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リアクション
第七章 秋に抱かれて
「これはどういう事なのでしょうか」
風森 望(かぜもり・のぞみ)は茫然としていた。
楽しみにしていた紅葉を見ようと散策にきたのだ、折角。
なのに紅葉がすごい勢いで散ってるじゃないですか!?
「何を凹んでおりますの? まだまだ紅葉は残っておりますでしょうに」
ビックリするくらい落ち込んでいる望を励ますノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)。
部下を思いやるのも主の勤めでしてよ、お〜っほっほっほ♪
チラ、と地を這うような暗い眼差しを向ければ、ノートはビクっとしそれ以上の発言を控えたの、だが。
「は〜っはっはっは! 説明しよう! 切ないすれ違いと、美しい絆を結んだ我々の大活やく……ぶほへっ!?」
そんな時に聞こえてきた癇に障る高笑い……殴らずにいられようか、いやいられまいて!
力を抜き、手首だけでなく肘から撓らせる様にスナップを効かせて、振り抜いた。
後悔はない、一ミクロンたりとも!
「ひっ、酷っ!?」
「あらあら、上手く紅葉が作れませんでしたね。再チャレンジと参りましょうか」
頬にキレイな紅葉を咲かせたクロセルは、慄きながらも反論を試みた。
「……一応主張しておきますが、俺は奈夏さんを案内したヒーローですよ」
つまり事態収集に奔走したのです、という抗議は、望の眩しい笑顔にねじ伏せられた。
「私、思うんです。高笑いする人は回りに迷惑しかかけない、と」
「……すみません、っした!」
「ちなみに、指を広げた手の跡がモミジの葉に似てますでしょう? だから、モミジと言うんですのよ」
土下座するクロセルの頭上で、ノートの豆知識が楽しげに披露されていた。
「兄貴と一緒に紅葉狩りを楽しむぞ。山は綺麗だなー空気もいいし、兄貴の弁当は美味いし」
にこにこと屈託なく笑む弟・リクト・ティアーレ(りくと・てぃあーれ)とは違い、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)の表情は僅かに曇っていた。
顔を合わせづらい相手やあまり顔を会わせたくない相手の姿を、目にして。
「出来ることなら気づかれないように……ってリクト! お前!」
「ん〜♪」
隠れようとしたリュースだったが、満面の笑みを浮かべたリクトがその『顔を合わせづらい相手』へとスタスタ歩いていくのに、慌てた。
てか、悪い予感しかしない。
リクトが余計な事を話す前に!、と走ったリュースに件の相手……理沙が気付いた。
元カノ・元カレ……かつて恋人同士だった男女の視線が、絡み合い。
そのまま固まった。
互いに、何か言わなくてはと思えば思う程、言葉は出て来なくて。
「2人共ヘンなの。別れたって大切ならそれでいいじゃん」
そんな二人の硬直を解いたのは、リクトの呑気な声だった。
「ハイ、水に流す。10年後は笑い話!」
「リクト……」
「兄貴は怒るかもしれないけど、このままって良くないだろ。兄貴を形成してくれる人に感謝は当たり前だし……ごめんな。うちの兄貴、これで、結構モロイから」
ひょい、と肩をすくめてみせるリクトに、リュースは溜め息をついた。
「オレはこいつみたいに強くありません。オレが月で、こいつが太陽ですから。何です? 意外そうですね」
「うん、意外と言えば意外、かな」
ふふっ、と笑みをもらした理沙に、何だかリュースは不意に安堵した。
「……元気そうで良かった」
それは掛け値なしの、本音だった。
例え彼氏彼女でなくなっても、元気で幸せでいて欲しい、と。
それから一言二言かわして、自然に別れる。
にこにこと始終嬉しそうな弟が少し悔しくて照れくさかった。
「ママ、紅葉ってきれいだね。ルルナも誘えば良かったかな?」
リュースが顔を合わせたくない相手・夜魅はようやく落ち着いて、生まれて初めての紅葉を飽きる事無く楽しそうに眺めていた。
「だぁ〜」
「うんうん、白夜も嬉しいよね」
ベビーカーの中で声を上げる弟に優しい眼差しを向ける夜魅。
だが、コトノハは娘の中の微かなトゲを、察していた。
夜魅のもう一人の兄弟……姉である白花との途切れた絆に、ショックを受けていない筈ないのだから。
「……会えたら、話聞きたいな。お姉ちゃん自身の、気持ちを」
ただポツリともれた願いは未だ、叶わなくて……コトノハの胸も微かに痛む。
そんな母と姉を慰めるように。
白夜がサイコキネシスで舞い上げた紅葉が、二人の上に優しく優しく舞い落ちた。
「……ごめんなさい」
妹とは違う紅葉の下。
白花は憂いを帯びた瞳で、呟いた。
「信じて頼って時々我が儘を言って……お互いがそれに応えていけばずっと一緒にいられる」
大切な人と。
エンジュの不安はそのまま白花の不安だ。
パートナーである刀真と契約を解除したら自分も、消えてしまうかもしれない。
消えるのは怖くはない、刀真に必要とされないならココに在る意味はない。
ただ……大切な者達を残していくのが悲しい、だけ。
大切な者達とずっと一緒にいられたら、と願うだけ。
だから。
「私も、刀真さんに望まれればそれに応えます……私も刀真さんに我が儘を言っていいのでしょうか?」
「当たり前だ」
背後からの声に、ゆっくりと振り返る。
「良いのなら……一つ、刀真さんに我が儘を言います」
白花は刀真を見つめ、息を吸い……思いを吐き出す。
「私は月夜さんが羨ましいです、刀真さんとの間にとても強い絆がありますから。でも私にはそう思えるものがないからとても不安なんです。……あの時の契約は私に同情しただけで、今の貴方は私に興味がないんじゃないかって」
歪みそうになる顔を何とか堪え、笑う。
笑って言う、どうしようもない『我が儘』を。
「だから刀真さん、貴方が今も私を想ってくれているなら、私ともう一度契約をして下さい」
「『望んで願え、俺が全て叶えてやるから』そう言ったな? 我が儘くらい好きなだけ言え」
刀真を白花を抱き寄せた……そっと優しく愛しさを伝えるように。
そして、口付ける。
あの時の、契約を交わした時のように。
白花の事だけを想い、そっと。
「んっ……安心しました、とても……でっでもちょっとだけですよ? だから不安になったらまた契約をして下さい」
そうして、顔を赤くして上目づかいでねだるようにカワイイ『我が儘』を言うパートナーに、刀真は頷き決意を新たにした。
早くパートナー達の想いを全て背負えるようになろう、と。
「……はぁ」
そんな二人を木の陰から覗いていた月夜は、気付かれぬよう息を吐き出した。
最近、白花の様子が変だと月夜も分かっていた、けれど。
「とりあえず、この気持は刀真にぶつけよう」
複雑な気持ちをぶつけるべく、月夜が刀真の頬を思いっきりつねるまで、後少し。
そんな中。
「『紅葉の天ぷら』を売って大儲けだ!」
せっせせっせと準備に勤しむ者がいた……ジョン・カポネ(じょん・かぽね)である。
「ご存じですか? 紅葉狩りには『紅葉の天ぷら』が付き物なのでございますよ」
とパートナーであるパック・アップル(ぱっく・あっぷる)から騙され、もとい教えてもらったからである。
「紅葉はみんなのものです! 金儲けの道具じゃありません!」
と、そこに敢然と挑んだ、というか抗議に来た少女か一人。
朱里のパートナーであるハルモニア・エヴァグリーン(はるもにあ・えばぐりーん)であった。
「や、何か紅葉の葉っぱ大量に手に入ったし」
そう言えば奈夏が、片づけた紅葉を「親切な人が引き取ってくれた」とか言ってたが。
「だけど、こんな場所で天ぷらなんて、本当の山火事になっちゃいます!」
そうしたら紅葉や山の動物達だって悲しい思いをする。
「大丈夫、そこの所はちゃっと考えてるで」
必死の面持ちのハルモニアの背中をポンポン、と叩いたのは大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)。
「まぁ大儲けは無理でも小銭は稼ぎたいで」
と嘯く泰輔。
一見タチの悪い冗談のようなジョンの野望は、泰輔という同志を得て一気に現実味を帯びた。
泰輔のパートナーであるフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が【日曜大工セット】を用い【土木建築】を駆使して設営してしまった露天店。
紅葉天麩羅とうどんの店は、ドドンと立派な佇まいである。
「……人様に迷惑かけるのは、絶対絶対ダメなんですからね」
「心しておくで。あっ、もし気が向いたら食べに来てくれな、待ってるで」
釘を刺しつつ退き下がったハルモニアに、泰輔はドンと胸を叩き請け負った。
「本場仕込みの腕をみせてくれよう」
件の店。讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)は衣用に調達された小麦粉でおもむろに、独自にうどんを打ち始めていた。
「泰輔さん、紅葉を下さい」
顕仁の店の隣で適温になるよう油の温度を見ていたレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)もまた、調理中である。
綺麗に洗った紅葉を、ほんのり味付けした衣を片面にのみ付けて、適温の油でからっと揚げる。
「へぇ。いい色じゃないか」
「和食は特に、見た目にもこだわらなければなりませんからね」
感心するジョンに力説するレイチェル。
片面のみに衣をつけるのは、紅葉の紅色を活かす為の拘りである。
「ん、美味い!」
「まあ、葉っぱを、というよりは衣をスナック菓子代わりに食べるようなものですからね」
衣の味付けを色々にした紅葉の天麩羅は、スナック菓子のようにして食べられるように袋詰めしても販売するのだ。
砂糖味・塩味・カレー味と各種取り揃えております(宣伝)。
そして、主戦力は。
「どや!、紅葉の天麩羅入りのお弁当や。中々美味そうやろ?」
白飯の上に、赤い紅葉の天麩羅を上手く並べたそれは、日の丸弁当ならぬカナダ弁当である。
まぁちょっとしたシャレではあるのだが、味付けは日本人の味!
「これはいける、いけるでぇぇぇぇぇっ!」
「うん、とりあえずボチボチお客も来そうやし、ガンガン作らんとな」
高笑いするジョンに突っ込む泰輔。
「ではパックめは売り上げに貢献致しましょう」
言って、タンバリンを鳴らしつつ歌い出すパック。
紅葉の天ぷら〜♪
紅葉狩り名物の〜紅葉の天ぷ〜ら♪
素晴らしい日本文化〜紅葉の天ぷ〜ら♪
「わ、楽しそう☆ あたしも退くよ!」
ジャアァァァァァん。
エレキギターをかき鳴らしたアルカネット・ソラリス(あるかねっと・そらりす)は声を弾ませ。
「こんな事をして、山火事になったらどうするんだ? アルカネットだけで責任を取れるわけがないだろう?」
「あ、あぅぅ〜」
パートナーの神威 雅人(かむい・まさと)にダメ出しされシュンとした。
まぁジョンはともかく泰輔主導で作られた店は意外なほどしっかりしているのだが、ここでアルカネットが盛り上げすぎてジョンが調子に乗ったら、と思うと雅人としては止めざるを得なかった。
「とりあえず、練習してこようかな」
心なしかシュンとしたアルカネットにふぅと息を吐いてから。
雅人はキルラス・ケイ(きるらす・けい)にチラと視線を向けた。
「そっちも、くれぐれも火事など起こさせるなよ」
「へーきへーき。つーか、折角の紅葉狩りなんだからさ、やらなきゃウソでしょ」
抱えた紅葉を地面に置いたキルラスは、屈託なく言い放つ。
「おっ、いい感じに集まってるじゃないか」
「丁度いいトコにいたな」
その背に掛かる声はトマスのもの。
「よっし、これだけ集まったら次は焚き火の準備だねぇ」
そうしてキルラスとトマス、テノーリオは鞄から芋やクリ等を数個取り出し。
蒸し焼きにする為にアルミホイルで芋を黙々と包み始めた。
「待て待て待て。貴様らは一体、何をしている?」
準備も終わり、紅葉に火をくべようとすると岩造がやってきて驚かれた。
「ぇ、焚き火用じゃないの?」
紅葉狩り→焚き火とキルラスが勘違いしていた事を岩造は悟り、重く溜め息をついた。
「あの機晶姫の事を言えないな」
「コトバって本当、難しいよな」
「それより、さっさと始めようぜ」
そんな岩造やトマスの内心も知らず。
まっ、いっかと切り替えたキルラスは紅葉に火を点け。
「秋の味がするな」
やがて、焼き芋を頬張りながら岩造は、
「余ったらあいつらにも差し入れしてやるか」
ポツリとだけ、呟いた。
ちなみに、売れ残った紅葉の天ぷらは通りすがりの巨大な熊さんに美味しくいただかれた……らしい。
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