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第一章 激突! 本棚ゴーレム!

「刀真、来る」
パートナー漆髪月夜(うるしがみ・つくよ)の静かな声に樹月刀真(きづき・とうま)は手にした黒く輝く刃を構え直した。
「うわっ……、無茶しますねあれは。本棚吹き飛びますよ……」
 二人で本棚製のゴーレムの前に割り込み、光条兵器を振るってゴーレムを目指した攻撃を遮る。
 少し離れたところにいる本回収部隊のリーダーリフレシア・アタナディウス(りふれしあ・あたなでぃうす)が気遣わしげに見上げてきていたので「問題ないですよ」と目で合図を返した。
「……とは言ったものの、どこから来るかわからない攻撃に備えるのは神経を使いますね……」
「だから、間に合わないときは、刀真を、投げるね」
 月夜は完全に真顔だ。
「えーと、体を張って止めろと?」
「だって……刀真はヒールで癒せるけど……本は無理だもの」
「あ、あはははは……」
 刀真の乾いた声。目尻には、涙が光る。
「刀真、次」
「はいはい……」

 大図書室。
 貴重な資料が収められた本棚がゴーレムとして組み上がり、それが複数体、のしのしと我が物顔に歩き回る。
 逃げまどう生徒に、勇敢にも武器を構え出す生徒。図書室の各所でゴーレムとの衝突が始まりつつあり、
 普段なら静謐さを湛える、このイルミンスール魔法学校の智の象徴は、今音と光に彩られ、あらゆる騒々しさに包まれていた。

「ドナドールさん、わたくしなら大丈夫です! 囮に集中してくださって結構ですわ」
 刀真と月夜の動きを目の端で捕らえながら、リフレシアは声を張った。
「ふむ……了解どすえ」
 常にパートナーを背中にかばうようにして動いていたドナドール・パラセルシア(どなどーる・ぱらせるしあ)はちらりとだけリフレシアに視線を送ったが、未練を振り切るように手近なゴーレムの元へと向かった。
 リフレシアは勇敢な生徒の一人だった。
 騒ぎが持ち上がった直後、リフレシアは近くにいた生徒達に声をかけ、ゴーレムは足止めするにとどめ、自分たちの目的とするケイン先生の治療法が書かれた本を直接回収してしまおうと提案したのだ。
 名付けて「本回収部隊」
 集まった面々を手際よく「囮役・ゴーレムの保護役・本回収役・司書までの仲介役」に分け、「では! いきましょう!」の号令一下、すぐにゴーレムを相手取った。

 右に左にと駆けながら、今は回収部隊の面々の後ろで指示を出しながら、自分はゴーレムの体から目的の本を抜き取る隙をうかがっている。

「ほっ! はっ! やっ――でぇや! リフレシアさん、こっちはこのまま行けるのかい?」
 スウェーのスキルを発動、ゴーレムの攻撃を捌きつ続けていたベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)が声を張り上げた。
「左に回り込んでください! そのまま退がると、隅に追い込まれます!」
「オーケー。頼もしいね。他校の図書室じゃあ、勝手がわからないもんな」
 ベアはリフレシアの指示に従って方向を転換、再び囮役としてゴーレムを引きつける。
「……なのに、また首突っ込むんだから」
 いつの間に横に並んだのか、パートナーのマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)がポツリとこぼした。
「なんか不満げだな」
「べ、別にそんなことないよ……ないけど……」
 マナは口を閉ざす。その顔が「だって心配なんだもん」と語っているがベアは気がつかない。
「この騒ぎだ、放っとけないだろ。よっし、そこだ!」
 ゴーレムの動きに隙を見つけたベアはそのままゴーレムに突っ込み、接合部に向かって剣を叩き込む。手応えはあったが、剣ははじき返された。
「ちぇ、結構固いんだな」
「ベア! 危ない!」
 マナの声に頭上を振り仰ぐベア。
「やばい! 近づきすぎたか」
 身を固め、衝撃を覚悟したベアだったが、衝撃の代わりに風が顔を撫でた。
 同時に、すぐ脇から「さぁ、こい。こっちだ、うすのろ! 剣も持ってない剣士に尻込みか?」とゴーレムを煽る声が聞こえた。
 その声を追うように束ねた黒髪が流れていく。
 ベアからゴーレムの攻撃を逸らした風森巽(かぜもり・たつみ)だった。
 ギリギリまで引きつけ、攻撃を振らせ、かわす。さながら踊るような動きでゴーレムを誘導している。
「サンキュー。助かったよ」
「いや、気にしないでよ。足捌きに体裁き、裏のかきあい、読みあい、化かしあい……か。中々に面白いね、こういうのも」
 ともすれば少々幼くさえ見える外見の印象をひっくり返して、巽は不適に微笑んだ。
「まったく……頼もしいね」

「向こうは、中々うまく連携しているみたいですね」
 ランスを抱えながら、どこか侍の空気をまとった少女菅野葉月(すがの・はづき)は、図書室内の状況を把握しながら呟いた。
「だねっ! こっちも頑張らないとねっ!」
 すぐ横でパートナーのミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)が元気よく頷いた。
「あの、失礼ですけどそちらのお嬢さんは魔法を使われますか?」
 声をかけられて葉月とミーナが振り向くと巨大な白熊が立っていた。しばしポカンとする葉月とミーナ。
「もし、魔法が使えるようなら私と一緒にゴーレムに氷術を……コホン。あの、ベア、ちょっとどいてもらえませんでしょうか……」
「おっとすまねぇ。ご主人」
 巨大な白熊着ぐるみのパートナー雪国ベア(ゆきぐに・べあ)を押し退けるようにちょこんと現れたのはソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)
「その……氷術で足止めをしようと思うのですが、協力していただけませんか」
「構いませ――」
「いやあー、なんかこのクマ全然カワイくないー!」
 葉月の言葉をミーナの嬌声が遮った。
「な、なんだと! おまえ、この俺のどこが可愛くないって!? そんなこと言うとご主人の前だからって大人しくしてないぜ!?」
 答えてベアがわめき始める。
「ちょっと、こら、ベア――」
 ぽんぽん。
 止めに入ろうとしたソアの肩を葉月が叩く。
「大丈夫です。協力します。どんな感じでいくんですか」
「え、はい。大体あんな感じなのですが……」
 ソアの指差した先では、小柄な人影が二つ、ゴーレム相手に派手に立ち回っていた。

「んふっふっふっふ、燃えてきた、燃えてきた! 行くよ! ゴーレムロボっ!」
 まるで追いかけっこでもするようにゴーレムを誘導しているのはクラーク 波音(くらーく・はのん)。小柄な体で足下をすり抜け、楽しそうに駆けていく。
「波音ちゃん! さっきから言ってますけど、燃やしちゃダメですよっ! 氷、氷ねっ」
 パートナーアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)の声で、波音が一瞬こけそうになる。
「わ、分かってるよ〜! 信用薄いなぁ〜」
 ぼやきながらも波音は氷術の準備はじめ、さらに走る速度を上げながら隙を窺う。
「波音ちゃん、今!」
 アンナの声とほぼ同時、波音の元から飛んだ氷術が、ゴーレムの足下で層を作った。
「よ〜し、やったよアンナっ!」
「波音ちゃん、まだっ!」
「えっ?」
 波音が振り返ると、波音の放った氷の層を割り、再びゴーレムが動き出そうとしていた。
「あっちゃあ、弱かったかぁ。アンナ、お願いっ」
 その声と共にアンナから氷術が飛ぶ。二層となった氷に覆われ、ゴーレムは今度こそ動きを止めた。
「ほら波音ちゃん、油断するからです。やっぱり、魔力アップのあのスープ、作りましょうか?」
「え〜。アンナの料理は好きだけど、そのスープだけは苦手だよ〜」

「なるほど。では僕は囮役になりましょう」 
 波音達を見て、一度は飛び出しかけた葉月だったが、今はまたソアに向き直っている。
「はい、お願いします」
「どれからいきますか?」
「ではあのゴーレムから。ちょうどお一人戦われていますし」
「承知」

 ランスを手に葉月はゴーレムへの距離を一気に詰める。
 目標としたゴーレムの前には堂々とした体躯の男が一人で立ちふさがり、剣を振るっていた。
「助太刀します」
 ゴーレムの腕を払いながら懐に飛び込み、葉月が声をかける。
 宮辺 九郎(みやべ・くろう)は少し驚いた顔を見せた。
「一人で平気だぜ」
 すぐに意識をゴーレムに戻し、葉月に答える九郎。
 声はぶっきらぼうな響きを帯びていた。
「僕の仲間が氷術の準備をしています。ゴーレムの隙を誘いましょう」
「聞こえなかったのかい、お嬢さん? 一人で平気だぜ」
「先ほどから君は剣の腹ばかり使っています。ゴーレムを壊す気はない。協力しませんか」
 再び、九郎が驚いた表情を浮かべた。一瞬、葉月を睨み付けて、それがすぐに獰猛な笑みに代わった。
 野性的な九郎の顔に、よく似合う笑みだった。
「おもしれぇじゃねぇか。いくぜっ!」
「はい!」
 ゴーレムの腕の一撃を二人で受け流し、ゴーレムの体重を振る。
 それから、九郎と葉月がそれぞれ別の方向に跳んだ。
 体が流れ、二つの影を追いかけたゴーレムに一瞬の隙が出来た。
「今です!」
 葉月の声でソアとミーナからの氷術がゴーレムのそれぞれの足に飛んだ。床から立ち上がっていく氷柱に絡み取られ、ゴーレムは瞬く間に動きを止める。
 目配せだけを交差させ、葉月と九郎はすぐに次の標的に向かって駆け始めた。

「本棚に……絨毯……」
 一段落した状況を見てソアがメモを取っている。
「なにしてるの?」
「何してんだご主人?」
 ミーナとベアがピタリとあった呼吸で聞いた。
「被害状況の確認です。これだけの騒ぎを起こしたんです。さっき窓から逃げた犯人に、しっかり請求しなくちゃいけないです」

「まさか、こんなでっかい怪物を守ってやる日が来るなんて思わなかったな……しかも防ぐのは威力のでかい攻撃ばっかか。ま、なんとかなるさ。夏希、そっち頼むぜ」
シルバ・フォード(しるば・ふぉーど)はピタリと寄り添っているパートナー雨宮夏希(あまみや・なつき)に目線を送る。
 ゴーレムを止めに走った生徒達はかなり慎重な攻撃でゴーレムを止めに動いていると言ってよかった。
 今のところ派手な出火騒ぎも起こっていなければ、大図書館が派手に損壊したという情報も聞こえてこない。
 とは言え、危ない状況がゼロになるわけではもちろん無く、流れ弾は間断を置かずにあちらこちらで舞い踊っている。
「ん……わかりました」
 シルバにこくりと頷き返した夏希は和傘型の光条兵器を構え、威力の大きそうな物から叩き落としていく。

 バシュウっ!

 その背後で衝撃音。
 ハッとして振り返るシルバと夏希。
「お二人とも、本も大事ですけど、自分も大事。ですよ?」
 儚げな印象に反しての重装備。盾を構えてゴーレムの攻撃を受け止めてみせたのはロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だった。
「お、おお。助かったぜ」
「何かを護るというなら志は同じ。お仲間がいるのは、嬉しいです。早く騒ぎをおさめて本の片付けといきましょう」
 ニッコリと笑うセリナ。
「にしても、ずいぶん散らかってきちゃいましたね。お片付けも一騒動ですかねぇ」
 のんびりした口調で床を眺めていたセリナだったが、次の瞬間、今度は目にもとまらぬ速さで光条兵器を展開。
 ゴーレムを目指していた弾丸を、バラバラと払い落とした。
「そこのあなた〜、もう少し下を狙ってみてくださいー」
 攻撃の主に向かって声を投げかける。
「もう少し調整してくれればうまくゴーレムを止められそうなんですが……」
 思案顔のセリナを見て何かを決めた様子のシルバ。
「攻撃の狙いを絞らせれば良いんだな?」
「え、はい。お手伝いいただけますか」
「いいぜ。夏希」
 夏希はこくりと頷く。
「おおい、もう少し右だ!」

「惜しいです! あと少し!」
 銃のはるか前方で声を上げる人影に、国頭武尊(くにがみ・たける)は眉をひそめた。
「ああん? なにを言ってやがるんだあいつら。『惜しい』じゃねえ。狙いなら正確だろうが」
 再びアサルトカービンで胴体付近を照準、乱射。
 ばらまかれた銃弾はしかし多くが防がれ、ゴーレムの足下付近に着弾したものがゴーレムの巨体をわずかに揺さぶった。
「悪くないぞ! もう少しだ!」
「さっきからなんだ? 後生大事にゴーレム護ってる奴らがやたら多くねぇか?」
 武尊は不機嫌そうに辺りを見渡した。
「なるほど。こいつら全部ゴーレムの製造者かなんかって訳か……上等だ! 破壊してやるっ!」
 気合いを入れ直し、武尊の掃射。再び綺麗に数を減らした銃弾は、結果的にかなりの効率の良さでゴーレムの動きを封じていくのだった。

 生徒対ゴーレム。
 図書室での攻防戦が激化していく中、緋桜ケイ(ひおう・けい)もまたひと味違った攻防戦の中にいた。
「離してくれ! うわぁ! あの本棚には『前近代総魔法体系』が!」
「やめてくれ! それは『デモンズディッシーズ』! 貴重な原書だ!」
「なあお嬢さん、キミもイルミンスールの生徒なら分かってるだろう!? 頼む離してくれっ! 本を、本を守らないとっ!」
「お、れ、は、お、と、こ、だー! って今はいいよそれっ! 落ち付けって! わざわざ巻き込まれるにいくことないだろ!? 見ろよあんたらの生徒たち、な、生徒信じろよ生徒」
 ケイは一見女性にも見える顔を精一杯ゆがめて怒鳴りかえした。
 飛び交う攻撃にさらされる本の前に居ても立ってもいられず、最激戦区へなだれ込もうとするしようとする司書たちを、その細腕で必死に食い止めている。
「ああ、でも、でも……」
「のう、ケイよ」
「な、なんだよカナタ、見てないで手、貸してくれよ」
「いや、おぬしが耳を貸せ」
「今か!?」
「うむ」
 仕方なくケイは無理な体勢でパートナーの悠久ノカナタ(とわの・かなた)に向き直る。
「……でな……であろう……だからな……というわけだ」
 カナタから耳を離したケイはニヤリとひと笑いして、それから「オホン」と咳払い。
「あー司書の先生方。最近俺、『応用氷術力学の定理』を読んだんだけど、あれ、基礎編があるんだって? いやー知らなかったぜ俺。どの辺にあるんだ?」
 ザワザワしていた司書たちがストンと静かになる。
「あれは『魔法物理』のコーナーに……」
「いや、違うぞ、『調理』だ」
「返却されてたわよ?」
「傷みが激しかったから書庫に運んだ記憶があるが……」
「はいはい、先生方、続きはあっちだ、あっちでやろう」
 ケイは「はいはい」とばかりに司書たちを安全なところへ案内していく。
 振り返ると、カナタが満足げな笑みを浮かべていた。