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春を知らせる鐘の音

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春を知らせる鐘の音

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※こちらのページはBL描写が濃いめに多用されています。苦手な方は次のページよりお楽しみ下さい



 参加者たちが作ったイースターエッグがどうなっているか知らないたちは、ヴィスタによって偽の犯人役に仕立てられ、持ち主たちに追いかけ回されている。巻き込まれたエリオは、余計にたまったものではないだろう。
「はっ……どうにか振り切ったか?」
「まさか、こんなに追いかけられるとはな。一体何を詰め込んだのか……」
 しばしの休息に腰をおろした2人を、艶めかしい瞳で見つめる影。アーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)は何故だか浅い呼吸を繰り返し、ときに不気味な笑いを浮かべてひっそりと見守っていた。
(ああっ、本当に真城さんがウサ耳だ! あんな無防備に座って、誰かに掴まっ……いや! 味方のフリして騙しつつ陥れる作戦か!? だとすれば何たる策士、これはオイシイ展開が期待出来るのではないだろうか)
 以下、拳を握るアーヴィンの脳内でお伝えしよう。

「……少し、寒くなってきたな」
「走り回ってかいた汗をそのままにしたから冷えたんじゃないか? 脱いで乾かせよ」
「そんな、こんな所で脱ぐなんて僕には」
「心配するなよ。どうせすぐに、アツくなるんだから……」
「ばかっ、どこを触って……やめっ!」

 ――などと言う展開には、残念ながらならないようだ。彼が妄想に耽っている間に訂正をすると、実際に行われたのはこうだ。
「……何か、悪寒がする」
「上着を置いて来たからじゃないか? そういえば、ランディとも途中ではぐれたままだな……無事だといいが」
「そうやな、下級生やのに頼り切りやったわ」
「ランディは耳をつけていない分、安全だとは思うが……」
 明らかに普通のやりとりにしか見えないマーカス・スタイネム(まーかす・すたいねむ)は、数歩下がって興奮気味に見ているアーヴィンを冷ややかに見ていた。出来れば目を逸らして他人のフリを貫き通したいが、それはそれで暴走したときに止めることが出来ないので困る。
 しかし、天はアーヴィンに味方した。何やら箱と書類を持ったルドルフがやってきてしまったのだ。
「あれ、ルドルフ。そないに荷物持ってどしたん?」
「ああ、これは……個人的なものだ。気にしないでくれ」
 もし何か情報が集まり、持ち主の元へ卵を返せるならウサ耳ともおさらば出来る。そんな期待を打ち砕く言葉に直は大きなため息を吐く。もちろん物陰では、アーヴィンが三角関係かむしろ3人で……などと妄想を繰り広げていた。
 ほとほと困り果てたマーカスは、近くを通った少年が見知った顔を連れていたので、勇気を持って声をかける。
「ねえ、この辺りでイースターエッグを見かけなかった? よければ一緒に探してほしいんだけど」
 声をかけられた嵯峨 詩音(さがの・しおん)が嬉しそうに微笑む姿はまるで女の子。こんなにも可愛らしい男の娘もいるものかと感嘆の息を吐いたとき、そのささやかな幸せをまたもアーヴィンが邪魔をする。
「よしっ、本命のヴィスタさんキタ! 4人揃ったことでカップリングはどういう展開を見せるのだろうか」
 もはや、心の声が漏れている。顔面蒼白になるマーカスは、なんとしてもアーヴィンと知り合いに見られないよう、引きつった笑いを浮かべて立ち尽くすしかない。しかし詩音はゆっくりとアーヴィンの隣に腰をおろしたのだ。
「……カップリングは、とても重要よ。見た目が可愛い攻めもオレ様受けも、意外と需要のあるジャンルだもの」
 凜とした表情で彼が言った言葉に、マーカスは耳を疑った。同時に背後ではフェンリルが、深い溜め息を吐いている。
 直たちとはぐれたあと、遅れてやってきた嵯峨 奏音(さがの・かのん)と遭遇したフェンリルは、どうしても手の離せない仕事があるので体の弱い詩音の面倒を頼まれてくれないかと懇願された。そして、彼には特殊な趣味があるらしいということも聞いてはいたのだが。
「まさか、こんなのを妄想する趣味があったとは……」
「ランディ、こんなのじゃなくてBLよ。BLが嫌いな男の娘なんていないの」
 そう真面目に語られても、理解出来るものと出来ないものがある。頭を抱えるフェンリルとマーカスを余所に、2人は誰の新刊は読んだか次の新刊のカップリングはと、アーヴィンの持っていた原稿用紙へラフを描き始める始末。
 まさに、類が友を呼んでしまった瞬間だ。
「俺様としては、真城さんとヴィスタさんの王道的パートナーカップリングは捨てがたいと思っている。悪戯ウサギをお仕置きはもちろんなんだが、この場は4人いることだし……」
「おもしろそうね! 私ならやっぱり、お仕置きの内容は……」
 そうして盛りあがる2人を余所に、平然とルドルフへ声をかける青年が1人。ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)だ。
「やっと見つけたよルドルフさん。エリオくん、ルドルフさん借りてくね……っと、仕事中だったかな?」
「いや、これは……大丈夫だ、少しなら時間はとれるよ」
 荷物を持ったルドルフに手伝おうかと声をかけるも、余程大事なものなのか彼は離そうとしない。そんなやりとりを見ながら、エリオは小さく息を吐いた。
「借りるもなにも、俺たちは単なるパートナーだ。そういうことは本人に了承をもらえば良いだろう」
「まあそうなんだけどね。デートしたい子が大切な人と一緒にいたら、一言声かけるのが礼儀かなって」
 デートしたい子と言われても、今まで建国のため女王のためと真っ直ぐ突き進んできたエリオにとって、特別な相手など思い当たらない。ルドルフの荷物を預かるヴィスタも、からかい半分に口を開く。
「直も折角めかし込んだんだ、デートの1つでもしてきたらどうだ?」
「おあいにくさま。どっかのアホが仕事を寄こしたせいで、エリオと仲良う走り回ってますー」
「あはは、エリオくんも大変だ。でも、たまには息抜きしなよ?」
 時折ルドルフも、自分を茶化しては同じようなことを口にしていた。彼らが心配する理由などわからなくて、エリオは不思議そうに見返すだけ。信じるものが1つで、それこそが全てで。狭い世界に固執していることなど、本人は気付いていないのだから。
「エリオくんだってデートしたい子いたら、誘っちゃえばいいじゃない。ね、真城さんもそう思いますよね?」
「まあ、そないな理由やったら……いつまでも僕がこき使ってるわけにもなぁ」
「何を言っているんだ。女王様以上に大切な方が、この世に存在するわけもないだろう?」
 至極真面目な顔で答える彼に面食らい、苦笑しながらヴィナはルドルフの手をしっかりと握って去って行く。ヴィスタもまた、荷物を抱え直して彼らとは別方向に歩いて行く。
「思い詰めすぎることなどない。女王様への忠誠だけは違えることなく全力で……それでこそ騎士だろう?」
「騎士である前にエリオだってこと。…………ほな、次いこか!」
 こうして妄想劇の主人公となっていた面々は解散し、アーヴィンたちの談議も収束を迎える。落ち着くと詩音が真城の代わりに耳を付けたいと言い出したが、付けたが最後どんなに追いかけられるか。体の弱い詩音には耐えられないとフェンリルは説明し、アーヴィンと大人しくしてもらうことにした。その近くでは、コヨーテがさめざめと涙する姿も見られたという……。
 先に歩き始めたヴィナたちはと言えば、春の日差しを楽しみながら特別な言葉もなく歩き続ける。けれど、その横顔は上機嫌なものだから、ルドルフは思わず苦笑してしまう。
「まさか僕を、デートと言って誘い出すとはね。しかも人前で」
「あはは、気持ちの問題〜ルドルフさんは俺に無理やりつき合わされてるって感覚でも問題なし!」
 手を握りかえすヴィナが、どんな気持ちで自分の隣に立っているのか。バレンタインや何かにつけて気持ちを伝えてくれるから、その気持ちを知らないととぼけるほうが無理な話で、知っていながら流されるというのも難しい。
「好きの種類違っても好きでいてくれてるじゃない。それでも十分嬉しいけどね、俺は」
 わかっているから、ヴィナも尋ねない。けれど繋いだ手はしっかりと握りしめられていて、余地を残されているのか追い詰められているのかよくわからない距離感が続く。このまま流されれば、引き込まれてしまうんじゃないかというくらいに。
「……違うということは、交わらないということ。その先はないだろう?」
「そうかな。例えばこの十字路は、交わっても遠く離れてしまう。でも、今ルドルフさんと俺が歩く道は平行線でしょ」
 どこまでも隣で寄り添える平行線が幸せだと、繋いだ手にキスを落とす。突き放そうと言葉を選んでみても上手くかわしてしまうヴィナにはかなわないと、ルドルフはその手を握りかえすのだった。
 穏やかで幸せな風を運ぶのは式場という人々の門出を祝う場所だからだろうか。けれど、祭壇に並び愛を誓い合う2人だって、全てが順風満帆にいくことは無かっただろう。真正面から向き合うからこそ衝突してしまう、思い合うからこそすれ違ってしまう。その壁を乗り越えてこそ見えるもの、失敗して離れ振り返ってから気付くもの……テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は後者だったようで、あれほど熱心に隣に立ち愛を伝えてきた愛しい人が話している姿を、1歩引いたところから見ていた。
 皆川 陽(みなかわ・よう)はイエニチェリとなった。それは一般学生である自分が気軽に声をかけるのも憚られるほどの誉れ高い身分であり、校長の親衛隊のようなものも兼ねるという。男色家なジェイダスのこと、気に入られた陽がどんな目に遭ったかなんて聞きたくもないし、聞かなくてもわかる。控えめな彼が二言目には「校長先生の役に立つため」と前を行くことが、全てだった。
「……それでね、エッグにはチョコを入れてみたんだけど、あのね」
 いつもは話を振らなくたって、飽きさせないくらいテディが話しかけてくれた。押しつけられた気持ちを振り払っておいて仲直りしたい、というのは都合が良すぎるかもしれないけれど、せめてパートナーとして仲良くしたい。そう思って話しかける陽の言葉はテディには届かず、虚ろな返事が返ってくるだけだった。
「ね、ねぇテディ? 聞いて――」
 振り返った、怯えるような瞳。守らなくてはと、大切だと思っていた気持ちを否定した唇。気付けば、縋るように口づけていた。
 ――ドンッ
 舌先で唇を割ろうかとした瞬間に星が舞った。ガタガタと震えながら見下げる陽を見て、やっと自分が突き飛ばされたと自覚したテディは、力なく降りてくる手を引いて陽を茂みの中に押し倒す。
「なに、す……っ!」
「聞いて」
「あんなことしておいて何を」
 陽の小言には耳を貸さず、テディは春先には温かすぎる学制服を乱雑に脱ぐ。どんな言葉で言い表しても真っ直ぐに届かないなら、言葉なんていらない。テディは陽の手をとり、自分の左胸にあてた。薄い布越しに伝わる鼓動が自分より早いことも、真っ直ぐ見下ろす瞳が自分しか映していないことを認めたくなくて、陽は視線を逸らす。
「陽。嫌いならちゃんと言って、僕を止めてよ」
 熱い手が触れ、密着した体勢ではテディが欲情しているのもわかるけれど、何度も熱っぽく名前を呼ぶ彼を振り払うことなど、陽には出来そうになかった。