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リアクション
第1章 海といえばナンパである
オープン第一陣が入ってからしばし。海岸の右端側では。
「望はタンキニの水着を新調してますのに、わたくしは去年の蒼学水着のままですの! まぁ、急なお話でしたし、用意する暇もありませんでしたから仕方ないのですけど」
アクアと望、伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)と海に到着したノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)は、不本意そうな顔でそうこぼした。『海に行く』と教えられたのは前日だったのだ。
「巨大生物……本当に受け入れているようですね」
ノートには放置プレイをかまし、望は、夜刀龍を見てそんな感想を漏らす。呆れよりも、感心の方が強い口調だ。手には戦闘用ビーチパラソルを持っている。こちらは槍だが、なんとビーチパラソルとしても使えるのだ。
……あれ?
「まあ折角の海ですし、のんびりと楽しみましょう、アクア様。……アクア様?」
「…………。あ、ええ、そうですね」
ちらちらと四方を気にしていたアクアは、少し遅れて望に反応した。
「そんなに気になさらなくても、ファーシー様はじきに来ますよ」
「……気にした覚えはありませんが」
「蒼空学園からではわらわ達より距離があるからの。待っていれば……と、言っておるうちに来たぞ」
浜に姿を見せたファーシー達を見つけ、山海経は言った。
「ふーん、アクア、やっぱり来たのね」
いち早くアクアの姿を見つけ、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が言う。舞が電話した際、ファーシーを誘えばもれなくアクアもついてくるだろうと推理したのだが、正解だったらしい。
「元々来る予定だったんだって。って……アクアさん見つけたの?」
「ほら、あそこにいるわよ」
不正解だったらしいが気にせずに、ブリジットはきょろきょろしていたファーシーに言う。
「あっ……!」
ファーシーは少し早足になった。そこで、懐かしい声が彼女に掛かる。
「ファーシーさん……その脚……?」
「ルミーナ!」
振り返った先にいたルミーナに、ファーシーは目を輝かせた。かつて身体を借りたことから始まった関係。自分の想い、記憶を共有し、銅板時代、ずっと一緒にいてくれた彼女。行方不明になってから随分経つけれど、やっとこうして、会うことが出来た。隣には隼人がいて、シンプルで女性らしいデザインの旅行鞄を持っている。
「よっ!」
彼は片手を上げて、ファーシー達に挨拶した。
「荷物はわたくしが持つと言ったのですけど……」
ルミーナは、困ったような微笑みを浮かべる。
「今日は、久しぶりにと旅行に誘っていただいたんです。海の家にはアイナさん達もご到着されているということで、楽しみにしているんですよ」
「そっか……」
そう言う彼女は元気そうで、声、仕草、全てに懐かしさと親しみを感じながらファーシーは笑った。
「良かった……、また、ルミーナに会えて」
「わたくしもですわ。あの、ファーシーさん、車椅子は……」
「うん。……うんとね、話すと長くなるんだけど……うん。皆が協力して、直してくれたの。ね、隼人さん」
「え? あ、はい、色々あって……。俺も、出来るだけのことをしました」
照れたように、だが何か、確かな矜持を感じられる表情で隼人は言った。そんな彼の様子を見て、ルミーナは目を細める。
「そうなんですか、隼人さんが……」
「そうだ、ルミーナに紹介したい人がいるの。環菜さんから聞いたかな? アクアさんっていってね……」
そうして、ファーシー達はアクア達の方へと歩き出した。
「ファーシーさんの大切なご友人なんですね。よろしくお願いします」
「……信用、するのですか?」
皆で日陰に入り、ルミーナとアクアはお互いに自己紹介した。まあ、アクアの方は殆どファーシーが説明したようなものだが。ファーシーはアクアとの間で起きた出来事、ライナスの研究所で起きた出来事をルミーナに話した。その結果、返ってきたのは何の忌憚も無い挨拶だった。
「御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は、私を警戒したようですが」
「経緯を聞いて、尚、警戒しようとは思いません。それに……」
ルミーナは一度言葉を切り、アクアと目を合わせた。
「薄らとですが、わたくしの中にもアクアさんの記憶があるようです」
「…………」
◇◇◇◇◇◇
(海……勢いで誘っちゃったけど……)
海の家から少しだけ離れた場所で、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は1人、フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)を待っていた。緊張して早く来てしまって、でも、そろそろ時計の針は待ち合わせ時間を迎える。
浜を歩くお客から海の家のアルバイトまで、ほとんどの人が水着を着ている。フレデリカも――また。誘ってから水着姿になるのだと改めて自覚して、ど、どうしよう!? と思ったけれど。
(水着姿……フィリップ君、褒めてくれるかな? 褒めてもらいたいな……)
色はピンクと決めていたけれど、ビキニとタンキニとどちらにしようかお店で迷った。そして、女性が苦手である彼のことを考えて色気を抑えられるタンキニを選んだ。ホルターネックだから背中が開いてるけれど、子供っぽすぎないしアクセントとしてはちょうどいい……と思う。丈の短いパレオもついていて、あまり刺激にはならないはずだ。
彼が見つけやすいように、と屋台を訪れる人々からは距離を取って、人が少なめな位置を選んで立つ。でも、それは他の人の目にも入りやすいということで。
通り過ぎる男性客がたまにちらちらとこちらを見てきて、少し落ち着かない。
「おや、そこの綺麗なお嬢さん、お1人ですか?」
そこで、そんな言葉が聞こえてフレデリカは声のした方を振り返った。黒髪を逆立て気味にセットした顔の整った青年が、まっすぐにこちらに歩いてくる。
「いえ、私は待ち合わせをしてて……1人ではないんです」
「待ち合わせ? そうですか……」
一見物分かりが良さそうだし、これで諦めてくれるかなとフレデリカは安堵する。だが、青年――風祭 天斗(かざまつり・てんと)はその程度では引かなかった。
「しかし、相手の方が来るまでこんな所に立っていてはお肌に良くない。夏の紫外線はお肌の大敵! 俺が日焼け止めを塗って差し上げますよ」
「え、日、日焼け止め……ですか?」
一緒に遊ばないかとかではなく日焼け止めとは、思った以上に積極的だ。どう返せば諦めてもらえるか分からなくて、フレデリカは言葉に窮した。それに……声を掛けてくれた彼がもし本気だったら。
恋心を知ってしまった彼女は、ナンパに対して上手に断ることができなくなっていた。
「えっと……あの……」
「ふ、フレデリカさん、どうしました?」
「フィリップ君!」
待っていた、聞きたかった声。ちょっと慌てたように戸惑ったように、フィリップが小走りでやってくる。東シャンバラの公式水着を着た彼は、フレデリカと天斗の間に割って入った。腕を広げて、彼女をかばうように。
「す、すみません。この子は今日、僕と一緒に過ごすんです。他の方を当たってもらえませんか」
精一杯の強気を前に出して、表情を引き締めてフィリップは言う。目を逸らさず返事を待つ彼に、天斗は小さく肩を竦めた。
「彼氏本人が来たのでは仕方ありませんね。それでは……」
「あ……っ! 何やってんだよこのクソ親父!」
そこで、ルミーナを連れて海の家に戻ってきた隼人が天斗を見つけ、襟首を掴んで強制連行し始めた。ルミーナの傍には、ファーシー達やアイナもいる。
「こら隼人! 父ちゃんに何をする!」
抗議する天斗を無言で引っ張り、隼人は空いた手でフレデリカ達に謝意を示す。そうして、何かどたばたとした空気を残しつつ、彼等は遠く離れていった。
「…………」
「…………」
フレデリカとフィリップは半ばぽかんとして彼等を見送り、先に我に返ったのは、フィリップだった。
「そ、そうだ、大丈夫? 僕が早く来ていたら、な、ナンパなんて……」
「うん。大丈夫……。……?」
護ってもらえたことが、いつもより少しだけ男らしい彼を見られたことが嬉しくて、フレデリカは微笑む。だが、フィリップは何か驚いた顔で彼女を見ている。その驚きが自分の水着姿に向けられたものだと気付き――少し、恥ずかしくなった。
「ふぃ……フィル君、ど、どうかな? これ……」
どきどきしながら、聞いてみる。思い切って、「フィル君」と彼を呼んで。
するとフィリップは、目をぱちぱちと瞬いて、照れたように下を向いて、微笑んだ。
「う、うん。可愛いよ、とても……。びっくりしたよ……フリッカさん」
「良かった……ありがとう」
安心して、また嬉しさがこみ上げてくる。今日はまだ始まったばかり。
大好きなフィリップ君と海で楽しくデートして、少しでも自分を好きになってもらえるように、頑張ろう。
「おお、美しい女性がお集まりですな! お久しぶりです。また水着姿が目に眩しい!」
彼女達と合流すると、天斗は隼人に引きずられたままの状態でそんなことをのたまった。偶然ながら、ルミーナ以外の女性陣は望達も舞達も先日彼と顔をあわせていた。出逢い頭のこのテンションと口説き文句に、大なり小なり驚いたようだ。相手が彼氏持ちだろうが最初から気にする気がない天斗は、ナンパに迷いがない。
「どうです? ファーシーさんも、海に来たらまず日や……」
ぼふっ、と、隼人があっつあつの砂に天斗の顔を押し付けた。
「あつっ……、あついぞ隼人!」
「女性なら誰でもいいのかよ! 旅行に無理矢理ついてきたと思ったら、片っ端からナンパしてんじゃねー!」
「誰でもではないぞ、女性は勿論皆美しい。それに、今日俺が同行したのはだな……」
腐っても父。天斗は立ち上がった。父として、これだけは言わねばならんという気迫と共に。
「水着美女だ! 俺も水着美女とイチャイチャしたいんだ!」
『…………』
その堂々とした分かりやすい宣言に、皆の中にしらけた沈黙が漂った。ファーシーやルミーナは目を丸くし、アクアは相手を凍りつかせんばかりの視線を送っている。電気代の要らない冷凍光線。非常にエコである。
「へー……」
アイナも威圧するような冷ややかな目で天斗を見て、そこで彼ははっ、と気付いた。力説すべき言葉を間違えた。
「未成年が女性と外泊するなど教育上、大問題だ!」
『…………』
建前であることはバレバレで、説得力の欠片もない。しかも、遅い建前だ。アクアが付き合ってられないとばかりに歩き出す。
「……行きましょうか」
「う、うん……じゃあね!」
ファーシーも手を振り、歩き出した。こちらはこちらで、まだ、合流していない人がいる。
彼女達が去って、隼人達が皆でビーチバレーをしていると。
「あら? ルミーナ……あなたも来てたの?」
環菜が4人を見つけて、声を掛けてきた。
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