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リアクション
第3章 24時間調査できますか? ――噴水広場編――
「んー……」
噴水の中央から放たれた水が、透明な水面を揺らしていた。
揺れる水面に顔を映し、その奥の底をやぶ睨みな目で探っていた若菜 蛍(わかな・ほたる)が顔を上げて言う。
「やっぱり、コインは見つからないねぇ」
「どうやら、通貨となるものが違うようだからな。それに、噴水への願掛けや記念に通貨を投げ込むといった習慣も無いらしい」
マリウス・リヴァレイ(まりうす・りばぁれい)は噴水の広場を訪れている住民たちの方を見やりながら返した。
「『スプリブルーネ』、か」
それが先ほど聞き込みで知り得た、この街の名だった。
スプリブルーネの噴水広場には数店の屋台が出ており、パンやお菓子を売っていた。
母親らしき女性にねだって焼きたてのお菓子を買ってもらった子どもが、はしゃいで駆けていく方にはベンチが並んでおり、散歩の途中らしい老人たちが盤ゲームに興じていたり、職場を抜けてきたような男が昼寝をしていた。
のどかな日常の光景だが――つまずいて転びそうになった子どもを母親が魔法で浮かせて助けたり、老人たちの盤ゲームが動く小さな人形たちによって繰り広げられていたり、昼寝している男を賢そうな黒猫が懸命に起こそうとしていたり……と、その日常には魔法が溶け込んでいた。
そんな光景の中に見えた雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)の姿。
「つまり、この噴水が街の中心なんですね?」
ベアの隣で聞き込みを行なっていたソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)の問いかけに、露天の行商人がいやいやと首を振った。
「正確には、噴水を中心にこの街が作られたんだよ。だから、必然的に噴水が街の中心になってるってわけだ」
「なるほどな、そういうことか」
言ったベアの方へ行商人が顔を向け。
「結構有名な話なんだがなぁ。田舎の方じゃあんまり知られてないのか?」
「えへへ、お恥ずかしいですよ。あ、ところで、あの噴水にも魔法が使われていたりするんですか?」
「ん、ああ。水の循環には魔力が使われてるよ。さて、それよりお二人さん、今日はちょっとした掘り出し物があるんだが、どうだい? 白い毛にピッタリのこの赤いブローチなんてな」
行商人がベアたち相手に商品の売り込みを始めたその後方では――
吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が噴水広場の片隅に設けられていたちょっとしたステージへと昇っていた。
ステージに上がった竜司は確信していた。
「ぐへへ、何だか知らねぇが街の奴らがオレを見てくるってことは、つまり――全員オレのイケメンっぷりにメロメロってことだよなァ」
それは、しかし彼の格好が珍しかったからだった。
「おいおい、そんなにオレに熱視線を向けるもんじゃねぇよ。頭が禿げあがっちまう。ぐへへ、モテ過ぎる男は困るぜェ」
それは、しかし格好が珍しいからだった。
「よぉし、じゃあ、おまえらの期待通りにオレのリサイタルを開催してやる!! お前ら全員、オレのモテボイスで昇天させてやるぜェ!!」
しかし誰も全く期待などしていなかった。
と――。
「待ちなぁ!!!」
響き渡ったデスボイスが竜司のリサイタルの開始を阻止すると同時に、仏滅 サンダー明彦(ぶつめつ・さんだーあきひこ)がステージの上へと飛び込む。
「てめえの歌は駄目だぁ!! いや、シャンバラの奴らはことごとく駄目だ!! 便所インスタント腐れミュージックに毒されて感性が死んじまってる! だからオレの歌を評価しない!!」
ギターを掻き鳴らしながら押しのけようとしてくるサンダー明彦に負けじと、竜司は叫んだ。
「なんだか知らねェがオレのサインが欲しいならリサイタルの後にしなァ! ぐへへへ、なんなら握手を付けてやってもいいぜェ!」
「サインだと!? 資本主義の仔豚ちゃんがッ! てめえのサインなんぞ三回使いまわしたトイレットペーパーよりも価値はねぇ!! とにかく、一曲目行くぜぇ!!」
サンダー明彦が強引にシャウトし始める。
「悪魔くーん、悪魔くーん、スキスキー」
そのルックスとは掛け離れたアニメ歌謡ちっくなものを。
「…………」
ステージの上の二人を見上げていた人々はただただポカンとしていた。
数秒後、サンダー明彦は、あっさりとギターを投げ捨て、崩れ落ちるように膝と両手を床に付いた。
「くそぅ! この世界も駄目か……先入観で俺の歌を聞きやがって……」
「……いや、歌がヒットしないのは歌詞が悪いからだと思うでござるよ」
ステージの端でサンダー明彦の所業を、顔面蒼白に輪をかけた顔面蒼白で見守っていた平 清景(たいらの・きよかげ)の呟く。
「そういうの、どうでもいいから、騒ぎになる前に早く二人を引きずり降ろすよ」
清景の横を抜けながら、上永吉 蓮子(かみながよし・れんこ)は鎮痛げに額を抑えながら呻いた。
「歌詞かぁ」
ステージから引きずり降ろされていったサンダー明彦たちを見ながら、桃谷 誠一(ももだに・せいいち)は呟いた。
パートナーの織部 新(おりべ・あらた)の方へ振り返り。
「どんな歌詞だったら、この世界では受けたんだろうねぇ?」
「ん……金の匂いを感じましたか? しかし、それがしは、そういった……芸事についての発想は不得手なのですよ」
新は、そんな事よりも広場で売られている食べ物の方が気になっている様子だった。
そんな新の代わりに、永見 空(ながみ・そら)が。
「あたしも得意ってわけじゃないけど……こういった世界で歌といえば、吟遊詩人、なのかな?」
「そういうのに慣れてる人たちには、伝承やサーガって感じのものの方が受け良さそうだよね」
ロウィーナ・フランドル(ろうぃーな・ふらんどる)が、ンー、と小首を傾げ頬に指先を置きながら言う。
「伝承、か……」
ナイトハルト・ディスティ(ないとはると・ですてぃ)が、ふわっと欠伸まじりに言って、ロウィーナが首を傾げる。
「何か思い当たる事があった? ねむねむくん」
「……なんだその呼び方は」
ナイトハルトは眠たげな目を少し恨みがましくロウィーナへと向けてから、彼女の問いに答えた。
「ここの住民たちにとってポピュラーな伝承といえば、『大いなるもの』の話みたいだな。ハイ・ブラゼルで聞いたのとほとんど同じ内容の」
「じゃあじゃあ、あれにメロディを付けて歌ったら面白いかもっ?」
イスカルネ・フローリア(いすかるね・ふろーりあ)が、ぱしっと両手を叩き合わせて目を輝かせたが、誠一は彼女の方へ笑顔を傾けて。
「どうだろうねぇ? 聞き飽きているかも」
「難しいものだね、こういうのは」
空がハハっと笑いながら、両手を組んで青空の方へンーッと気持ちよさそうに伸ばす。
麗らかなお昼時、ステージの上では改めてアルカネット・ソラリス(あるかねっと・そらりす)が神威 雅人(かむい・まさと)に見守られながら涼やかな調べを歌っていた。
その歌詞は鳥や空や森の様子を謡うありふれたものだったが、誰の耳にも心地良く聴こえていたのだった。
「なんとか、場は落ち着いたみたいだな」
ステージの下でアルカネットの親衛隊っぽく、アルカネット団扇を振っていた雅人は、広場の様子を見やり呟いた。
「彼女の歌で、さっきの騒動の記憶が薄れるといいんだが……」
未だ広場の端っこの方で何だかんだと楽しく(?)揉めている竜司やサンダー明彦たちの方をチラリと見て嘆息する。
と、ステージの上から。
「ね、喉乾いちゃった!」
アルカネットの声が降ってくる。
そちらを見上げ。
「ジュースですか? お茶ですか?」
「え、なんでもいいよ」
「なんでもいい、というのが一番困るんです」
と言いながらも雅人は歩き始めていた。
「これからまだ歌うのでしょう? 喉に良さそうなジュースを探してきますよ」
「えへへ、ありがとー!」
無邪気な様子で礼を言ってから再び歌い始めたアルカネットを背に、雅人は、やれやれと少し笑みながら露店の並ぶ方へと歩んでいった。