうに小次郎を見ると、
「あのさ、教導団とウチの学校、色々あったけどさ……これからまた、仲良くやろうな」
と。歩は、吹っ切れた様な顔で、
「どうか御武運を。それで、また来年もチョコレート受け取ってください!」
と。
 それぞれに握手を求める形で右手を差し出した。
 二人の少女の気遣いが嬉しくて、小次郎はとびきりの笑顔で頷く。それから、両手に二人の手を取って握手ついでに。
「運命って信じますか?」
 と微笑み掛けた。
「え……?」
「う、うんめい……?」
「私は今感じました……あなたがたの優しさ、心遣いに……!」
 ぎゅ、と二人の手を胸元に抱き寄せるようにして、小次郎はうっとりと囁く。
 が、歩とミューレリアは困ったように顔を見合わせている。
「あのっ、そこの人、ダメですよっ……!」
 すると、その様子を見て歩み寄ってきた真口 悠希(まぐち・ゆき)が小次郎の肩に手を置いた。
「百合園生へのボディタッチはき、禁止ですよ!」
 悠希は百合園の生徒のはずだが、今日は敢えて男子の格好をし、声も精一杯低い声を出して男子らしく振る舞おうとしている。が、男性が苦手な所為か声が震えている。
 しかし小次郎も騒ぎを大きくしてはまずいと判断したのか、やれやれと肩を竦めて大人しく引き下がった。
 小次郎の背中を見送って、ミューレリアと歩はホッと一息吐く。それから悠希の肩をぱん、と叩き、
「格好良かったぜ」
「ホントに男の子みたいだったよ」
と笑う。
「や、やめてくださいー!ば、ばれたらどうするんですか……」
 冗談交じりの二人の言葉に、モゴモゴと語尾が小さくなってしまう悠希だった。