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【百合園女学院・1】


「綺麗ね」
 東シャンバラの中心都市ヴァイシャリー。泉に囲まれた風光明媚な町並みにシェリーの唇から、思わず溜め息が溢れる。
 彼等が今度向かうのはこの土地に相応しい良家の子女が通う百合園女学院だ。
「隊長」と声を掛けられて彼等が振り向くと、百合園女学院のブラウスとたっぷりしたバルーンスカートの制服に身を包んだ赤毛の少女が立っている。が、彼女は彼等の注目が集まるその瞬間、靴の踵をパンッと鳴らし敬礼してみせた。
「義勇陸軍中隊プラヴダ所属キアラ・アルジェント(きあら・あるじぇんと)一等軍曹です。
 皆様をお迎えに上がりました」
「B+だな」
 間を空けずアレクがそう評価したのに、キアラの顔が「うぇっ」と歪む。
「顎の角度が悪い。何処見て敬礼してんだ貴様は」
 親指と人差し指で正しい方向へ導く――というより無理矢理向けて固定すること数秒。上官が直れと合図した直後、キアラの身体からダラっと全ての力が抜けた。
 此処からは一気に女子高生モードだ。
「これから皆さんをお連れするのは、日本の名門女子校『百合園女学院』の姉妹校っス。
 男なんて生き物が居ない、女の子だけの学校、要するに『女子校』っスよ。
 ウチの学院は、生徒だけじゃなくて、先生も職員さんもみーんな女の人。いいでしょー。
 だーかーらー! そこの男共は見学者の保護者だから許されてるけど、くれぐれも生徒の皆に、不躾な視線を送ったりしないよーに。特に隊長」
「えーやだキアラちゃんこわーい、俺子持ちの妻帯者だよー」
 仮にも上官であるアレクの答えにハンッと鼻で笑って、キアラは一行を先導し歩き出す。
 初対面の彼女に質問を重ねるシェリーに、隣を歩くアレクを忘れて破名は零すように呟いた。
「人見知りしないなとは常々思っていたが……」
 思った以上に人馴れしやすいようである。
 一番の年上というのを自覚しなくて良い分、彼女の本来の本質が顔を覗かせているのかもと思うくらいだ。そしてその姿は、どう見ても『飢えている』典型だった。院の子供達は少なくはない。ないが、既視感を覚えて破名は眉間に皺を寄せた。人は繋がりを求める生き物である。その言葉を不意に思い出したのだ。


 やがて見えてきた校門の横に立つ新たな案内人の姿に、シェリーが顔を輝かせそちらへ走っていった。
「ネージュ!」
 学校への憧れを明確にさせた先日の孤児院改装に協力し、時には荒ぶったりもしたネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は、今回もお手伝いしようと俄然やる気だった。
「ネージュはこの学校に通ってるのね!
 あ、あのね、ミリツァ、ネージュはね、院の改装の時トイレを可愛くしてくれたりね、他にも――」
 あの時の感動は忘れていないとシェリーは胸の前で両手を握りしめて語る。余りに態度や声に出ているため、ネージュの方が気恥ずかしくなってしまうくらいだ。
 その分野に関しては一家言有るネージュが自賛する程、可愛らしい仕上がりであったトイレだが、今の今迄本当に気にいってもらえているか心配だったのだ。
 やり取りを聞いて、キアラが相槌をうっている。
「私もデコとかよくやるけどー、あんまやりすぎたら落ち着かない感じになりそうだし、可愛いトイレってなんか想像つかないっス」
「デコっていうより最初から作ったんだよ。
 でも本当に気に入ってもらえてるみたいで良かったよ!」
 頬を染めてえへへと笑うネージュに、ミリツァは微笑み、シェリーに向き直る。
「では私も帰りに見させて貰うわ。
 このミリツァ、勿論トイレには用事はないけれど、あなたがそんなに言うのなら興味を惹かれるもの」
「ごめんなさい。私一人舞い上がったわ。今日はよろしくお願いします」
 ミリツァとキアラを巻き込んで当時の感動を伝えようとしたシェリーは、学校を巡るたび興奮を抑えられていない自分に気づき、慌ててネージュに頭を下げた。
「うん。任せて。パラミタ随一の女子校、百合園女学院を案内するよ!」
 校門をくぐり抜けた。ネージュはにっこりと微笑んで、ゆったり歩き出す。
「来る時に気づいたと思うんだけど、ヴァイシャリーはね、湖の上に建てられた綺麗な街でしょ。
 校舎もテーマパークみたいなお城で、ヨーロッパ風の佇まい」
 上げた手で校舎を示しながら、ネージュは今度は校舎の向こう側の敷地へ指先を向ける。
「学生寮も基本ゆったりとした一人部屋!」
 ネージュの説明に、少し前まで学生寮にパートナーと住んでいたキアラは頷いている。
「相部屋もあるけど、やっぱ広いっスよ」
「そうそう。
 それにね――、なんてったって制服が可愛いの! しかもカスタマイズが自由自在なんだよ!」
 くるりと回って見せると、風をはらんだスカートのドレープが広がり成る程確かに可愛いと一行を頷かせる。
 そんな風にネージュの校舎への案内は続いた。この場所で日々を送るんだと温室へと続く道を先導しながら、速度を速めるのも惜しいとゆっくりとした足取りで歩いて行く。


 さて。目的地に辿り着きてっきり中へ入るのかと思った一行の考えは外れた。
「ここ、いつも鍵かかってるんだよ」
 ネージュが言うのに、キアラもそれが常と同意する。
「フツーじゃない種類の植物が一杯あるんスよ。
 私よく知らないけど、触手のある食虫植物が居て生徒を襲うらしいっス。
 …………あれ……、隊長?
 『是非株分けして欲しいな!』とか言うと思ったのに、随分大人しいっスね」
 キアラが俯くアレクの長い前髪で隠れた顔を覗き込む様に見上げると、何やらぶつぶつ言っている。金の瞳も青翠の瞳も、どちらも不安定に揺れていた。
触手やだ。俺あれ嫌い。ぬるぬるキモチワルイ
 殆ど聞こえないような声を拾って、何の事やら合点のいったキアラは、次の場所へ向かおうと一行の背中を無理矢理押した。
「入れないからココはもー終わり! 次行こ次!!」
 説明の途中で取り残されかけたネージュは首を傾げる。
「あれ?
 ――まだケルベロスのお話とかあったのに」
 折角ネージュが準備してくれていた説明をカットするのは心苦しいが、アレクが触手へトラウマを負った際に――彼は美少女宜しく温泉プールで触手に襲われたのだ――現場指揮していたのはキアラである。
 何とも言えない気持ちで、キアラは再び歩き始めた一行の背中を見ていると、他ならぬアレクの妹からこんな言葉を拾ってしまった。

「あら残念、是非株分けして欲しかったのに」