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◆序章◆

「いよいよ、明日ですなあ、女将さん」
 厨房の片付けを終えた板前の源が、女将の音々に声をかける。
「はあ、この風船屋が、生きるも死ぬも、明日次第やのぅ」
 ため息をつきながら、音々がパラパラとめくる帳簿の上には、無数の赤字が躍っていた。
 この週末の最後に書き込む数字も赤なら、風船屋は、リゾート開発会社の手に渡ることになる。
 音々が先代の女将の母から、先代はその母から受け継いできた、伝統ある温泉宿が……。
「あっしでは女将さんの力になれず、はがゆいばかりで……」
 放浪していたところを先代の女将に拾われ、深い恩を感じている源は、音々を縁の下から支え続けてきた。が、包丁一本で生きてきた源には、経営の機敏などはわからない。
「何言うとんの、源さんは、ようやってくれとるわ。大っきなモンスターが周りで暴れとったら、客どころか、従業員まで、寄りつかんようになるのは当たり前じゃ」
「女将さん……」
「明日は、コントラクターのお客さんの予約がいくつか入っとるし……まあ、そう悪いことにはならんやろ」
「あっしにできることでしたら、なんでも言ってくださせえ」
「ありがとな。けど、今は何も……とにかく、明日に備えて、ゆっくり休も」
 こうして、風船屋を切り盛りする者たちは、その夜、早々に床についたのだった。