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土中の腕が掴むもの

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三章 捕縛


 アンデッド達が動きを止めた森の中。未だ逃亡を諦めなかった墓荒らし達は、比較的簡単に拘束する事が出来た。
 何せ彼らはアンデッド達に対抗できないからこそ、逃げの一手を取るに至ったのである。従って、それらと対等以上に渡り合う事の出来る契約者達に敵う道理も無し。墓荒らし達は、抵抗を示すその傍から次々と捕らえられて行った。

「さぁ、早く盗んだ物を寄越しなさい!」

「じゃないと、今度は電撃くらいじゃ済まなくなるかもよ?」

 往生際悪くシャベルを振り上げ襲いかかってきた墓荒らしの男を返り討ちにしながら、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はその喉元に獲物を突きつけ警告する。
 盗みを働いた彼らを許せない為か、それとも自らを見る視線に好色的な色を感じ取ってしまった為か。彼女達の攻撃には容赦というものが存在せず、シメられた男達は呻き声と共にピクピクと体を痙攣させていた。

「く、くそ……せっかく今まで逃げ切ってたってのに……!」

 ……しかし、盗み出した財宝に眩んでいる目は覚めなかったようだ。それぞれ財宝の入っていると思しきズタ袋を大切そうに抱えながら、録に動かない足を引きずり必死にこの場からの脱出を試みる。

「おっと、逃がさんよ」

 当然それを見逃す事無く、子敬と同様にアンデッド達に睨みを利かせていた夏侯 淵(かこう・えん)が周囲の植物を繁茂させ、雁字搦めに縛り付けその動きを封じるが――――それでも彼らは見苦しく身を捩り、逃げる事を諦めない。
 襲い来るアンデッド達からの恐怖に耐え抜き、捕らえられたこの場に至っても潰えない強固な執念。そうでなければ墓荒らしなど出来はしないのだろう。
 ……その根性をもう少し別の場所に向けていれば……セレンフィリティ達は男達にある種の感心を抱きつつも、呆れからくる溜息を禁じ得なかった。

「……ふむ、眼前には我ら、周囲にはアンデッド。現状貴公らは詰んでおろうに、素直に宝を返した方が良いと思うがのぅ」

 そうして埒が明かないと墓荒らし達を気絶させようとしたその時、静かにアンデッド達を観察していたファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)がぽつりとそう呟く。

「アンデッド達も今は動きは止まっているが、気を損ねれば再び襲いかかるかもしれん。その場合貴公らを守りきれるかどうか……」

「そうですよ、今ならばまだ犠牲者を出さずに解決できます。宝と命……どちらが大切なのですか?」

 ウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)も彼女に続き、優しく男達を説得する。
 ファラの鋭い瞳と、ウィルの真摯な光を湛えた瞳。相反する視線に射抜かれた彼らは居心地悪そうに目を逸らし、改めて自らの置かれた状況を見渡した。

「…………くそ」

 腕利きの契約者達が武器を突きつけ、更には無数のアンデッド達に囲まれたこの状況――――最早挽回は不可能である。男達はその事を心の底から理解した。そうして夏侯の操る蔦に抗う事を止め、持っていたズタ袋をウィル達の下へと投げ捨て脱力したのだった。

「……怖い刑事と優しい刑事、って感じ?」

「あはは、そんなつもりは無かったんですが」

「怖い方は貴公らじゃろ」

 セレンフィリティのからかう様な言葉にウィルとファラは軽く返しつつ、投げ出されたズタ袋を拾い上げる。
 その中では死者の柩より盗み出された財宝が鈍い輝きを放っており、周囲に立つアンデッド達が微かに乾いた音を響かせた。




「……さて、それで盗られた物は全部かな」

「ええ、彼らが嘘を吐いていなければ、ですが」

 アンデッド達が取り囲む中、後ろ手に縛り上げられ身動きの取れない墓荒らし達。そんな彼らの監視と護衛を任されていた源 鉄心(みなもと・てっしん)は、取り戻した財宝を整理するルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)を眺めつつそう声をかけた。
 指輪、ネックレス、豪奢な装飾が施された服や、貴重な金属で作られた剣や手甲……ルースの手元には様々な種類の財宝が並べられ、そのどれもが値打ち物である事が伺える。売り飛ばせばひと財産を築く事ができるのは確実だ。

(その代わりにどこまでも追いかけられるんじゃ割に合わないけどな)

 心の中でそう呟き、背後に転がる男達へと目を向ける。そこでは鉄心と同じく監視を任されたティー・ティー(てぃー・てぃー)が、彼らを優しく諭している所だった。

「それで、どうしてこんな事を……?」

 ……彼らに深い怒りを覚えている者が殆どの中で、ティーは正しく清涼剤とも言うべき存在なのだろう。盗人である自分達の言葉に真剣に耳を傾けてるその様子に、彼らも徐々に絆されているのか穏やかな顔付きになっていく。
 あのような芸当ができるのは彼女だからこそだろうな――視線の先の光景に目を眇めながら、鉄心も穏やかに息を吐き出した。

「……あら? これは……」

 そうして周囲の警戒を続けていると、ルースと共に盗品の無事を確認していたイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が、思わずといった声を漏らす。
 彼女は不思議そうな表情で小さな宝石が施されたブローチを握り締め、何やらその側面を指先でなぞっていた。

「どうかしましたか?」

「え、ええと、このブローチだけ残った思いの強さが――きゃっ」

 バチン、と。イコナの指先が留め金にでも引っかかったのか、突然ブローチが縦に開かれその中身が外気に晒される。
 どうやら内側に絵や写真を仕込める構造になっていたようで、円形に切り抜かれら写真にパラパラと錆が落ちる。イコナとルースは互いに顔を見合わせ、それを覗き込んだ。

「ふむ……女性、でしょうか?」

 中に入っていた写真は長い年月を経て劣化し、黒ずみ。映る人物の詳細が判別出来なくなっていた。人物のシルエットから、辛うじて女性である事が分かる程度だ。
 そうして目を細めるルースを他所に――イコナは静かに目を閉じサイコメトリを使用した。このブローチに宿る思念が何を伝えたがっているのか、それを知ればアンデッドの怒りの原因の一端が掴めると思ったのである。

「…………!」

 ――そうして見えたのは、穏やかな女性の笑顔。ただ、それだけ。
 状況、人物、その他委細。詳しい事は何一つ把握できなかったが――しかし、このブローチが持ち主にとって、とても大切なものであった事が痛い程に伝わってくる。

「……これ、きっと。とっても大切なものですの……」

「……そうか、ならば必ず届けなければいけないな」

 イコナのその呟きに何時の間にか寄り添っていた鉄心が頭を撫で、ブローチをルースへと手渡すよう促す。
 これから隊長格の白骨が居ると言う墓場の奥へと向かうのだろう。彼は一通り無事を確認した財宝を丁寧に纏め、森を進む為の準備を整えていた。

「と、いう訳だ。俺達はここであいつらの事を見てるから、絶対に返却してやってくれ」

「無論、承知しておりますとも」

 ルースはイコナの手からブローチを受け取ると、大切に荷物の中へと仕舞い込み二人に向かって力強く笑いかけた。そうして足の速い仲間を呼び、アンデッド達の視線を受けながら森の奥へと消えていく。

「ボスさんによろしくお願いしますのー!」

 歩き去る彼に手を振る少女の声は何時までも森の中を跳ね回り、その背が消えるまで止まる事は無かった。