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ハロウィン・ホリデー

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ハロウィン・ホリデー

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「……歩いている時間より、休憩の方が長い気がするな……」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、ぐったりとした表情で会場の端っこの椅子に腰を下ろして居た。
 元々体が丈夫な方ではない上、ここ最近は特に衰弱が進んでいる――にも関わらず、元来の好奇心旺盛な性格が抑えきれず、今日もパーティーと聞いて飛び出してきた。タンスの中にあった、露出度高めのゴシックパンク風の洋服まで引っ張り出してきて。
「グラキエス様、飲み物をお持ちしました」
 そう言いながら人混みを掻き分けて来たのは、パートナーのエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)だ。彼もまた、普段は身につけない貴族風の長衣に身を包んでいる。
 エルデネストはパートナーの元までやってくると、手にしたトレイの上に乗ったジュースのグラスを差し出す。グラスを受け取ったグラキエスは、大儀そうにそれを受け取り、冷たい液体を喉へと流し込んだ。
 火照った体が少しだけ楽になる。
「体調は如何ですか? お力添えが必要でしたら、いつでも」
「ああ……今は大丈夫だ……」
 ふふ、と含みのある笑みを浮かべるエルデネストを、グラキエスは軽く片手を挙げて制した。が、ふと何かを思いついたらしく、ちょいちょい、とグラキエスの洋服を引く。
「エルデネスト、少し屈んでみてくれないか」
「屈む……? こうでしょうか」
 グラキエスの要望に応え、エルデネストがひょいと腰を屈めたその瞬間。
 すうと伸びた腕がエルデネストの首を捕まえて、引き寄せる。
「Trick or treat?」
 かぷり。
 いっそ可愛らしい音を立てて、グラキエスの唇がエルデネストの首筋を食んだ。吸精幻夜のスキルを使って、エルデネストの精気を吸い取ってやろうという魂胆だ。
「……」
 たっぷり精気を頂いて少し顔色の良くなったグラキエスは、ぱっと腕を放してパートナーを解放した。するとエルデネストは、狐につままれたみたいな顔をして突っ立っている。驚いているらしい。
「あなたも驚くんだな。悪戯成功だ」
 普段は余裕綽々な顔しか見せないパートナーの意外な一面が見られたことに、グラキエスは素直に喜んで、無邪気な笑顔を見せる。
 その笑顔がなんだかとても懐かしくて、エルデネストはふと心が和らぐのを感じた。
 自分の心に芽生えた暖かな気持ちに少し戸惑いを感じながら、しかし、こんなに大胆な行動を取られては自制など働くはずもなく。
「……グラキエス様、随分お楽しみのようで……では私も」
 Trick or treat? とグラキエスの耳元で囁いてやる。が、グラキエスは困ったように「俺は何も持っていないぞ」と笑う。
「おや……それでは、悪戯させて頂かなくては」
 その言葉にえ、と戸惑うグラキエスをよそに、エルデネストはひょいとグラキエスを抱き上げてしまう。そして二人はそっと、パーティー会場から姿を眩ませるのだった。

●○●○●

「はい弾さん、あーん」
「あ……あーん……」
 ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)は、手にしたお菓子をパートナーである風馬 弾(ふうま・だん)の口元へと運ぶ。口を開けるよう促された弾は、少しぎこちない仕草で差し出されたお菓子を口の中に納めた。
 弾とノエルは恋人同士というわけでは無い。が、カップルでパーティーを楽しむというのは女の子の憧れだ。
 と、言う訳で今日、弾はノエルの「恋人役」を仰せつかっている。
「ふふ、憧れて居たんですよね、こう言うの。はい、もう一口どうぞ?」
「そう? ……ノエルが楽しいなら、いいんだけど……やっぱりちょっと恥ずかしいな」
 二口目のお菓子を食べさせて貰いながら、弾は恥じらい気味に視線を落とす。
「大丈夫です、ぱっと見には女の子同士にしか見えませんから」
「いや、だから、それが恥ずかしいんだけど……」
 そう、弾は今日、ノエルの手に寄ってメイド服を着せ付けられ、ばっちり化粧も施され、完璧に女の子に変装……仮装……しているのだった。
「あら、人前でカップルのような振る舞いをするのは恥ずかしいと仰ったのは弾さんですよ?」
「確かにそうだけど、でもだからって……うう……」
 だからといって女装させられるなんて思っていなかったのだ。しかし、今更ぐちぐち言うのも思い切りが悪いようで。
 弾は諦め気味にため息を吐くと、恥じらいながら手元のお菓子をひとつ、ノエルの方へ差し出す。
「ほ、ほら。あーん」
「ふふ、頂きます」
 ノエルは嬉しそうに口を開けた。その中に小さなチョコレートを一つ落とす。
「こんな感じで良いのかな」
「上出来です」
 念願叶ったのであろうノエルはニコニコとご機嫌だ。
 弾の方は相変わらず複雑そうな顔をしていたけれど。

●○●○●

 さて、主催者の一人であるののはといえば、記録係の腕章を振りかざし、デジカメ片手に会場内をぶらぶらして居た(ちなみに、前回のお茶会の際涙を呑んだパトリックも、今回はちゃっかり記録係の腕章を腕に付けている)。
――うふふふ、今回も素敵な皆さんが集まってくれて私は幸せですなむなむ。ごちそうさまですうひょひょ。
 なーんて、思っていることはおくびにも出さず、顔にはごくごく上品な笑顔を貼り付けて、素敵な――好みの――カップルを見つけては、記念にお写真でも、と微笑みかけて写真を撮らせて貰っている。ごく、合法的に。

 と、そんなののの姿を見つけてつつつ、と近づいて来た影がある。
「ののちゃん」
 突然掛けられた声に、ののは慌てて振り向いた。立って居たのは レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)だ。その後ろにはパートナーのクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)が控えめに着いてきている。
「何かご用でしょうか?」
 ののはあくまでも主催者として、お上品に、そつない笑顔で返事をする。しかしレオーナは、固い固い、とののの肩に手を回した。
「折角のパーティーなのに、見てるだけじゃつまらないでしょ? 一緒に楽しみましょう!」
「ええええあのでも私一応主催ですし仕事とか」
「ちょっとくらい良いじゃない!」
 狼狽えるののにはお構いなしで、レオーナはののを引きずるようにして会場の真ん中へと連れて行く。そして、机の上のお菓子を手に取ると、ほらあーん、とののに向かって差し出した。
「え、あ、じゃあ、あーん」
 ののの好みは主にイケメン男性なのだが、かといって女の子といちゃいちゃするのが嫌いなわけは無くて、むしろ好きな方。ちょっぴり甘い雰囲気でお菓子を差し出されれば、断る理由も無い。ずっと腰に回されっぱなしの手はちょっと気になるけれど。
「あ、ねえねえ、あれって何?」
「ああ、あれはリンゴ咥えゲームよ。準備してみたの。って、正式なルールとか良くわかんないから適当だけどね」
 ちょっぴり外面が剥がれてきたののは、ぺろりと舌を出して笑う。
 パーティー会場の片隅には、水を張った桶が置かれている。その隣には山積みのリンゴ。そろそろゲームをしても良い頃合いかも知れない。ついでにそれを口実に解放して貰おうか――と算段しながら、ののはレオーナを桶のある方へと案内する。と、準備をしたときにこぼれたのだろう水に、レオーナが足を取られた。
「うきゃっ」
 転び掛けたレオーナは、咄嗟にののに掴まる。丁度、胸の辺りに抱きつくような格好で。
「だ、大丈夫?」
「あ……う、うん、大丈夫……」
 思いがけず密着したことで、レオーナの心拍数が急に上がる。小ぶりだけどふんわりした胸の感触とか。腕の中にすっぽり収まる細い、けれど柔らかい体とか。
――ああもう限界。
「ののちゃん!」
「え、ええぇぇっ?!」
 突然レオーナは、がばり、とその場でののを押し倒す。あ、遠くからフラッシュ(パトリックだろう)。
「寝室はいつも一つ!」
「訳が分からないッ!」
 レオーナの決めぜりふに対してすかさずツッコミをいれるののだったが、しかしレオーナは意に介さない。そのままお姫様抱っこでののを連れ去ろうと――
「そろそろいい加減に頭を冷やしてください」
 したところに、今までずっと気配を消して控えて居たクレアが冷たい声で割り込んできて、レオーナの後頭部に氷術の氷塊をごつん、と降らせた。それは見事にクリーンヒットして、レオーナはきゅう、とその場で意識を失う。
「レオーナ様が大変なご迷惑をお掛け致しました……本当に……」
 泣きそうな顔でののに向かって頭を下げると、クレアはレオーナの首根っこを掴んで、ずるずると引きずっていくのだった。