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【猫の日】ニャンルーの知られざる生態

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【猫の日】ニャンルーの知られざる生態

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■ 峡谷 ■



 轟音が止まらない峡谷。
 耳を塞ぎたくなるほど激しい音の正体は風だ。
 峡谷の風は強く、あっち側とこっち側を繋ぐ吊り橋を激しく揺らめかせている。
「わ、渡る、のか」
 誰かが生唾を飲み込んだ。両手で耳を畳むように閉じないと進めない子も居るのに、吊り橋の荒ぶり様は迫力があり過ぎた。
「こちとら猫忍、潜り抜けた修羅場が違うんだよ!」
 大声を張って、筆頭とばかりに吊り橋を渡り始めたのは柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だった。どこから拾ったのかボロ布を纏った姿が峡谷の風景と良く似合う。
 谷底は遥か下の高所だというのにその足取りには躊躇いがない。そんな彼に釣られるように、率先して歩く姿に音に耳を塞いでいたニャンルー達はそろそろと両耳から手を離し、ぎぃぎぃと軋む吊り橋に爪先を向けた。
 先の密林でビーストマスターの本領発揮とばかりに毒虫の群れを連れ歩く音子は風に煽られるサトイモの葉の雨合羽の裾を掴んで抑えた。
「まだまだ道のりは長いしトカゲのもんすたー……トカゲじゃない」
 すいーと峡谷の風に乗って飛んできたダチョウにそっくりな飛ぶもんすたーの出現に、音子は繋いでいたにゃんネルの手をぎゅっと握った。
「結構な数だな」
 事情を聞いて臆病なマシュマロの為に付き合ってあげようと決めた洋介は頭上を飛び交うもんすたー達に面倒事が増えたと率直な感想に息を吐いた。
「場が悪いのぅ」
 足場が限られて折角手に入れた爪やら牙やらの装着感を調整するだけに終わっている隆政に孫市は「ではこれの出番ですわね」と手作りショットガンを構える。
 空を自在に飛行するもんすたーと違って逃げ場がない吊り橋をこんな大所帯で長い時間渡る危険性に吹雪はきゅっと真横一文字に口を閉じた。対処が後手に回れば一巻の終わりである。頭の中で様々なシュミレーションが巡らせながら彼女は歩を進めた。
「……それに致しましてもレティシアさんの様子がいつもと違いますよね」
 拾った石を小脇に抱えいつでも応戦できる体勢のフレンディスはちらりと後方に視線を配った。
 気を抜けば一瞬にして谷底に真っ逆さまな環境なのに、いつもなら冷たさすら漂わせるパートナーのマシュマロに向ける眼差しはとても暖かく、時折世話も焼いている様だ。表現的にはデレデレという感じに近い。
「きっとレティシアさんも猫になったからでしょうか?」
 しかし、目を合わせると、きりっと表情を正すので、なんとも言えない。モミジに向かって不思議ですねと首を傾げた。
「さっきのは助かったにゃ。途中で道を間違えそうになったにゃ」
 樹木ばかりの密林での出来事を感謝するマシュマロに、人の心、草の心で迷子を回避したエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は気にしないでと笑った。
「俺も早くタカーイマタタービを見てみたいしね」
 と、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の手が動いた。天のいかずちに貫かれたもんすたーが一匹飛行能力を失って谷底に落ちていく。
 ニャンルーに転換したパートナーに馴染み過ぎじゃないかねと呆れ気味のメシエはディテクトエビルの警告に再び手を動かした。
 拾った赤いリボンを首に巻いた黒崎 天音(くろさき・あまね)は先に進むマシュマロに、更に質問を重ねた。
「じゃあ、タカーイマタタービの伝説って?」
「で、伝説ってほどの事じゃにゃいかもだけど《誰か》の夢の中の物は総じて現実世界には持ってこれにゃい中、タカーイマタタービ(小枝)だけは持ってこれるって話にゃ」
「そうなの?」
 吊り橋を渡るマシュマロは既に涙と鼻水という有様で、天音の質問に答える声も絶賛震え中だ。。
 更に更に質問を重ねる、もう全裸とか苦手なものとか一切感じさせず平然とする天音の後ろ姿を眺め、微妙なスースー感に堪えられずおまたに葉っぱ一枚飾ったブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は何故こんなにこの人は平気なのかと首を傾げずには居られなかった。最初から「マシュマロにノドアメか……『クッキー・サクサク』とか名乗っても良さそう?」等とノリ気だったのを思い出す。
「じゃぁ、三年も付き合っているのね」
 マシュマロと恋人のノドアメ・スーハースルの馴れ初めを聞いた綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)はうんうんと頷く。三年目にプロポーズか。良い感じの順当さだ。しかし、
「でもそのプレゼントを手に入れるのに協力者が必要ってのがねぇ」
 そこがどうにも引っかかる。さゆみの手をずっと握るアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は無言だったが、「それくらい自分で取ってこそのものだと」と、恋人と違って呆れた顔をしていた。他力本願で自分の恋を成就しようという了見が気に入らない。
 ただ、さゆみはマシュマロの一人で行くには不安で怖い気持ちは、わからなくもないのだ。
 仕方ないわねと、軽く両肩を竦めてみせた。
 ちょっと自分の手を見下ろし、アデリーヌの手を握る手に力を入れる。恋人が「なに?」と視線を向けてきた。互いの肉球がぷにぷにとしてて気持ちいい。
「にしてもダリル同士仲がいいわね」
 密林での共闘具合を思い出したルカルカに向かって、ダブルダリルが「ギッ」と、ガンを飛ばした。もう言葉で否定しあう領域を超えているらしい。気迫がなんとも恐ろしい。
「そんなことよりマシュマロ、お前自身もう少しなんとかするとかの気構えを持て」
 と、マシュマロの怯え具合に、それでもこれから結婚を視野に入れようとする男かとダリルが話の矛先を変えたのだった。
「それにしても、カニャとノブニャガのニャンルー姿って……うん」
 ふあふあ尻尾やぴこぴこ動く耳をしげしげと眺めて、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)はくすっと笑う。
「しーにゃんのニャンルー姿も可愛いニャ♪」
 桜葉 香奈(さくらば・かな)も語尾に「にゃ」をつけてご堪能中だ。毛並みの艶やかさに、良い毛と褒めたりしている。結構余裕のある会話を交わしているが、周囲の注意を怠っているわけではない。飛ぶもんすたーの襲撃に備え笑顔の中でも、忍の目は厳しい。
 竦むような高さの吊り橋を渡る一行の緊張してたりリラックスしてたりと様々で、襲うタイミングが計り辛い。頭上をただ旋回するもんすたーを織田 信長(おだ・のぶなが)はいつでもかかって来いと睨み据えていた。
 やはり鼻血を垂れるレオーナの顔を拭くクレアは例え見知らぬ世界でも自分がニャンルーになったことに何とも言えない気持ちになっていた。考えがどんどんはしたない方に進んでいくので(健全を予定しているので)割愛するが、気持ちが瞳に宿ってしまい、ついつい「てめぇ、戻れなかったらどうなるかわかってるだろうな」と笑顔の中、無言さだけが凶悪になっていく。
「ほらほら、あと少しあと少し、腰抜ける前に進むのよ!」
 愛の試練のお手伝いに気合が入るレオーナに肩を叩かれた拍子でよろめいたマシュマロは、運も悪く板を踏み抜いた。
「ひにゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」
 風に掻き消されそうな悲鳴を聞いた契約者達の間に得も知れぬ緊張感が疾走る。