リアクション
○ ○ ○ 「静香さま、そうです。そこで息継ぎです。頑張って下さいっ!」 スクール水着姿の真口 悠希(まぐち・ゆき)が、泳いでいる桜井 静香(さくらい・しずか)を応援している。 泳ぎはあまり得意ではないという静香に、悠希は泳ぎ方を教えてあげていた。 「ふは……っ」 15メートルほど泳ぎ、1回だけ息継ぎをした後、静香は足をついて立ち上がった。 「少し上達しましたね」 嬉しそうな笑顔を浮かべて近づく悠希に「うん、悠希さんのお陰だよ」と静香も微笑みを向ける。 「あっ、でもこの姿を撮られるとちょっと恥ずかしい、かな……っ」 静香が突如赤くなる。 「可愛いですよー」 プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)が、川の中に入って完全防水携帯電話で2人を激写しているのだ。 絵的には女の子同士だけど、実際はノーマルラブだなあ、なとど思いながら、プレナは写真を次々に撮っていく。 いや、静香も悠希も、実際は男の娘同士なのだけれど、プレナは、悠希の本当の性別を知らなかった。 (一粒で二度美味しい……ってこんな腐った目で友達を見ちゃダメです) プレナは首を横に振って、写真に集中する。 そんな彼女の考えが伝わったわけではないが、ふと悠希はプレナに目を向けて、微笑みを浮かべた。 「ありがとうございます」 お礼の言葉が、突然自然に零れ出た。 プレナはずっと、応援してくれた友人だから。 理解者がいるからこそ、頑張ってこれた。 それから静香に視線を戻して、川原でカメラを構えているロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)を見て、微笑んだ後、悠希は切なげに視線を落とした。 ロザリンドは大切な親友。 ……そして、恋のライバルでもあって。 共に好いている相手――桜井静香は沢山の人に好かれていて、ともすればラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の手で政略結婚をさせられてしまう可能性だってありそうな重要な立場に就いている人だ。 自分達が恋の相手として、選ばれる可能性がどれだけあるのかはわからないけれど、もし、自分達のどちらかを静香が選んだ場合、片方を選べば片方だけが深く傷つく……。 でも、ずっとこのままなのも、心が苦しくて。辛くて。 平気な振りをしていても、感情が溢れ出そうになってしまう。 静香さま、静香さま……と、心の中でも悠希は愛する人の名を何度も呼んでいた。 「ロザリンド先輩! 先輩も一緒に泳いでくださいー!」 プレナはカメラで川原から写真を撮っているロザリンドに手を振る。 写真係を務めると言い出したロザリンドの手伝いで、プレナは撮影していたのだ。 「いいえ、私はここで……。皆さんの荷物をお預かりしていますし、水着も持ってきていませんから。プレナさんこそ、校長達と並んで下さい」 ロザリンド以外の3人は水着姿だけれど、ロザリンドだけは百合園の制服姿だった。 写真を撮りながら――つい、静香の写真を多めに撮りながら、ロザリンドもまた深い思考の渦に嵌っていた。 (何をすれば校長が喜び、何が校長のためになるのか) 例えば、静香の借金が無くなって、静香が逞しい素敵な男性へと成長したら。 彼に百合園女学院の校長の資格はあるのだろうか。 校長を務めたいと彼が言ったとして、それで校長になれるのなら、静香よりずっと優れた家柄を持ち、校長の座に就きたいと申し出る白百合会の者もいるだろう。 彼は今の彼であるからこそ、ラズィーヤに求められて、校長でいるのだから。 だから、ロザリンドには自身を持って、これですと言えることなど何もなかった。 もし、言えるようなことを見つけても、それが自分に成しえないことだったら……校長を失うことであったら、どう、なろうのだろう。どうすれば、いいのか。 校長の傍にいられる幸せな日々が続いて欲しい。 悩みつつ、恐れつつ、であっても。 そう願いながら、切望しながら、ロザリンドは大切な人の姿を写真に収めていくのだった。 ○ ○ ○ 水辺に咲く花々に囲まれた場所で、フィルと、優子、亜璃珠がシートに座って、花見をしながら飲食を楽しんでいた。 地面に咲く花も、花を咲かせた木もとても美しかったけれど、水辺で遊んでいる花達もとても可愛らしかった。 「お弁当持ってきました。お菓子もあります」 フィルは小さなサンドイッチやおにぎり、卵焼き、ウィンナー、ミニハンバーグ、サラダ、フルーツなどを入れたパックを開けていく。 「ありがとう。焼肉ばかりじゃ栄養が偏るからな」 「はい。優子さんはどれがお好きですか?」 「まずは、卵焼き」 「はい、どうそ」 フィルは割り箸で卵焼きを掴んで、優子の口へと運んだ。 「…………」 亜璃珠はそんな2人の姿に、努めて冷静に見かけ的には全く気にせず、貰ってきた焼肉をむしゃむしゃ食べていく。 川には校長達の姿があり、優子は彼女達が参加するから護衛のためにもと誘いに乗ったようなもので。 (やっぱり、2人だけで遊びにとかは中々無理なものね……) 亜璃珠は心の中でまたため息をついた。 「あ、飲み物貰ってきますね。優子さん、亜璃珠さん、何がいいですか?」 「紅茶で」 優子はそう答える。 亜璃珠はちょこっと考えて。 「アッサム紅茶で、ロイヤルミルクティーをお願い。ミルクも専用のものを使ってね」 「えっ!? ここでですか」 「薔薇学の誰かが専用の材料を持ってきてくれているはずよ、よろしくね」 にっこりと亜璃珠が微笑み、素直なフィルは「分かりました」と、飲み物を貰いに向っていった。 「……さて」 優子と2人きりになったチャンスに、亜璃珠は電流計のようなものを取り出す。 「フォークを置いて、黙ってこれを持って」 「は?」 訝しげな優子に、コードの端を持たせてもう片方を自分で握る。 「今日こそ気持ちをはっきりさせてもらうわ」 亜璃珠はそう言いながら、優子の手に手を重ねる。 「なんだ? これは……」 電流計のような道具を、優子は不思議そうに眺めている。 「ラブセンサー」 愛情の度合いを測る玩具のような計測器だ。 「ほら……いつも職務のフィルタがかかってどう思ってくれてるんだか分からないんだもの。私みたいな不良令嬢が相手なら尚更ね」 ……針は少しだけ動くけれど、そう大きく反応はしない。 「どう思うって……」 困惑している優子に、亜璃珠はふっと息をついた。 「うん、友人なら友人でいいのよ、すっきりした」 言って、優子から手を離して、早々とラブセンサーを片付けた。 「友人……というか、確かに友人ではあるが、亜璃珠のことは大切な仕事仲間と言った方があっているだろうな。プライベートに関しては、互いに理解し合えないところがあると思うし」 そう優子は少し意地悪気な目で笑った。 「まあ、ね。それ以上の想いがあったら、それはその、嫌ではないんだけど……困る、しね」 苦笑しながらの亜璃珠の言葉に優子は首を縦に振る。 「仕事面で認めているから、キミの趣味に必要以上口出しするつもりは無いが、プライベートでももっと親しく付き合うのならキミが私に小言を言うより多く、私もキミに小言を言って、行動を狭めてしまうだろうな。私は仕事の邪魔になる恋愛には興味はないが、もしそういった気持ちを持ったら尚更、束縛することになってしまい奔放なキミを好いている多くの人々を悲しませることになってしまう」 それは互いにとって、更に互いに関わる者達にとってもマイナスにしかならない。 そう、優子は言葉を続けた。 亜璃珠は少し複雑な気持ちだけれど、それもあって困るのであって。 お互いの好意でお互いの自由を制限し、束縛して、周りに影響を及ぼして。 自由に動けない自分達自身も、ストレスを感じていくことが目に見えているから……。 そうなったとしても、自分達の愛と絆を深めようというほどの、盲目的な想いは互いの中に宿ってはいなかった。 「戴いてきました」 フィルが紅茶が入ったティーカップをトレーに乗せて戻ってきた。 「ありがとう。まさかこんな短時間で本当に貰ってくるとは……」 驚きながら、亜璃珠はティーカップを受け取って飲んでみる。ヴァイシャリーで飲むのと変わらない、美味しいロイヤルミルクティーだった。 「優秀だろ。ありがとう、フィル」 「はい」 微笑むフィルの腕を引いて、優子が彼女の頭を撫でる。 「亜璃珠もこういう時くらい、私に甘えていいんだぞ。私は仕事でキミに甘えてるしな」 笑みを浮かべて手招きする優子から、ぷいっと亜璃珠は顔を背けた。 「必要ありませんわ」 甘える……皆の前で素直に甘えることが出来たら、楽なのかなあと亜璃珠は思う。 友情にしろ何にしろ。優子に好意を持っている気持ち、好きという気持ちを言葉できちんと伝えたことはないんだよな、などと思いながら。 ロイヤルミルクティーをまた一口飲んで、微笑んだ。 「うん、ホント美味しい。凄いわね、フィル」 「はい。良かったら、私の分も飲んでください。私は水筒持ってきてますから」 フィルも嬉しそうに微笑んで、自分用に貰ってきたカップも亜璃珠へと差し出すのだった。 ピロリン 音がしたかと思うと、優子が携帯電話を取り出していた。 「ロザリンド達が写真撮っているの見て、私も団員の写真が欲しくなった」 笑みを浮かべ、優子は2人の写真を撮り始めた――。 「くしゅん」 「ハックション」 泳ぎの練習をしていた静香と、教えていた悠希が同時にくしゃみをして、顔を合わせて微笑み合う。 「そろそろあがって下さい」 ロザリンドがタオルを持って、川の方へ歩み寄っていく。 「はーい」 声を上げて、まっさきにプレナが戻り、ロザリンドが用意したタオルを借りて体を拭いていく。泳いではいないので、ウエストより上は濡れていなかった。 静香と悠希は、急いでパレオを巻いている。 ロザリンドは静香の前には出ずに、不安げな顔で、ふわりとバスタオルを広げて、その背にかけていく。 「ありがとう」 振り向いた静香の微笑みに、ロザリンドは果敢なげな笑みを浮かべて頷いた。 「応援、したいな……」 プレナは体を拭きながらも、携帯電話を構えて3人の様子を撮っていく。 悠希とロザリンドが2人共、静香に恋愛感情を持っていることを、プレナは知っていた。 友達が同じ人を好きだと……どちらにも肩入れは出来ないけれど、どちらにも幸せになってほしいと、真に願ってしまう。 想いを込めて、プレナは今の3人の姿を写真に収めていく。 「ちょっとそこに並んでくれ。いや、命令じゃないが」 突如後方から響いた声に、プレナが振り向くと、亜璃珠、フィルに指示を出しながら、携帯電話を構えている白百合団副団長の神楽崎優子の姿があった。 「ほら、仕事の時はつい、皆が繊細な女生徒達だということを忘れがちだから。こういう日常の写真を待ち受けにしておきたいと思ってな」 言って、優子は亜璃珠とフィルの背を押した。 「行きましょう、亜璃珠さん」 とフィルは笑顔を見せる。 「仕方ないわね」 亜璃珠はしぶしぶというようにフィルと一緒に川辺に近づく。 そして、川原に集った5人の白百合団員と静香が並んでいく。 「プリントして、どこかに貼り出すか……。ほら、笑って。皆、互いが好きだろ?」 言いながら、優子は輝く乙女達の一瞬を収めたのだった。 担当マスターより▼担当マスター 川岸満里亜 ▼マスターコメント
GWSP、イラストシナリオにご参加いただきありがとうございました! |
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