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バレンタインに降った氷のパズル

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バレンタインに降った氷のパズル

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 邦彦とネルを見送った後、エースの隣に立って肖像画を眺めながら、詩穂が首を傾げた。
「ええっと、名前は……」
「あ、僕は新と言います」
 自由になった両手をポケットにつっこみながら、新が応える。すると詩穂が振り返った。
「そういえば新ちゃんの名前も聞いてなかったんだよね。よろしくね。――それも訊きたかったんだけど、あのね。ちょっと気になるんだけど、新ちゃんは、この肖像画の事、何か知ってる?」
「いや……冬の女王の肖像画としか。それこそ宣伝されていた事以上は全然知らなくて」
 困ったような少年の声に、詩穂が腕を組む。
「なるほど、冬の女王っていう名前なのかぁ。うーん、でもアリスちゃんが思わず飛びつきたくなるような、本当に、とてもとても懐かしい人が描かれていたのかも知れない……私は少なくともそう思うんだもん」
「冬の女王が懐かしい?」
 聴いていたエースが首を傾げた。その隣でオルベールとミアが顔を見合わせる。
「オルベール、冬の女王って知らないわ」
「わらわも知らぬ」
 二人のやりとりに、詩穂が唇を動かした。
「地球に、そう言う御伽噺があるんだよね」
「それ、冬将軍と雪の女王が混ざってないか?」
「混ざってないよ。雪の女王はアンデルセンの童話だし、冬の女王っていうのはアーティストとかそういうのだもん」
「アーティスト? 古い奴?」
 エースの声に、新が思い出したように手を叩いた。
「僕も聴いた事があります。僕の家族が好きだったみたいで。90年代とか2010年くらいの地球の唄、今聴くと結構熱いんですよね」
新の声に、詩穂が静かに頷いた。
「そうそう。後は他にもそう言うモティーフ結構あるんだけどね」
「へぇ。あっちでは、家系的に『家』を守らなきゃならなかったから、そう言うのあんまりわからないんだ、俺。機会があったら聴いてみるぜ――そうだ、お嬢さん、これを」
 基本的に女性を尊重するエースは、そう言うと、詩穂に一輪の花を差し出した。
「わぁ綺麗」


「本当に綺麗だな」
 詩穂が受け取っていると、歩み寄ってきた朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)がそれを覗き込んだ。エースは、彼女にもまた、違う種類の花を差し出す。受け取った千歳は、微笑しながら礼を言いつつ、破損した肖像画を見据えた。
「一体何があったんだ?」
 彼女は偶然通りかかった展示会場で騒ぎが起きている事に気がつき、こうして現場までやってきたのである。判官である彼女は、決して見過ごす事は出来ないと感じたのだ。
「それが……僕の猫がメイン展示物のオブジェに……この肖像画にぶつかってしまって」
 申し訳なさそうに新が呟く。
「猫!? ど、どこにいるんだ!?」
 その単語に、猫好きの千歳は思わず声を上げた。
「落ち着くのですわ」
 千歳のパートナーであるイルマ・レスト(いるま・れすと)が嘆息する。
「さっき、オルベールが連れ出すように言ったから出て行ったの」
 オルベールがそう告げると、千歳は心底残念そうな顔をした。そうしながらも彼女は言葉を続ける。黒く長い髪が艶やかに輝いていた。
「階下でもチョコが凍るという面妖な事件が起きているし、呪いの類かも知れないと思っていたんだが」
「めんようってなんですか?」
 首を捻った新に、ミアが嘆息する。
「そなたは物知らずじゃな。不思議な事、怪しい事、そう言うものの事じゃ」
「アイス食べたいね。冬にこたつで食べるアイスって美味しいよね」
 詩穂がそう言うと、千歳が大きく頷いた。
「そうだな。私はチョコのアイスも美味しくて、ありだと思うんだがな……しかし下でチョコが固まった事と、猫が突進した事には何か関係があるのだろうか」
 ――猫まっしぐら。
 そんなキャットフードにある風な言葉が千歳の脳裏に浮かんでは消える。
「何かが塗り込まれていたとか……かつおぶしとか、マタタビ的な何かが……」
 しかし千歳のそんな声に、瀬伊が首を左右に振った。
「それはない。俺が調べた限り、肖像画も猫も、別段異質な箇所は無かった」
「そうなのか。……それで猫は、出て行ったと言うが、一体どこへ?」
 千歳が尋ねると、詩穂が雪を固くして構築された階下の歩道を見据える。
「さっきピースを集めるのに、邦彦ちゃんとネルちゃんが連れて行ったよ」
「むぅ……き、気になる……だが、だがっ、仕事が先だ。――では私は肖像画についてオーナーに聴きに行ってくる」
「詩穂も着いていくよ」
「俺のパートナーの貴瀬達も向かったところだから、宜しく頼もう」
 瀬伊のそんな声に頷き、千歳達は歩き始めた。



 丁度それと入れ替わるように、渋い声が彼らの元へと響いてくる。
「おじさんに無茶言わないでくれ」
 言葉の主はヴェル・ガーディアナ(う゛ぇる・がーでぃあな)で、彼は新達の元へと歩み寄りながら、傍らを歩くノートルド・ロークロク(のーとるど・ろーくろく)を見据えていた。
「とにかくノートルドは落ち着け」
「だって、せっかくあうらに『好き』って伝えるためにチョコを用意したのに……」
「そもそもチョコレートをバレンタインに渡すって言うのは、日本の習慣だろう? 別にチョコにこだわる必要もないだろう」
「けどあげるチョコ凍っちゃったんだよぉ? 折角ヴェルと一緒に作ったのに……」
「……ま、確かに俺もこうやって準備しちまったわけだが……」
 ヴェルが遠くを見ながら応える隣で、ノートルドに対し立花 ギン千代(たちばな・ぎんちよ)が声をかける。
「ノートルド、お前は男だろう。泣くんじゃない!! まったく……これくらいの事で動揺するとは情けない――ほらもっと、しゃんとしろ!!」
 彼女はそう叱咤しながらも、内心思案していた。
 ――ヴェル殿もノートルドもマメなものだ。私だけ用意していないというのもあれだが……今からでも何か用意できるだろうか?
 そんな事を考えながら、?千代は、以前に食したチョコが確かに美味だった事を思い出していた。
 ――普段世話になっている人間や意中の相手に、チョコレートを贈る、か。
 しみじみと彼女がそう考えていると、ピースをはめはじめていた桐生 理知(きりゅう・りち)が、声を上げた。彼女は、パートナーと共にチョコを購入しに来ていて、現場に居合わせたのである。
「これって、後から食べられるのかな? 私はたい焼きって、頭から食べる人なんだよね」「って、肖像画を頭から食べる気!?」
 天然で口にしている理知に、反射的にパートナーの北月 智緒(きげつ・ちお)が声を上げた。
「理知ってば、食べちゃ駄目だよ。第一、こんなに食べたら、お腹壊しちゃうんじゃないの?」
 智緒の微妙にズレたつっこみに微笑みながら、理知が角にはまるらしきピースを手に取った。
「ピースは枠から中心に向かってはめるんだよね」
 かわいい顔をした彼女は、黒い一本にした三つ編みを揺らしながら、智緒にパズルの説明を始める。ピンク色の髪をした智緒は、実のところ、これがパズル初経験なのである。
「ええと、ここがこれよね。で、ここが……どこにあるのかな。智緒にはわかんないよ。けど、頑張るんだもん」
 周囲に集められているピースを眺めながら、懸命に智緒はピースを探している様子だ。ドキドキしながらも、楽しそうに、パズルのピースをはめている。彼女は、初めてふれるパズルに、実に嬉しそうな様子だ。



 このようにして、続々と集まり始めた人々の手により、ピースの収集とパズルの再構築が行われようとしていた。
 少しずつではあったが、この二階にも、階下の情報が入ってくる。


 先んじてその階下へと向かった貴瀬と、その少し後ろを歩いている天音とブルーズもまた、肖像画の瓦解だけではなく、次第にチョコの硬化について、耳にするようになっていた。その為、ただ目的地を目指すばかりではなく、彼らは少しずつ周囲から情報を集めながら進んでいる。
 レンナの元へと向かうパートナーの横でブルーズが嘆息した。そして周囲から洩れ聞いた情報を念頭に置きながら、静かに口を開く。
「そういえば、というか、来る途中で耳にした限り、料理教室の方でも一騒動起きていたようだな。なんでも、チョコレートが固くなったとか」
「固くなる、か」
  貴瀬の真後ろを歩きながら、うっすらと天音が微笑んだ。
「ああ……パズルのピースと共に粉が降ったらしいな」
「その粉には何かありそうだね」
「『氷のオブジェ以外も、何でも固くしてしまう魔法の粉』とは、実にやっかいだな」
ブルーズがそう呟くと、天音がひっそりと肩をすくめた。
「ふふ、僕もそう思うよ」
 詳細はこれからオーナーに聞くところであるのだったが、固くなると言うその事実に、天音が唇を指で撫でた。