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 ■ ケーキとおせち、お味はいかが? ■



 目指せ美味しいケーキ!
 を合い言葉に、百合園女学院の仲良しメンバーは緑ヶ丘キャンパスの学食に集まった。
「ケーキ作りもまず形からー、ってことで、マイコック帽子持ってきたよっ」
 桐生 円(きりゅう・まどか)はスイーツ好きの恋人の為にと、大はりきりで頭にコック帽子を載せた。
 そんな円を眺め、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)はふっ、と余裕の笑みを漏らす。
「あれロザリン、なんか自信ありげ?」
「はい。今回は事前勉強をしてきたので、かなり大丈夫なのですよ!」
「勉強してきたの? ロザリンドさん、やる気だねっ」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)に感心され、ロザリンドは胸を張る。
「勉強して色々なことが分かりました。ケーキに塗るクリームは、タルタルソースにお砂糖を混ぜてあるのではないのです! もっと他のものにお砂糖を混ぜるんですよ!」
「あの、それって……勉強する以前に知っておいた方が良いことかも知れないですねぇ〜」
 ロザリンドのやる気に水を差さないように、冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)は小声で呟いた。

「あれロザたちも何か作るのか?」
 百合園の皆がそれぞれ可愛いエプロンをつけて準備を整えた頃、樹月 刀真(きづき・とうま)がパートナーたちと共にやってきた。こちらも食材をたくさん持っている。
「クリスマスケーキを練習するんですよ。美味しいケーキを校長にプレゼント、なんていいかなー、なんて」
 答えつつ、ロザリンドの脳裏にその時のことがありありと浮かぶ……。


 「あの、美味しかったですか?」
 「うん、美味しかったよ。でもね、今夜はロザリンドさんを食べたいな」


「……なんてことがあったらどうしましょう、どうしましょう!? うふうふっ……」
「ロ、ロザリンドさん……大丈夫、ですかぁ?」
 急にくねくねしながら怪しい言葉を呟き始めたロザリンドを心配して、日奈々が声をかける。
「え、あ……だ、大丈夫です。ちょっと、クリスマスケーキを食べて貰っているところをもうそ……想像してしまっただけですから」
「クリスマスに……手作りケーキを……」
 ロザリンドの言葉に誘発されて、日奈々もその時のことを思い浮かべる。
 クリスマスケーキをプレゼントしたら、日奈々のお嫁さんはきっと喜んでくれるだろう。そしてそのまま気分は盛り上がって、あんなことやこんなことを……。
 日奈々の顔が妄想にとろける。
「……ええっと、俺たちは隣で調理してるから何かあれば」
 触れてはいけないところに触れてしまった気がして、刀真はそそくさと隣の調理台へと移動した。

 今回、歩以外の皆は恋人に作ってあげるケーキの練習をしに来ている。歩にはその予定はないのだけれど、一緒にケーキを作って欲しいと頼まれて、一も二もなく引き受けた。皆で作って皆で食べるだけでも美味しくて楽しいし、ましてやそれが誰かのためにもなるのなら、歩に断る理由はない。
「スタンダードな、いちごと生クリームの奴作りたいんだけど……スポンジケーキを事前に用意してきた方がよかったのかな……?」
 スポンジは準備して来なかった、と言う円にせっかくだからスポンジも練習しようと歩は言う。
「スポンジから仕上げまで、一通り練習してみた方がいいんじゃないかな。ケーキ作りの一番はやっぱりスポンジ、基本だし、失敗もしやすいところだから」
「失敗しやすいー?」
「そう。混ぜすぎ、泡立て不足、ダマ残り、オーブンの温度設定……どれか1つでも間違えると、出来上がりが結構変わっちゃう。ぺしゃんこになったり、小麦粉のダマが入ったり、焦げちゃったり。失敗するとかなりガッカリしちゃうから、ここはしっかりと抑えておきたいポイントだよー」
 歩が円に説明しているのを聞いて、ロザリンドがそうですよとしたり顔で付け加える。
「特にお菓子作りでは、分量が大切だと本に書いてありました。きっちり量ることが、成功への第一条件なんですよ」
 言うだけでなく、ロザリンドは自分でもきちんと計量をしている……が、まるで理科の実験であるかのように、細密にグラムをはかり、計量スプーンのすり切りを何度も何度もやり直し……と、計量だけで何時間もかかってしまいそうな様子だ。
「うーん、そこまで正確さを求めなくてもいいんじゃないかな」
 全行程をこだわり続けてやっていくと、ケーキが出来上がるまでにどのくらいかかるか分からないと歩は注意したが、円はロザリンドの綿密な計量にはっと気を引き締める。
(ロ、ロザリンよりは上手く作らなくっちゃ!)
 負けてはいられないと、円も真剣にケーキ作りに取り組んだ。
(円さん、本気ですね……でも、私は負けません)
 ロザリンドも猛然とケーキを作る。覚えてきたはずのケーキの基礎は、作るうちにどうも上手くいかなくなってきているが、それはこっそりと歩のケーキを作る手元を見て、真似をすることでなんとかこなす。
「歩とロザリンは何つくってるのー?」
 円もケーキ作りの技術を盗もうと、ちらっちらっと2人の手元に視線を送る。テレビの料理ドラマでも言っていた。料理の技術は教えてもらうんじゃなく盗むのだと。
 妙に鋭い視線が飛び交う中、ケーキ作りは歩の助けもあって順調に進んでいった。
 最大の関門であるスポンジもふっくらと焼き上がり、冷ます間にデコレーション用のクリームを用意する。
 円とロザリンドは生クリーム、ブッシュ・ド・ノエルを作る日奈々はチョコレートクリームだ。
「クリームは……巻く前と、巻いた後にも、使うから……多めに、用意しておかないと……」
 ブッシュ・ド・ノエルは天板で焼いたスポンジにたっぷりとチョコレートクリームを塗り、それをくるくる巻いて薪の形にした後、周囲もクリームで覆う。途中でクリームが足りなくなったりしないようにと、日奈々は大きめのボールでチョコレートクリームを作る。
 そして円はといえば。
 クリームを入れたボールを小脇に抱え、すうっと大きく息を吸い。
「ウォォォォォ!」
 カカカカカカカ、と猛然と泡立て始めた。
 日奈々はいきなりの音に一瞬びくっとしたが、すぐに円が泡立てをしていることを耳で知る。
「まどかちゃん……気合い入ってるですぅ〜」
「料理はっ……魂っ!」
 生クリームを混ぜるときには魂を込めなければいけないとどこかから聞き込んできた円は、入魂の勢いで泡立て器をボールに叩きつけるがごとく混ぜる、混ぜる、混ぜる。
 それを見たロザリンドも、クリームを泡立てる手を速めた。
「ま、円……?」
 隣の調理台で同様に生クリームを泡立てていた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、ガチャガチャと尋常ではないスピードで回される泡立て器の音に、思わず振り返る。
「もしかしてボールを叩き壊そうとしてる?」
「円ちゃん、円ちゃん、生クリームは泡立てすぎると固くなりすぎてぼそぼそになっちゃうよー。塗るのも大変だし、美味しくなくなっちゃう!」
「えっ、そうなの?」
 歩の注意に、円は慌てて手を止めた。
「これ……まだ大丈夫かなぁ?」
「ちょっと固いけど、これなら塗れそう。セーフだね。でもクリスマスに作る時には、もっと軽く泡立てた方が口の中でふわっと溶けていいと思うよー」
「うん分かったー。生クリームにこめる魂はほどほどにしとく」
 円はこっくりと頷くと、抱えていた生クリームのボールを調理台に戻した。
「日奈々ちゃんのクリームは、きれいに出来てるね」
「そうですかぁ? 良かったですぅ……でもこれに……フォークを使って、模様をつける……んでしたよねぇ……私にとって……一番難しいところ、ですぅ……。歩ちゃん、見ててもらえ……ますかぁ?」
 見えなくても模様をつけることは出来る。けれど、それがブッシュ・ド・ノエルらしくなっているのか、が分からないのだ。
「いいよー、やってみて」
 歩に見ていてもらって、日奈々はケーキに塗ったクリームに、フォークで線を引くように模様をつけていった。
「どう、ですか……?」
「とっても上手に線がついてるよっ。うん、美味しそう♪」
 歩の言葉にほっとしつつ、日奈々はブッシュ・ド・ノエルの全面に線を引いていくのだった。

 そんな百合園のメンバーのすぐ横で、刀真たちも料理の練習をしていた。
 月夜と封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)がクリスマスケーキを、玉藻 前(たまもの・まえ)はおせちを練習するのだという。
 月夜は練習不足だから台所には立たないようにと刀真に言われているし、玉藻は料理をしようとしないので、普段台所に立つのはもっぱら白花と刀真だ。
「玉藻が一緒に料理を作るなんて、本当に珍しいな」
 刀真に言われ、玉藻はふむと笑った。
「我とて、愛しい者の為に料理の腕をふるうのが嫌なわけではない……その者が我の為に料理の腕をふるってくれるのが嬉しいから、普段は台所に立たないだけだよ。決して料理が出来ないわけじゃないぞ?」
 今日は本番前に一度ケーキやおせちを作ろうという話なので、久々に腕をふるってみようかと、玉藻も乗り気になったのだ。
 出来ないわけじゃないという言葉を裏付けるように、玉藻はあらかじめつけておいた鮭の西京焼きを焼いたり、鰊昆布巻きや金柑の甘露煮を手際よく作ってゆく。
 蕪には細かく縦横に切り目を入れ、甘酢につけて菊花かぶに。鶏の皮つき胸肉は、網で皮をパリッと焼き上げる。
「玉藻さんの作るおせち料理、美味しそうですね」
 想像以上に料理上手な玉藻に、白花は目を見張る思いだ。
 一方月夜は、隣でケーキを作っている百合園の生徒たちが気になる様子で、ちらちらとそちらに目をやっている。
(ロザが一生懸命量ってるけど、その量り方だと時間がかかるよね?)
 月夜の目に映るロザリンドや円の様子はかなり危なげで、これなら自分の方が勝ってるとちょっと胸をそらしてみたり。
 向こうのしていることに口を挟んだりはしないけれど、さすがに、ガチャガチャと尋常ではないスピードで回される泡立て器の音には思わず振り返った。
「もしかしてボールを叩き壊そうとしてる?」
 そんなことはあるまいと分かっていても、そうじゃないかと思ってしまう、そんな物凄い勢いだったから。
「月夜さん、よそ見をしていると危ないですよ」
 手元をそっちのけで円たちの様子を見ていると、白花に注意された。
「ん、気をつける」
 月夜は自分のケーキ作りに意識を戻したが、かなり機嫌は良い。
 喫茶店のバイトで頑張っているから、料理の腕は上がっている……はず。だからケーキもただ作るだけでなく、目新しく一工夫。
 月夜は泡立てた生クリームの中に、茹でた小豆をどばどばと入れてかき混ぜる。
「えっと月夜さん、どうして生クリームに小豆を入れてしまうんですか?」
 不思議そうな白花に、月夜は説明する。
「餡子と牛乳の組み合わせは最高! だから、小豆クリームもきっと美味しいよ!」
「小豆クリームは美味しいでしょうけれど……月夜さんが今入れてるものは、ただ小豆を煮ただけですよね?」
「うん、だって餡子は小豆を煮て作るんだよね?」
 月夜が堂々と答えると、白花は困ったような顔になった。
「確かにそうですし、言っていることは分かるんですけど……小豆の水煮と餡子はかなり違うと思います……甘味的に」
「あっ!」
 月夜は混ぜる手を止めたが、生クリームに混ざってしまった小豆はもうどうしようも無い。
「……今から小豆クリームにお砂糖を足してもダメだよね」
「砂糖を足したら余計に事態は悪化すると思います。甘味はないでしょうけれど、とりあえず小豆なら入っていても食べられると思いますし……」
 本番では餡を煮てから入れましょうねと白花に諭され、月夜は情けない顔で頷いた。

 出来上がったものは、味見役を引き受けた刀真の前に並べられた。
 とりあえず、生クリーム代わりに砂糖入りタルタルソースが塗ってあるようなケーキは無く、見た目はどれもまともだ。
「さて……まず円、とりあえず気合いだけ入れても料理は美味しくならない。というか気合いが入りすぎた生クリームは口の中で存在を主張し過ぎるからな。ロザも格段に進歩は見られるけど、まだケーキの形になったという程度だな。それに調理以前にまず計量器具の使い方を学べ。調理自体を覚えるよりも簡単なはずだ」
 皆が料理をする様子をチェックしていたのも含め、刀真はケーキに対する感想を述べてゆく。
「歩や日奈々のはきれいに出来てるな。これなら誰が食べても美味いと言うだろう。月夜のは……」
「あぅ……」
 感想を言うより先に既に凹んでいる月夜には、
「見た目だけは良くなったよ、見た目だけは!」
 と、本人も理解している失敗には触れずにおく。
「白花は料理が上手くなったよ。もう俺も抜かれているかもな……」
 嬉しいような、けれどどこか寂しいような気分で刀真は白花のケーキを味わった。
「玉藻の料理は久しぶりに食べたけど……本当に美味いよな」
「刀真美味いか? そうかそうか、ほらご飯がついているぞ」
 玉藻はまんざらでない様子でにこにこすると、刀真の口元についた料理を取って自分の口に入れる。
「月夜に封印の巫女、そんな恨めしそうな目で見るな、今回は仕方あるまい?」
 抗議の目に余裕の笑みで答えた玉藻に、白花はぎゅっと拳を握りしめる。
「まっ、負けてられません! お正月には美味しいおせちを作ります!」
「いやそんな所で力を込められても……」
 おせち合戦勃発の兆し。
 刀真の脳裏には、美味しいものを食べられそうだという期待と、どうなることかという不安が湧き上がってくるのだった。